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友達
しおりを挟む「名前は決めたわ」
ビビアナが差し出したハンカチで涙を拭いたアンジェラは、ニヤリといつもの強気な笑みを浮かべる。
「先日亡くなった隣国の王母エリザベス様と……私とこの子を繋いでくれたビビアナの名前から取って……。
エリアナ。
キュウビのエリアナ。これから、よろしくお願いいたします」
アンジェラはフローラ改めエリアナに向けて、淑女の礼をした。
「へぇ。キュウビが使い魔になったのか」
リュカが店内に入ってくると、キュウビのエリアナはクルリと宙返りをする。
アンジェラもリュカを見て、嬉しそうな笑顔になった。
「リュカ! そうなのよ! ついに、私にも使い魔が出来たの。しかもこんなに素敵な子が!」
「気をつけなよ。そいつ結構な性格してるからね。
頑固で細かくて、姑みたいなやつだぞ」
「そ、そうなの……? 頑張るわ」
「だけど誰より愛情深い奴だ……。
ま、これで君もたまご屋を卒業だね。森の中に何度も通って大変だっただろうに。主に護衛達が」
「……相変わらずねぇ。その顔じゃなければ、殴ってやったのに。
……でも、そうか……卒業、か……」
アンジェラが来店すると、店の中が賑やかで楽しい。
たまご屋の客は男性が多いこともあり、同じ年頃の女性が来店する事は、ほぼない。
アンジェラも使い魔を見つけて、もうたまご屋に来る必要はなくなるのだ。
(寂しい……なんて言ったらダメだね。せっかく使い魔が出来たんだし)
タンクが敏感に察して、ビビアナにすり寄った。本当にいい使い魔だ。
タンクの毛をワシワシ撫でていると、アンジェラが側に来た。
「ねぇ、ビビアナ。タンクを撫でてもいいかしら」
「エリアナが拗ねてしまうので、少しだけにしてくださいね」
二人でタンクの毛をワシワシ撫で回す。
アンジェラに使い魔が決まらず、しょんぼりしている時、気持ちが落ち着くまで二人でタンクを撫でまわした。それも今日で終わり。
「私ね、たまご屋に来ると気が抜けるのよ……。
ここを出ると、誰かに足元すくわれないように気を張って。言葉使いだって、砕けた話し方なんて許されない……。
息が詰まりそうだわ」
身分ある立場にいることに不満はない。
けれど、もっと普通に……ドレスを脱いで走り回ったり、大声で笑い合ったりしたい気持ちもある。
たまご屋に来ると身分は通用しない。身分があれば使い魔に選ばれるわけではないと、痛いほど知った。
ビビアナもリュカも、ただのアンジェラとして接してくれる。それがどんなに嬉しかったか。次の来店までの一月が、どんなに待ち遠しかったか。
「……だから、時々……ここに息抜きに来てもいいかしら?」
「もちろんです!」
二人で笑い合う。こういう時間が手離しがたかった。
「ちなみにエリアナの前の主は、何度もここに泣き付きに来たそうですよ。エリアナが厳しすぎて」
「え……」
気品溢れる淑女の鏡と呼ばれていた、高貴な亡き人。
歳を重ねても美しく、誰より厳しく、誰より慈愛に満ちていた。国民の誇りとまで言われた人だ。
「あのお方が……泣き付きに……ふふふっ」
完璧に見えたあのお方にも、身分を脱いで気を抜ける場所があったのか。
それが自分と同じたまご屋だったなんて、可笑しくて嬉しい。
「エリアナ、お手柔らかにお願いね」
キュウビのエリアナは赤い瞳でじっと見つめ、優雅に頭を下げた。
「じゃあ、そろそろ帰るわ。お兄様にエリアナの事を自慢したいし」
「はい。またのご来店、お待ちしています」
「また来るわ」
アンジェラの隣にキュウビのエリアナがピタリと寄り添って、帰って行った。
次に来る時は、アンジェラも泣きながらやって来るだろうか。
美味しいお茶を用意しておこう。泣いたアンジェラが落ち着けるように、森に咲く香り良い花でジャムを作り、お茶に入れてもいいかもしれない。
アンジェラの姿は、森の木々に隠されてすぐに見えなくなった。
「お気をつけて、姫様」
たまご屋を出て、身分を纏った友人に、ビビアナはそっと手を振った。
「ビ~~ビアナ」
「きゃぁ」
背後からリュカに抱きしめられて、ビビアナは悲鳴をあげた。
「友達出来て嬉しそうだね。ふふふっ……可愛い」
リュカの頬で頭をグリグリされて、乱れた髪に顔を突っ込んでスンスン匂いを嗅がれる。くすぐったいのと、恥ずかしいのとで、顔が赤くなった。
「リ、リュカ……ちょっとやめて。恥ずかしくて死にそうだからっ」
「大丈夫。羞恥では死なないし」
「いいえ、死ぬ! ドキドキしすぎて、心臓が破裂して死ぬ!」
「……僕がこうすると、ビビアナはドキドキするんだ?」
「する! するから止めて!」
「ふふっふふふっ」
突然笑い出したリュカは、ますます抱きしめる力を強くした。
「僕さ、しばらく留守にするから」
「え? どこか行くの?」
頷いたリュカは、髪の中から顔をあげない。
しばらくということは、遠いところに行くのだろうか。
「火の始末には気を付けて。夜は戸締まりを忘れないで。知らない人にはついて行ったらダメだよ」
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「……水に気を付けて。なるべく川に近付かないように」
「川? 子供じゃないんだから、落ちたりしないよ」
家には水を引いてるし、川に行くことがそもそもあまりない。
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「ちゃんと、ビビアナの側に戻って来るから……」
リュカの声が掠れて揺れる。
戻って来るなら、どうしてそんな声を出すのだろう。まるで今生の別れのような。
「……お願いだから僕を忘れないで」
絞り出した声は、まるで泣いているようだった。
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