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一度切れた糸
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男達は全員ウニが大地の神殿に捨てて来た。
「二日に一回、悪夢を見るようにしといたよ」
毎日だと自死を選び兼ねないからと、ウニはにこやかに言った。
神の怒りを買うことがどんなに恐いことかを知っているアレクシスは、青白い顔で見ている。
「ノエル、頬の他に痛むところはある?」
「あ……大丈夫です」
「うん。どう見ても大丈夫じゃないよね。僕は治癒は使えないから、ノエルを人間の医者のとこに連れて行くよ……」
リアの頬に、柔らかい桃色の髪が当たる。
ちゃんと話合ってと、耳打ちされた。誰とと、聞き返すまでもない。ずっとリアから視線を離さない、彼がいる。
人間社会では、目上の者の顔を許可なく見つめれば、それだけで罪になりかねない。彼はそのことをよく知っているはずなのに、リアを見つめる。
もう一度、リアの耳元でウニは囁く。
「あいつ、結構な変態だから気をつけて」
ふはっと笑ってから、じゃあねと手を振り、一瞬で消えた二人を見送る。改めて彼を見た。
アストロン国の王子、アレクシス。
(綺麗な顔ね)
今すぐ側に寄って、白金色の髪に触れたくなる。薄い彼の唇が触れたら思いのほか柔らかいこと、肉厚な舌が器用に動くことを知っているからだろうか。
(私、ドキドキしてる)
ノエルの時はもっと温かい気持ちだった。ウニが捨てた男達に対しては、嫌悪感さえあった。
(男性なら誰でもドキドキするわけじゃないのね。アレクシスだから触れたいんだわ)
アレクシスの瞳に映る自分の顔は、何だか物欲しそうそうで恥ずかしい。
「……私の顔に何かついてます?」
「女神様が可愛いすぎて、目を離したくありません」
リアを見つめる、まるで酒に酔っているかのように潤んだ瞳。可愛いと言ったら、少しだけ不服そうに唇を歪めた。
「キスしてもいいかしら?」
「え……」
「嫌なら、拒んで」
身長差で、思い切り背伸びをしてようやく彼の唇に届く。アレクシスの唇にちょんと自分の唇を重ねた。
「っ!」
瞬間、グイと腰を引き寄せられて二人の唇がより深く重なる。熱い舌が性急な仕草で強引にリアの唇をこじ開け、口内に侵入した。
「ん……っ」
鼻から抜ける吐息に、アレクシスの舌の動きが止まった。
逆にリアがアレクシスの舌に自分の舌を絡め、ついでにチュッと吸う。大きな身体がビクリと震える。
「女神、様……いつそんなことを覚えたんですか」
「んっ、はぁ…………リアって呼んで」
ゴクリとアレクシスの喉が鳴る。
いつ覚えたと言われても、最初にキスを教えたのはアレクシスだ。グレンよりジェイスより、アレクシスとのキスが気持ちよくて、もっと彼とのキスが欲しくて無意識の行動だった。
「……ふぁ、私にキスを教えたのは、アレクシスじゃない。っんん」
再びピタリと唇が重なる。
ピチャリ、チュ……クチュ。
熱い彼の舌が激しくリアの口内を暴れ、濡れた音が響く。
絡まり、擦り合わせ、何度も吸われる。
吐息さえ奪うほどのキスに朦朧としながらも、リアはアレクシスの頬に手を添えた。
「っはぁ……ちゅ……ア、レクシ、ス……」
どれだけの時間、キスをしていただろうか。ようやく緩やかになった。
唇がジンジンと熱を帯びている。もしかしたら腫れているかもしれない。
終わりの予感を感じさせながらも、アレクシスは名残惜しげにチュッチュッとリアの唇を啄んだ。
「ねぇ……。ちゅ」
呼びかけると、キスが再び始まりそうになる。リアは少し強引に、身を引いた。
「ア、レクシス……。あなた、泣いてるの?」
彼の頬がしっとりと濡れている。すでに目は充血していて、ガラス玉のような瞳が潤んでいた。
「私とキスするのが嫌だった?」
「そんなことはないっ! いや……ありません。
キスはしてもしても足りません。それどころか、キスだけでなく、リア様のすべてを欲しいと思っています。
リア様、俺は、あなたを愛しています」
瞬間、リアの胸がギュッと痛いくらいに締め付けられた。一瞬、息が止まる。
愛しているという、アレクシスの言葉。嘘ではないことは、涙に濡れた真剣な目で分かる。
「愛してるって言いながら、どうして泣いてるの?」
「どんなに愛しても、あなたは、また俺の前から消えてしまうから」
ドキドキと鳴り響く胸の音。
けれど、リアの小指の赤い糸はピクリとも動かない。
(どうしよう。胸が痛い)
今、彼の小指に巻き付けばいいのに。そうすれば、流れる涙を止めてあげられるのに。
ぐっと奥歯を噛んだ。
彼の胸板を押して、少し距離を取る。温もりが離れたことが、寂しくてたまらない。
だけど。
「残念だけど、私とあなたの赤い糸は切れてしまったの」
一度しっかり結びついて、プツンと切れた。ほどけたとは訳が違う。
今、リアの気持ちはアレクシスを求めているのに、小指の赤い糸は少しも動かない。
「もう一度、あなたと繋がったら、良かったのにね」
大きく見開いたガラス玉のような瞳。
ギュッと軋む胸を押さえて、女神は姿を消した。
仄かに甘い残り香だけを残して。
「二日に一回、悪夢を見るようにしといたよ」
毎日だと自死を選び兼ねないからと、ウニはにこやかに言った。
神の怒りを買うことがどんなに恐いことかを知っているアレクシスは、青白い顔で見ている。
「ノエル、頬の他に痛むところはある?」
「あ……大丈夫です」
「うん。どう見ても大丈夫じゃないよね。僕は治癒は使えないから、ノエルを人間の医者のとこに連れて行くよ……」
リアの頬に、柔らかい桃色の髪が当たる。
ちゃんと話合ってと、耳打ちされた。誰とと、聞き返すまでもない。ずっとリアから視線を離さない、彼がいる。
人間社会では、目上の者の顔を許可なく見つめれば、それだけで罪になりかねない。彼はそのことをよく知っているはずなのに、リアを見つめる。
もう一度、リアの耳元でウニは囁く。
「あいつ、結構な変態だから気をつけて」
ふはっと笑ってから、じゃあねと手を振り、一瞬で消えた二人を見送る。改めて彼を見た。
アストロン国の王子、アレクシス。
(綺麗な顔ね)
今すぐ側に寄って、白金色の髪に触れたくなる。薄い彼の唇が触れたら思いのほか柔らかいこと、肉厚な舌が器用に動くことを知っているからだろうか。
(私、ドキドキしてる)
ノエルの時はもっと温かい気持ちだった。ウニが捨てた男達に対しては、嫌悪感さえあった。
(男性なら誰でもドキドキするわけじゃないのね。アレクシスだから触れたいんだわ)
アレクシスの瞳に映る自分の顔は、何だか物欲しそうそうで恥ずかしい。
「……私の顔に何かついてます?」
「女神様が可愛いすぎて、目を離したくありません」
リアを見つめる、まるで酒に酔っているかのように潤んだ瞳。可愛いと言ったら、少しだけ不服そうに唇を歪めた。
「キスしてもいいかしら?」
「え……」
「嫌なら、拒んで」
身長差で、思い切り背伸びをしてようやく彼の唇に届く。アレクシスの唇にちょんと自分の唇を重ねた。
「っ!」
瞬間、グイと腰を引き寄せられて二人の唇がより深く重なる。熱い舌が性急な仕草で強引にリアの唇をこじ開け、口内に侵入した。
「ん……っ」
鼻から抜ける吐息に、アレクシスの舌の動きが止まった。
逆にリアがアレクシスの舌に自分の舌を絡め、ついでにチュッと吸う。大きな身体がビクリと震える。
「女神、様……いつそんなことを覚えたんですか」
「んっ、はぁ…………リアって呼んで」
ゴクリとアレクシスの喉が鳴る。
いつ覚えたと言われても、最初にキスを教えたのはアレクシスだ。グレンよりジェイスより、アレクシスとのキスが気持ちよくて、もっと彼とのキスが欲しくて無意識の行動だった。
「……ふぁ、私にキスを教えたのは、アレクシスじゃない。っんん」
再びピタリと唇が重なる。
ピチャリ、チュ……クチュ。
熱い彼の舌が激しくリアの口内を暴れ、濡れた音が響く。
絡まり、擦り合わせ、何度も吸われる。
吐息さえ奪うほどのキスに朦朧としながらも、リアはアレクシスの頬に手を添えた。
「っはぁ……ちゅ……ア、レクシ、ス……」
どれだけの時間、キスをしていただろうか。ようやく緩やかになった。
唇がジンジンと熱を帯びている。もしかしたら腫れているかもしれない。
終わりの予感を感じさせながらも、アレクシスは名残惜しげにチュッチュッとリアの唇を啄んだ。
「ねぇ……。ちゅ」
呼びかけると、キスが再び始まりそうになる。リアは少し強引に、身を引いた。
「ア、レクシス……。あなた、泣いてるの?」
彼の頬がしっとりと濡れている。すでに目は充血していて、ガラス玉のような瞳が潤んでいた。
「私とキスするのが嫌だった?」
「そんなことはないっ! いや……ありません。
キスはしてもしても足りません。それどころか、キスだけでなく、リア様のすべてを欲しいと思っています。
リア様、俺は、あなたを愛しています」
瞬間、リアの胸がギュッと痛いくらいに締め付けられた。一瞬、息が止まる。
愛しているという、アレクシスの言葉。嘘ではないことは、涙に濡れた真剣な目で分かる。
「愛してるって言いながら、どうして泣いてるの?」
「どんなに愛しても、あなたは、また俺の前から消えてしまうから」
ドキドキと鳴り響く胸の音。
けれど、リアの小指の赤い糸はピクリとも動かない。
(どうしよう。胸が痛い)
今、彼の小指に巻き付けばいいのに。そうすれば、流れる涙を止めてあげられるのに。
ぐっと奥歯を噛んだ。
彼の胸板を押して、少し距離を取る。温もりが離れたことが、寂しくてたまらない。
だけど。
「残念だけど、私とあなたの赤い糸は切れてしまったの」
一度しっかり結びついて、プツンと切れた。ほどけたとは訳が違う。
今、リアの気持ちはアレクシスを求めているのに、小指の赤い糸は少しも動かない。
「もう一度、あなたと繋がったら、良かったのにね」
大きく見開いたガラス玉のような瞳。
ギュッと軋む胸を押さえて、女神は姿を消した。
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