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謙虚さはエレガンス

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 聞こえた声に顔をあげると、フリルたっぷりの水色のワンピースを着た、お人形さんのような少女がいた。少女をセンターにして、少し後ろにあと二人、少女がいる。

 そのとたん、ミレーラ嬢の表情が一変した。
 瞳の冷たさは馬車の中で一瞬見た無表情に近い。けれど口角だけがニッと上がって、何とも意地悪そうな表情になる。
 今の彼女の表情は、悪役という言葉がピッタリだ。

「あら、オフェリア様。ごきげんよう。パメラ様とメラニー様もお揃いで」

「ミレーラ様ったら嫌ですわ。こんな平民が座る席でお茶をしているなんて……」

 オフェリアと呼ばれた少女は私を見て、コテンと首を傾げた。可愛らしい仕草だけど、その目は探るようで嫌な感じがする。

「ミレーラ様、そちらはどちら様でしょうか。紹介していただけません?」

「こちらは私の大事な方よ」

 私を見たミレーラ嬢の表情が悪役令嬢のままで、ドキリとした。
 私の許可なく、私の名前を他者に伝えないのは流石だ。何か訳ありの女だと思われているのかもしれないけれど、その気遣いはありがたい。

 面倒だけど、ここは気持ちに答えないとね。

「初めまして。マイカです」

 オフェリア嬢は再びコテンと首を傾げる。
 この顔と仕草、なんだかイラッとするな。

「家名は?」

 さも当たり前のように聞いてくるオフェリア嬢。
 そういう育ち方をしてきたのだろう。自分中心が当たり前なんだ。恥ずかしながら、私にも覚えがある。

「あなたは名乗りもしないのに?」

 言うと、お人形のようだったオフェリア嬢の顔色が変わった。
 彼女が何か言う前に、サイドに控えた少女が二人揃ってオフェリア嬢の前に出た。
 サイドの少女達は護衛か何かのつもりだろうか。本物の護衛は、背後でオロオロしながら成り行きを見ているけれど。

「オフェリア様になんて言い方!」

「失礼にも程があるわ! 今すぐ詫びなさい!」

 まさか異世界に来て、「あんた生意気だぞ」と絡まれるなんて思わなかった。そういえば私が貧乏になった時、「貧乏になるとみすぼらしいわね」とか「貧乏がうつる」とか言われたっけ。どこの世界でも、自分より下の奴を見つけると見下したくて堪らない人っているんだな。
 しかも自覚がないからタチが悪い。当たり前のことを言って何が悪いの? という顔をする。
 ちょうど今のオフェリア嬢のような。

 私より先にミレーラ嬢が凛とした声を出した。

「あらあら、オフェリア様。失礼なのは其方でしょう。いったい何に詫びればよろしいの? 見苦しいわ」

「ミレーラ様ったらヒドいですわ!」

「ヒドイのはオフェリア様ですわ。彼女は私の大事な方だと言ったでしょうに」

「けれど、平民でしょうに」

 私を平民だと見抜いて、あからさまに見下した視線を向けてくる。

「平民と一緒にこんな席でお茶をするなんて、ミレーラ様の品位を疑います」

「ふふふ、オフェリア様。貴族が個室を好む事を平民はどう思っているかご存知かしら?
 騎士が頼りないから個室を使用する……って。ふふっ。全くその通りだわ。
 私の騎士は個室でなくても、私を守れるくらい優秀よ。誰かさんと違ってね」

 テラスは貸し切り状態だけれど、店内の客も道行く人も、みんなの注目の的になっていた。

 オフェリア嬢の頬が僅かに赤くなる。自分を見る平民達の視線の意味をミレーラ嬢が教えたから、無理もない。

 まぁ本当のところは他人のことなんて、誰もそんなに気にしていないんだけどね。
 平民からしたら、貴族街で貴族のご令嬢に遭遇することなんて、代官山で人気女優を見かけちゃったよ! みたいな感覚だと思うよ。せいぜい「あの服可愛いわ」「気品があるわ」くらいの話の種になるだけ。

 けれど、個室を使ってきたばかりのオフェリア嬢にはそんなことは気付かない。まわりの視線がみんな、自分達を笑っているように聞こえるだろう。

 二人のやり取りを観戦していた私は、ミレーラ嬢を感心しながら見ていた。
 対貴族にはミレーラ嬢はこんな顔をするのか。私に見せる顔と違いすぎて、違和感がありすぎる。

 このままミレーラ嬢の勝利かと思われた。

「ヒドイです……」

 オフェリア嬢もこのままマウントを取られてばかりではない。

「私、ただミレーラ様にご挨拶しただけですのに」

 ウルウルと瞳を潤ませて、悲劇のヒロインのように周囲にアピールする様子は手慣れている。普段からこの調子なんだろうと想像がつくな。

 今のミレーラ嬢は、そんな簡単な挑発に爆発しそうな気がして、私はポンポンと背中を叩いてやった。

 これは本来私に売られた喧嘩だ。
 選手交代。

「ええと、ご令嬢? 自分は名乗りもせず、他者に家名を名乗れって、『私は身分で人を判断しますよ』って言ってるようなものですよ。
 まぁ、私は平民ですから、身分にひれ伏せって言うならそうしましょうか」

 ミレーラ嬢が「えっ」と目を丸くして私を見る。悪役令嬢の顔から、少しだけいつものミレーラ嬢の表情を覗かせた。

「いけません、マイカさん! あなたはマクナール家にとって大事な方」

 どさくさに紛れて家名を言ってしまったことに気付かずに、私を守ろうとしてくれる。
 ここで私が本当にひれ伏したら、ミレーラ嬢の顔に泥を塗るようなものだ。

 オフェリア嬢はフフフと鼻で笑った。

「あらまぁ。平民が私にそんな口を聞くなんて、怖いもの知らずなのか、頭が弱いのか」

 私が平民だと知って、あからさまに馬鹿にする様子に、私はため息を隠せなかった。
 かつて、私もこんなだったかと思うと恥ずかしい。

「貴族も大変ですよねぇ」

「え?」

「だって、身分は親と先祖の物でしょう? 親が偉ければ、子供も自動的に偉いなんてことあるわけないし。
 親の株を下げないように、家名に傷を着けないように、必死に努力をしないかぎり、恥ずかしくて名を名乗れませんよね」

「何を……」

 成功している二世達は、みんな親以上の努力をしているはずだ。頑張っても頑張っても付いて回る、親の名前。足掻いて足掻いて、その末に自分の努力で勝ち取った栄光。
 貴族だって同じだと思う。

「ふん、嫌だわ。平民風情が」

「平民を虫ケラみたいな目でみていたら、自分の首を締めることになりますよ」

「虫ケラに失礼だったかしら」

 さすがにミレーラ嬢が間に入ろうとするのを、私は目線で止めた。
 ミレーラ嬢に助けられたなんて逃げ道を、オフェリア嬢に与える気はない。

「ご令嬢は知ってます? 貴族の収入の大半が、あなたの言う虫ケラ平民の税金だってこと。平民が働いたお金、作物で生活しているのです」

 それでも平民と領主の関係が上手くいくのは、領主が平民に相応のことを返してくれるからだ。町や路を整備したり、治安に気を配ったり、災害があれば援助をしてくれたり。
 平民と領主は信頼関係で成り立っている。 

「ある国の王妃は、国民が食糧難に喘いでいるときに『パンがなければケーキを食べればいいじゃない』と言ったとか。
 彼女に悪気はありませんでした。ただ知らなかったのです。生まれも王族で、自分も親と同じように偉いと思っていたから。
 でもね、彼女は国民のことを知るべきだった。国民が大変な時に贅沢三昧の、何もしてくれない王妃に、国民はどう思うでしょうか?」

 全員、ちゃんと聞いている。
 聞く耳を持っているということは、手遅れじゃないと思いたい。

「その王妃はどうなったのですか?」

「彼女は国民によってその座を引きずり下ろされ、処刑されました」

 ミレーラ嬢は何か考えるように目を瞑った。
 
 オフェリア嬢がキツい睨みを向けてくる。

「何が……何が言いたいわけ?」

「平民を蔑ろにしたら、自分の首を絞めちゃうよってことです。
 身分ある者こそ、謙虚であるべき。そう思いません?」

 フフフとオフェリア嬢の口から笑い声が漏れる。
 お人形のような顔に戻って、コテンと首を傾げた。

「ご教鞭ありがとう。でも、私はその王妃のように愚かではないわ」

 クルリと踵を返すと、チラとミレーラ嬢に目線を向けた。

「それではごきげんよう、ミレーラ様」

「ええ、ごきげんよう」

「それから、虫ケラさんもごきげんよう」

 クスッと嫌な笑いを残していくオフェリア嬢に、私は大きく肩を竦めた。

 オフェリア嬢の姿が見えなくなると、ミレーラ嬢がしょんぼりと眉を下げて謝罪してくれる。
 ん? ミレーラ嬢は何かしたっけ?

「オフェリア様とは昔から反りが合わないんです。会うといつも刺々しくなってしまって……」

 さっきの悪役令嬢っぷりの顔はどこに行ったのか。すっかり元に戻っている。

 別に私は痛くも痒くもない。
 むしろ先ほどのオフェリア嬢のコテンと首を傾げる仕草を思い出して、プッと吹き出した。

「彼女は謙虚さが足りませんね」

 謙虚さがなぜ必要か、昔の私も分からなかったっけ。

 ふと、世界中の女性を虜にしたファッションデザイナー、ココ・シャネルの名言を思い出した。

「美しさは女の武器であり、装いは女の知恵。そして謙虚さとはエレガンスのことよ」

 ハッとした顔のミレーラ嬢に、私はニタリと笑う。

「それでね、ミレーラさん……」

 私はバッグから温泉ハンカチを取り出した。

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