今時異世界如きは、言葉さえ通じればどうとでもなる

はがき

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第1章 異世界に立つ

第九話

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 昨日は結局、一人で夕飯を食った。いつまでも泣きじゃくる婆さんを、チーターが運んで行ってしまったからだ。
 そして風呂の使い方もわからないので、風呂にも入らず自室と割り当てられた部屋のベッドに、買って貰った布団を敷き寝た。
 朝起きて、トイレの場所を聞いてなかったので、家の外に出て立ちションした。家に戻ると、目を腫らした婆さんがチーターと一緒に立っていた。

「アキハルさん、本当にありがとう。貴方に最大の感謝を」

 婆さんは床に片膝をついて、胸に右手を当てて頭を下げた。

「いや、そこにいる奴の伝言を伝えただけだし。それに俺の方がこれから世話になるんだし。ありがとう、婆さん」
 
 婆さんはまだ片膝をついたまま、

「それでもアキハルさんは、私の二つの未練のうちの一つを解決してくれました。この恩はアキハルさんに私の全てを教えることで返そうと思います。それで良いかしら?」
「んまあ、俺も魔法を覚えたいしな。そうなると、俺のが返しきれなそうだな」

 婆さんは頭を横に降る。

「この恩はそんなことではとても返しきれないわ。だから受け取ってくださいね」
「わかった。ありがとう」

 すると婆さんは立ち上がり、

「そうと決まれば本気でやらせてもらいますね。そうね、やはりまずは体力作りね」
「……」

 俺は一気に嫌な予感が込み上げる。

「あー、いや、体力は良いんじゃないですかね?」

 するとチーターがぬくっと前に出てきた。なんだか、嫌な笑みを浮かべているように見える。

『メイリーはもう歳だ。体力作りは妾が受け持とう。喜んで良いぞ、貴様』
「いやいや、お前は獣だろうが」
『ふっ、ならば逆に問おう。貴様ら人間如きが千年虎サウザンドタイガーである妾に勝てるとでも?』
「サウザンドタイガーって……お前はチーターだろうがよ」
『訳のわからぬことをぬかすな。さて、朝飯前の訓練を始めるか』

 するとチーターは尻尾を俺の胴体に巻き付け、俺を持ち上げる。

「っ!待て!降ろせ!まずは魔法から!」
『観念しろ。妾はメイリーほど甘くはないぞ』
「ふふっ、2人とも楽しそうで羨ましいわ。頑張ってくださいね」
「ちょっ!ババア!助けろ!このクソ猫をなんとかしろぉ!」
「楽しそうで羨ましいわ」
『妾も恩に報いなければな。存分に可愛がってやろう』
「降ろせええええええ!!」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 この世に生を受けて17年、異世界に降臨して2日目、俺は生まれて初めて地獄と言うものを知った。
 まず俺がやらされたのは走り込みだ。だがマラソンのような走り込みではない、常に全力疾走なのだ。そして当然息が切れる。息が切れて足を止めると、尻尾で叩いてくる。それがなんと電気のようにビリビリするのだ。たまらず立ち上がって走る。息が切れる。電撃尻尾を喰らう。しかも尻尾の電撃は、徐々に出力を増す。そして立ち上がれなくなり、電撃にも反応出来なくなるまでやらされるのだ。
 これだけでも地獄だが、1キロくらいあるリストバンドとアンクルバンド、更に数キロはありそうな重りを腹に巻かれて、上記をやらされる。
 俺は知っている。どうせ、慣れてきたら重りを増やすんだろ?亀◯人かよとツッコミたくなる。
 
 まだ終わりではない、次はチーターと組み手だ。組み手と言っても俺が一方的に殴るのみ。当然息が切れて攻めが止まる。止まればお決まりの電撃尻尾だ。これもぶっ倒れるまで繰り返される。これを毎日だ。
 それ以外にも柔軟や畑耕しなど体力作りメニューは多岐に亘った。その全てに電撃尻尾が付いてくる。こいつ、チーターじゃなくて豹柄ビキニを着た鬼じゃなかろうか?そのうち空でも飛びそうだ。

 休みが無いわけではない。休みの日は何をするかと言うと、魔力を高める訓練だ。婆さんが俺に触れて、俺の魔力を抜き去る。魔力を抜き去られると意識を失う。そして意識が戻ると、しばらくの間、頭とヘソの下がものすごく痛い。これを延々と続けられる。
 体力の日は電撃、魔力の日は頭痛と腹痛、毎日が痛みとの戦いだった。

 あまりにも異常に思えて、婆さんに聞いたことがある。

「婆さん、この訓練、本当に正しいやり方なのか?」
「まあまあ、私を疑ってるんですか?アキハルさん。もちろん正しいですよ」
「そっか……、みんなこんな辛い思いをしてるのか……」

 すると婆さんはそっぽを向いた。

「……おい、ババア。こっちを見ろ。この訓練は正しいのか?」
「……正しいですね」

 ババアはこっちを見ない。

「なら、一般的なのか?」
「大丈夫です。ちゃんと死なないようにやっています」
「死ぬんかよ!!てめえ、いい加減にしろよ!!」
「……あまり時間がないのです。アキハルさんの魔力はとても少ないのですから、ある程度の無理は我慢してください。急いで底上げしなくては、間に合わなくなりますし……」
「時間なんてクソほどあるだろうが!」

 確かに俺はこの街に居るだけでリスクがある。だがある程度街から離れたこの家に滞在出来るなら、そこまで急がなくても良いと思う。一年の修行が二年になったところで、そんなにリスクの大きさは変わらないと思う。それよりもいかに街での活動をしないようにするかの方が重要に思える。

 目立たないように街への買い出し、体力の訓練、魔力の訓練、たまに敷地内の雑用。奴隷でもここまでハードな生活をしていないんじゃないかってくらいの生活を毎日こなしていると、いつのまにかもう3ヶ月が経過した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



~~とある円卓の会議室~~

「それで、巫女ナターシャ。異界人たちの進捗はどうだ」
「はい、教皇様。異界人たちはこの3ヶ月で順調に成長しております。魔法に適性がある者は魔法師団を中心に、それ以外は聖騎士団が訓練に当たっております」

 ここで一年基礎訓練を行なった後、学院に2年間入り、更なる専門的な訓練を行う。また、学院は他国からの留学生と言う名のスカウトも存在し、留学生たちが異界人の査定をする場としての役割も兼ねている。そして最終的には各国が入札して、自国に有益な異界人を買って帰るのだ。

「問題児2人はどうしておるのじゃ」

 この場に同席しているザボエラ枢機卿が巫女に問う。

「……訓練は真面目にしております。ですが、色にはなかなか興味を示しません」

 【勇者】のスキルを持つ吉崎龍斗と【状態異常完全防御】を持つ神山亜梨紗には巫女ナターシャの【扇動】が効かない。その為、監視するように、また後々に不穏分子とならないように対策を練っている。
 具体的には吉崎龍斗には、教国に忠誠を誓う女を当てがい、こちらの都合の良いように動かそうとしている。

「違う女をあてがってみたのかの?」
「はい。ですが、そう言う理由では無さそうです。リュウトの側には常にアリサが付き纏っています。どうやらアリサはリュウトに懸想している様子。リュウトもアリサの目を気にしているのか、簡単に手を出してこないのです」

 ザボエラ枢機卿は、不機嫌そうに指で円卓をトントンと叩く。

「わかっているなら何故手を打たん。そのアリサとやらはもう処分したら良かろう」

 巫女の隣に立つ、巫女の側近的立ち位置の聖騎士団長が口を開く。

「【勇者】には扇動が効いてません。もし今の状態でアリサが消えれば、【勇者】は不信感を持つでしょう。最悪は【勇者】も処分することに」

 唯一女性の枢機卿、カーミラ枢機卿が発言する。

「事故に見せかけてはどうかえ?」
「例え事故だとしても、【勇者】がどう推測するかわかりません。アリサを処分するには、まず【勇者】の興味をアリサ以外にそらす必要があります」
「それをするのにアリサと言う女が邪魔なのじゃろ」

 またカーミラ枢機卿が言う。

「慎重すぎだえ。若い男なぞ、一度女の身体を覚えてしまえば、後は自ら転がり落ちるえ。少々強引に抱かせてしまえ。それで興味は抱いた女に偏る」

 なんとも屈折した考えだが、男子高校生的には、あながち間違ってない。覚えたては高確率で猿のようになりやすい。

「かしこまりました、早急に手配致します」
「それと念のために、女の方にも男をあてがうと良いえ。ダメでも損はないえ」
「かしこまりました」
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