今時異世界如きは、言葉さえ通じればどうとでもなる

はがき

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第1章 異世界に立つ

第十七話

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 俺の予想はまたしても当たった。やはり虎子は俺を本気で殺しにこれない。
 わかっていた。こいつは出会った時から優しかった。虎子は初めから手加減の天才だった。虎子の本気の殺意を受けたことはある。あの時は比喩ではなく死を覚悟するほどの恐怖に包まれた。それほどの力を持っている虎子に、たかだか一年弱訓練した程度で勝てるわけないのだ。
 それでも勝負に踏み切ったのは、虎子は絶対に俺を殺さないと言う自信があった。出会って初日の椅子取り合戦の時も、日々の訓練の時も、いついかなる時も、虎子は俺が重大な怪我をしないように細心の注意を払っていた。俺は、虎子に守られながら生きてきたのだ。

「だからって、手抜きじゃ勝てねえな」
『もう息が上がったか、気が済んだなら消えろ』
「なわけねえだろ」

 殺すぞと叫びながらも、まるで訓練のような戦いをしていた俺たちだが、俺は距離を取って切り札の一つを切る。

ダズわずかなスペリア空間よオペンターナ口を開け

 両手のひらを広げたほどの黒い楕円が現れ、そこから銀色の表紙の、六法全書のような本が出てくる。俺はそれを左手に持つ。

『……なんだそれは。貴様、今何をした』

 やったぜ、流石禁呪。虎子も【収納魔法】は知らなかったようだ。だがまだ終わりじゃない。禁呪大全を読み込み見つけることが出来た、物品的触媒が必要ない禁呪はまだある。左手に持った禁呪大全が、パラパラと自動的に開いていく。

「行くぞ虎子!!、覚悟しろよ!!バズ少しのイン命よパルセルス脈動せよ!!」

 ゴオオオオオオオオオオオ!!

 身体から力が湧き上がる。魔力が身体の隅々まで行き渡り、脳が万能感に包まれる。
 そう、これはいわゆる【身体強化】の禁呪だ。禁呪以外で身体強化があるのかは知らないが、婆さんの本にも乗ってなかったのだから禁呪を使うしかない。
 この魔法が禁呪たる所以は、触媒が自身の血液だからだ。バズ少しのの出力だと十数分で100mlの血液が消費される。デラ多くのテラたくさんならばその分強化の効果も高いが、テラたくさんでは秒で100mlが消費され、1分もかからずに自分が死んでしまうだろう。
 虎子は俺をじっと見つめ、

『愚かな……、命を削っていることに気づかないのか』

 流石千年虎とでも言うのか、禁呪を知らなくても何をしたか予想はついたらしい。まあ、婆さんの生気が失われてるとかも言ってたし、虎子にはその類の能力があるのだろう。

「お前を手に入れる為なら、ここで死んでも良い」
『……口説いているのか?』
「ああ、拳でな!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


~~虎子視点~~

 奴が聞いたこともない呪文を唱えた。あれはまずい。あれは命を犠牲にして力を得る類の魔法だ。そこそこの力は得たようだが、あの程度で妾が負けるわけがない。あれをあのまま使わせていたら、奴は死んでしまうだろう。
 止めなくては。

 すると、奴は身をかがめてまっすぐ走ってきた。速い、ダイアウルフを超える速度だ。
 奴は低い体制から左手を妾の顎めがけて放つ、妾は顎を上げて避けると、奴はそのまま後転するように膝を出してきた。妾はそれを尾で払い、奴を左に突き飛ばす。
 奴は着地した瞬間、前転しながら妾の頭部に踵を振り下ろしてくる。ミエミエだ、多少速くなったところで、こんなイノシシのような攻撃が当たるわけがない。
 だが、早く納得させて、あの魔法を止めさせなくては。
 妾が尾で奴を身体ごと払うと、奴は吹っ飛びながらも妾の尾に掴まった。くっ、尾を掴むなどなんて破廉恥な。妾はそのまま奴を空高く放り投げる。
 すると、

ダズわずかなスペリア空間よオペンターナ口を開け!」

 奴はまた小さな黒円を空中に出し、それを蹴り、踏み台のようにして、妾目掛けて勢いよく降下してくる。
 馬鹿が、妾が避けたら自爆するぞ。仕方なく背中で受けることにした。

ズン

 多少の衝撃が体内に響いたが、ダメージと言うほどでもない。奴が次に何をするか視界に入れるために距離を取ると、

ダズわずかなウーンズ水よバレッティア弾となれ、、マジョリカ多数の!!!」

 小石ほどの水球が40近く飛んできた。そして水球を追うように奴が突っ込んでくる。阿呆め、それで目眩しのつもりなのか?丸見えではないか。
 妾は尾でそれを払いつつ、尾に雷を纏わせ少し眠らせることにした。
 
「ガッ!!」

 流石に痺れたろう、訓練でもここまでの雷を喰らわせたことはない。だが、予想に反して、奴はまだ立ち上がってきた。膝が震えている。まだ内なる生気に余裕はありそうだが、満身創痍に見える。そろそろか。
 妾は後ろ足に力を入れ、奴に視認出来ない速度で突っ込み、地面に敷き倒す。

「がは!」

 うつぶせで倒れる奴の背中を、妾は潰さない程度に踏んづけて、

『終わりだ、もう諦めろ』
「まだだ、俺は諦めない!」
『本気で死ぬか?』
「やれるもんならやってみろクソ猫!言葉にしたなら殺してみろよ!」

 このガキが……、妾の気も知らぬくせに……。
 仕方ない、少々傷を残してやらんと諦めんな。……、そうだな、小指なら後の支障は少ないか。

『言ったな、小僧が。ならばじわりじわりと殺してやろう。まずは小指からだ』
「……、は?」

 妾は奴の左手の小指に牙を当て、牙を弾いて顎を上げる。奴の小指は天を舞った。

「なっ!ぎゃあああああ!!」

 ……、気分が悪い。これでは弱い者いじめだ。誇り高き獣じ────、いや、今は妾の気持ちよりも奴の気持ちを折ることだ。どうやら奴も妾がここまでするとは予想してなかったようだな。真っ青な顔をしている。だが妾もここを離れるわけにはいかぬのだ。
 メイリーが妾の親の仇だと言うことも知っている、妾を利用して生きてきたことも知っている。それでも、それでもだ。妾が暴れようとも、メイリーから逃げようとも、諭し、探し、たくさんの愛をくれた。  妾はメイリーを置いてはいけぬ。

『諦めろ、その魔法を解け。それは貴様が使っていいようなものではない』
「ぐっ、い、いてえ……」
『街に行くと約束するなら離してやる』
「行くさ、お前を連れてな」
『……、貴様は生涯伝わることがなかった妾の言葉をメイリーに届けてくれた、そしてメイリーの執着に終わりも見せてくれた、だから殺さずにいてやってるのだ。あまりにしつこいと本気で殺すしかなくなるぞ?』

 もしかしたら殺してやるのが奴の為なのか?奴も戦士になったと言うことなのだろうか。覚悟を決めた目をしている、最後に何かしてくるな。

「ああそうかよ、ならこれでも喰らえ!テラたくさんイン命よパルセルス脈動せよ!!!」
『なっ!!』

 奴が呪文を唱えた瞬間、奴の身体が跳ね上がった。妾は奴を抑えていられなくなり右手をどけると、奴は妾の腹の下に舜歩しゅんぽのようにもぐりこみ、渾身の力で突き上げてきた。

『バハッ!!』

 あり得ない、妾に届く力を得ている。まさか妾にダメージを与えてくるとは。内臓がやられて口内に血が込み上げてきている。
 だがそれよりも、奴の命が今にも尽きてしまいそうだ。もってあといっ時しかない。
 もう選んでいられぬ。どうせこのままでは奴は死ぬ。ならば賭けに出るか。

 丁度2撃目を奴が放ってきてるので、妾は渾身の力で、爪を隠して奴の腹に右手で突く。

ドン!!

 奴はゴロゴロと彼方まで飛んだ。
 死んだか?
 いや、生きている。それに奴のあの命を削る魔法も止まっている。良かった。
 妾は奴に駆け寄る。
 しかし危なかった、まさかあれほどの力を出すとは。これだから人族は侮れない。

『妾の勝ちだ』

 奴は、今にも消えいりそうな瞳で、小指のない左手を妾に伸ばす。

「……、れが、しあわせ、を、おしえてやる……、おれ、と、来い……」

バタン

 奴は意識を失った。うむ、大丈夫、生きている。
 しかし……

『ふん、まるで契りの申し込みだな。…………、仕方ない、小指の後だけはなんとかしてやるか』

 確かウォブリ山に月影樹があったはず。指はもどらなくとも傷は塞がるだろう。
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