今時異世界如きは、言葉さえ通じればどうとでもなる

はがき

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第2章 コロラドリア王国編

第三十六話

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 ~~領主官邸での日常・お風呂~~

「ライトさまぁ!お風呂のご準備が出来ましたぁ!」

 最近、俺の専属となっているメイドさんで、シンディさんだ。
 この人は初めて俺がここに来た時に、一緒に風呂に入った5人のうちの一人で、1番若いメイドさんだ。
 既に風呂には誰もお供はいらないと何度も言ってるのだが、お願いしようが怒ろうが、領主から言ってもらってもミスティさんに頼んでも、めげずに一緒に入ろうとしてくる。

「ああ、ありがとう、シンディさん」
「では行きましょう!」

 シンディさんは俺の手を取り、手を繋いで風呂場まで引っ張っていく。前にアリサは彼女かと聞かれたとき、素直に違うと言ってしまったのが失敗だった。それから態度ががらりと変わってしまった。この子だけはまるで友達みたいに接してくる。

「……あのさ、もうお風呂の手伝いはいらないと言ってるよね?」
「ライト様!あたしも言ってるよ!、本気で邪魔ならいつでも殺して良いって!」

 と、小刀のようなものを突き出してくる。毎回風呂に小刀を持ってきて、俺に渡してくるからタチが悪い。つうかここのメイドたちは基本タチが悪い。すぐに責任取って自害だ、嫌なら殺して良いと言ってくる。1人見せしめに自害させてやろうか。

「はい!脱ぎ脱ぎしましょうね!」
「……」

 なんだかもう慣れてしまった。だが一線だけは超えてない。こんな仕事でやる初体験なんて断固拒否する。俺は夢見る男子高校生なのだから。
 そして俺が全裸に脱がされ、シンディさんが下着とガーターベルト姿になった頃、

ガラガラ

「ひっ!!」

 突然虎子が風呂場に入ってきた。この屋敷はでかいと言っても、虎子が屋敷内の廊下を歩けば、狭く感じるほどの広さなのだが。

『アキハルに貴様は必要ない。今すぐ出ていかねば望み通り殺してくれる』
「し、失礼しましたぁ!!」

 シンディさんに虎子の言葉はわかってない。だが虎子のこの表情でグルルルと唸られれば、言葉が分からずとも理解できると言うものだ。

『アキハル、子を成すならアリサからにしろ』
「成さねえから」

 俺はため息をついた。ふと俺の視界にシンディさんの忘れ物が目に入る。俺はそれを手に取り、

「虎子、一緒に入ろうか」
『……、別に構わぬが』

 表情は読めない。だが悪い気はしてなさそうだ。俺と虎子は風呂場に入り、自分にお湯をかけたあと、

「じゃあ虎子、そこに座って」
『……』

 虎子は俺に言われるままに、洗い場に寝そべる。そして何度も虎子にお湯をかけてから石鹸をたっぷり使って洗い上げる。
 そして、シンディさんの忘れ物、ヘアブラシを持ち、虎子の首筋から尻尾にかけて、泡立った虎子の身体にブラシを通す。

『っ!!!!』

 虎子はブラシが通ると、前足をピンと伸ばし、背筋を退け反らせる。そしてキッと俺を睨み、

『き、きさま!なにぃをした!!』
「……ただのブラシだけど……。ダメか?」
『い、いや……ダメではないが……』

 ブラシを通す。虎子はのけぞり、尻尾の毛が毛羽立つように震える。そして、虎子は俺を睨む。

「どうだ?気持ち良いか?」
『……生まれてはじめての感覚だ……』

 どうやら気に入ったらしい。ただ、感じたことがない感覚に困惑してるようだ。
 面白い、こんな虎子を見るのは初めてだ。俺は何度も虎子にブラシを通し、虎子は身悶えるように身体を震わせ続けた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ~~領主官邸での日常・アリサ~~

「あぁ~、久しぶりの化粧水だわ。潤うわぁ~」

 教国でも化粧水はあったけど、未来との関係が悪くなったあたりから、もう使ってなかった。それがやっと手に入った。

「アリサ様、マッサージはいかが致しますか?」
「あっ、お願ぁい」

 ここでの生活は楽園だ、訓練の時間を除いては。だけど私のこれからにとっては、その訓練が1番必要としていることだ。今はひとときの休息の時間に過ぎない。

 それでも美味しいご飯に、様々な洋服、化粧品の数々にお風呂にメイドさんのマッサージ。まるで姫様のような扱いが嫌なわけがない。これで男が居れば最高かもしれないが、流石に今更男を作ろうとは思わない。本気で好きな人が出来て、両思いなんてなったら、復讐心がどうなるのか自信がない。今は復讐心を忘れたくない。

「でもあいつはよろしくやってるのよね……」

 私が呟くとオイルマッサージをしてくれてるメイドさんが、

「ライトスプリング様ですか?」
「そう。どうせメイドさんとお風呂でもベッドでもズッコンバッコンしてんでしょ」
「アリサ様、そのような言葉遣いは……」
「いいのよ。……ったく。男を作ろうとは思わないけど、奴がよろしくやってるのはムカつくわ」
「本当にお付き合いしてないのですね」
「当たり前よ。誰があんな奴!言っとくけどあいつ、最低だからね?!」
「そう、ですか……」

 オイルマッサージは続く。少し際どいところをされると、なんだかもどかしいけど、そのもどかしさも心地いい。

「ライトスプリング様はメイドに手をつけておりません」

 私はメイドさんに振り返り、

「嘘っ」
「はい。間違いなく。それも頑なに拒否しております」
「……、意外……」

 男は手当たり次第に女に手をつけると思っていた。今までは環境やらトラッチやらが居るからしないのかと思ったけど、この状況でも手を出してないのはかなり予想外だ。

「ふーん……」

 どうでも良いわ、あんな奴。あーマッサージ気持ち良い。なんだか心も軽くなった気分だわ。

「あっ」
 
 トラッチが窓の外から覗いてきた。どうやらそろそろ夕食の時間かを確認しに来たのだろう。
 そうだ、良い事を思いついた。あいつはそろそろお風呂の時間だ。

「あっ、トラッチ。あいつまた女の子とお風呂行くみたいよ。呑気なもんよね」

 トラッチは明らかに顔を顰めてすぐに離れて行った。

「ふふっ、まあ、いい気味よ」

 たっぷりといじめられたら良いわ!!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ~~領主官邸での日常・訓練~~

 俺との朝の訓練が終わり、アリサと虎子との訓練中に、意識を失っていた俺は気がついた。アリサは虎子に投げられ、ポンポンと宙を舞っている。

「毛皮にしてやるぅぅぅぅぅ!!」
「あいつも良く続くよな……」

 初めて会った時からは考えられない頑張りだ。虎子の気まぐれで始まったアリサの訓練が、ここまで続くとは思わなかった。

「失礼致します、グリーンリバー卿」
「……、ライトで良いですよ」
「はっ、ありがとうございます」

 1人の騎士の人が俺の前に片膝をついた。この人は領主との1vs100人の決闘の時にいた人で、ティッシュのように空を舞った人だ。
 ちなみにあの虎子メテオで、奇跡的に死人は1人も居なかった。全身骨折や全治半年の人とかは結構いたが。

「で、何か用ですか?」
「はっ、本日はお願いにあがりました」

 俺はちょっとだけ警戒して、

「なんですか?」
「はっ。私はミッシェル=エレファンスと申します。この度は折り入ってお願いがあり、死を覚悟して参りました」
「……」

 なんでここの人たちはすぐ死を覚悟しちゃうかな。むしろそれは脅しにしかならないと分からないものだろうか。
 ミッシェルさんはまた頭を下げ、

「どうかレディ虎子様との訓練、私も参加させていただけないでしょうか」
「……は?」
「かのお方の武勇、誠に素晴らしいもの。是非ともお手合わせをお願いしたい」
「……死にますよ?」
「元より覚悟の上でございます」

 確かに覚悟して来たと言ってたけども!なんなの?!死ぬのがトレンドなの?!

「……責任取れませんよ?」
「構いません」
「領主様は?」
「許可を取りました」
「許可と言っても虎子が受けるかどうかは虎子次第なわけで……」
「もちろんお願いにあがります。その前にライトスプリング様にレディ虎子様とお話させていただく許可を」
「……」

 つうかレディ虎子様ってなんだよ。しかしふざけてるようなこと言っててもミッシェルさんの表情を見ると本気だとわかる。真面目に、そして期待し、その裏には訓練の過酷さを覚悟した恐怖も備わっている。

「……、なら1つアドバイスを」
「はい!ありがとうございます!」

 俺から虎子に言ってもやってくれるだろうけど、それではおざなりにあしらわれるだけだ。それよりも本気で虎子の訓練を受けたいなら、それは自分で虎子にお願いするしかない。俺はそのためのアドバイスをした。


「レディ虎子様!!」

 ミッシェルはアリサの訓練が終わった後、虎子の前に片膝をついた。その手には10kgはありそうな肉の塊を皿に乗せて持っている。

「私、ミッシェル=エレファンスと申します。お願いします、私とも手合わせをしていただけないでしょうか!」
『……』

 虎子は黙って騎士を見下ろす。

「これはコロラドリア王国で1番の飼育牛、その中でもAランクに属する最高級のものです。レディ虎子様へのご挨拶としてご用意させていただきました。よろしければご賞味いただけないでしょうか」
『……』

 虎子は俺をチラリと見た。俺は黙って頷いておいた。虎子は大きな肉の塊にかぶりついた。
 虎子の顔が蕩けている。相当美味いらしい。

「ひとときでも構いません。死んだとしても後悔はありません。一合でも良いのです。どうかその誉ある武、私の身体に刻み込んでいただきたくお願いいたします!」

 また虎子は俺を見る。
 俺は両肩をすくめて、虎子に任せた。すると虎子はミッシェルの腰に挿してある剣を尻尾で抜く。

「あっ」

 ミッシェルはそれをぼうっと眺めて、剣を抜かれた時短い声をあげた。虎子はミッシェルに剣を横にして渡す。

「っ!まさか!よろしいのですか?!ライトスプリング様!」

 ミッシェルは虎子に確認を取った後、俺にも最終確認を取った。まあ、俺しか意思疎通が出来ないと思われてるから仕方ないが。

「あー、剣を受け取ってみれば分かりますよ」

 ミッシェルはおずおずと剣を取ると、虎子の尻尾はみょんみょんと動きだし、軽くおでこにコツンと当たった。

「っ、なるほど。ありがとうございます!このミッシェル、全身全霊をもってあたらせていただきます!」
ナウ来い
「ウオオオオオオ!!!」


 後にミッシェルを真似する騎士が列を作り、領主の虎子用の食費は相当楽になったと言う。また虎姫こき分隊と言うものが南部騎士団に出来、後のアスタリカとの戦争で一騎当千の力を奮ったとか奮わないとか。
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