異世界でお金を使わないといけません。

りんご飴

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石壁が隠す物

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 崩れた石壁から覗いて見えたのは、広大な土地だ。

 石壁の手前が兵士達の訓練場になっている。
 私が目を見張ったのは、訓練場の奥だ。目視出来るすべての範囲が畑になっていたのだ。

 あ! と思ったのもつかの間。倒れた男がムクリと起き上がった。

「……痛ててて。先輩の馬鹿力めっ! 外壁まで投げ飛ばすとか、化け物かっ!」

 起き上がってそうそう、元気に怒っている。
 見たところ外傷はないようだけど、石壁にぶつかったのなら打ち身は必須だろう。もちろん兵士なら、そんなケガは日常茶飯事なのかもしれないけれど。

「あ~~あ、壁が……うわっ!」

 男が私達に気がついて、慌てて起き上がった。頭から石の破片がパラパラ落ちてくるのを軽く払って、ガバッと頭を下げる。

「すみません。お怪我はありませんか?」

「あ、いえ。こちらは大丈夫ですが……」

 むしろ貴方が大丈夫か。いや、額から血が出ているよ……。

「この場所が脆くなっていたようです。…………って、ああヤバい!」

 男がワタワタ慌てているうちに、石壁の向こうから兵士が数人走って来る。手に持っていた大きな布を素早く広げると、崩れた場所に当てがって、中が見えなくなった。

 まるでこんな時のマニュアルでもあるかのように、手早く的確な兵士達の動きに、よほど中の様子を見られたくないのかと勘ぐってしまう。

(軍事機密とか?)

 でもだだっ広いグラウンドのような場所で、兵士が剣を振っていたり、レスリングのように素手で戦っていたりする様子が見えただけで、秘密にするようなところは見当たらなかったけど。

 後は奥の方が畑になっいたくらいで、別に変わったところはなかった。

「さて、お嬢さん達」

 男はニコリと胡散臭い笑顔を向ける。

「どうしてこのような場所へ?」

 これは職務質問だなと理解して、私もニコリと笑い返してやる。

「観光に王都に来たので、社会勉強の為に色町見学に来ていたんです。その先に行っては行けないと護衛と従者に言われていたのですけど、振り切って来て正解でした。こんな希有な体験が出来るなんて。ね?」

 なるべく上品に見えるように、クスクスと笑っうと、ヴィムとクルトが眉を寄せた。

「何言ってるんですか、お嬢さまぁ。ケガするところだったじゃないですかぁ」

 クルトが情けない口調で言う。瞬時に子犬みたいな表情になって、なかなかの役者だな。

 なんだかヴィムの雰囲気も違う。
 いつもより……何て言うか、ピリッとしている気がする。

「……お嬢様」

 思いがけずヴィムにお嬢様呼びをされて、ヴィムを二度見してしまった私は、ウフフフフと出来る限り上品な声と穏やかな表情で「何かしら?」と目線を送った。

 私が一番、大根役者じゃないか!

「貧民街のわりに治安がいいと思い、お嬢様の好きに見てまわりましたが……一歩間違えたら崩れた石壁の下敷きになっていたかもしれないんですよ」

 言いながらギロリと兵士の男を一瞬睨んで、大げさにため息をつく。
 私が仕掛けたとはいえ、ヴィムがこんなにスムーズに乗ってくれるなんて。

「お嬢さまに何かあっらぁ、僕らはどうすればいいんですかぁ」

「うっ……そ、そうね。おとなしく博物館観光でもしましょうか」

「そうですよぅ。こんな危険なところに観光に来るなんて、お嬢さまくらいですよぅ」

「分かった! 分かったから!
 …………そこの貴方。額から血が出てるわよ」

 兵士の額の血をハンカチで拭いて、「差し上げます」と言ってハンカチを渡すと、ありがとうと素直に受け取る。
 このハンカチは、手芸店に頼んで刺繍してもらったんだ。バート村の名前に、湯気三本のお馴染みの温泉マーク。

「ん? バート村の温泉って言えば、女神の呪いの……」

「ふふふっ。呪いだなんて、ご冗談を。
 バート村の温泉は、女神が独り占めしたくて、悪い噂を流したんじゃないかと言うほど、美容に特化した『美人の湯』。一度つかれば肌はツルツル、プルプル。もうすぐ宿も出来ますから、恋人でも誘って行って見てはいかがですか? プルプル、ツルツルの肌の女性って魅力的ですからね」

「ツルツル、プルプル…………いい」

「この情報を女子に教えたら、間違いなくモテますわよ。ウフフ」

 意中の女性でもいるのか、モテるという単語を何度か繰り返している男に「それでは、ごきげんよう」と上品に挨拶して、クルリと色町方面へと身体を反転させた。



 貧民街を抜けて色町に入ってしばらく、背後に兵士の気配が完全にないことを確認したヴィムの合図で、即席のイシカワ劇団は解散した。
 職務質問を受けた後、貧民街を抜けるまで、後をつける兵士の気配があったらしい。私は全然気がつかなかったけれど。

「宣伝用のハンカチを配るなら、女性に配った方がいいんじゃないの?」

 女子なら絶対に『美肌の湯』に食いつくはずだ。けれど、王都国民にバート村観光に来て貰おうとする気持ちは全くない。王都とバート村の距離を考えると、なかなか難しいだろう。

「うん。女性にも配るけど、あの兵士、なかなかイケメンだったじゃない。イケメンが『肌がキレイな女性っていいよねぇ』なんて言ったら、女子は目の色変えて美肌に興味持つでしょ」

 王都での一番の目的は、『女神の呪い』の噂を払拭する事だ。
 首都の噂や流行は、やがて国全体に広がるだろう。
 『女神の呪い』が『女神の美肌の湯』に取って変わるなら大成功。失敗しても、あそこに温泉あるよねぇ~ぐらいは認識されるはず。
 
「温泉はいいとして、あの石壁、気にならない?」

「例えばどんなところが?」

「どんなって…………」

 全部だ。貧民街の奥に兵士の訓練場があることも。ぐるりと石壁で囲んでいることも。
 最初は貧民街の一般人に危険がないように、石壁で対処したのかとか、軍事機密があって隠しているのかとか思った。けれど、クルトが言うには、石壁の中にも一般人が多数いたと言う。
 いろいろ気になるところはあるけれど、一番は奥に広がった畑だ。

「あれって、トウモロコシ畑だよね?」

 背の高いあの植物は、遠目でもよく分かる。
 アメリカ旅行で行った時に広大なコーン畑を見たことがあるからね。

 その規模は目の届く範囲すべてだから、相当な面積だろう。すべてを目視する事は出来ないけれど、王都はトウモロコシが名物とか聞いたことがないから、よけいに不思議だ。

「あんなにトウモロコシがあるのに、王都にはトウモロコシ料理ってほとんどないよね?」

 記憶にあるかぎり、トウモロコシはなかったはずだ。
 フーゴが作る野菜炒めに、黄色い粒状の野菜が入っていて、コーンだと思って食べたことがある。味は瓜系で、ギョッとした。

「ここの畑はもしかして、飼料用のコーンなのかな?」

 それにしてもトウモロコシ料理が無さすぎる。スイートコーンのように甘さが足りない種類だったとしても、いろいろやりようがあるのに。この世界の食事事情が豊かなだけに、トウモロコシの活用が少なすぎるよね。
 あの有名なコロンブスも「トウモロコシ美味い!」ってアメリカ大陸からヨーロッパに持ちかえったくらい、昔から美味しい穀物なのに。普及しないなんてね。

 粉にしたらコーンミールになるし、パンやお菓子にも使える。トルティーヤもトウモロコシが原料だし、具材を挟んだらタコスやブリトーになる。映画のお供、ポップコーンもトウモロコシだ。
 こんなに万能な植物を栽培しているのに、食べないなんて、もったいない!

 私は食べたい!

 思い浮かべるトウモロコシ料理に拳をグッと握った時、クルトがコテンと首を傾げた。

「お嬢さまの言うトウモロコシって、トウキビのことで間違いない?」

「え? トウキビ……うん、確かにそう呼ぶ地域もいくつかあったっけ」

 すると、クルトとヴィムが揃って表情を固くする。

 反射的に、私は口を閉じた。

 何かまずいことを言ったかな?

 居心地悪い雰囲気に、キョロリと目を丸くして二人を交互に見ると、二人は揃ってため息をついた。

「お嬢さまはトウキビを食べたことがあるの?」

「もっちろん。バターコーンも好きだし、シンプルに茹でただけでもスイーツ並みに甘くて好き。香ばしい焼きトウモロコシもいいよね」

 屋台から香る、焼きトウモロコシの香ばしい醤油の香りを思い出して、ゴクリと唾を飲んだ。

「あのさぁ、お嬢さま。トウキビなんて高級品、貴族でもなかなか食べられないよ?」

「高級品?」

 甘さを追及したスイートコーンなら高級と言えなくはないけど、本来のトウモロコシは痩せた土地にも育つし、収穫した後の茎や葉を土に鋤き込めば、土壌改良にもなる。
 種植え時期も長く、育てやすい植物だ。
 だから、貴族でもなかなか食べられないほど高級と言われると……違和感がある。

「むしろよく、トウキビだって分かったよね。たぶん誰もあれがトウキビだなんて知らないよ? 育ている一般人も知らないかもよ? 僕も初めて知ったし」

「確かに。俺も初めて知った……。あの植物の見た目には、トウキビの黄色い粒は微塵も感じないしな」

 二人とも知らないらしい。
 細長い緑の上にモシャモシャの髭。確かに黄色い艶々の粒が隠れているなんて分からないか。

「マイカが言うトウモロコシと、このトウキビが全く同じではないかもしれない。トウキビはマイカが言うほど強い甘さはなかったと思う」

「ふーーん、ヴィムは食べたことあるんだ?」

「………………いや……………」

 あるな、これは。

 貴族でもなかなか食べられないんでしょ。それを食べたってことは……。
 詮索する気はないから、聞かないけどね。私も同じ風に思われているだろうし。

「でも、そんなに貴重な高級食材が貧民街の奥に植えられているなんて。収穫泥棒とかありそうじゃない? トウモロコシだと知らない人ばっかりじゃないだろうし」

「誰も知らないよ。ヴィムの兄ちゃんだって知らなかったじゃん。
 栽培方法も産地もすべて謎なんだから」

「ケンゴ・シシドが種を持たらしたと伝えられているな。種を独占しようとしたその国に腹をたて、二度とその国に足を踏み入れなかったとか……。
 まさか、その国がグランファルドだったとは……」

「またシシドさんかぁ。
 この国、シシドさんから見限られたんだね。
 っていうか、トウモロコシの栽培なんて、よほど味にこだわらなければ普通に育ちそうなのに。
 種、欲しいなぁ」

「忍び込んでみる?」

「ダメ」

 クルトがニコニコしながら物騒なことを言うから、本気か冗談か分かりにくい。だけど、そんな時の為に訓練場の中に畑があるんだろうなぁ。

 ひとまずトウモロコシ料理はあきらめよう……。 
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