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2巻
2-2
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朝飯も食べ終わり、いよいよアースリザードの討伐に出発する。期日があと六日しかないので、あまりゆっくりしてられない。
メリッサが昨日馬車の手配をしてくれたようで、俺たちは待っていた馬車に乗り込み、まずはこれから討伐に向かう旨を伝えるために、ギルドに向かう。
「メリッサ、よく気がついたな。ありがとうな」
「一応ポーターだしね、準備は仕事のうちよ。……今のところはね」
「今のところって、ずっとポーターでいいだろ」
メリッサはフンと鼻を鳴らした。
「うちは、ヨシトっていう世界最高のポーターがいるわ。正直ポーターは二人も要らないのはわかってる。それに、冒険者になるのは私の夢だったの。ギルドの登録を変えて冒険者ランクを上げたいとは思わないけど、せめてみんなと同じように戦えるようにならないと」
「いや、あいつらはおかしいから。同じようになる必要はないぞ」
だが、メリッサは目を瞑り、ゆっくりと首を横に振る。
「私の目的をパーティーの目的として動いてくれるのよ? ただでさえ申し訳ない気持ちで一杯なのに、のほほんとしてはいられないわ」
メリッサはさらに目力を強める。
「それに私は獣人。個の強さに対する憧れは強い方なの。いい機会だし、本気で強くなるわ! 狼の血にかけてもね!」
いやお前は犬だから……と突っ込みたかったが、やる気になってるメリッサに水を差すのもかわいそうなのでスルーした。
ギルドに着き、俺を先頭にしてカウンターに向かう。
前に対応してくれた女性は誰だっけな? まあいいか、おっさんのいる空いてるカウンターに行く。
おっさんに、今からアースリザード討伐に出ると報告すると――
「……本当に、桜花乱舞を解体するのか?」
おっさんは、俺の後ろに立つモーラに向かって話しかける。
「本当だよ。あたしらは、ポーターのヨシトのパーティーに入る」
「…………」
実は、個人の冒険者に対してのランクの他に、パーティーとしてのランクもあるそうだ。既存のパーティーを解散したら、ランクは鉄級からやり直しらしい。だが今回、桜花乱舞がそのまますっぽり新パーティーに移動するので、新パーティーのランクも金級からでいいと言われた。
なぜパーティーの登録が必要かというと、パーティーを直接指名できる特別依頼なんてものがあるからだそうだ。あと、登録することによって、メンバーがしょっちゅう入れ替わることを防ぐためでもあるらしい。
常に同じメンバーで動いた方が当然連携が取りやすく、連携が取りやすければ死ぬ確率も下がる。冒険者が減りすぎることを防ぐ処置の一つだとか。
おっさんはまだ俺たちをしげしげと見ている。何か言いたそうだ。
「なんだ? 四姫桜を組んだことに対してなんかあるのか?」
おっさんは、ハッとした顔をした。
「いや、そうじゃない」
「ならなんだよ」
おっさんは神妙な顔つきをする。
「桜花乱舞の実力は知っている。アースリザードが一匹なら問題ないだろう。お前らは人数が増えたからいけると踏んでるんだろうが……その、なんだ。ポーター二人増えただけで……大丈夫なのか?」
どうやら、俺たちと桜花乱舞で四姫桜を結成したことに何かあるのではなく、アースリザード討伐のことを心配していたようだ。
確かに、モーラも桜花乱舞だけでは複数匹はキツイと言っていた。それに、ギルドはモーラたちが強くなったことも知らないし、俺の亜空間倉庫のことも知らない。荷物持ち二人増えたくらいでは厳しいと心配したのだ。
「なんとかやってみる。まあ、ダメならそんときは違約金を払うよ。無理はしない」
そう俺が言ったのだが、おっさんの表情はまだ晴れない。
「そうか。だが四姫桜のメイからは、他の誰にも受けさせないように、違約金は十倍払うと言われてるから、そうしているぞ?」
「はい?」
俺はメイを見る。
「他の冒険者に依頼を取られるわけにはいきませんので」
「…………」
一体こいつの自信はどこからくるのか。
確かに強くはなった。
モーラもメイも、俺の鑑定で新しい魔法を覚え、ステータスも少し上がっていた。アリサに至っては、下手したら最強なんじゃないかと思えるくらいの魔導師になった。
だからって十倍の違約金はないだろう。討伐できると踏んでいるが、未来は予測不能なのだから。
「お前な……」
すると、アリサが俺の背中をポンポンと叩いた。
「平気よ、お兄ちゃん。まあ、私にまっかせなさい!」
「…………」
アースリザードってくらいだ、しょせんトカゲ。みんな強くなってはいるし、大丈夫だろう。
このセリフが嫌なフラグを立てている気もするが、もう決定してしまっていることなので、一抹の不安を残しつつも、俺たちは討伐に出発した。
◇
今回、メリッサが手配した馬車は、御者付きで往復金貨二枚。
安いような高いような微妙な金額だ。
金貨一枚で銀の鐘亭に約一ヶ月宿泊できると思うと高く感じるし、危険のある行程四~五日の往復で金貨二枚と言われると、割りにあわないという気持ちもある。
だが、馬車を持たない俺たちにとって、馬車込みでこの価格なら悪くないだろう。シマに乗れると言っても、シマはなぜか俺かアリサしか乗せたがらない。そのシマは馬車と並走していた。護衛のつもりなのだろうか。
やがて日が暮れてきたので、今日はアースリザード出現地点と街との中間点、街道沿いの開けた草原に夜営することになった。
俺たちは三~四人用の三角テントを二つ張り、夜営の準備をする。まだベッドが一つしかなく、片方のテントの中にそいつを配置する。
御者は馬車で寝るらしいが、見張りと食料は御者の分も俺たち持ちだ。
「お兄ちゃん、私に任せて! ……クリエイト・ウォール!」
かまどを作ろうとしたのだが、アリサが作り出したのは高さ十メートル、長さが五十メートルくらいの壁だった。
「「「「…………」」」」
「本当に壁を作ってどうすんだよ……」
「ちょっと失敗! クリエイト・ウォール」
同じ魔法を唱えて壁を元に戻すと、今度はゆっくりと魔力を調節して――
「クリエイト・ウォール」
U字型のかまどができ上がった。
「どうよ? やればできるのよ!」
「いや、実際すごいよ、アリサ。あんた、本当に魔導師になったんだね」
モーラが普通に褒めると、アリサは逆に顔を真っ赤にして照れた。
「なんか、モーラに褒められ慣れてないというか……」
料理は俺がした。だが、まだ調味料も米もないので、肉を焼いたり、野菜を煮てスープにするだけだ。
「あっ、パンがないな」
「買ってあるわ、ヨシト」
メリッサが買っておいてくれていた。メリッサの亜空間倉庫から、俺の亜空間倉庫に移し変える。俺の亜空間倉庫なら腐らないからだ。
「準備ありがとうな」
「準備はポーターの仕事のうちよ」
「ずっとポーターでいいんだぞ?」
「絶対アリサたちに並んでやるわ!」
飯を食べ終わり、新しく買い直した空の樽を置き、その中に一人ずつ入って、身体を洗う。水はメイの魔法で出したものだ。メイの魔法の水は、飲むこともできるが、温度を少し高くすることができたので風呂に活用した。といっても、三十~三十五度の間くらいだが。それでも冷水よりは良い。
女たちの風呂が終わり、俺が風呂に入ろうとすると、シマが耳をピクリとさせて森の方を見た。
「ヨシト、なにか来る」
それを見たメリッサも、同様に森へ意識を向けた。
「魔物か?」
「種類まではわからないけど、そうよ。……多分五……来る!」
全員臨戦態勢に入る。
「ひ、ひい! オーガだ! なんでこんなところに!」
御者はもう終わりだと言わんばかりに叫んだ。
「ヨシト! オーガは強いよ!」
「お兄ちゃん、私が焼くわ!」
「とりあえずモーラ! 引きつけろ!」
「わかった、タウント・ロア!」
ウオオオオオオ!
その間に、俺はオーガを鑑定する。
【オーガ】
金級魔鬼
多くの上位種がいる
(でけえ。まるで巨人だな。あれに殴られたら即死だろ。つか、下位のオーガでさえ金級!? それが五体もか!)
近づいてきたオーガは、モーラのスキルにより、全員が彼女に向かっていく。
だが、モーラにたどり着く前に、メイとアリサがオーガの数を減らしていく。
「フランベルジュ!」
「死になさい!」
アリサが魔法を唱えると、斬馬刀のようにデカイ炎の剣が作られ、オーガに向かって弾丸のような速度で飛んでいく。炎の剣が腹に突き刺さると、オーガは松明のように燃え上がった。
メイが弓で矢をシュッシュッと二連射すると、一本は目に、もう一本は額に刺さり、オーガが一体絶命した。
(メイの弓、いいな。ただ二発射っただけで、金級魔物を殺せるのはすごい。やっぱあいつらは強い……瞬殺だもんな)
「ウィンドスラッシュ!」
モーラが剣をブンと振ると、剣から風の刃が飛んでいき、オーガの腕を切り落とした。
「レッグウィンド!」
そして、彼女は足に風を纏い、オーガに突撃していく。アリサも短剣を取り出し、オーガの背後に回り斬りつける。メイも魔法を使わずに、モーラとアリサの位置を確認しながら、弓を放っている。
俺は見ているだけだ。
(連携も抜群だな。力が強くなっても敵を侮っていない。さすが金級冒険者。しかし、こいつ……)
俺はたまらず足元にいるやつに話しかける。
「おい、シマ。お前、護衛みたいに馬車に並走してたくせに、オーガと戦わないの?」
俺がシマをジト目で睨むと、シマは口を少し開き、首を傾げて見返してくる。まるで「このくらいは自分らでやりなさいよ」とでも言わんばかりだ。
「……てめえ……一体なんのために、俺についてきたんだよ……」
シマはプイとそっぽを向いて、その場で伏せて寝はじめた。
「……無駄飯食らいの駄犬が……」
ふと、メリッサが戦ってないことに気づいた。
「…………」
連携に入れないのか、オーガの強さに怯んだのか、戦いに加われないようだ。
愛用の金属の籠手を装備してはいるが、まごまごしている。無理もない、モーラたちといると感覚が麻痺してくるが、俺とメリッサはまだ駆け出しのポーターなのだ。
「メリッサ、あいつらは化け物だからよ。俺たちはポーターだ。気にするな」
俺は慰めたつもりだったが、メリッサにキッと睨まれてしまった。……泣いてるのか?
すると、ふっとメリッサが背後を振り返る。
「あれは私がやる!!」
「おい、メリッサ!」
俺の肉眼でも見えた、さらに一回り大きなオーガだ。しかも、剣を持っている。
【オーガリーダー】
金級魔鬼
上位種
「メリッサ! それは上位種だ!」
「私がやるのよ!」
オーガリーダーは右手に持った剣を上段に構えて、迫るメリッサに振り下ろしてくる。
メリッサはいつものごとく、オーガリーダーの懐に入って発勁を撃とうとするが――
「え? きゃ!」
すぐにオーガリーダーは攻撃を右手の剣から左の拳に切り替えて、メリッサを殴りつけてきた。
メリッサは威力を殺すように自分から吹っ飛んだが、あれをまともにもらったら本当に一撃で致命傷だ。
「メリッサ! 亜空間――」
「やめて!!」
メリッサは立ち上がり、ファイティングポーズを取る。
「私がやるって言ってるのよ!」
「お前はポーターだ!」
「ヨシトもポーターよ!」
メリッサの視線はオーガリーダーに向いたままだ。
モーラたちもオーガを片付けて、俺の隣にやってきた。
「私にだってやれる! はああああああ!」
メリッサは腰を落とし、姿勢を低くしてオーガリーダーに突撃する。
速い。間違いなく俺より速い。
「たあああああ!」
メリッサはオーガリーダーの剣をかいくぐり、ジャンプして顔に飛び蹴りを入れる。オーガリーダーは、蝿でも払うかのように右手の剣を振った。メリッサはオーガリーダーの肩を蹴り、バク宙の要領でその剣を避けると、みぞおちに――
「もらった! はああああ、発勁!」
メリッサの発勁が、オーガリーダーにクリーンヒットする。
だが、オーガリーダーは左手で腹をさすると、凶悪な顔をニヤリと歪めた。
「……うそ……」
オーガリーダーが剣を振り上げる。メリッサは微動だにしない。
「亜空間倉庫!」
スッ、ガイン!
メリッサとオーガリーダーの間に亜空間倉庫を出すと、振り下ろされた剣は亜空間倉庫に呑み込まれ、オーガリーダーの手が亜空間倉庫に激突する。
「アイスランス」
メイの手の先に五本の氷の槍が生成され、オーガリーダー目がけて飛来する。
槍は全てオーガリーダーを貫いた。
オーガリーダーは吐血し、後ろにぶっ倒れた。
俺は思わず咎めるようにメイを見てしまう。すると、モーラが言った。
「メイ子の判断は正しいよ」
「……わかってる」
俺はメリッサに向かって歩き出そうとしたが、アリサに手を掴まれた。
「アリサ」
アリサは黙って首を横に振る。
放心していたメリッサは、何度か瞬きしてから、スッと立ち上がった。
「はは……やっぱ私は弱いわね……知ってたけどさ。だからポーターになったんだし……ちょっと調子に乗っちゃった。ごめんね。……あっ、私、先に寝るね、ベッドは要らないから。申し訳ないんだけど、見張りお願い。それじゃ」
メリッサは走ってテントに入っていった。
「…………」
「ヨシト、今優しい言葉をかけるのは逆効果だ」
モーラに諭される。
「…………」
「獣人は個の強さに誇りを持ってます」
メイも真面目モードで俺に話しかけてくる。
「……あいつはポーターだぞ?」
「職は関係ありません。子供でもです。いえ、子供の頃から個の強さを追い求め、競いあって生きています」
「…………」
アリサが俺の手をキュッと握る。
「メリッサを慰めるのなら、お兄ちゃんが正しいわ。でも、メリッサは強さを求めているの。なら今ここで、お兄ちゃんが行っちゃダメ」
「…………」
モーラは俺の肩に手を置く。
「あたしもアリサに賛成さ。これは自分で処理する問題だよ。誰しも自分の壁にぶつかり、それをよじ登って強くなるのさ」
(言われてることはわかる。それも方法の一つだろう。だが、それは女同士の理屈だ。俺は、俺は納得できない! ……女が困ってたら手を差し伸べるのが男だ。その手を振り払われるくらいは、覚悟の上だ!)
俺は黙ってメリッサのテントに歩いていく。
「お兄ちゃん!」
「うるせえ、これが俺のやり方だ。……見張りは任せたぞ」
モーラとアリサは不満そうだったが、
「かしこまりました」
と、メイが返事をしてくれた。
俺はテントに入った。
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