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アルバンとパウル

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「こちらは少しクセが強いですね」

「ふむ。先ほどの方が飲みやすかったな。硫黄が強い」

「まぁでも、これはこれでクセになりますねぇ。温度が低めなので、硫黄が強いわりに飲みやすいですよ」

「確かに。前回は二人して、口に入れた瞬間、吹き出したからなぁ」

 素焼きのカップを持って飲泉の飲み比べをしているのは、イシカワ邸の執事と庭師(?)のアルバンとパウルだ。

「いやぁ、温泉地に住んでいるなんて、贅沢だな。この間、向こうの飲泉場で面白い飲泉があると聞いたよ。行ってみるかい?」

「いいですね。とことん試してみましょう」

 飲泉の宝庫とも言えるマルファンだけれど、飲み過ぎは逆に身体に負担になる。
 アルバンとパウルはマルファンの飲泉を制覇しようと、時々こうして飲泉ツアーを開催している。

 マルファン名物温泉蒸しパンを食べながら、次の飲泉場に向かう。

 アルバンは自分の蒸しパンを食べながら、クスリと笑った。
 買い食いなんて、したことがなかった。この歳になって、パウルと飲泉ツアーをする様になって、初めて経験した。

(この歳になって、初めて経験することがあるとは……愉快、愉快)

 隣のパウルをチラリと見ると、すでに二つ目の蒸しパンを食べ終わっていた。
 クセのある飲泉を飲んだ後味を、蒸しパンの優しい甘さがリセットしてくれる。毎回、飲泉ツアーには蒸しパンがセットになっている。

「ああ、ここだ」

 たどりついた場所は街外れの小さな飲泉場だった。大きな飲泉場と違って、他の観光客はいない。

「どれどれ……おお、これは」

 カップに注いだ瞬間から違いが分かった。
 入れた瞬間、シュワッと泡が立つ。

「発泡性の温泉か」

「マルファンの中でも珍しいですね」

「うん。クセがないな!」

「温度も冷たいし、シュワッとした感触が面白い」

「これならお嬢ちゃんも気にいるだろうな」

 主人のマイカは飲泉に興味があるものの、クセある飲泉にトラウマがあるらしい。
 このクセのない発泡性の飲泉なら、飲めるかもしれない。

「今頃、お嬢様はバート村で楽しんでいるでしょうか」

「あの村の温泉はすごいらしいからな。次はワシらもご一緒したいものだね」

 マイカの話題をしながら歩いていると、パウルがピクリと何かに反応した。
 その姿を見たアルバンはスッと瞳を細め、あたりに気を配る。パウルの反応を見ると、何かを感じとったのだろう。

 カァーー、カァ、カァーー!!!

「これは……」

 カラスがけたたましくないている声が聞こえてきた。
 一羽ではない。
 カラスは時には人を襲うこともある。けれど、これ程興奮したカラスの声を街外れとはいえ、街中で聞くことはあまりないだろう。

「向こうか」

 早足で歩きだしたパウルの後を、アルバンは久しぶりに全速力で走って追いかけた。



 マルファンの街外れは、乳牛の畜産が行われている。
 牛を放牧出来る放牧地が広がっていて、その一角にカラスが数羽けたたましい鳴き声をあげて何かに攻撃をしていた。

 パウルが近付くにつれて、カラスの攻撃対象が見えて来る。

「人か」

 二人の人物がいた。一人はその場にうずくまり、もう一人は武器を持っているにも関わらず、素手でカラスの攻撃を防いでいる。
 武器を使わないのは、カラスを傷つけたくないのだろう。

 その人物はーーーー。

「カサンドラと、ローラか?」

 イシカワ邸の護衛の一人と料理人の一人だ。

 カサンドラはカラスの攻撃を素手で払いながら、パウルの姿を見て、目を見開いた。

「え? パウルさん?」

 カサンドラの声に、うずくまっていたローラが少しだけ顔をあげた。

「パウルさん、危ないですよ!」
 
 言いながらカサンドラは、飛んで来るカラスを一羽素手で捕まえると、グルグル振り回してポイッと遠くに放り投げる。カラスは地面に落ちると、ヨロヨロと立ち上がり、逃げて行く。
 カラスをなるべく傷つけずに撃退する苦肉の作戦だ。
 確実に数を減らしてはいるけれど、数が多い。

「手を貸すぞ」

「ありがとうございます。しかし、なるべくカラスを傷つけないようにお願いします」

 最初に何羽のカラスがいたのかは分からないけれど、カサンドラの腕は服が破れて、少し血がにじんでいる。
 まだ7羽のカラスが興奮状態で攻撃を続けていた。

 パウルはカサンドラがやっていたように、飛んで来るカラスの頭を手のひらでキャッチする。反対の手でも同じようにカラスを捕まえた。2羽同時にグルグルと勢いよく回すと、カラスはそれだけで目を回したようで、パウルの手の中でダラリと大人しくなる。
 ポイと放り投げ、すかさずまた2羽キャッチする。グルグルポイを繰り返すと、あっという間に飛んでいたカラスはみんな逃げかえった。

 アルバンがようやく追い付いて来る。 
 ゼィゼィと肩で息を繰り返しながら、乱れた髪の毛を整えると、まだ荒い息をしながらも、いつものピシッとした執事スタイルに戻った。

「カサンドラ、ローラ、どういう事ですか」

 うずくまっていたローラが少し身体を起こす。

「実は……」

 ローラの身体の下から、小さな黒い物体が這い出て来た。続いて白黒の物体と茶色の物体も出てくる。

「これは……子猫」

 カサンドラが傷ついた手で、ため息をつきながら髪の毛をかきあげた。

「牛乳を買い付けに畜産場に来たら、子猫がカラスに襲われていて……。
 野生界の弱肉強食は分かっているが、無抵抗な子猫が襲われているのを見ていられなくてね」

「私が悪いんです! 後先考えずに飛び出してしまって……。カサンドラさんは私のせいで」

 カラスの獲物を横取りすることになったから、カサンドラは武器を抜かずに、カラスを傷つけないように素手で戦ったようだ。

「だとしても、軽率な行動です。カラスは意外と獰猛ですし、ケガにより仕事に支障がでるとは考えなかったのですか」

 パウルがアルバンの肩を叩く。

 分かっている。怒ってはいない。ローラとカサンドラの行動は理解出来る。考えるより先に身体が動いてしまうことがあることも。
 けれど、カサンドラの腕がもっと重症なら、武器を握ることが出来なくなる可能性。ローラも同じく包丁を握れなくなる可能性。二人とも若い女性で、顔に傷が残ってしまう可能性。
 それらを心配する立場に自分はいる。主人の留守に屋敷を預かる執事として。そして同じ主人に使える仲間として。

 ニィニィと小さな声で鳴く子猫達は、カラスにつつかれたわりに軽傷のようだ。

「カサンドラも猫も手当てが必要ですね。明日、お嬢様が戻られたら、指示を仰ぎましょう」

 マイカが猫をどうするか分からない。もし、捨ててこいとなったら、里親を探してもいいだろう。
 アルバンは黒いモコモコの子猫の頭をそっと撫でた。




「猫! 猫がいる! うきゃっ、可愛い、可愛い!! モコモコ、サラサラ、ツルツルだぁ!」

 実は地球では、野良猫を探して愛でるほど猫好きだったマイカは、子猫に歓喜した。

 イシカワ邸に新たな仲間が加わった。

 命名オハギ。オス。毛色は黒。モコモコの長毛。フサフサのしっぽ。

 命名ミルク。メス。毛色は白黒の牛柄。サラサラな中毛。スラリと長いしっぽ。

 命名トラ。オス。毛色は茶色の縞模様。スリムでツルツルな短毛。短い団子のようなしっぽ。
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