今時異世界如きは、言葉さえ通じればどうとでもなる

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第2章 コロラドリア王国編

第五十話

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「負けるつもりなんですか?」
「なんのことかわからねえな」
「間者を入れてなかったんですか?」
「そんなものは居ねえ」
「俺がアリサを助けたことは調べたのに?」
「……」
 
 俺とアリサが勇者だと知ってると言うのは聞いている。
 すると領主は、

「お前が何を勘違いしてるか知らねえが、こんなところに長居するのが間違いだ、さっさと出て行けば良いんだよ」
「いや、それでもですね」

ダン!!

 領主がテーブルをぶっ叩く。

「ならてめえは一生この国に居るつもりなのか!!追い返したら終わりじゃねえんだぞ!一度お前や虎姫殿が顔を出してみろ!次はそれを込みで準備してくる!!……、そうなれば小競り合いじゃ終わらなくなる。お前にその責任が取れるのか?!!コロラドリアに忠誠を誓うつもりか?!」
「……」

 やっぱり戦争か。だけど、ここまで世話になったのに、虎子が唯一人間と普通に生活できる地が出来たのに、「じゃあ出て行きます」と簡単には言えない。
 アスタリカとは小競り合いのような戦争が続いていると聞いている。それがまた起こりそうだから俺に逃げろと言ってるってことだ。だが娘を連れてと言うのは、負けるからだと言ってるようなものだ。
 領主は俺に戦争に参加させるつもりはないと言い切っている。きっとそれを気にしていて手伝えとは言えないのだろう。
 領主のこの物言いも理解出来る。俺とアリサ、2人も勇者がコロラドリアに居るとなれば、アスタリカは来年の勇者の競りで、俺たちの力に対抗する為に、なんとしても勇者を買おうとするだろう。そして両国共勇者を手に入れて戦争は更に激化する。更にはセントフォーリアから追手も来て、以前よりも大規模な戦争に発展するかもしれない。それは間違いなく俺たちがここに居るために起こる現象だ。
 
 そうなると二つしか対抗策がない。アスタリカが二度と戦争が起こせなくなるほど叩きのめすか、アスタリカが勇者を買っても、その対抗策として俺たちがここに根を下ろすか。虎子もいるのだ、力としての対抗策なら間違いなくいけるだろう。領主から見たら、どちらにしても俺を利用せざるを得ない。それをしたくないからと俺たちを追い出す。
 うん、完全に俺たちの為だな。

「…………、領主様」
「なんだよ」

 領主の眉毛がピクリと動く。

「俺には決められません、覚悟もありません。……でも、無視も出来ない」

 また領主の眉が動く。

「正直どこまで出来るかわからないし、責任なんて大それた事は言えませんが、俺は────」
「待って」

 突然アリサがまた俺の手を強く握って俺の言葉を止めた。俺がアリサを見ると、アリサは真っ直ぐと領主を見ている。

「領主さん、なかなか良い策だったわ。危うく私も騙されるところだったわ」
「……、な、なんのことだ」
「あんた……、ライトを嵌めたわね?」
「え?」

 嵌めた?ハメタ?いや、え?

「ライトの性格をなかなか理解してるわね。でもライトには私が居るわ、そう簡単にはやらせない」
「……おチビ────」
「黙りなさい。普通なら許せないと思うとこだけど、トラッチが居るもんね、「嘘はついてないんだから嵌めてはいない」って落とし所だったのかしら」
「……」

 領主は明らかに動揺している。さっきまでの俺との会話の時のようなものではなく、額から汗を流し、本気で動揺しているように見える。

「う、うそは言ってねえ……」
「そうね、嘘はないのかもしれないわ。まあ、私にはそれが本当かわからないけど。……、でももし嘘だとわかったら、いや、ライトが嘘だと判断したら、あんた……、どうなるかわかってるのよね?」

ガタン!

 領主は椅子をぶっ倒しながら立ち上がり、

「俺はそんなつもりはねえ!!」

 すごい動揺だ。怯えているようにも見える。……なんだこれ、まだ理解が追いつかない。

「なら、腹を割った方が良いわよ?私は前に忠告したわよね?」

スタッ

 アリサは食堂のテーブルの上に四つん這いで乗り上げ、領主にキスしそうなほど領主の目の前まで移動して、領主を見下ろして睨みつけながら言う。

「コロラドリアが地図から消えるわよ」
「っ!!ま、待て!話を聞け!嘘は言ってないぞ!!」
「あまり気が長い方じゃないわ。さっさとするのね」
「わかった!わかったから落ち着いてくれ!!」

 本当なんだこれ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「はぁ~……、だから言ったんだ。1番やっかいなのはライトでも虎姫殿でもなく、このおチビちゃんだと……」
「私の見誤りでした、申し訳ございません。ライト様、この命、いかようにも」
「……」

 と、小刀をテーブルに置いた。ミスティさん曰く、今回の策はミスティさんの立案だと言う。
 事の始まりはこうだ。
 俺たちの噂がコロラドリア王国の首都の耳にまで届いた。勇者と言うことは伏せられているが、信じられないほど強力な従魔を持った冒険者が居ると言う内容だ。それを王国の中央に知らせたのは、中央から出向で辺境伯の元へ来ている、執事長のようだ。執事長は宰相派の子飼いで、辺境伯の見張りと言うか、お目付役のような者だと言う。
 その執事長は、ある事無い事を混ぜて、大袈裟に中央に伝えた。

 やれ、50000の兵を一人で打ち破った
 やれ、伝説のドラゴン種を倒した
 やれ、勇者を屠った経験がある
 やれ、女に弱く扱いやすい
 やれ、辺境伯に取り入って地位を求めている

 そんな話を聞かされた宰相は、国王に報告してしまった。だが宰相も報告を完全に信じている訳ではない。話1/10程度で聞いているが、1/10でも兵士5000人よりも強いことになる。それは辺境伯領に駐屯している常在兵力の1.5倍だ。そいつを辺境伯が召抱えてしまったら、辺境伯の戦力は中央から見ても侮れないものになってしまう。辺境に必要以上の武力を持たせてはいけない。
 そう考えた宰相は、国王の許可を得て、俺を王国で召抱える事にした。そして辺境伯には、俺を国王の勅使が到着するまで、留めておくようにと命令が届いた。

 困ったのは辺境伯だ。
 俺が素直にコロラドリア王国に仕えるのならなんの問題もない。だが、それをしないと言うのはわかっている。しかし中央のやり口は知っている。金で釣り、女で釣り、それがダメなら武力行使だ。しかもその傲慢な態度を隠しもせず、雇ってやるんだからありがたいと思えなんて態度だ。
 勅使と俺が出会えば、王国は滅びる。何故なら必ず交渉は武力行使まで行くからだ。現に中央は、アスタリカへの牽制と言う名目で、5000の軍を同行してきている。やる気マンマンなのだから。
 だから俺と中央からの使者を会わせるわけにはいかない。しかし、国王の印が押されている命令書で、俺を留めておけと言う命令も来ている。ならばもう方法は二つしかない。俺を辺境伯の南部騎士団に参加させるか、この場から逃すかだ。
 南部騎士団に先に仕官させてしまえば、中央も簡単には手出しできなくなるし、留めるために仕官させたと言うことも出来る。逃がせば命令に背くことになるが、やったが出来なかったと言い訳は出来るし、王国が滅ぶよりマシだ。

 そしてミスティは考えた。
 その両方の可能性が出来る策を。
 勝手に戦争がすぐにでも起こると錯覚させ、その信憑性を持たせるためにミランダを使い、俺の情が動く言い回しで自ら仕官すると言わせる。もし失敗して俺がこの国から出ると言ったとしても、この場から俺を逃がしてしまえば、最悪の状況は免れる。
 それが今回の策だった。だがそれをアリサが見抜いた。俺はアリサに聞く。

「アリサ、なんでわかったんだ?」
「別にわかってはないわ。ただ、こいつの話を聞いて、どんな可能性があるか考えただけよ。もちろん戦争かもと初めは思ったわよ?でもそうじゃない可能性もあると思っただけよ」
「じゃあ、最後まで確信はなかったんじゃねえか」
「確信はないけど、こいつの顔を見ればわかるわよ。嬉しさが滲み出てたもの」
「とうとうこいつにされちまったよ、俺、辺境伯なんだが……」

 お前は黙ってろ。俺でさえこいつ呼びでもいい気はしてる。

「顔ってお前……、それだけか?」
「まあ、強いて言うなら《女の勘》ね」

 と、笑って言う。
 でました。女の勘。もうこれが出たらダメだ。何を言っても《女だから》で済まされちまう。
 虎子を見ると、

『妾はそこまでは知らぬ。妾が知っていたのは南に軍勢が集まりつつあることと、北からも軍が来ていることだけだ』
「なるほどね」
「戦争が近いのは嘘じゃねえぞ、ライト。今回はアスタリカの準備も早い。多分、勇者を買ったらすぐ仕掛けてくるつもりだ。それに俺は、せっかくここまで良い関係を作れたんだ、お前らとの仲も壊したくなかった」

 領主が言い訳をしている。
 まあ、全て聴いたら、悪気はないのはわかる。俺のことを考えていない訳でもない。
 確かにコロラドリア王国が強硬手段を取ってくれば、国が滅ぶは大袈裟だが、確実に戦闘は起こっただろうし、二度とコロラドリアには近づかなかっただろう。
 
「はぁ……、そう言うことなら出て行きますよ」
「わりぃな。ミランダを頼むぞ」
「は?」

 領主が隣に座る女の子、ミランダの肩を抱いてそう言った。

「それは策ですよね?もう終わりじゃないんですか?」
「いや、策ってわけじゃねえ。ミランダも結婚適齢期だ、先にガザルダスに嫁いだ長女の伝で、ガザリダスに嫁ぎ先が見つかった。そこまで連れてってくれよ。どうせ、次の行先は決まってねえんだろ?そこまでで良いからよ」
「確かに決まってませんが……」

 領主はニッコリとして、

「もしくはお前が貰ってくれるか?俺はそっちでも良いぜ?」
「貰いませんよ」
「なら運ぶくれえしてくれても良いだろ。荷物持ちの護衛はつけるからよ」
「はぁ……。まあ、わかりました。それで、その国王の勅使はいつ来るんですか?」
「明後日だ。だから明日には出てくれ」
「はやっ!」


 こうして俺たちの次の目的地はガザリダス連邦と言うことになった。






 しかしアリサも気づかなかった。ミスティの策の最も重要な事、かつ、最上の保険となる策がミランダをライトのパーティーになんとかしてねじ込む事だったことに。同行の許可を得た先はミランダの手腕にかけるしかないが、ミランダも心底了承しているし、ミランダ本人の将来もかかっている。あとはミランダの望むようにしていいと領主である父からの許可も出ている。

《ライトスプリング=グリーンリバーとの縁をどんな状況でも切れる事がないようにすること》

 ミスティの策の本質は、この一点だけを狙ったものだった。
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