今時異世界如きは、言葉さえ通じればどうとでもなる

はがき

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第2章 コロラドリア王国編

第二十九話

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 受付カウンターの順番待ちの列に、ギルディンさんから貰った依頼票を持って並ぶ。その間、神山はやはり周囲の注目を集めていた。特に絶対領域に。正直それが当然と言える。こんな格好で冒険者ギルドに来るのが悪い。痴漢でもしてくれと言っているようなものだ、ここは日本ではないのだから。
 まあ、流石にレイプされそうなら助けてやるつもりはあるが、ちょっとケツを触られるくらいなら自業自得だ。

「…………ちょっとやりすぎたかしら」
「今更かよ」
「でもラノベじゃ、女の子はみんな可愛い服を着てるじゃない」
「ここはラノベじゃねえ」

 自分で言ってて色々ブーメランだとは思ったが、神山の格好はやりすぎだ。しかし女性冒険者がほとんど居ない。
 そうこうするうちに俺たちの番になる。

「すいません、初めてなのですが」

 受付の女性は神山を見て、

「…………、でしょうね。その右手のカウンターに移動してください。説明をしましょう」
「はい」

 どうやら渋滞するのを防ぐために、初回専用カウンターがあるらしく、そっちに誘導された。俺と神山は、カウンターの中で左に動く女性について行く様に、左へと移動した。

「説明が必要ですか?」
「はい」

 冷たい感じの女性だ。歳は30代ぐらいだろうか。誰かのお母さんと言われても疑わないくらいの年齢だ。ネット小説みたいに特別美人とか巨乳とかではない。

「依頼を達成すると、報酬と貢献ポイントが与えられます。そして、税金として1割が徴収されます」
「1割ですか?」
「何か?」

 少し高くないだろうか。

「それはどこの冒険者ギルドでも同じですか?」
「違います。その土地土地で税率は変わります。ここは有事の際は南の前線となりますが、御領主様の計らいで比較的安く設定されています」
「そうですか」

 今のところ確かめようがないが、1割でも安いのか。
 それからも説明が続くが要点にまとめる。

 貢献ポイントが貯まると、税率が下がり、壁に貼り出されていない、特に旨味のある依頼を回して貰える。
 貢献ポイントごとにC、B、Aランクとあるが、強さの指針にはならない。
 草むしりの依頼だけを延々とこなしても、何十年後かにはAランクにはなれる。
 依頼を失敗すると貢献ポイントがすごく下がる。2連続で失敗するとランクが下がる。
 Cから下がったら除名。
 登録にはギルドタグ料として5000ルク必要。
 ウルフの毛皮を5枚集めろなどの収集依頼では、ギルドに買取優先権があり、それを拒否すると貢献ポイントが下がる。どのくらい下がるかは依頼による。
 魔石の買い取りには金銭の他に貢献ポイントが付与される。売る場合は強制ではないが優先して欲しい。
 壁に貼り出されている依頼は、ランクによる制限はないが、いかなる場合でも冒険者ギルドは一切の責任を負わない。
 ギルド員同士の私闘禁止などはないが、法に沿った行動をしなければ法に裁かれる。
 国境に関所がある国や船で渡航する国、入街制限のある街等では、素行の良さや有益な人間と言うことで、Aランク冒険者は優遇されることが多い。
 こんなところだ。
 
「文字は書けますか?」
「はい」

 俺は書ける。【翻訳】で本を読み、文字は書けるようになった。神山を見ると、神山も黙って頷いた。

「それではここに名前と年齢を書いてください」

 俺と神山の前に紙と鉛筆が出された。俺は余裕だが、神山は顎のあたりがカウンターの高さだ、少し書きにくいかもしれない。俺は先にスラスラと書いてから、床に片膝をつくようにして右膝だけを立てた。膝の上に立てと言う意味だ。

「……意外と紳士なのね」
「まあな」

 神山は俺の膝の上に、黒の編み込みブーツを履いたままで立ち、カウンターに手をついて名前を書く。俺はすかさず後ろから覗く。うん、やはり縞パンは水色と白に限る。ふと後ろを見ると、数人の男どもがサムズアップをしていた。そうだろうそうだろう。

 神山は書き終わったのか、俺の膝から飛び降りた。ふわりとスカートが花開く。
 俺も何もなかったように立ち上がり、用紙を見る。

ライトスプリング=グリーンリバー
17
Cランク

アリサ=ゴッドマウンテン
17
Cランク

「…………………………」

 アリサを見下ろすと、

「文句ある?」

 と、ドヤ顔だ。

「いや、ない……」

 なんだろう。人に真似されるとなんだか恥ずかしいような気持ちになる。ひょっとしたら俺はまたやらかしてしまったのか?まさか俺は異世界で二つ目の黒歴史を作ってしまったのではないのか?俺は受付の女の人に、

「あの────」
「ではお待ちください」

 受付の女性は紙を持って去って行った。たまらず俺は神山に縋るように見る。

「なあ、神山……」
「違うわ、ゴッドマウンテンよ。今日からアリサって呼んで。私の名前はアリサ=ゴッドマウンテン」
「………………」

 神山は能面のように無表情で答える。

「なあ神山」
「アリサ。アリサが嫌ならゴッドマウンテンって呼んで」
「…………、俺、やらかしたか?」

 神山はニヤリと笑い、

「やっと気づいた?でもあんたはもうライトスプリング=グリーンリバーだから」
「やっぱりやめ────」
「もう遅いわ、ライトスプリング。もう遅いのよ」
「……」

 どうやら確実に黒歴史を作ってしまったようだ。それもこれからずっと使わないといけないらしい。地獄か?

「あんたにわからせるためだけに、私も同じ道を選んであげたのよ?感謝して欲しいわ」
「……」
「苗字呼びもちょっと気になってたのよ。ちょうどいいから今からアリサに固定ね」
「……、わかった」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 黒歴史がきっちりと刻まれたアメリカ海軍のドッグタグのようなものを冒険者ギルドで受け取り、金を払ってギルドを出る。
 次は武器屋だ。流石に素手で魔物と対峙するのは舐めすぎな気がする。今俺たちに武器と呼べるものは、包丁代わりのナイフ一本しかなく、これではどうにもならない。
 
「……たけえな」
「ねえ、私はどうしたら良いの?」
「むしろどうしたい?」

 俺たちは虎子から訓練を受けている。だが、がむしゃらに体を動かしているだけのようなもので、剣術や格闘術ってわけではない。専門的な知識はなかった。
 それに武器屋に並ぶ武器は、最低でも5万ルク、高いのは50万100万、更にそれよりも高い物もあるようだ。

「すいません、初めてなのですが、何を買ったら良いですか?」
「ん?初めてなのか?」

 60は超えてそうなシワのある顔の店員に声をかけた。すると俺の身体をじろじろと見た後、そんなことを言ってきた。

「ふむ。そうか。まあ、これを振って見ろ」

 ポンと、やまなりに棒を投げられた。長さは1mぐらいだ。俺は周りに当たらないように気をつけながら、適当に棒を剣に見立てて振り回してみる。

「ふむ。なるほどな」
「あと、お金がなくて」
「そうなのか。武器は良いのを持った方が良いぞ?」

 そして壁にかけてある、鞘に入った剣を一本持ち、それを手渡してきた。

「振ってみろ」
「……はい」

 鞘から抜く。剣は真っ直ぐな幅広の両刃剣だ。持ち手になる柄は、片手持ちも両手持ちも出来るように少し長め、刃渡りは1mあるかないかってところだ。いわゆるバスタードソードってやつだろう。重さは棒よりもだいぶ重いが、訓練の賜物か、振り回せないほどでもない。

「重いか?」
「いえ、気になるほどではないですね」

 店員のオッさんは俺を舐めるように見てから、

「だろうな。弟子の練習品だ、それなら5万で良い」

 5万なら買えなくはない。だが神────、アリサの分も買わなくてはいけないのだ。アリサめ、無駄遣いなんかするから……。
 
「私、これにするわ!」

 アリサは両手に短剣を持っていた。刃渡りは手のひらをめいいっぱい広げた親指の先と小指の先より少し長いくらい、25cmぐらいか、形は俺のバスタードソードをそっくりそのまま小さくしたような形で、ちゃんと鍔も付いている。まあ、一言で言えばダガーだな。それを2本持って笑顔で構えている。

「それ、前衛向きじゃね?」
「ほら、いつもナイフで戦ってるから、この長さに慣れちゃったわ。それに二刀流ってカッコいいじゃない」
「……」
「それに安いのよ。あっちの箱に入ってたの」

 箱には《格安!一本ニ万ルク》と書いてあった。すると店員が説明してくる。

「お前のは鍛造、あれは鋳造だ。素材の配合も違う。どっちも手入れは必要だが、鋳造の奴は手入れを怠ればすぐダメになる。折れにくさも段違いだ」
「なるほど」

 鍛造と鋳造はわかる。鍛造は一本一本叩いて鍛えて作った剣、鋳造は型に鉄を流し込んだ剣だ。するとアリサが二本のダガーをカウンターに置き、

「ねえ、ライトの剣と私の2つの剣、それに二人の剣に鞘をつけて。あと……、あれ、あのウエストポーチも貰うわ。それと……、そうね、2人ともあそこの皮の籠手と脛当てを貰えるかしら?あっ、あとこいつには革鎧もね。私は可愛くないから要らないわ。それ全部で5万ルクにしてくれない?」
「話にならん」
「おい、神──、アリサ」

 アリサは黙っててと言わんばかりに俺に向かって手のひらを向け、そして首から何かを外した。それを店員の男に渡す。

「なら、これを出すわ。これと今言った商品と交換ならどう?」

 店員の男は、気付かれない程度にピクリと眉を動かした。

「……金か」
「ええ」
「ええ?!」

 どうやらアリサは金のネックレスを渡したようだ。どこに持っていたのやら。
 アリサは俺に近寄ると、コソコソと話した。

「こっちに来た時着けてたやつよ」
「お前、裸になってもそんなのつけてなかったよな?」
「私のいじめが始まった頃、制服のポケットにしまっておいたの。もしかしたら取られるかもと思って」
「なるほど」

 男は口を開く。

「軽いな。にせものではないか?」
「偽物ではないわよ。でも金の量が少ないから軽いのは軽いわね」
「ならダメだ。これじゃあ剣とダガーだけでも5万にはならん」
「よく見て。でもその金、装飾が珍しくないかしら?そんなに細かい装飾のネックレス、見たことある?」

 アリサのネックレスは、細いねじりチェーンで、鳥を象った小さなペンダントトップがついているだけのシンプルな奴だ。

「…………、それでも剣とダガーだけで5万は貰う」

 アリサの目がキラリと光る。アリサはずいっと右手を店員に差し出して、

「なら返して。話にならないわ。他に持っていくから」
「…………、鞘とウエストポーチはつけよう。お嬢ちゃんに免じて5万もいらない」
「それじゃダメよ。私たちは初心者なのよ?防具なしはありえない」
「ならば籠手も」
「ダメ」

 店員はグムムと唸る。アリサは両手を腰に当てて、胸を張って堂々と立っている。

「……くそっ、わかった。剣とダガー2本に鞘をつけてベルトもつける。それと手入れ道具とウエストポーチだ。更に2人分の皮の籠手もつけよう。それで限界だ。それでダメなら諦める」
「せめてこいつには胸当てをつけて。今のあんたの言った商品に、こいつに胸当て。別にすごいのじゃなくて良いわ、心臓さえ守れれば良いから。それで手を打つわ」
「欲張りすぎだ」

 アリサは暗い笑みを浮かべて、余裕の表情で男を見る。

「見る目がないわね。それにその程度の価値しかないと思ってるなら、この話はなかったことにしましょ。本当は商品を貰っても更にこっちがお金を欲しいくらいよ。それを商品と物々交換だけで良いと言ってるのよ。こっちも急いでるからね。嫌なら宝石商にでも持っていくわ。宝石商ならその細工の価値をちゃんと分かってくれるもの。さ、返してちょうだい」

 アリサは右手をずいと突き出し、店員の男に迫った。男はシワのある顔に更に皺を深めて考え込む。

「……、わかった。胸当ては安いのだぞ?」

 アリサはにっこりと微笑み、

「ええ、結構よ」

 店員は商品を集めだした。俺はアリサに耳打ちする。

「おい、良いのかよ」
「良いのよ。あれ、一万円もしなかったわ。多分10金か14金ぐらいじゃないかしら」
「それ────」

 アリサは少し背伸びして俺の口に手を当てる。

「嘘は言ってないわ。あとは商人の判断でしょ」
「そうだけどよ」

 きっとこの世界での金は24金に近いものを指す気がする。それが半分混じり物じゃあ詐欺に近いが、たしかに嘘は言ってない。

「でも気に入ってたんじゃないのか?」
「あんなネックレスより命のが大事よ。それにたくさん稼げるようになったら、もっと良いやつを買ってね♪」

 と、ウインクしてきた。
 なんだか少し可愛く見えてしまった。二度と手に入らないかもしれない、日本産のネックレスを俺たちのために差し出した。しかも、俺の装備を少しでも優先させようと頑張ってくれた。これは流石に思うところがある、感謝の気持ちが混みあげる。

「ありがとうな、アリサ」
「どういたしまして」

 と、笑った。なんだかアリサの笑顔が素敵に見えた。
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