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第1章 異世界に立つ
第十五話
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俺はやはり、ここを出ていこうとした。あまりにもいたたまれないからだ。だが、あの和解のような日から3日経ってから婆さんの部屋に行くと、俺は出ていく事が出来なくなってしまった。
「あらあら、おかえりなさい、あなた」
「……、ただいま、メイリー」
婆さんは、俺のことを別れた旦那さんだと思い込み出した。俺は旦那さんのフリをするしかなかった。
俺が婆さんのベッドの横の椅子に座ると、婆さんは顔を少し赤らめて、俺を上目遣いで見てくる。
そうかと思うと、真っ白になった髪を振り乱し、
「いやあああ!それは私のものよ!誰にも渡さないわ!」
ある時は、
「やめて!アイリスを連れて行かないで!!アイリス!アイリス!!」
またある時は、
「良い?サウザンドタイガーの素材を売れば、あんたたちも当分は遊んで暮らせるわ。私だって研究に打ち込める。やるしかないのよ!」
「ねえあなた。《月が綺麗ですね》って知ってる?……、ふふっ、教えてあげないわ」
「第二魔法師団一斉斉射!!人族どもにエルファリアの地を踏ませるな!世界樹を守るのだ!!」
完全に記憶が混濁しているようだ。時には狂ったように、時にはか弱き乙女のように、時には歴戦の騎士のように、婆さんの生きた歴史を垣間見てしまう。こんな状態の婆さんを置いては行けなかった。
俺が婆さんにつきっきりだからか、俺が街に買い出しにいく日以外は、虎子は屋敷にいないことが多くなった。俺が居るからと思ってるからなのか、それとも俺と顔を合わせる事が嫌になったのか。
そんな日が続き、3ヶ月が経つ。この日はなんだか婆さんの様子がいつもと違っていた。言動も安定しているのだが、やたらと寂しがる。
「メイリー、何か食べないと」
「嫌。お願い、私は何もいらないわ。だから側にいて、お願いよ」
「わかったよ、メイリー」
食事を作りにいくことさえ嫌がり、俺の腕を掴んで離さない。俺はそれを振り解くことはできずに、婆さんに付き添った。
「ねえ、少しで良いの。隣で添い寝してくれない?」
俺は一瞬考える。だがメイリーの旦那さんがそれを躊躇するわけがない。
「わかったよ、メイリー」
婆さんの布団に潜り込み、左腕を枕代わりに立てて、空いた右手で婆さんの髪を優しく撫でる。すると婆さんは、俺の胸に顔を擦り寄せるように、ぐしぐしと動かした。俺は更に髪を撫でる。
「ねえ」
「なんだい?メイリー」
「ありがとね、一緒に居てくれて」
婆さんの言葉使いも若々しくなっている。若い頃の自分が重なっているのだろう。
「当たり前だろ。ずっと一緒にいるよ」
婆さんは俺の胸から顔を離し、上目遣いで俺を見る。
「……どこにも行かない?」
「ああ。だからおやすみ」
「……」
婆さんはじっと俺を見つめてから、
「私、貴方に、出会え……て良かった」
「俺もだよ」
なんだか婆さんの息遣いが細くなってる気がする。
「ありが、とう……」
「……」
「アキハ、さ……」
「っ!」
今アキハルさんと言わなかったか?!
「……、良い、ヴァルハラの……、みやげ……」
「メイリー」
「……」
「メイリーちゃん?」
「……」
「婆さん」
「……」
「…………、おいメイリー」
俺は婆さんの肩に手を置き、優しく揺らしてみる。だが、まるで糸が切れた人形のようにどこにも力が入ってない。途端に俺の視界は湖に沈む。
「……、メイ、リー……」
「……」
「メイリイィィィィィィィィ!!!」
異世界に来て約9ヶ月、最も身近だった人を失う。
メイリー=フォレスター、500年の壮絶な人生の終わりを、俺は腕の中で見送った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
何時間泣いただろうか。このままではいけないと思い、ベッドから出て立ち上がると、開きっぱなしの婆さんの部屋のドアの外に、ベンガルトラほどの大きさのチーターが居た。
『逝ったか』
「て、めえぇぇぇぇ、はああぁぁぁぁ!!!」
俺は渾身の力で虎子の横っ面を殴った。拳は虎子に思いっきりヒットし、虎子は廊下を転がって腹を見せた。俺はそこに跨り、両手で虎子の顔を殴りつける。
「ずっと一緒だったんじゃねえのかよ!なんで最後を看取ってやらない!!」
何度も拳を振り下ろす。虎子は無抵抗でそれを受け入れた。
「偉そうなことを言いやがって!!結局はこれかよ!!お前、お前!なんでなんだよ!!」
虎子の牙に当たり、俺の拳の皮膚が裂け、殴るたびに虎子の顔に血斑が付く。
「クソが!くそっ!なんでだ!なんでだよ!!……、なんでだよ…………」
俺はいつのまにか殴るのをやめ、虎子の顎の下に顔を埋めていた。
『所詮妾とメイリーは人と獣。これで良いのだ』
「おめえの言うことはいちいち意味不明なんだよ!」
あの時もそうだ、わかったようなわからないような、意味ありげな事を言いやがる。それが何だって言うんだ。
「あ、あのー」
「……え?」
なんだか若い女の声がする。ふと顔を上げると綺麗な顔をした女が立っていた。耳が長い。
「えっと、私、千年虎さんに連れてこられたんですけど……」
「は?」
未だ俺に組み敷かれている虎子を見下ろすと、
『妾には説明出来ぬ。こいつはメイリーのひ孫だ』
「はあ?!」
「あの、まさか千年虎さんのお話がわかるんですか?私、なんだかわからなくて……、でも私を食べるわけでもないみたいで……。えっと、なんなんでしょうか」
「はあ?!」
俺は虎子と若いエルフを交互に見て、頭をボリボリ掻いた。
「あらあら、おかえりなさい、あなた」
「……、ただいま、メイリー」
婆さんは、俺のことを別れた旦那さんだと思い込み出した。俺は旦那さんのフリをするしかなかった。
俺が婆さんのベッドの横の椅子に座ると、婆さんは顔を少し赤らめて、俺を上目遣いで見てくる。
そうかと思うと、真っ白になった髪を振り乱し、
「いやあああ!それは私のものよ!誰にも渡さないわ!」
ある時は、
「やめて!アイリスを連れて行かないで!!アイリス!アイリス!!」
またある時は、
「良い?サウザンドタイガーの素材を売れば、あんたたちも当分は遊んで暮らせるわ。私だって研究に打ち込める。やるしかないのよ!」
「ねえあなた。《月が綺麗ですね》って知ってる?……、ふふっ、教えてあげないわ」
「第二魔法師団一斉斉射!!人族どもにエルファリアの地を踏ませるな!世界樹を守るのだ!!」
完全に記憶が混濁しているようだ。時には狂ったように、時にはか弱き乙女のように、時には歴戦の騎士のように、婆さんの生きた歴史を垣間見てしまう。こんな状態の婆さんを置いては行けなかった。
俺が婆さんにつきっきりだからか、俺が街に買い出しにいく日以外は、虎子は屋敷にいないことが多くなった。俺が居るからと思ってるからなのか、それとも俺と顔を合わせる事が嫌になったのか。
そんな日が続き、3ヶ月が経つ。この日はなんだか婆さんの様子がいつもと違っていた。言動も安定しているのだが、やたらと寂しがる。
「メイリー、何か食べないと」
「嫌。お願い、私は何もいらないわ。だから側にいて、お願いよ」
「わかったよ、メイリー」
食事を作りにいくことさえ嫌がり、俺の腕を掴んで離さない。俺はそれを振り解くことはできずに、婆さんに付き添った。
「ねえ、少しで良いの。隣で添い寝してくれない?」
俺は一瞬考える。だがメイリーの旦那さんがそれを躊躇するわけがない。
「わかったよ、メイリー」
婆さんの布団に潜り込み、左腕を枕代わりに立てて、空いた右手で婆さんの髪を優しく撫でる。すると婆さんは、俺の胸に顔を擦り寄せるように、ぐしぐしと動かした。俺は更に髪を撫でる。
「ねえ」
「なんだい?メイリー」
「ありがとね、一緒に居てくれて」
婆さんの言葉使いも若々しくなっている。若い頃の自分が重なっているのだろう。
「当たり前だろ。ずっと一緒にいるよ」
婆さんは俺の胸から顔を離し、上目遣いで俺を見る。
「……どこにも行かない?」
「ああ。だからおやすみ」
「……」
婆さんはじっと俺を見つめてから、
「私、貴方に、出会え……て良かった」
「俺もだよ」
なんだか婆さんの息遣いが細くなってる気がする。
「ありが、とう……」
「……」
「アキハ、さ……」
「っ!」
今アキハルさんと言わなかったか?!
「……、良い、ヴァルハラの……、みやげ……」
「メイリー」
「……」
「メイリーちゃん?」
「……」
「婆さん」
「……」
「…………、おいメイリー」
俺は婆さんの肩に手を置き、優しく揺らしてみる。だが、まるで糸が切れた人形のようにどこにも力が入ってない。途端に俺の視界は湖に沈む。
「……、メイ、リー……」
「……」
「メイリイィィィィィィィィ!!!」
異世界に来て約9ヶ月、最も身近だった人を失う。
メイリー=フォレスター、500年の壮絶な人生の終わりを、俺は腕の中で見送った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
何時間泣いただろうか。このままではいけないと思い、ベッドから出て立ち上がると、開きっぱなしの婆さんの部屋のドアの外に、ベンガルトラほどの大きさのチーターが居た。
『逝ったか』
「て、めえぇぇぇぇ、はああぁぁぁぁ!!!」
俺は渾身の力で虎子の横っ面を殴った。拳は虎子に思いっきりヒットし、虎子は廊下を転がって腹を見せた。俺はそこに跨り、両手で虎子の顔を殴りつける。
「ずっと一緒だったんじゃねえのかよ!なんで最後を看取ってやらない!!」
何度も拳を振り下ろす。虎子は無抵抗でそれを受け入れた。
「偉そうなことを言いやがって!!結局はこれかよ!!お前、お前!なんでなんだよ!!」
虎子の牙に当たり、俺の拳の皮膚が裂け、殴るたびに虎子の顔に血斑が付く。
「クソが!くそっ!なんでだ!なんでだよ!!……、なんでだよ…………」
俺はいつのまにか殴るのをやめ、虎子の顎の下に顔を埋めていた。
『所詮妾とメイリーは人と獣。これで良いのだ』
「おめえの言うことはいちいち意味不明なんだよ!」
あの時もそうだ、わかったようなわからないような、意味ありげな事を言いやがる。それが何だって言うんだ。
「あ、あのー」
「……え?」
なんだか若い女の声がする。ふと顔を上げると綺麗な顔をした女が立っていた。耳が長い。
「えっと、私、千年虎さんに連れてこられたんですけど……」
「は?」
未だ俺に組み敷かれている虎子を見下ろすと、
『妾には説明出来ぬ。こいつはメイリーのひ孫だ』
「はあ?!」
「あの、まさか千年虎さんのお話がわかるんですか?私、なんだかわからなくて……、でも私を食べるわけでもないみたいで……。えっと、なんなんでしょうか」
「はあ?!」
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