新米女神の運命の赤い糸

りんご飴

文字の大きさ
上 下
17 / 25

一度切れた糸

しおりを挟む
 男達は全員ウニが大地の神殿に捨てて来た。

「二日に一回、悪夢を見るようにしといたよ」

 毎日だと自死を選び兼ねないからと、ウニはにこやかに言った。

 神の怒りを買うことがどんなに恐いことかを知っているアレクシスは、青白い顔で見ている。

「ノエル、頬の他に痛むところはある?」

「あ……大丈夫です」

「うん。どう見ても大丈夫じゃないよね。僕は治癒は使えないから、ノエルを人間の医者のとこに連れて行くよ……」

 リアの頬に、柔らかい桃色の髪が当たる。
 ちゃんと話合ってと、耳打ちされた。誰とと、聞き返すまでもない。ずっとリアから視線を離さない、彼がいる。
 人間社会では、目上の者の顔を許可なく見つめれば、それだけで罪になりかねない。彼はそのことをよく知っているはずなのに、リアを見つめる。

 もう一度、リアの耳元でウニは囁く。

「あいつ、結構な変態だから気をつけて」

 ふはっと笑ってから、じゃあねと手を振り、一瞬で消えた二人を見送る。改めて彼を見た。
 アストロン国の王子、アレクシス。

(綺麗な顔ね)

 今すぐ側に寄って、白金色の髪に触れたくなる。薄い彼の唇が触れたら思いのほか柔らかいこと、肉厚な舌が器用に動くことを知っているからだろうか。

(私、ドキドキしてる)

 ノエルの時はもっと温かい気持ちだった。ウニが捨てた男達に対しては、嫌悪感さえあった。

(男性なら誰でもドキドキするわけじゃないのね。アレクシスだから触れたいんだわ)

 アレクシスの瞳に映る自分の顔は、何だか物欲しそうそうで恥ずかしい。

「……私の顔に何かついてます?」

「女神様が可愛いすぎて、目を離したくありません」

 リアを見つめる、まるで酒に酔っているかのように潤んだ瞳。可愛いと言ったら、少しだけ不服そうに唇を歪めた。

「キスしてもいいかしら?」

「え……」

「嫌なら、拒んで」

 身長差で、思い切り背伸びをしてようやく彼の唇に届く。アレクシスの唇にちょんと自分の唇を重ねた。

「っ!」

 瞬間、グイと腰を引き寄せられて二人の唇がより深く重なる。熱い舌が性急な仕草で強引にリアの唇をこじ開け、口内に侵入した。

「ん……っ」

 鼻から抜ける吐息に、アレクシスの舌の動きが止まった。
 逆にリアがアレクシスの舌に自分の舌を絡め、ついでにチュッと吸う。大きな身体がビクリと震える。

「女神、様……いつそんなことを覚えたんですか」

「んっ、はぁ…………リアって呼んで」

 ゴクリとアレクシスの喉が鳴る。
 いつ覚えたと言われても、最初にキスを教えたのはアレクシスだ。グレンよりジェイスより、アレクシスとのキスが気持ちよくて、もっと彼とのキスが欲しくて無意識の行動だった。

「……ふぁ、私にキスを教えたのは、アレクシスじゃない。っんん」

 再びピタリと唇が重なる。

 ピチャリ、チュ……クチュ。

 熱い彼の舌が激しくリアの口内を暴れ、濡れた音が響く。
 絡まり、擦り合わせ、何度も吸われる。
 吐息さえ奪うほどのキスに朦朧としながらも、リアはアレクシスの頬に手を添えた。

「っはぁ……ちゅ……ア、レクシ、ス……」

 どれだけの時間、キスをしていただろうか。ようやく緩やかになった。

 唇がジンジンと熱を帯びている。もしかしたら腫れているかもしれない。

 終わりの予感を感じさせながらも、アレクシスは名残惜しげにチュッチュッとリアの唇を啄んだ。

「ねぇ……。ちゅ」

 呼びかけると、キスが再び始まりそうになる。リアは少し強引に、身を引いた。

「ア、レクシス……。あなた、泣いてるの?」

 彼の頬がしっとりと濡れている。すでに目は充血していて、ガラス玉のような瞳が潤んでいた。

「私とキスするのが嫌だった?」

「そんなことはないっ! いや……ありません。
 キスはしてもしても足りません。それどころか、キスだけでなく、リア様のすべてを欲しいと思っています。
 リア様、俺は、あなたを愛しています」

 瞬間、リアの胸がギュッと痛いくらいに締め付けられた。一瞬、息が止まる。
 愛しているという、アレクシスの言葉。嘘ではないことは、涙に濡れた真剣な目で分かる。

「愛してるって言いながら、どうして泣いてるの?」

「どんなに愛しても、あなたは、また俺の前から消えてしまうから」

 ドキドキと鳴り響く胸の音。
 けれど、リアの小指の赤い糸はピクリとも動かない。

(どうしよう。胸が痛い)

 今、彼の小指に巻き付けばいいのに。そうすれば、流れる涙を止めてあげられるのに。

 ぐっと奥歯を噛んだ。
 彼の胸板を押して、少し距離を取る。温もりが離れたことが、寂しくてたまらない。
 だけど。

「残念だけど、私とあなたの赤い糸は切れてしまったの」

 一度しっかり結びついて、プツンと切れた。ほどけたとは訳が違う。
 今、リアの気持ちはアレクシスを求めているのに、小指の赤い糸は少しも動かない。

「もう一度、あなたと繋がったら、良かったのにね」

 大きく見開いたガラス玉のような瞳。

 ギュッと軋む胸を押さえて、女神は姿を消した。
 仄かに甘い残り香だけを残して。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...