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第1章 異世界に立つ
第十六話
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婆さんのひ孫だと言うメリルリートさんに婆さんを見せて、メリルリートさんと虎子と一緒に婆さんを火葬した。メリルリートさんに婆さんの骨を持って帰るかと聞いたが、メリルリートさんはここに埋めていくと言った。まあ、正直、会ったこともないひいおばあちゃんとかなんの感傷もなくても当然だ、むしろ本当は婆さんを恨んでいるのを表に出さないようにしているかもしれないし。
そして、メリルリートさんと遺品を分けた。メリルリートさんは何も要らないと言っていたが、血縁が来たのに何も渡さないと言うのはなんだか気持ちが悪く、婆さんの研究成果の、未発表の魔法の本を全部渡した。婆さんは未発表の魔法は世間に知らしめることで金にしたこともあると言っていたし、もしメリルリートさんが婆さんのことをなんとも思ってなくても、これなら売れば良いだけだからいいかなと思った。
そして虎子はメリルリートさんを背中に乗せて送って行った。
俺はと言うと、婆さんの思い出に浸っていた。書斎に入り、婆さんの人生の結晶である、魔法の本をパラパラと開く。
「すげえ……、呪文だけじゃなくて触媒の入手場所や加工方法まで書いてある」
確かにこれなら、この本さえあればすぐにでも魔法が使えそうだ。
婆さんの書斎のテーブルの上に置きっぱなしになっていた、六法全書みたいなボリュームの禁呪大全も開いてみる。これは婆さんが人生をかけても、誰にも解読出来なかった魔導書だが、俺は【翻訳】の力でスラスラと読めた。
「…………、なるほどこれは禁呪だ。これを作った奴は悪魔かよ、心底恐ろしい」
禁呪大全の一番初めに掲載されていたのは、空間魔法に属する【収納魔法】だった。いわゆるアイテムボックスみたいなものだが、これを使用するには触媒がエグすぎる。
触媒は頭髪だった。
一番魔力消費が少ない《ダズ》で、一回呪文を唱えるたびに頭髪を一本消費する。何だそれだけかと思わなくはないが、これが悪魔の魔法の所以はここからだ。触媒となれる頭髪は、毛根に根付いているものしか使用できない。だから、途中から切った髪の毛や、抜け落ちてしまった髪の毛、床屋で髪を貰ってくるとかの頭髪は一切使用出来ないのだ。
わずかな髪の毛が頭から消えたからと言っても、毛根自体が死滅しない限りは一生生えてこないってことはないだろうが、潜在的恐怖は終始付き纏うだろう。
それに【収納魔法】は一度使えば終わりではない。例えば自分が1日どこかに出かけている時、バッグの口を何回開けるだろうか。一回ってことはない、10回?20回?それを一年なら?もう想像したくない。想像しただけで頭が涼しくなる。
「……、まあ、一回ぐらいは……」
俺は禁呪大全を手に持ち【収納魔法】を唱えてみる。
「《ダズ、スペリア、オペンターナ》」
体内からわずかに魔力を消費した感覚がする。初めて魔法を唱えた。魔力の訓練初期は、婆さんに強制的に魔力を抜かれていたので、この感覚自体に違和感はない。
すると目の前に両手の手のひらをめいっぱい広げたくらいの口が開いた。黒い楕円がぽっかり浮かんでいるような感じだ。俺はその黒い楕円に婆さんのつばの長いとんがり帽子を入れてみる。
「……、そう言うことか……」
帽子は黒い楕円に乗っかった。収納魔法ならば、中に入らなければいけない、なのに乗ってしまったのだ。慌てて左手に持つ禁呪大全の収納魔法の説明を読む。
どうやら重量制限はないが、容量制限は自身の最大魔力量依存、空間内では時間の経過もなく、収納口のサイズを超えるものを入れることは出来ないようだ。ならば大きい物を収納したいなら、魔法の出力を上げて収納口を広げるしかない。
そして、ダズの上のバズならば、触媒の消費は10倍、その上のデラならば更に10倍だ。テラなんて想像もしたくない。それを1日に何度も?人類総ハゲ計画かよ。
重ねて言う、悪魔の魔法だ。
それ以外も禁呪大全には多くの魔法が書かれていた。【地震】、【流星雨】、【灼熱】、【部位欠損回復】、【時間停止】、【ブラックホール】、【重力反転】、【次元斬】、【長距離転移】、【反魂】、【アニメートデッド】、【精霊降臨】、まだまだ多くの魔法が書いてある。どれもネット小説で言うチート魔法揃いだが、触媒が無いから使う事ができない。触媒と入手場所も書いてあるのだが、それの入手はどの程度の難易度なのか、また古代と今では入手場所に行ってもまだあるのかもわからない。チート魔法は当分、もしかしたら一生使うことは出来ないかもしれない。
俺はここを出る準備を始める。
「ダズ、スペリア、オペンターナ」
頭髪1本の【収納魔法】を唱えると、両掌をめいいっぱい広げたほどの大きさの口が開いた。そこに婆さんの遺品の魔導書を収納する。この魔導書らは俺の生命線になりかねない、婆さんも良いと言っていたし、金になりそうな奴はメリルリートさんに渡したから遠慮なく貰って良いだろう。
次に身近ですぐ使う着替えや、婆さんの残した僅かな金などはリュックに詰め、魔法の触媒となる魔石などは皮のウエストポーチに入れて身につけた。出来る限り【収納魔法】を使わないようにする為だ。
そして魔力や体力の訓練を続けながら、虎子の帰りを待った。鏡を見たが、ハゲは見当たらない。まだバズまでしか使ってないから、目立ってないからだろうか。ちなみにバズで【収納魔法】を唱えると、直径が両腕を開いたほどの口が開いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あれから2ヶ月、虎子はまだメリルリートさんを送りに行ったまま帰ってこない。もしかしたらもうこのまま帰ってこないかもしれない。だけど、必ず一度はここに戻ってくるような気がする。俺は日々の訓練と婆さんの墓参りをしながら虎子を待ち続けた。
『まだ居たのか』
「遅かったな」
今日もこれから訓練を始めようかなと思った時、やっと虎子が現れた。改めて虎子を見る。その巨体は3mを優に超え、日本で出会えば一瞬で死を覚悟する獣だ。チーターの特徴である、目から口元までのほうれい線のようなラインが愛嬌あり、猫のようにしなやかな身体と、器用に動き回る長い尻尾、短い毛並みの茶黄色の体毛に黒い斑点、これで体躯が小さければ可愛いのだが。
『もうここに用はないはずだ』
「そうだな」
『なら出て行け』
「お前はどうするんだ?」
『貴様に関係ない』
虎子に従魔になってくれと言った日から、俺と虎子の会話はずいぶんそっけなくなった。元々そこまで良好な関係でもなかったが、師弟のようなこともしており、時には冗談も言える仲だったのに。……まあ、俺が壊したのかもしれないが。
『メイリーが残したものは全て持っていけ。妾には必要ない』
「俺にも少しは婆さんとの思い出もあるからな、そうさせてもらうよ」
今では俺のトレーニング用のリストバンドとアンクルバンドの重さはそれぞれ2キロになっている。胴体の重りは10キロぐらいか。俺は虎子と会話しながら、それをはずしていく。
ドスッ
重りを地面に投げ捨てると、なかなかの重い落下音がする。
『何をしている』
「もらうもんは貰っていくがな。もう一つ忘れ物があったのを思い出してお前を待ってたよ」
虎子の顔が歪む。何かを察したのか、不機嫌を隠すこともなく顔を顰める。
『まさかアレを蒸し返すのか?』
「いや、蒸し返さねえよ」
『ならなんだ』
ドサッ
胴体の重りもはずし、身軽になった。久しぶりにはずすとかなり軽く感じる。なんだか少し、身体が浮遊している感覚だ。
俺はコキコキと関節を鳴らしながら、ほぐしていく。
「アレは俺がマヌケだったよ。……従魔になってくれなんてな。笑っちゃうな、そんなのなるわけないのにな。いやあ、日本人はダメだな。ついつい自分の都合の良い物語に思っちまう」
虎子はじっと立ったまま俺を見つめている。
『何が言いたい』
「なに、簡単なことだよ」
俺は虎子をまっすぐと見つめる。虎子と視線が交差する。
「【翻訳】も主人公もご都合主義も関係ねえ……。力ずくで奪っていく。……、虎子、お前は俺のものだ」
『……正気か?貴様が妾に勝てるとでも?』
「ああ、正気だ。勝ってお前をいただく。シンプルだろ?」
『あの日、妾に拳が届いたと勘違いしているのか?』
「はっ、そこまで馬鹿じゃねえよ。あん時は婆さんの為に抵抗しなかったんだろ?いや、間に合わなかった罪悪感があったのか?意外と乙女なんだな」
グルルルル
虎子は牙を剥き出した。
『妾を愚弄するか、本気で死にたいようだな』
「いや?俺は勝つし。虎子、俺と来い。ここで婆さんの思い出に浸ってても意味はない。婆さんには婆さんの人生があったように、お前にはお前の人生がある」
ン〝ナ〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝!
虎子は怒りの咆哮をあげる。
『貴様に何がわかる!言ったはずだ!たかが一年足らずでわかったようなことを抜かすな!!』
「わからねえよ、わかりたくもねえ。関係もねえ。でもな、一つだけわかる。お前の人生はまだ終わってねえ。俺が教えてやるよ、生きる意味を。生き甲斐ってやつを」
俺の予想は当たった。虎子がここに戻ってきたことが証拠だ。虎子は小さい時に婆さんに拾われ、婆さんが人生の全てだった。常に婆さんの隣にあり、表から裏から支えていた。生みの親の仇でもあり、育ての親でもある婆さんに対しては、俺が想像出来るような関係ではないかもしれないが、虎子にとって婆さんは相当重要な人物だったであろうことは容易に想像出来る。
その婆さんが死んで、はいさよならなんて出来るわけが無いのだ。虎子の性格から予想すれば、生涯婆さんの墓を守りながら死んでいく可能性もある。
そんなのはダメだ。俺には許せない。たった一年たらずだが、異世界で初めて一緒に暮らした2人が、こんなところでくすぶって朽ちていくのを容認出来ない。
『薄汚い人族が!消えろ!痴れ者が!』
「煽ってるつもりか?ネット世代の若者にはその程度じゃ効かねえぞ?」
『戯言を!本気で殺すぞ!』
「だから言ってるだろ。俺は初めからやる気だ。お前は俺のものだ、一生離さない」
虎子は身をかがめて、戦う態勢を取る。俺も構えつつ、虎子の一挙一動に目を凝らす。
『ならば死ね!勇者!!』
「獣の限界を教えてやるよ!」
虎子と俺は交差した。
そして、メリルリートさんと遺品を分けた。メリルリートさんは何も要らないと言っていたが、血縁が来たのに何も渡さないと言うのはなんだか気持ちが悪く、婆さんの研究成果の、未発表の魔法の本を全部渡した。婆さんは未発表の魔法は世間に知らしめることで金にしたこともあると言っていたし、もしメリルリートさんが婆さんのことをなんとも思ってなくても、これなら売れば良いだけだからいいかなと思った。
そして虎子はメリルリートさんを背中に乗せて送って行った。
俺はと言うと、婆さんの思い出に浸っていた。書斎に入り、婆さんの人生の結晶である、魔法の本をパラパラと開く。
「すげえ……、呪文だけじゃなくて触媒の入手場所や加工方法まで書いてある」
確かにこれなら、この本さえあればすぐにでも魔法が使えそうだ。
婆さんの書斎のテーブルの上に置きっぱなしになっていた、六法全書みたいなボリュームの禁呪大全も開いてみる。これは婆さんが人生をかけても、誰にも解読出来なかった魔導書だが、俺は【翻訳】の力でスラスラと読めた。
「…………、なるほどこれは禁呪だ。これを作った奴は悪魔かよ、心底恐ろしい」
禁呪大全の一番初めに掲載されていたのは、空間魔法に属する【収納魔法】だった。いわゆるアイテムボックスみたいなものだが、これを使用するには触媒がエグすぎる。
触媒は頭髪だった。
一番魔力消費が少ない《ダズ》で、一回呪文を唱えるたびに頭髪を一本消費する。何だそれだけかと思わなくはないが、これが悪魔の魔法の所以はここからだ。触媒となれる頭髪は、毛根に根付いているものしか使用できない。だから、途中から切った髪の毛や、抜け落ちてしまった髪の毛、床屋で髪を貰ってくるとかの頭髪は一切使用出来ないのだ。
わずかな髪の毛が頭から消えたからと言っても、毛根自体が死滅しない限りは一生生えてこないってことはないだろうが、潜在的恐怖は終始付き纏うだろう。
それに【収納魔法】は一度使えば終わりではない。例えば自分が1日どこかに出かけている時、バッグの口を何回開けるだろうか。一回ってことはない、10回?20回?それを一年なら?もう想像したくない。想像しただけで頭が涼しくなる。
「……、まあ、一回ぐらいは……」
俺は禁呪大全を手に持ち【収納魔法】を唱えてみる。
「《ダズ、スペリア、オペンターナ》」
体内からわずかに魔力を消費した感覚がする。初めて魔法を唱えた。魔力の訓練初期は、婆さんに強制的に魔力を抜かれていたので、この感覚自体に違和感はない。
すると目の前に両手の手のひらをめいっぱい広げたくらいの口が開いた。黒い楕円がぽっかり浮かんでいるような感じだ。俺はその黒い楕円に婆さんのつばの長いとんがり帽子を入れてみる。
「……、そう言うことか……」
帽子は黒い楕円に乗っかった。収納魔法ならば、中に入らなければいけない、なのに乗ってしまったのだ。慌てて左手に持つ禁呪大全の収納魔法の説明を読む。
どうやら重量制限はないが、容量制限は自身の最大魔力量依存、空間内では時間の経過もなく、収納口のサイズを超えるものを入れることは出来ないようだ。ならば大きい物を収納したいなら、魔法の出力を上げて収納口を広げるしかない。
そして、ダズの上のバズならば、触媒の消費は10倍、その上のデラならば更に10倍だ。テラなんて想像もしたくない。それを1日に何度も?人類総ハゲ計画かよ。
重ねて言う、悪魔の魔法だ。
それ以外も禁呪大全には多くの魔法が書かれていた。【地震】、【流星雨】、【灼熱】、【部位欠損回復】、【時間停止】、【ブラックホール】、【重力反転】、【次元斬】、【長距離転移】、【反魂】、【アニメートデッド】、【精霊降臨】、まだまだ多くの魔法が書いてある。どれもネット小説で言うチート魔法揃いだが、触媒が無いから使う事ができない。触媒と入手場所も書いてあるのだが、それの入手はどの程度の難易度なのか、また古代と今では入手場所に行ってもまだあるのかもわからない。チート魔法は当分、もしかしたら一生使うことは出来ないかもしれない。
俺はここを出る準備を始める。
「ダズ、スペリア、オペンターナ」
頭髪1本の【収納魔法】を唱えると、両掌をめいいっぱい広げたほどの大きさの口が開いた。そこに婆さんの遺品の魔導書を収納する。この魔導書らは俺の生命線になりかねない、婆さんも良いと言っていたし、金になりそうな奴はメリルリートさんに渡したから遠慮なく貰って良いだろう。
次に身近ですぐ使う着替えや、婆さんの残した僅かな金などはリュックに詰め、魔法の触媒となる魔石などは皮のウエストポーチに入れて身につけた。出来る限り【収納魔法】を使わないようにする為だ。
そして魔力や体力の訓練を続けながら、虎子の帰りを待った。鏡を見たが、ハゲは見当たらない。まだバズまでしか使ってないから、目立ってないからだろうか。ちなみにバズで【収納魔法】を唱えると、直径が両腕を開いたほどの口が開いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あれから2ヶ月、虎子はまだメリルリートさんを送りに行ったまま帰ってこない。もしかしたらもうこのまま帰ってこないかもしれない。だけど、必ず一度はここに戻ってくるような気がする。俺は日々の訓練と婆さんの墓参りをしながら虎子を待ち続けた。
『まだ居たのか』
「遅かったな」
今日もこれから訓練を始めようかなと思った時、やっと虎子が現れた。改めて虎子を見る。その巨体は3mを優に超え、日本で出会えば一瞬で死を覚悟する獣だ。チーターの特徴である、目から口元までのほうれい線のようなラインが愛嬌あり、猫のようにしなやかな身体と、器用に動き回る長い尻尾、短い毛並みの茶黄色の体毛に黒い斑点、これで体躯が小さければ可愛いのだが。
『もうここに用はないはずだ』
「そうだな」
『なら出て行け』
「お前はどうするんだ?」
『貴様に関係ない』
虎子に従魔になってくれと言った日から、俺と虎子の会話はずいぶんそっけなくなった。元々そこまで良好な関係でもなかったが、師弟のようなこともしており、時には冗談も言える仲だったのに。……まあ、俺が壊したのかもしれないが。
『メイリーが残したものは全て持っていけ。妾には必要ない』
「俺にも少しは婆さんとの思い出もあるからな、そうさせてもらうよ」
今では俺のトレーニング用のリストバンドとアンクルバンドの重さはそれぞれ2キロになっている。胴体の重りは10キロぐらいか。俺は虎子と会話しながら、それをはずしていく。
ドスッ
重りを地面に投げ捨てると、なかなかの重い落下音がする。
『何をしている』
「もらうもんは貰っていくがな。もう一つ忘れ物があったのを思い出してお前を待ってたよ」
虎子の顔が歪む。何かを察したのか、不機嫌を隠すこともなく顔を顰める。
『まさかアレを蒸し返すのか?』
「いや、蒸し返さねえよ」
『ならなんだ』
ドサッ
胴体の重りもはずし、身軽になった。久しぶりにはずすとかなり軽く感じる。なんだか少し、身体が浮遊している感覚だ。
俺はコキコキと関節を鳴らしながら、ほぐしていく。
「アレは俺がマヌケだったよ。……従魔になってくれなんてな。笑っちゃうな、そんなのなるわけないのにな。いやあ、日本人はダメだな。ついつい自分の都合の良い物語に思っちまう」
虎子はじっと立ったまま俺を見つめている。
『何が言いたい』
「なに、簡単なことだよ」
俺は虎子をまっすぐと見つめる。虎子と視線が交差する。
「【翻訳】も主人公もご都合主義も関係ねえ……。力ずくで奪っていく。……、虎子、お前は俺のものだ」
『……正気か?貴様が妾に勝てるとでも?』
「ああ、正気だ。勝ってお前をいただく。シンプルだろ?」
『あの日、妾に拳が届いたと勘違いしているのか?』
「はっ、そこまで馬鹿じゃねえよ。あん時は婆さんの為に抵抗しなかったんだろ?いや、間に合わなかった罪悪感があったのか?意外と乙女なんだな」
グルルルル
虎子は牙を剥き出した。
『妾を愚弄するか、本気で死にたいようだな』
「いや?俺は勝つし。虎子、俺と来い。ここで婆さんの思い出に浸ってても意味はない。婆さんには婆さんの人生があったように、お前にはお前の人生がある」
ン〝ナ〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝!
虎子は怒りの咆哮をあげる。
『貴様に何がわかる!言ったはずだ!たかが一年足らずでわかったようなことを抜かすな!!』
「わからねえよ、わかりたくもねえ。関係もねえ。でもな、一つだけわかる。お前の人生はまだ終わってねえ。俺が教えてやるよ、生きる意味を。生き甲斐ってやつを」
俺の予想は当たった。虎子がここに戻ってきたことが証拠だ。虎子は小さい時に婆さんに拾われ、婆さんが人生の全てだった。常に婆さんの隣にあり、表から裏から支えていた。生みの親の仇でもあり、育ての親でもある婆さんに対しては、俺が想像出来るような関係ではないかもしれないが、虎子にとって婆さんは相当重要な人物だったであろうことは容易に想像出来る。
その婆さんが死んで、はいさよならなんて出来るわけが無いのだ。虎子の性格から予想すれば、生涯婆さんの墓を守りながら死んでいく可能性もある。
そんなのはダメだ。俺には許せない。たった一年たらずだが、異世界で初めて一緒に暮らした2人が、こんなところでくすぶって朽ちていくのを容認出来ない。
『薄汚い人族が!消えろ!痴れ者が!』
「煽ってるつもりか?ネット世代の若者にはその程度じゃ効かねえぞ?」
『戯言を!本気で殺すぞ!』
「だから言ってるだろ。俺は初めからやる気だ。お前は俺のものだ、一生離さない」
虎子は身をかがめて、戦う態勢を取る。俺も構えつつ、虎子の一挙一動に目を凝らす。
『ならば死ね!勇者!!』
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