異世界でお金を使わないといけません。

りんご飴

文字の大きさ
上 下
64 / 162

石壁が隠す物

しおりを挟む

 崩れた石壁から覗いて見えたのは、広大な土地だ。

 石壁の手前が兵士達の訓練場になっている。
 私が目を見張ったのは、訓練場の奥だ。目視出来るすべての範囲が畑になっていたのだ。

 あ! と思ったのもつかの間。倒れた男がムクリと起き上がった。

「……痛ててて。先輩の馬鹿力めっ! 外壁まで投げ飛ばすとか、化け物かっ!」

 起き上がってそうそう、元気に怒っている。
 見たところ外傷はないようだけど、石壁にぶつかったのなら打ち身は必須だろう。もちろん兵士なら、そんなケガは日常茶飯事なのかもしれないけれど。

「あ~~あ、壁が……うわっ!」

 男が私達に気がついて、慌てて起き上がった。頭から石の破片がパラパラ落ちてくるのを軽く払って、ガバッと頭を下げる。

「すみません。お怪我はありませんか?」

「あ、いえ。こちらは大丈夫ですが……」

 むしろ貴方が大丈夫か。いや、額から血が出ているよ……。

「この場所が脆くなっていたようです。…………って、ああヤバい!」

 男がワタワタ慌てているうちに、石壁の向こうから兵士が数人走って来る。手に持っていた大きな布を素早く広げると、崩れた場所に当てがって、中が見えなくなった。

 まるでこんな時のマニュアルでもあるかのように、手早く的確な兵士達の動きに、よほど中の様子を見られたくないのかと勘ぐってしまう。

(軍事機密とか?)

 でもだだっ広いグラウンドのような場所で、兵士が剣を振っていたり、レスリングのように素手で戦っていたりする様子が見えただけで、秘密にするようなところは見当たらなかったけど。

 後は奥の方が畑になっいたくらいで、別に変わったところはなかった。

「さて、お嬢さん達」

 男はニコリと胡散臭い笑顔を向ける。

「どうしてこのような場所へ?」

 これは職務質問だなと理解して、私もニコリと笑い返してやる。

「観光に王都に来たので、社会勉強の為に色町見学に来ていたんです。その先に行っては行けないと護衛と従者に言われていたのですけど、振り切って来て正解でした。こんな希有な体験が出来るなんて。ね?」

 なるべく上品に見えるように、クスクスと笑っうと、ヴィムとクルトが眉を寄せた。

「何言ってるんですか、お嬢さまぁ。ケガするところだったじゃないですかぁ」

 クルトが情けない口調で言う。瞬時に子犬みたいな表情になって、なかなかの役者だな。

 なんだかヴィムの雰囲気も違う。
 いつもより……何て言うか、ピリッとしている気がする。

「……お嬢様」

 思いがけずヴィムにお嬢様呼びをされて、ヴィムを二度見してしまった私は、ウフフフフと出来る限り上品な声と穏やかな表情で「何かしら?」と目線を送った。

 私が一番、大根役者じゃないか!

「貧民街のわりに治安がいいと思い、お嬢様の好きに見てまわりましたが……一歩間違えたら崩れた石壁の下敷きになっていたかもしれないんですよ」

 言いながらギロリと兵士の男を一瞬睨んで、大げさにため息をつく。
 私が仕掛けたとはいえ、ヴィムがこんなにスムーズに乗ってくれるなんて。

「お嬢さまに何かあっらぁ、僕らはどうすればいいんですかぁ」

「うっ……そ、そうね。おとなしく博物館観光でもしましょうか」

「そうですよぅ。こんな危険なところに観光に来るなんて、お嬢さまくらいですよぅ」

「分かった! 分かったから!
 …………そこの貴方。額から血が出てるわよ」

 兵士の額の血をハンカチで拭いて、「差し上げます」と言ってハンカチを渡すと、ありがとうと素直に受け取る。
 このハンカチは、手芸店に頼んで刺繍してもらったんだ。バート村の名前に、湯気三本のお馴染みの温泉マーク。

「ん? バート村の温泉って言えば、女神の呪いの……」

「ふふふっ。呪いだなんて、ご冗談を。
 バート村の温泉は、女神が独り占めしたくて、悪い噂を流したんじゃないかと言うほど、美容に特化した『美人の湯』。一度つかれば肌はツルツル、プルプル。もうすぐ宿も出来ますから、恋人でも誘って行って見てはいかがですか? プルプル、ツルツルの肌の女性って魅力的ですからね」

「ツルツル、プルプル…………いい」

「この情報を女子に教えたら、間違いなくモテますわよ。ウフフ」

 意中の女性でもいるのか、モテるという単語を何度か繰り返している男に「それでは、ごきげんよう」と上品に挨拶して、クルリと色町方面へと身体を反転させた。



 貧民街を抜けて色町に入ってしばらく、背後に兵士の気配が完全にないことを確認したヴィムの合図で、即席のイシカワ劇団は解散した。
 職務質問を受けた後、貧民街を抜けるまで、後をつける兵士の気配があったらしい。私は全然気がつかなかったけれど。

「宣伝用のハンカチを配るなら、女性に配った方がいいんじゃないの?」

 女子なら絶対に『美肌の湯』に食いつくはずだ。けれど、王都国民にバート村観光に来て貰おうとする気持ちは全くない。王都とバート村の距離を考えると、なかなか難しいだろう。

「うん。女性にも配るけど、あの兵士、なかなかイケメンだったじゃない。イケメンが『肌がキレイな女性っていいよねぇ』なんて言ったら、女子は目の色変えて美肌に興味持つでしょ」

 王都での一番の目的は、『女神の呪い』の噂を払拭する事だ。
 首都の噂や流行は、やがて国全体に広がるだろう。
 『女神の呪い』が『女神の美肌の湯』に取って変わるなら大成功。失敗しても、あそこに温泉あるよねぇ~ぐらいは認識されるはず。
 
「温泉はいいとして、あの石壁、気にならない?」

「例えばどんなところが?」

「どんなって…………」

 全部だ。貧民街の奥に兵士の訓練場があることも。ぐるりと石壁で囲んでいることも。
 最初は貧民街の一般人に危険がないように、石壁で対処したのかとか、軍事機密があって隠しているのかとか思った。けれど、クルトが言うには、石壁の中にも一般人が多数いたと言う。
 いろいろ気になるところはあるけれど、一番は奥に広がった畑だ。

「あれって、トウモロコシ畑だよね?」

 背の高いあの植物は、遠目でもよく分かる。
 アメリカ旅行で行った時に広大なコーン畑を見たことがあるからね。

 その規模は目の届く範囲すべてだから、相当な面積だろう。すべてを目視する事は出来ないけれど、王都はトウモロコシが名物とか聞いたことがないから、よけいに不思議だ。

「あんなにトウモロコシがあるのに、王都にはトウモロコシ料理ってほとんどないよね?」

 記憶にあるかぎり、トウモロコシはなかったはずだ。
 フーゴが作る野菜炒めに、黄色い粒状の野菜が入っていて、コーンだと思って食べたことがある。味は瓜系で、ギョッとした。

「ここの畑はもしかして、飼料用のコーンなのかな?」

 それにしてもトウモロコシ料理が無さすぎる。スイートコーンのように甘さが足りない種類だったとしても、いろいろやりようがあるのに。この世界の食事事情が豊かなだけに、トウモロコシの活用が少なすぎるよね。
 あの有名なコロンブスも「トウモロコシ美味い!」ってアメリカ大陸からヨーロッパに持ちかえったくらい、昔から美味しい穀物なのに。普及しないなんてね。

 粉にしたらコーンミールになるし、パンやお菓子にも使える。トルティーヤもトウモロコシが原料だし、具材を挟んだらタコスやブリトーになる。映画のお供、ポップコーンもトウモロコシだ。
 こんなに万能な植物を栽培しているのに、食べないなんて、もったいない!

 私は食べたい!

 思い浮かべるトウモロコシ料理に拳をグッと握った時、クルトがコテンと首を傾げた。

「お嬢さまの言うトウモロコシって、トウキビのことで間違いない?」

「え? トウキビ……うん、確かにそう呼ぶ地域もいくつかあったっけ」

 すると、クルトとヴィムが揃って表情を固くする。

 反射的に、私は口を閉じた。

 何かまずいことを言ったかな?

 居心地悪い雰囲気に、キョロリと目を丸くして二人を交互に見ると、二人は揃ってため息をついた。

「お嬢さまはトウキビを食べたことがあるの?」

「もっちろん。バターコーンも好きだし、シンプルに茹でただけでもスイーツ並みに甘くて好き。香ばしい焼きトウモロコシもいいよね」

 屋台から香る、焼きトウモロコシの香ばしい醤油の香りを思い出して、ゴクリと唾を飲んだ。

「あのさぁ、お嬢さま。トウキビなんて高級品、貴族でもなかなか食べられないよ?」

「高級品?」

 甘さを追及したスイートコーンなら高級と言えなくはないけど、本来のトウモロコシは痩せた土地にも育つし、収穫した後の茎や葉を土に鋤き込めば、土壌改良にもなる。
 種植え時期も長く、育てやすい植物だ。
 だから、貴族でもなかなか食べられないほど高級と言われると……違和感がある。

「むしろよく、トウキビだって分かったよね。たぶん誰もあれがトウキビだなんて知らないよ? 育ている一般人も知らないかもよ? 僕も初めて知ったし」

「確かに。俺も初めて知った……。あの植物の見た目には、トウキビの黄色い粒は微塵も感じないしな」

 二人とも知らないらしい。
 細長い緑の上にモシャモシャの髭。確かに黄色い艶々の粒が隠れているなんて分からないか。

「マイカが言うトウモロコシと、このトウキビが全く同じではないかもしれない。トウキビはマイカが言うほど強い甘さはなかったと思う」

「ふーーん、ヴィムは食べたことあるんだ?」

「………………いや……………」

 あるな、これは。

 貴族でもなかなか食べられないんでしょ。それを食べたってことは……。
 詮索する気はないから、聞かないけどね。私も同じ風に思われているだろうし。

「でも、そんなに貴重な高級食材が貧民街の奥に植えられているなんて。収穫泥棒とかありそうじゃない? トウモロコシだと知らない人ばっかりじゃないだろうし」

「誰も知らないよ。ヴィムの兄ちゃんだって知らなかったじゃん。
 栽培方法も産地もすべて謎なんだから」

「ケンゴ・シシドが種を持たらしたと伝えられているな。種を独占しようとしたその国に腹をたて、二度とその国に足を踏み入れなかったとか……。
 まさか、その国がグランファルドだったとは……」

「またシシドさんかぁ。
 この国、シシドさんから見限られたんだね。
 っていうか、トウモロコシの栽培なんて、よほど味にこだわらなければ普通に育ちそうなのに。
 種、欲しいなぁ」

「忍び込んでみる?」

「ダメ」

 クルトがニコニコしながら物騒なことを言うから、本気か冗談か分かりにくい。だけど、そんな時の為に訓練場の中に畑があるんだろうなぁ。

 ひとまずトウモロコシ料理はあきらめよう……。 
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

モブの俺が巻き込まれた乙女ゲームはBL仕様になっていた!

佐倉真稀
BL
【本編完結:番外編不定期投稿中:3巻9月発売!】平凡な元社畜、俺、通利一平は乙女ゲーム「星と花と宵闇と」の世界にモブのセイアッド・ロアールとして生まれ変わった。俺の幼馴染、ノクス・ウースィクは前世の最推しで「星宵」のラスボスで隠し攻略対象者。そんなノクスをラスボスにしたくない俺は闇落ちから救おうと努力を重ねる。おかげで俺とノクスは超仲良し。そんな中、衝撃の事実が発覚! え? 第2の性がある? それってオメガバースっていうんじゃね? それってもう、乙女ゲーじゃなく……BLゲーだろ!? 基本コメディ色多めです。※が付く話は背後注意。※第9回BL小説大賞応援ありがとうございました。おかげさまで奨励賞いただきました。 ※R5.7.5書籍化に伴いタイトル変更(旧題:モブの俺が巻き込まれた乙女ゲームはいつの間にかBLゲームになっていた!)※アンダルシュノベルズbにて書籍刊行。皆様の応援のおかげです! ありがとうございました。※章位置変更 冒険者として活動開始!(10~12歳)をクエストの前に差し込みました。クエスト以下14歳までを魔の森での冒険者活動に章変更いたしました。

(完結)あなたの愛は諦めました (全5話)

青空一夏
恋愛
私はライラ・エト伯爵夫人と呼ばれるようになって3年経つ。子供は女の子が一人いる。子育てをナニーに任せっきりにする貴族も多いけれど、私は違う。はじめての子育ては夫と協力してしたかった。けれど、夫のエト伯爵は私の相談には全く乗ってくれない。彼は他人の相談に乗るので忙しいからよ。 これは自分の家庭を顧みず、他人にいい顔だけをしようとする男の末路を描いた作品です。 ショートショートの予定。 ゆるふわ設定。ご都合主義です。タグが増えるかもしれません。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

【完結】会いたいあなたはどこにもいない

野村にれ
恋愛
私の家族は反乱で殺され、私も処刑された。 そして私は家族の罪を暴いた貴族の娘として再び生まれた。 これは足りない罪を償えという意味なのか。 私の会いたいあなたはもうどこにもいないのに。 それでも償いのために生きている。

 幸せな王弟殿下 〜疎まれた王妃を貰ったら家族が出来ました〜

一 千之助
恋愛
「義理は果たした。そなたは離宮で大人しくしておれ」  そう吐き捨てて夫は初夜の寝室を出ていった。  残された妻のヒルデガルトは、夫たるリカルドが嫌々なことを知っていたので気にもしない。  戦に大敗を喫し、半属国となったリカルドの国に押し付けられた花嫁。それがヒルデガルトである。  戦勝国による乗っ取りだ。元々、リカルドの妻だった王妃を側妃に落として嫁いできたヒルデガルトを、リカルドは心の底から唾棄している。  そんなことは百も承知だったため、ヒルデガルトもあらゆる冷遇を想定し、嫁入りした。彼女には愛する家族がいるのだから。 ……幸せな暮らしをしてきたのだもの。あの家族を守るために、どんだけ疎ましく思われようが居座ってやるわ。  彼女の嫁入り道具には、なぜかクワや七輪などが…… 実はこの王女様、前世で現代日本人の記憶を持つ転生者だった。  前世に読んだラノベよろしく、逆境を想定し、色々持ち込んだヒルデガルト。  用意周到な彼女のとんちんかんな行動や、冷遇が上手くゆかず狼狽えるリカルドと、それに振り回される王宮の茶番劇。  最後に笑うのは誰だ? ☆種無しや石女など、非常に不愉快な表現が飛び交います。御注意を。  それでも良いよという方は、のんびりご笑覧ください♫  

継母の心得

トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10〜第二部スタート ☆書籍化 2025年3月下旬ノベル6巻刊行予定、コミックス1巻発売中☆】 ※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロ重い、が苦手の方にもお読みいただけます。 山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。 治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。 不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!? 前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった! 突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。 オタクの知識を使って、子育て頑張ります!! 子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です! 番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。

俺を殺すはずの攻略対象との間に子どもを授かりました。

田鴫
BL
息子であるリアンを溺愛する主人公デリック。彼はただ息子と二人でのんびり生活を楽しみたいだけなのだがそうはいかなかった。若かりし頃のデリックと身体を重ねたアルノール、通称『ヒロイン溺愛botアルノール・ヴェーデルラ』はデリックに酷いほどの執着を見せた。 ヒロインを愛するはずの男の愛を素直に受け入れられない主人公デリックと執着心マシマシ公爵アルノール、そんな二人の間に生まれた息子のリアン、彼らが家族になるための御話だ。

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

処理中です...