今時異世界如きは、言葉さえ通じればどうとでもなる

はがき

文字の大きさ
上 下
50 / 53
第2章 コロラドリア王国編

第五十話

しおりを挟む
「負けるつもりなんですか?」
「なんのことかわからねえな」
「間者を入れてなかったんですか?」
「そんなものは居ねえ」
「俺がアリサを助けたことは調べたのに?」
「……」
 
 俺とアリサが勇者だと知ってると言うのは聞いている。
 すると領主は、

「お前が何を勘違いしてるか知らねえが、こんなところに長居するのが間違いだ、さっさと出て行けば良いんだよ」
「いや、それでもですね」

ダン!!

 領主がテーブルをぶっ叩く。

「ならてめえは一生この国に居るつもりなのか!!追い返したら終わりじゃねえんだぞ!一度お前や虎姫殿が顔を出してみろ!次はそれを込みで準備してくる!!……、そうなれば小競り合いじゃ終わらなくなる。お前にその責任が取れるのか?!!コロラドリアに忠誠を誓うつもりか?!」
「……」

 やっぱり戦争か。だけど、ここまで世話になったのに、虎子が唯一人間と普通に生活できる地が出来たのに、「じゃあ出て行きます」と簡単には言えない。
 アスタリカとは小競り合いのような戦争が続いていると聞いている。それがまた起こりそうだから俺に逃げろと言ってるってことだ。だが娘を連れてと言うのは、負けるからだと言ってるようなものだ。
 領主は俺に戦争に参加させるつもりはないと言い切っている。きっとそれを気にしていて手伝えとは言えないのだろう。
 領主のこの物言いも理解出来る。俺とアリサ、2人も勇者がコロラドリアに居るとなれば、アスタリカは来年の勇者の競りで、俺たちの力に対抗する為に、なんとしても勇者を買おうとするだろう。そして両国共勇者を手に入れて戦争は更に激化する。更にはセントフォーリアから追手も来て、以前よりも大規模な戦争に発展するかもしれない。それは間違いなく俺たちがここに居るために起こる現象だ。
 
 そうなると二つしか対抗策がない。アスタリカが二度と戦争が起こせなくなるほど叩きのめすか、アスタリカが勇者を買っても、その対抗策として俺たちがここに根を下ろすか。虎子もいるのだ、力としての対抗策なら間違いなくいけるだろう。領主から見たら、どちらにしても俺を利用せざるを得ない。それをしたくないからと俺たちを追い出す。
 うん、完全に俺たちの為だな。

「…………、領主様」
「なんだよ」

 領主の眉毛がピクリと動く。

「俺には決められません、覚悟もありません。……でも、無視も出来ない」

 また領主の眉が動く。

「正直どこまで出来るかわからないし、責任なんて大それた事は言えませんが、俺は────」
「待って」

 突然アリサがまた俺の手を強く握って俺の言葉を止めた。俺がアリサを見ると、アリサは真っ直ぐと領主を見ている。

「領主さん、なかなか良い策だったわ。危うく私も騙されるところだったわ」
「……、な、なんのことだ」
「あんた……、ライトを嵌めたわね?」
「え?」

 嵌めた?ハメタ?いや、え?

「ライトの性格をなかなか理解してるわね。でもライトには私が居るわ、そう簡単にはやらせない」
「……おチビ────」
「黙りなさい。普通なら許せないと思うとこだけど、トラッチが居るもんね、「嘘はついてないんだから嵌めてはいない」って落とし所だったのかしら」
「……」

 領主は明らかに動揺している。さっきまでの俺との会話の時のようなものではなく、額から汗を流し、本気で動揺しているように見える。

「う、うそは言ってねえ……」
「そうね、嘘はないのかもしれないわ。まあ、私にはそれが本当かわからないけど。……、でももし嘘だとわかったら、いや、ライトが嘘だと判断したら、あんた……、どうなるかわかってるのよね?」

ガタン!

 領主は椅子をぶっ倒しながら立ち上がり、

「俺はそんなつもりはねえ!!」

 すごい動揺だ。怯えているようにも見える。……なんだこれ、まだ理解が追いつかない。

「なら、腹を割った方が良いわよ?私は前に忠告したわよね?」

スタッ

 アリサは食堂のテーブルの上に四つん這いで乗り上げ、領主にキスしそうなほど領主の目の前まで移動して、領主を見下ろして睨みつけながら言う。

「コロラドリアが地図から消えるわよ」
「っ!!ま、待て!話を聞け!嘘は言ってないぞ!!」
「あまり気が長い方じゃないわ。さっさとするのね」
「わかった!わかったから落ち着いてくれ!!」

 本当なんだこれ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「はぁ~……、だから言ったんだ。1番やっかいなのはライトでも虎姫殿でもなく、このおチビちゃんだと……」
「私の見誤りでした、申し訳ございません。ライト様、この命、いかようにも」
「……」

 と、小刀をテーブルに置いた。ミスティさん曰く、今回の策はミスティさんの立案だと言う。
 事の始まりはこうだ。
 俺たちの噂がコロラドリア王国の首都の耳にまで届いた。勇者と言うことは伏せられているが、信じられないほど強力な従魔を持った冒険者が居ると言う内容だ。それを王国の中央に知らせたのは、中央から出向で辺境伯の元へ来ている、執事長のようだ。執事長は宰相派の子飼いで、辺境伯の見張りと言うか、お目付役のような者だと言う。
 その執事長は、ある事無い事を混ぜて、大袈裟に中央に伝えた。

 やれ、50000の兵を一人で打ち破った
 やれ、伝説のドラゴン種を倒した
 やれ、勇者を屠った経験がある
 やれ、女に弱く扱いやすい
 やれ、辺境伯に取り入って地位を求めている

 そんな話を聞かされた宰相は、国王に報告してしまった。だが宰相も報告を完全に信じている訳ではない。話1/10程度で聞いているが、1/10でも兵士5000人よりも強いことになる。それは辺境伯領に駐屯している常在兵力の1.5倍だ。そいつを辺境伯が召抱えてしまったら、辺境伯の戦力は中央から見ても侮れないものになってしまう。辺境に必要以上の武力を持たせてはいけない。
 そう考えた宰相は、国王の許可を得て、俺を王国で召抱える事にした。そして辺境伯には、俺を国王の勅使が到着するまで、留めておくようにと命令が届いた。

 困ったのは辺境伯だ。
 俺が素直にコロラドリア王国に仕えるのならなんの問題もない。だが、それをしないと言うのはわかっている。しかし中央のやり口は知っている。金で釣り、女で釣り、それがダメなら武力行使だ。しかもその傲慢な態度を隠しもせず、雇ってやるんだからありがたいと思えなんて態度だ。
 勅使と俺が出会えば、王国は滅びる。何故なら必ず交渉は武力行使まで行くからだ。現に中央は、アスタリカへの牽制と言う名目で、5000の軍を同行してきている。やる気マンマンなのだから。
 だから俺と中央からの使者を会わせるわけにはいかない。しかし、国王の印が押されている命令書で、俺を留めておけと言う命令も来ている。ならばもう方法は二つしかない。俺を辺境伯の南部騎士団に参加させるか、この場から逃すかだ。
 南部騎士団に先に仕官させてしまえば、中央も簡単には手出しできなくなるし、留めるために仕官させたと言うことも出来る。逃がせば命令に背くことになるが、やったが出来なかったと言い訳は出来るし、王国が滅ぶよりマシだ。

 そしてミスティは考えた。
 その両方の可能性が出来る策を。
 勝手に戦争がすぐにでも起こると錯覚させ、その信憑性を持たせるためにミランダを使い、俺の情が動く言い回しで自ら仕官すると言わせる。もし失敗して俺がこの国から出ると言ったとしても、この場から俺を逃がしてしまえば、最悪の状況は免れる。
 それが今回の策だった。だがそれをアリサが見抜いた。俺はアリサに聞く。

「アリサ、なんでわかったんだ?」
「別にわかってはないわ。ただ、こいつの話を聞いて、どんな可能性があるか考えただけよ。もちろん戦争かもと初めは思ったわよ?でもそうじゃない可能性もあると思っただけよ」
「じゃあ、最後まで確信はなかったんじゃねえか」
「確信はないけど、こいつの顔を見ればわかるわよ。嬉しさが滲み出てたもの」
「とうとうこいつにされちまったよ、俺、辺境伯なんだが……」

 お前は黙ってろ。俺でさえこいつ呼びでもいい気はしてる。

「顔ってお前……、それだけか?」
「まあ、強いて言うなら《女の勘》ね」

 と、笑って言う。
 でました。女の勘。もうこれが出たらダメだ。何を言っても《女だから》で済まされちまう。
 虎子を見ると、

『妾はそこまでは知らぬ。妾が知っていたのは南に軍勢が集まりつつあることと、北からも軍が来ていることだけだ』
「なるほどね」
「戦争が近いのは嘘じゃねえぞ、ライト。今回はアスタリカの準備も早い。多分、勇者を買ったらすぐ仕掛けてくるつもりだ。それに俺は、せっかくここまで良い関係を作れたんだ、お前らとの仲も壊したくなかった」

 領主が言い訳をしている。
 まあ、全て聴いたら、悪気はないのはわかる。俺のことを考えていない訳でもない。
 確かにコロラドリア王国が強硬手段を取ってくれば、国が滅ぶは大袈裟だが、確実に戦闘は起こっただろうし、二度とコロラドリアには近づかなかっただろう。
 
「はぁ……、そう言うことなら出て行きますよ」
「わりぃな。ミランダを頼むぞ」
「は?」

 領主が隣に座る女の子、ミランダの肩を抱いてそう言った。

「それは策ですよね?もう終わりじゃないんですか?」
「いや、策ってわけじゃねえ。ミランダも結婚適齢期だ、先にガザルダスに嫁いだ長女の伝で、ガザリダスに嫁ぎ先が見つかった。そこまで連れてってくれよ。どうせ、次の行先は決まってねえんだろ?そこまでで良いからよ」
「確かに決まってませんが……」

 領主はニッコリとして、

「もしくはお前が貰ってくれるか?俺はそっちでも良いぜ?」
「貰いませんよ」
「なら運ぶくれえしてくれても良いだろ。荷物持ちの護衛はつけるからよ」
「はぁ……。まあ、わかりました。それで、その国王の勅使はいつ来るんですか?」
「明後日だ。だから明日には出てくれ」
「はやっ!」


 こうして俺たちの次の目的地はガザリダス連邦と言うことになった。






 しかしアリサも気づかなかった。ミスティの策の最も重要な事、かつ、最上の保険となる策がミランダをライトのパーティーになんとかしてねじ込む事だったことに。同行の許可を得た先はミランダの手腕にかけるしかないが、ミランダも心底了承しているし、ミランダ本人の将来もかかっている。あとはミランダの望むようにしていいと領主である父からの許可も出ている。

《ライトスプリング=グリーンリバーとの縁をどんな状況でも切れる事がないようにすること》

 ミスティの策の本質は、この一点だけを狙ったものだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

妹は謝らない

青葉めいこ
恋愛
物心つく頃から、わたくし、ウィスタリア・アーテル公爵令嬢の物を奪ってきた双子の妹エレクトラは、当然のように、わたくしの婚約者である第二王子さえも奪い取った。 手に入れた途端、興味を失くして放り出すのはいつもの事だが、妹の態度に怒った第二王子は口論の末、妹の首を絞めた。 気絶し、目覚めた妹は、今までの妹とは真逆な人間になっていた。 「彼女」曰く、自分は妹の前世の人格だというのだ。 わたくしが恋する義兄シオンにも前世の記憶があり、「彼女」とシオンは前世で因縁があるようで――。 「彼女」と会った時、シオンは、どうなるのだろう? 小説家になろうにも投稿しています。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

処理中です...