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オークション4

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「某国の高貴な家柄出身。呪いを受けた、犯罪奴隷の元令嬢です」

 美しい女性だった。

 髪は暗い赤紫色マルベリー
 この髪色はマルファンで一度だけ見たことがある。出身国が同じなのかもしれない。
 呪いによって虚ろな瞳も、髪色と同じだ。

 まだ若い、高校生くらいの女性がなぜ呪いをかけられ、なぜ犯罪奴隷になっているのか、オークショニアから語られる。

「年齢は18歳。
 元は某国の王族の婚約者でした。しかし、婚約者に酷い危害を加えた罪で呪われ、犯罪奴隷に。
 稀代の悪女と言われていますが、今はこの通り呪いで大人しいものです。
 何よりこの容姿。美しい姿を愛でるもよし、お好きなように可愛がるもよし。
 呪いを受けて日も浅いので、まだまだ美しい姿を楽しめるでしょう」

 会場が今日一番のざわつきをみせた。
 無理もない。本当に美人だからね。しかもスタイルも抜群で、グラビアアイドル並みのボンキュッボンだ。

 なるほど、稀代の悪女か。
 表情が虚ろなせいもあるかもしれないけど、彼女の美しい外見は甘さの一切ない、完璧な美人顔だ。可愛いなんて言葉は似合わない。
 思わず見とれてしまった。
 
「なんてことなの!! 王都のオークションで人身売買だなんて!!」

 背後でご令嬢が憤っている。

「マシュー、どういうことなの!?」

「国王が許可されたそうです。
 犯罪奴隷とはいえ、元貴族令嬢。保護すれば某国との関係に問題が生じる可能性も考えられます。
 扱いに困った挙げ句、国は関与していないと意思表示ですね。オークションならば何処の誰に購入されるか分からないですから」

「そんな……」

 ご令嬢が言葉を失った。

 いやいや、人身売買はこの世界には普通にあるでしょうに。奴隷商館も合法だし、色町で働く女性のほとんどが奴隷だった。
 好色家の貴族は、見目のいい奴隷を好むっていうのも、お約束だろう。
 今も貴族風の男達が目の色を変えて、イヤらしい顔で彼女を見ているじゃないか。

 ご令嬢は知らないかもしれないけど、世の中、理不尽だらけなんだよ。

 この暗い赤紫色マルベリーの髪の女性が、本当に稀代の悪女かどうかなんて、本当のところは分からない。
 誰かに嵌められて罪を捏造されることなんて、よくあることだ。
 家の使用人はみんな借金奴隷だけど、どう考えても借金なんて作りそうにない人物もいる。

 オークショニアの言った情報が本当かどうかより、私の前に呪い持ちが現れたことの方が重要なんだ。

「皆様、ご静粛に願います」

 オークショニアがハンマーを打つ。

「では500万から開始します」

 奴隷商館に何度か足を運んだから分かる。犯罪奴隷に500万ペリンなんて価格はあり得ない。
 それでも、彼女の美貌に目がくらんだ金持ち達が我先にと番号札をあげる。

「1000万!」

「1500万!」

「1800万!」

「2000万!」

 札を上げる全員がエロ親父に見えてくるから不思議だ。

 背後でご令嬢とマシューが何やら言い争っているけど、煩わしいな。家でやってくれ。

 当の女性は、微動だにせずに立っている。呪いで動きが制限されているのもあるだろうけど、インナーマッスルがしっかりしている証拠だ。
 家柄の良さに胡座をかいてダラダラ暮らしていたら、こうはならないだろう。
 王族の婚約者として、自分を磨き上げていた証拠だ。

「クルト」

「はいはぁい」

「今すぐ宿に戻って、ベルタから私のカバンを受け取って来てちょうだい」

「はいはぁい。行ってきまぁす」

 椅子からピョイと立ち上がって、オークション会場から出て行った。

「2500万!」

「2600万!」

「2700万!」

 呪いを受けても、意識ははっきりあると言っていた。
 順調に上がっていく金額を聞きながら、彼女の虚ろな瞳にこの光景はどう映っているのだろうか。

「他には?」

 オークショニアが会場内に問う。

「1億」

 28番の番号札を上げた。

 会場内のが全員私を見る。
 目立ちたくないとか言ってられない。彼女のポテンシャルなら一億だって安いくらいだ。

 虚ろな彼女の瞳と目があった気がした。

 どれだけ苦しい思いをしただろう。どれだけ悔しい思いをしただろう。
 彼女はもう貴族令嬢ではない。働いて自分の食い扶持を稼ぎながら生きていく、平民なんだ。
 それなら私のところで暮らしてもいいでしょう。家においで。

「他には?」

 オークショニアの問いに、会場内が静寂に包まれた。

 カンカンカン。
 ハンマーの音が響く。

「一億で、28番落札です」

 すべてのオークションが終わった。
 オークショニアが終了を告げ、落札者に対して別室に来るようにと続けられた。

「マイカさん!」

 金髪のご令嬢が意気揚々と話しかけてくる。
 何を言われるのか、何となく分かるので、少し憂鬱だ。

「マイカさん! 彼女を助けて下さって、ありがとうございます!」

 ほら、来た。面倒だな。でも、面倒がって黙っていても、ご令嬢には伝わらない。イケ好かない護衛の男に睨まれてもね。

「どうして貴方にお礼を言われるの? 彼女は貴方の身内?」

「違いますけど、私にはどうすることも出来なくて…………」

「何か勘違いをしているようですけど、私は彼女を奴隷の労働力として購入しただけです。
 元はどんな身分であっても、今彼女は奴隷で平民。働かざる者食うべからずです。平民はそうして生きているんですよ」

「そんな……。彼女の意思はどうなるんですか」

 ご令嬢は大事に大事に育てられて来たのだろう。
 純粋さは悪いことではないけど、一生、温室でぬくぬく暮らせるとは限らない。犯罪奴隷となった彼女のように、ある日突然、奈落に落とされることもある。

 病気の父親を助けたくて、お忍びで小さな冒険をした激しさはどこに行ったのだろう。

 マシューよ。甘やかし過ぎだぞ。そんな気持ちを込めて、チラリとマシューを見ると、彼は苦笑して肩をすくめた。

「彼女を人形のように飾っておいた方がいい? 
 働かなくてもお腹いっぱいご飯を食べられるなんて、赤ん坊と貴族のご令嬢しかいないの。
 平民は生きるために、自分で頑張らなければいけない。彼女はそういう力を身につけるべきだと思います。……まぁご令嬢には理解出来ないかもしれませんけどね」

「…………」

 わざと攻撃的な言葉を選んで伝えた。
 温室の土に鍬を入れるように、平民の現状を伝える。優しいご令嬢だから、ちゃんと平民の現状を知って欲しい。
 下々の生活を知っておいた方がいいよ。知ってると知らないじゃ、大違いだからね。

「お嬢様、クルトが戻りました」

 会場から出る人の流れを逆らって、クルトがスイスイ人の波を縫って来る。
 私の前に来ると、ニッと笑って皮のバッグを渡してくれた。

「お待たせっ」

「ありがとう。でも速くない? 宿まで結構な距離あるでしょうに」

「へへっ。久しぶりに本気だしちゃった」

 本気を出したら、速く移動出来るものなのだろうか。クルト……やっぱりパウルに、いろいろ仕込まれてるのかな。

「それじゃあ行きましょうか?」

 シュンとしてしまったご令嬢に、笑顔を向けると、沈んだ顔がパッと華やいだ。

(この子、激情したりしないあたり、私は好きだけど……貴族令嬢のゴタゴタの中で大丈夫なのかな)

 親の爵位が守っているのか、それとも私が思うより貴族令嬢の関係って、のほほんとしているのか。

 ニコニコしているご令嬢を見ていると、上品な毛足の長い犬みたいで可愛く見えてくる。いや、ルックスは元々かなりの美少女だけど。

 この綺麗な金髪をワシャワシャ撫でてやったら……イケ好かない護衛に噛みつかれるな。
 
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