今時異世界如きは、言葉さえ通じればどうとでもなる

はがき

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第2章 コロラドリア王国編

第三十五話

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 朝飯を食った後、領主の敷地内の中庭のような場所に、俺とアリサは連れてこられた。そこは中庭と言っても、驚くほど広く、数百人の軍隊演習が出来そうなほどだ。
 そこに領主、メイドや執事たち、全身鎧を着た武装した騎士100名、それと俺とアリサがいる。

「小僧、悪いが命の保証は出来んぞ」
「俺、何も言ってないのに……」
「諦めなさいよ。いつまでもぐちぐちと男らしくないわね」

 俺は涙目でアリサを睨み、

「お前!本気で殺されるからな!!」
「私が呼ぶんじゃないもの、私は関係ないわ」
「なわけあるか!」

 もちろん、俺が恐怖してるのは領主じゃない。すると領主が、

「降参するなら早くしろよ。殺さないようにはしてやる」

 アリサにあれだけ煽られて、その言葉が出るだけでも、この人は立派な人だと思う。普通は無理だ。
 俺は両手を上げ、

「あっ、じゃあ降参で」
「馬鹿にしやがって」

 アリサは大笑いだ。

「あんたも煽ってるじゃない!」
「……」

 何故だ。謝ってるだけなのに。むしろこの先のことを考えたら、土下座ぐらいなら1週間ずっとしつづけられる。

「覚悟はいいな?」
「良くないです」
「減らず口も今のうちだ!」

 領主は離れていった。
 俺は素直に答えてるのに……。

 するとミスティさんが仕切り出す。

「それでは南部騎士団とライトスプリング様との決闘を始めます。互いにどんなことになろうとも遺恨を残すことは許されません!」
「良かったわね、ライト!殺しても良いって!」
「お前黙ってろ!後でぐちゃぐちゃに犯してやるからな!!」
「望むところだからやってみなさいよ!」

 ミスティさんが上げた手を振り下ろす。

「始め!」
「トラコオオオオオオオオオオオオオ!!」

 待ったなしだ。万が一などありまくる。俺はすぐさま虎子を呼んだが、

「あれ?」
「全軍、警戒突撃!!」

 騎士が盾を俺に向けながら、ドドドドと大地を踏み鳴らして走ってくる。俺は息を最大に吸い、腹の底から身体を震わせて叫ぶ

「ト、トラコオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 来ない。
 待ち人来たらず。
 本気で死が見えてきた。
 アリサをチラリと見ると、アリサも青い顔をしている。お前、死んだら絶対呪い殺すからな?!禁呪に呪いがあったかな。

ドドドドドドドド

 やばい、マジやばい。あと30mだ。
 逃げるか、あと20m!
 もう逃げるしかないと駆け出そうとした瞬間、


ドオオオオォォォォォォン!!

 空から隕石が降って来た。
 そして俺の近くまで来ていた全身鎧の重装騎士は、その衝撃波でティッシュのように軽々と空を舞った。
 
 それは隕石ではなかった。隕石など生ぬるい、ガチの殺意を纏った虎子だ。


ン〝ナ〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝!


 虎子は四つ足で大地に立ち、クレーターのように凹んだその場で咆哮した。その咆哮は俺が今まで聞いたものより数倍も迫力があり、俺まで気絶しそうになった。
 
 虎子は敵の方へは見向きもせず、俺を睨みつける。

『貴様……、一度わからせねばならないようだな』
「ご、ごめんなさい……」
『今回はなんだ』
「ア、アリサが……」

 虎子がアリサを見る。アリサは気を失って倒れている。ずるいだろ!!

『……、覚悟しろ、貴様。二度とふざけた真似が出来ないようにしてやる』
「アキハルって呼んで……」

 俺は悪くないのに!何故俺だけ!貴様呼びに戻されたよ!!

 周囲を見る。立っているのは領主とミスティさんだけだ。100人の騎士たちは生きてるか死んでるかもわからない。そして虎子は俺を尻尾で掴み、俺を持ち上げたままノシノシとゆっくり領主に向かって歩く。領主は握っていた剣を落とし、ガタガタと震えている。恐怖で口も開かない。小便も漏らしている。
 俺たちが領主の前にたどり着く時、

「待っ、待って!!この人を殺さないで!!」
「ミスティさん……」
「わかったから!もうわかったから!お願いします!代わりに私の命を!!」

 この人いつも命かけてんな。でもね、命の危険はそっちじゃない、こっちなんだよね。
 ミスティさんは涙をボロボロと流し大の字に手を広げ領主の前に立つ。

『まさかまたこれで終わりか?』
「えっとそのようですね」
『……、貴様、明日の朝日が見れると思うなよ』
「……出来ればお手柔らかに……」

 戦闘はまた一瞬で終わった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「あれには勝てん」
「勝てるわけないじゃない」
「奴はあれでなんで生きている」

 中庭ではアキハルと虎子が夜の訓練をしている。

「決まってるじゃない。アレがライトを殺すことはあり得ないわ。アレはライトの絶対的な守護者よ。ライトの気持ち一つでこの国は滅ぶわよ」

 今ではそれが全く冗談に聞こえない。ジョージニアはアレほどの恐怖を味わったことがない。恥ずかしくも小便まで漏らしたのだ。だがアレが強大すぎて恥ずかしい気持ちも消し飛んだ。

「言っとくけど、ライトを暗殺したらアレを止められる人は居ないわよ?領主さんの命ぐらいじゃあアレは止まらないから気をつけてね」
「そんな馬鹿な真似が出来るか」

 それも選択肢にはあった。だが今では恐ろしくてそれも出来ない。繋ぐ鎖の切れた魔獣をわざわざ作り出す必要もない。

「従魔ではないんだよな?ならなんでそこまでアレは従うんだ?」

 アリサはいたずらっ子のような笑みを浮かべ、

「絶対に内緒に出来る?」
「約束する」
「あのメイドさんたちにもダメよ?」
「陛下への忠誠にかけても秘密にすると誓う」

 アリサは全く届いてないが、ヒソヒソ話のように背伸びして、ジョージニアの耳に向かって、

「あいつね、ライトに惚れてるのよ」
「っ…………、そんな理由なのか?」

 ジョージニアは声を出すのは我慢したが、そんな馬鹿みたいな理由であの悪魔を従えてるとは思わなかった。
 だかアリサはしたり顔で、

「女が命をかけるのに、それ以上の理由があるかしら?」
「……そうかもしんねえな……」

 事実、ミスティはそう行動した。完全に否定できない。そしてそれは契約や忠誠などよりも、何よりも強力な結びつきだと思い直す。
 ジョージニアは一息つき、

「あれは本当に訓練なのか?」
「そうよ、1日2回、毎日よ」
「地獄だな……」

 倒れるまで戦わされ、倒れても起きるまで攻撃される。時には空に放り出され、時には20mほど水平に飛ばされる。騎士団でも、いや自分でさえ耐えられるとは思えない。
 
ズザザザザァァァァ!

 するとライトが、ジョージニアとアリサが会話してる足元に飛ばされて来た。
 虎子はゆっくりと歩いて来て、

『次は貴様だ』
「っ!ちょ、ちょっと!まだ緑川の意識はあるわ!!」
『黙れ、くだらぬ話を出来る余裕があるのだろう、じっくり鍛えてやる』

 アリサは尻尾に捕らえられ、中庭の中程に放り投げられた。

「いやあああああ!!」

 虎子とアリサの訓練が始まった。俺はその場で地面にあぐらをかいて座る。

「……、すまなかった」
「いや、ほとんどアリサのせいだし」

 アリサがわざわざ煽りに煽って、ここまでの事態に持っていったのだ。本当にあいつは死ねば良い。

「それにここに滞在して良いんですよね」
「もちろんだ」

 虎子は従魔ではない。だから通常砦内には入れないが、屋敷の敷地内はフリーで滞在を許可された。数日の時間がもらえれば、領主がここの領主である間は、砦街内も滞在出来る様にお触れをだすと言う。

「でも俺は仕官はしませんよ?」
「そんなもんいらねえ。何もしなくても良い。戦争になっても無視をしろ。これは俺の詫びでもあるし礼でもある、ただの意地みてえなもんだ」
「そうですか」

 こうなれば、結果オーライだったのだろうか。正直虎子を1人にしておくのは気が引けていた。なんとなく仲間外れにしてるみたいな気持ちだった。それが解消出来るなら、これも悪くなかったのかもしれない。

「……まさかな」

 まさかアリサはここまで読んでいた?いやいやあり得ない。あり得ないと思うが、逆に明確な目的もなく、あそこまで領主を煽るものだろうか。

「なんだ?」
「なんでもないです。あっ、そうだ」
「早く言え」

 俺は領主を見上げて、

「虎子は食いますよ?大丈夫ですか?」
「……だ、大丈夫だ……」

 破産しないと良いけど。
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