今時異世界如きは、言葉さえ通じればどうとでもなる

はがき

文字の大きさ
上 下
15 / 53
第1章 異世界に立つ

第十五話

しおりを挟む
 俺はやはり、ここを出ていこうとした。あまりにもいたたまれないからだ。だが、あの和解のような日から3日経ってから婆さんの部屋に行くと、俺は出ていく事が出来なくなってしまった。

「あらあら、おかえりなさい、あなた」
「……、ただいま、メイリー」

 婆さんは、俺のことを別れた旦那さんだと思い込み出した。俺は旦那さんのフリをするしかなかった。
 俺が婆さんのベッドの横の椅子に座ると、婆さんは顔を少し赤らめて、俺を上目遣いで見てくる。
 そうかと思うと、真っ白になった髪を振り乱し、

「いやあああ!それは私のものよ!誰にも渡さないわ!」

 ある時は、

「やめて!アイリスを連れて行かないで!!アイリス!アイリス!!」

 またある時は、

「良い?サウザンドタイガーの素材を売れば、あんたたちも当分は遊んで暮らせるわ。私だって研究に打ち込める。やるしかないのよ!」

「ねえあなた。《月が綺麗ですね》って知ってる?……、ふふっ、教えてあげないわ」

「第二魔法師団一斉斉射!!人族どもにエルファリアの地を踏ませるな!世界樹を守るのだ!!」

 完全に記憶が混濁しているようだ。時には狂ったように、時にはか弱き乙女のように、時には歴戦の騎士のように、婆さんの生きた歴史を垣間見てしまう。こんな状態の婆さんを置いては行けなかった。
 俺が婆さんにつきっきりだからか、俺が街に買い出しにいく日以外は、虎子は屋敷にいないことが多くなった。俺が居るからと思ってるからなのか、それとも俺と顔を合わせる事が嫌になったのか。

 そんな日が続き、3ヶ月が経つ。この日はなんだか婆さんの様子がいつもと違っていた。言動も安定しているのだが、やたらと寂しがる。

「メイリー、何か食べないと」
「嫌。お願い、私は何もいらないわ。だから側にいて、お願いよ」
「わかったよ、メイリー」

 食事を作りにいくことさえ嫌がり、俺の腕を掴んで離さない。俺はそれを振り解くことはできずに、婆さんに付き添った。

「ねえ、少しで良いの。隣で添い寝してくれない?」

 俺は一瞬考える。だがメイリーの旦那さんがそれを躊躇するわけがない。

「わかったよ、メイリー」

 婆さんの布団に潜り込み、左腕を枕代わりに立てて、空いた右手で婆さんの髪を優しく撫でる。すると婆さんは、俺の胸に顔を擦り寄せるように、ぐしぐしと動かした。俺は更に髪を撫でる。

「ねえ」
「なんだい?メイリー」
「ありがとね、一緒に居てくれて」

 婆さんの言葉使いも若々しくなっている。若い頃の自分が重なっているのだろう。

「当たり前だろ。ずっと一緒にいるよ」

 婆さんは俺の胸から顔を離し、上目遣いで俺を見る。

「……どこにも行かない?」
「ああ。だからおやすみ」
「……」

 婆さんはじっと俺を見つめてから、

「私、貴方に、出会え……て良かった」
「俺もだよ」

 なんだか婆さんの息遣いが細くなってる気がする。

「ありが、とう……」
「……」
「アキハ、さ……」
「っ!」

 今アキハルさんと言わなかったか?!

「……、良い、ヴァルハラの……、みやげ……」
「メイリー」
「……」
「メイリーちゃん?」
「……」
「婆さん」
「……」
「…………、おいメイリー」

 俺は婆さんの肩に手を置き、優しく揺らしてみる。だが、まるで糸が切れた人形のようにどこにも力が入ってない。途端に俺の視界は湖に沈む。

「……、メイ、リー……」
「……」
「メイリイィィィィィィィィ!!!」

 異世界に来て約9ヶ月、最も身近だった人を失う。
 メイリー=フォレスター、500年の壮絶な人生の終わりを、俺は腕の中で見送った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 何時間泣いただろうか。このままではいけないと思い、ベッドから出て立ち上がると、開きっぱなしの婆さんの部屋のドアの外に、ベンガルトラほどの大きさのチーターが居た。

『逝ったか』
「て、めえぇぇぇぇ、はああぁぁぁぁ!!!」

 俺は渾身の力で虎子の横っ面を殴った。拳は虎子に思いっきりヒットし、虎子は廊下を転がって腹を見せた。俺はそこに跨り、両手で虎子の顔を殴りつける。

「ずっと一緒だったんじゃねえのかよ!なんで最後を看取ってやらない!!」

 何度も拳を振り下ろす。虎子は無抵抗でそれを受け入れた。

「偉そうなことを言いやがって!!結局はこれかよ!!お前、お前!なんでなんだよ!!」

 虎子の牙に当たり、俺の拳の皮膚が裂け、殴るたびに虎子の顔に血斑が付く。

「クソが!くそっ!なんでだ!なんでだよ!!……、なんでだよ…………」

 俺はいつのまにか殴るのをやめ、虎子の顎の下に顔を埋めていた。

『所詮妾とメイリーは人と獣。これで良いのだ』
「おめえの言うことはいちいち意味不明なんだよ!」

 あの時もそうだ、わかったようなわからないような、意味ありげな事を言いやがる。それが何だって言うんだ。

「あ、あのー」
「……え?」

 なんだか若い女の声がする。ふと顔を上げると綺麗な顔をした女が立っていた。耳が長い。

「えっと、私、千年虎さんに連れてこられたんですけど……」
「は?」

 未だ俺に組み敷かれている虎子を見下ろすと、

『妾には説明出来ぬ。こいつはメイリーのひ孫だ』
「はあ?!」
「あの、まさか千年虎さんのお話がわかるんですか?私、なんだかわからなくて……、でも私を食べるわけでもないみたいで……。えっと、なんなんでしょうか」
「はあ?!」

 俺は虎子と若いエルフを交互に見て、頭をボリボリ掻いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

妹は謝らない

青葉めいこ
恋愛
物心つく頃から、わたくし、ウィスタリア・アーテル公爵令嬢の物を奪ってきた双子の妹エレクトラは、当然のように、わたくしの婚約者である第二王子さえも奪い取った。 手に入れた途端、興味を失くして放り出すのはいつもの事だが、妹の態度に怒った第二王子は口論の末、妹の首を絞めた。 気絶し、目覚めた妹は、今までの妹とは真逆な人間になっていた。 「彼女」曰く、自分は妹の前世の人格だというのだ。 わたくしが恋する義兄シオンにも前世の記憶があり、「彼女」とシオンは前世で因縁があるようで――。 「彼女」と会った時、シオンは、どうなるのだろう? 小説家になろうにも投稿しています。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

処理中です...