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第六章
懐かしい人
しおりを挟むジョシュアとハルートは、フェル王国の案に反対かと思ったら、賛成とのことだった。
なぜか?
第1に、事実は違うとしても俺たちを独占しているように見える状況だと、迷宮都市の一件もあり、争いの種になりそうだから。
第2に、事実現状無敵であり、臣下になったとしても問題ないと思ってること。
第3に、死の砂漠に王家として俺たちの家を作ったとしても、国民がいるわけでもなし、ケイノスや既存の国の利権が侵害されるわけでもなし、多少の税金を毎年俺たちに払っても、世界から戦争が消えるなら安いものだと言うこと。
らしい。
「腹を割る。娘をヨシトに送ったのは、もちろんヨシトらと懇意になりたいからだった」
「まあ、当然そうだろ」
「だが、途中からは違う。余の後継者になってもらう為、システィーナと婚姻を結んでもらいたかったのだ」
「はあ?!」
ジョシュアの思惑は俺の想像を超えていた。
「なんでそんなに簡単に王族を捨てるんだよ」
「ならば問う。ヨシト、王になると何が良いことがある?」
「・・・」
ジョシュアは姿勢を正し、
「裕福な暮らしか?王でなくとも出来る。一番偉く、誰にも命令出来るか?それはまやかしだ。そんな簡単ではない。むしろ責任の方が大きい。なら、なんだ?子孫の繁栄のためか?それも王族である必要はないな。大陸を覇道で統一か?それをして何になる。むしろ時勢はそういう流れではない。その結果はエルダイトの二の舞だ」
「・・・・・・」
ジョシュアは、悲しい表情で俺を見つめている。
「だが、統率するものは必要だ。戦時だけではない。政治を行う上でも意思決定するものが必要なのだ。言わば王族も職業に過ぎぬ。・・・・・・割に合わぬ職業だと思うがな・・・」
俺は思う。
(これは金持ちの理論だな。贅沢に飽きたから金に執着がない。それが全てってわけじゃないだろうけどな)
「ヨシトには王の資質がある。力を持ち、意固地ではなく柔軟で、万人ではなくとも皆に愛される性質を持っている。余が後継に選んでも可笑しくなかろう?」
「・・・・・・」
「それが今回のことで、そうは行かなくなったが、余の気苦労が一つ減ると思えば悪い話ではない。反対する理由がない」
各国を聞いて回ったが、誰も反対はしていないようだった。
だが、俺だって王家を持つことにメリットを感じていない。
むしろ何をさせたいのか、意味がわからない。
しかし、有事の時だけ守ってやると言ってもそれをすると、まるで調停者のようで、良い気分ではない。
何か面倒事を押し付けられている気分になる。
すると、
「いひひひ、邪魔するよ」
城の騎士に連れられて、懐かしい人物が現れる。シスターテレサだ。
「・・・ばあさん」
「おやおや、丁度いいとこに来たようだね」
シスターテレサはよろよろとした足取りで俺の隣まで来る。騎士がソファーを運び込み、俺の隣にジョシュアとハルートと向かい合う形で座る。
ハルートが立ち上がり、シスターテレサに挨拶する。
「シスターテレサ殿、お久しぶりでございますな」
「いひひひ、元気だったかい、ハル坊や」
「今日はどのようなご用件で?」
どうやらシスターテレサとジョシュア、ハルートは知り合いのようだ。
少なくともこんな気軽に王と面会出来るほどの付き合いはあると言う事だろう。
「なにさね、ここにあたしの恩人が来てると聞いてね。なかなか顔を出さないもんだから、こっちから来てやったよ!いひひひ」
ばあさんは俺の顔を見て、魔女のように笑った。
「俺は用はないんだが」
ばあさんは少し目を見開いて、
「お前さん・・・・・・、って呼ぶわけにもいかないねえ。ヨシトや、あたしにあれだけのことをしといて、顔も出さないとは、ずいぶんなご挨拶じゃないか」
ジョシュアとハルートは、シスターテレサの物言いにびっくりしていた。
小声でボソボソと俺を見ながら呟く。
「まさか、ご老体までに手をつけるとは・・・」
「女殺しと思っていたが、ここまでとは・・・」
俺はガタリと椅子から立ち上がる。
「てめえハルート!誰がババア殺しだ!俺はやってねー!」
シスターテレサはまんざらでもないように、女の顔をして俺の腕を掴み、俺を座らせる。
「そう興奮するもんじゃないよ。座りな。それに手を出した女に対してする態度じゃないね」
俺はババアの手を振りほどき、
「ふざけんな!俺がいつ何をした!」
ババアはソファーの肘掛に頬杖をつき、
「あたしの信仰を揺るがしたよ。これはただじゃすまないよ?体を重ねるより大変なことさ」
「なんで信仰・・・あっ、まさかあれか?」
「当たり前さね」
(思い出した。ばあさんのユニークスキルを掘り起こしたんだっけか)
「あれはばあさんが元々持ってたものだ。それが俺には見えただけ。それを教えてやっただけだ」
「そんなことはどうでもいいさね。あたしにはお前さん、ヨシトがくれたものと同義だよ」
「・・・・・・」
ジョシュアが割って入ってくる。
「話が見えんのだが、シスター、用件はなんなのだ」
シスターテレサはいひひひと笑う。
「だいたいはヨシトの顔を見たかったからさ。でもそうだね」
シスターテレサはヨシトの顔を見る。
「お前さん、悩んでるんだろ?」
ばあさんは少しだけ目つきを鋭くする。
「なあ、なんで俺を王にしたがる。必要なくないか?」
ばあさんは俺の方に体を向け、真剣な眼差しで俺を見る。
「これから話すことに答えなんてないよ。答えは自分で見つけるものなのさ」
「・・・」
「例えばだ、お前さんが困ってる時に、いつでも助けてくれる奴がいるとしよう。仲が良いわけでもない、知り合いでもない、でも必ず助けてくれるのさ。お前さん、どう思うかね」
俺はばあさんの問いに少し考えて、
「・・・何が目的だ?」
「そう。何かある、裏があると考えちまうのさ。大きな助けをされればされるほど、何度も助けられれば助けられるほど思っちまうものなのさ」
「・・・」
「次にどう思うかね」
「・・・恩を返したい」
「それは善意かい?」
ばあさんは俺の心を覗くように問う。
「いや・・・・・・、何かしないと後々面倒になりそうだから」
「正直だね。その通りさ。見知らぬ者に助けられても、助けられる方も困っちまうのさ。そりゃありがたい、ありがたいけど、そこで終わりじゃないのさ」
「・・・」
ばあさんは懐からタバコのような物をとりだし、火をつけて煙を吐き出す。
「物の見方ってのは、見る方向が違えば違ったものが見える。お前さんが助けた人間は、お前さんをどう見るかね」
俺は少し考えてから、
「なるほど、俺が何も見返りを求めないのが気持ち悪いってことか。ならば見返りを公式に与えられる環境があった方が、助けられる側も安心出来ると言うことか」
「それが全てじゃないよ。でもそういう一面もあるってことさね。逆に税として金を受け取ってもらえば、次も要求出来る。これを使われてると思うのか、持ちつ持たれつと思うのか、煩わしいと思うのか、それは人それぞれさね。でもね、お前さんの行動は普通じゃないんだよ。普通じゃない行動は、普通の人間から見たら恐ろしいものさね」
ばあさんはさらに煙をふかす。
「恐れられて生活するのも良いだろう。でもお前さん、それを望んでいるかい?」
「・・・いや、望んでない」
「なら、何を望む」
「普通に、ひっそりとまで行かなくても普通に暮らしたい」
「なら、話は簡単さね。普通の尺度に合わせてやればいい。普通の人間が恐れなくともいいように、知らないものは怖いものさね」
(これは昔ハルートも言っていた)
「王だなんだと難しく考える必要はないんだよ。みんなと仲良くなれるよう、居場所を公開し、恩を返させてくれる環境を用意し、またお前さんらもそれに報いる。それの繰り返しが絆と言うのさね。まあ、居場所はここは亜人からは遠い。大陸の中心あたりにあったら便利だとあたしは思うがね。お前さんらには空間魔法があるじゃないか。どこにでも行けるんだ、大陸の中心でも不便はなかろう?」
「・・・・・・」
(流石年の功と言うものか。反論出来る余地がないな・・・。要は物の見方か・・・)
「わかった、俺、この話受けるわ」
ジョシュアとハルートはホッと胸を撫で下ろし、ばあさんはいひひひと笑う。
「そうかい。じゃあ、あたしの恩を受け取ってもらうさね」
「・・・・・・は?」
ばあさんは立ち上がり、俺のソファーに座り、俺の肩を掴んだ。
「お前さんには信仰を揺るがされた。あたしにはお前さんが神に見えるよ」
「・・・ばあさん?」
「神に・・・、身を捧げようかねえ」
俺はガバッと立ち上がり、
「か、勘弁してくれ!」
「いひひひ、恩を受け取らないと絆は生まれないよ。まあ、受け取ってもらえれば、違う何かが産まれるかもしれんがね」
俺は背中にアブソリュートゼロ並みの悪寒が走る。
「は、ハルート!後は任せた!」
「あっ、こら!待たんか!」
制止するばあさんを払いのけ、俺は走って王城を出た。
背中越しにハルートとジョシュアの笑い声が聞こえていた。
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