今時異世界如きは、言葉さえ通じればどうとでもなる

はがき

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第1章 異世界に立つ

第十四話

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 あれからババアと虎子は、ババアの部屋から一歩も出てこない。既に1週間が経過している。
 俺は頭を掻きむしる。俺が悪いのか、謝ったほうが良いのか。だが別に俺が何かをしたわけでも無いのに、謝る事で神経を逆撫でする事にならないだろうか。
 いや、それとももうここを出ていけば良いのか。それはそうだ。虎子を怒らせ、ババアも泣かせ、それでもここに居座り続けるのは、あまりにも厚顔無恥すぎるだろう。
 
「……お礼だけでも……」

 顔を出せばまた怒られるかもしれない。だが、ここまで世話になっておいて、黙って出て行くのは自分で自分を許せない。異世界に来て、右も左もわからなく、その日の食事の当てさえなかった俺を衣食住の世話までしてくれ、生きるために必要な訓練までしてくれた。

「…………、マヌケだな、俺……」

 恩を仇で返したのだろう。あまり泣くタチではないが、流石に涙が込み上げてくる。悲しいやら、情けないやら、寂しいやら、悔しいやら。
 
 自分の部屋で荷物をまとめる。服は貰っていっても良いだろうか。買って貰って貯まった着替えと、異世界に来た時に来ていたブレザーの制服を畳み、

「……あっ、リュックは食堂か……」

トントン

 するとドアをノックされた。俺はビクリとして声を出せずにいると、2秒ほどで勝手にドアが開く。そこには虎子が居た。

「……虎子、あの、本当にご────」
『来い、メイリーが会いたいそうだ』
「……」

 逆にタイミングが良かった。俺は黙って虎子に着いていき、ババアの部屋のドアを虎子が開けたので、俺はそのまま入室した。

「……婆さん……」
「アキハルさん。座ってもらえます?」
「はい……」

 婆さんの部屋に初めて入った。婆さんの部屋には婆さんが寝ているベッド、小さな丸いテーブル、ベッドの側にある椅子、それだけしかなかった。
 俺は婆さんを直視出来なくて、部屋を見渡していたのだ。茶味がかった金髪だった婆さんの髪は、絵の具で塗ったように真っ白になり、一気に歳を取ったかのようにシワが増えていた。婆さんはベッドから上体だけを起こし、壁を背もたれにして寄りかかっている。

「あの、────」
「ごめんなさい、アキハルさん。本当にごめんなさい」
「っ!いや!俺が悪くて。俺がここに来たから。俺がここに来なければ……」
「違うのよ、アキハルさん」

 涙で霞んで何も見えない。俯いていると、俺の膝にポタポタと雫が垂れる。

ふわっ

 頭を優しく抱かれた。そして、シワシワの手がゆっくりと頭を撫でてくれる。

「ごめんね……、私の最後の未練も解消してくれた人に……、ごめんなさい」
「っ、婆さん、俺!」
「大丈夫。アキハルさんは悪くないのよ。大丈夫だから」
「うぅ……、ううぅぅぅぅ!!」

 俺たちは2人で抱き合って、2人で泣きはらした。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 婆さんは昔話をしてくれた。
 婆さん、メイリー=フォレスターは、100歳の時にとある遺跡で奇妙な宝箱を見つけた。その箱は鉄でも木でもなく、素材が何かさえわからない箱だった。開ける事も叶わず、中を見る事も出来ずガラクタのように見えたが、メイリーはなぜかその箱が気になり、仲間との分配の時にその箱を貰った。
 家に持ち帰ると、どうやっても開かなかったその箱がいつのまにか開いていた。中には真新しい一冊の本が入っていた。本を開くと全く未知の文字で書かれていたが、長年の勘からこれが魔法に関わる本に思えたのだ。その当時でもメイリーはそこそこの魔法の開発に成功しており、未知の本を手に入れた事により、研究熱に火がついた。
 そこから50年後、資金不足に陥りダメ元で本が入っていた箱をオークションに出すと、驚くほど高い値で売れ、それは古代の魔法遺物だと判明した。メイリーはそこから狂ってしまった。古代遺物に入っていたのならば、この本は古代の魔導書で間違いないだろう。なんとしてでも古代の本を解明したい、これが解明出来れば、自分は歴史に名を残す魔法使いになれる。いや、それどころではない、失われた魔法が復活するのなら、なんでも思いのままではなかろうか。
 メイリーは更に50年を費やすも、手がかりさえ見つけることが出来ない。
 既にメイリーは200歳、このままでは時間寿命が足りない。ならばエルファリアエルフの国に伝わるエルフの秘宝、アンブロシアで寿命を伸ばすしかない。だがそれに手をつけることはエルファリアの最大の禁忌だ。アンブロシアは古からハイエルフだけに許される特権だったからだ。それを行えば一族共々斬首、仮に許されても一族ごとエルファリアを追放だ。それでもメイリーは諦めることが出来なかった。
 
 メイリーは夫と娘と絶縁し、アンブロシアを盗んだ。それがバレてメイリーに指名手配がかかるも、先に家族と絶縁していたことにより、メイリーの両親、親族など全員、斬首は免れてエルファリアを追放となった。その後すぐに両親は他界した。親族はわからない。メイリーは一族には相当恨まれ、エルファリアからの追手もかかり、身を隠しながらセントフォーリア教国まで逃げて来た。
 
 だが、現実は無常だ。ここまでしても古代の書の解読は出来なかった。エルフの寿命を考えれば、きっと夫も娘も既に寿命が尽きている。全てを裏切っても、何も手に入れることが出来なかったのだ。

「でもね、アキハルさん。私は報われなかったけど、無意味ではなかったの。これは運命よ。私の人生は、あの本をアキハルさんに渡す為にあったの」
「そんな……」
「ごめんなさい、間違ってても良い。でもそう思わせてくれるかしら?私の人生を無意味にしないで。老先短い老人のわがままだけど、許してね」
「……はい」

 そう言われれば、はいとしか言いようがない。

「あの本も含めて、全部アキハルさんのものよ。もし、私のことを少しでも憐れだと思うなら、どうか私の人生の結晶を、アキハルさんに引き継いで貰いたいの。そうすれば私は報われるわ」
「……わかりました」
「……、ありがとう。少し寝るわね」

 俺が部屋から出ると、虎子も着いてきた。なんとなく家から出て、400mトラックほどの敷地を見つめると、

ヒュン

 虎子が尻尾で攻撃してきた。そして、俺も虎子も一言も発することなく、いつもの訓練が始まった。
 
 一通りの訓練を終え、俺が地面に座ると虎子も並んで地面に座った。

『エルフは歳を取らない。聞いたことあるか?』
「……取ってるだろ」

 事実婆さんは、俺と出会った時から老人の顔だ。歳を取らないってことはない。

『普通エルフの寿命は200~250年、そして20歳ぐらいから姿形が変わらぬ。それは死ぬ間際まで続く』
「そう言う意味か」
『だが、老いは必ず来る。それはエルフにもだ』
「……」
『エルフは寿命が尽きる10年前ほどから、急激に外見が老いていく。老いが始まったら10年以内に死ぬと言うことだ』
「そうか」

 ってことは婆さんももうすぐってことか。時間が無いとしょっちゅう口にしていたが、そう言うことだったか。

『メイリーは老化が始まって12年経つ』
「……、は?」

 俺は隣に座る虎子の顔を見る。虎子はまっすぐと夕日を見つめている。

「それって……」
『メイリーはこの世に未練がなくなった。今までは執念で生きていたが、メイリーの生気は急激に衰えている。……覚悟はしておけ』
「…………」

 虎子はスクッと立ち上がる。

「なあ」

 俺は歩き出す前の虎子に声をかけた。

「俺のせいだよな」

 すると虎子は俺の目の前まで歩いてきて、俺の前に四つ足で立ち、座っている俺を真っ直ぐ見下ろしてくる。

『驕るな。貴様に何がわかる。たかが半年程度顔を突き合わせただけでメイリーの何がわかると言うのだ。貴様のせいなどであってたまるか。メイリーの人生はそんなに軽いものではない』
「……そうか……」

 虎子は歩き出したが、ピタリと止まって俺に振り返り、

『それは妾と貴様の間にも言えることだ』
「そうだな……」
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