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第六章

その頃

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ケイノスとエルダイトの中間地点で、調印式を行なっている頃、フリーポートサイドにも動きが見え出した。

ここはフリーポートの冒険者ギルド。

「メイさん、お願いします!」
「床でも良いので、皆さんを並べてください!システィーナ、水で患部を洗浄して回りなさい!」
「はい!お姉様!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



魔物の動きが活発になり、冒険者のけが人で冒険者ギルドは溢れかえっていた。
モーラとメイも前線に加勢しに行ったが、冒険者の死傷者が多く攻めあぐんでいた。
更に最前線は深い森、視界も悪く弓も放ち辛い。

「・・・正直、冒険者が邪魔ですね・・・誰もいなければ全て氷漬けにしてやりますのに・・・」
「でも帰れとも言えないよ。メイ子、あたしがここに残る。メイ子はけが人の治療をしておくれ」
「・・・この状況ならば、それがベストでしょう。システィーナ、街に戻ります」
「はい、お姉様」

メイとシスティーナはフリーポートの街へ帰って行った。

「さて・・・、久しぶりに暴れるか!風従・天羽々斬あめのはばきり、出番だよ!」

迷宮の底で、ヨシトの母から貰い受けた大太刀を、腰の鞘から抜き放つ。
銀色に輝き、心なしか風を纏っているような刀身は、見るものを魅了するほど美しい。

「・・・流石だ・・・体が軽くなる・・・・・・ネライックだったね、ちょっと乗り込んで見ようか」

モーラは風のように樹々を抜い、すれ違う魔物を一刀両断にしながら、奥へと進む。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「聖女様!こちらもお願いします!」
「頼む!ジンを、ジンを助けてくれ!」
「怪我の度合いから順番をきめます!邪魔だから向こうに行きなさい!」

冒険者ギルドの中もある意味戦場だった。まるで大規模災害の被害者を受け入れる病院のようになっている。
フリーポートの首都に滞在する回復魔法師も総動員され、治療に当たっているが、回復魔法の効果がメイとは段違いだった。



「お・・・おれはい、い・・・、ミレイ、を・・・、たす・・・」

ほっとけば数分で息絶えるような大怪我をした男が、血だらけの手でメイの腕を掴む。

「・・・大丈夫です。貴方の彼女は無事です。貴方も生きなさい」

男はメイの言葉を聞くと、ホッとしたように優しい笑みを浮かべる。

「・・・へへ、・・・そう、か・・・、良かった・・・、ミレイにつた、え、てくれ・・・・・・、幸せに、な──」

男は喋りながら徐々に力が抜けていく。
男は気を失ってしまった。

「っ!自分で幸せにしなさい!、一意専心!レジェンダリーヒーリング!」

メイの瞳に紋章が輝き、メイの体が白く光り、瀕死の男を包み込む。
すると、腹からドクドクと血が流れる傷口はみるみる塞がり、顔色が生気を取り戻していく。

「おおおおお!奇跡だ!」
「聖女様!」
「聖女様だ!、フリーポートは助かるぞ!」
「聖女様あああ!」

冒険者ギルドは喝采で溢れかえる。


「メイ様、少しお休みになられてください。貴方が倒れてしまいます」

メイの後ろから声がかかる。メイが振り返ると若い女が立っていた。

「・・・あなたは」
「宰相のシンクレアと申します。どうぞ、こちらでお休みください」
「ありがとう。でもまだ大丈夫です。前線にはモーラがいます、怪我人もそろそろ減り出すでしょう。落ち着いたら休ませてもらいます」

宰相の誘いをメイは断った。
宰相は深々と頭を下げる。

「ありがとうございます。前線にはフリーポートの大統領も向かっています。・・・私も何かお手伝い出来ますか?」
「なら、こっちの人に包帯を巻いてください」
「かしこまりました」

メイの働きは、過去聖女の称号を持っていたに値する、素晴らしい働きだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「右からダイアーウルフがくるぞ!」
「くそ!キリがねえ!」
「ファイアーアロー!」
「バカヤロウ!火を使うんじゃねえ!森が燃えるぞ!」

ビューゼルドは、前線で一個師団を率いて戦況を維持していた。

「大統領、これは間違いないでしょう」

老人の魔法使いがビューゼルドに進言する。

「だな、間違いねえ。ネライックが動いてやがる」
「いかがいたしますか?」
「いかがもクソもねえ。俺たちの国を守るなら戦うしかねーんだよ。俺も剣を振るぞ」
「・・・お伴します」


ビューゼルドのいる地点は、一番の激戦区だ。冒険者はほかに回し、ここでフリーポートに魔物が行かないように堰き止めている。
あたりは人と魔物の血の匂いが充満し、その匂いがまた魔物を引き寄せる。

「うおおおおおお!」

牛の2倍はあろうかという体躯のワイルドボアが、ビューゼルドに向かって突進してくるが、ビューゼルドはそれを左に避けつつ、剣を袈裟斬りに切りつける。
ワイルドボアから鮮血がほとばしる。

「はあ、はあ、キリがねえ!」
「大統領!!あれは!」

若い騎士が、魔物の進軍で道が開けた森の先を指差した。

そこには、緑色の肌をした、身の丈5メートルは超える巨人が、巨大な棍棒を持ってこちらに向かってくる。

「・・・、くそっ、サイクロプスだ」
「大統領、ミスリル級です。撤退を」
「バカ言うんじゃねえ、あれがフリーポートに着いたら、フリーポートは終わりだ」
「ですが・・・」

騎士たちも数が減り、ここには今では200人ほどしか居ない。
一体とはいえ、ミスリル級と対峙出来る戦力ではない。
ビューゼルドは周囲に目を配ると、騎士たちも怯えてしまっているようだ。

「・・・くそ・・・ゲンを連れてくればよかったぜ・・・」
「大統領」
「じい、目くらましの魔法を撃て。俺が行く」

じいと呼ばれた魔法使いは、大きく目を見開く。

「無茶です!大統領は死んではいけません!」

ビューゼルドは、じいの胸ぐらを掴む。

「俺が生きてもフリーポートが死んだら終わりだっ!何が一番大事かを間違えるな!!民あっての国だぞ!」
「・・・・・・わかります!ですが、若が死んでも終わりです!」

すると10名ほどの騎士がビューゼルドの近くにくる。

「若、お伴します」
「・・・頼む」
「「「「「はっ!」」」」」

「ええい!昔から変わらず利かん坊め!行きまずぞ!フレイムウォール!」

サイクロプスの目の前に、高々と火の壁が立ち上る。

「よし、行くぞ!」
「「「「「おおおおお!」」」」」

ビューゼルドと10人ほどの騎士が、サイクロプスに向かって走り出す。

「皆の者!大統領に続け!」
「「「「「おおおおおお!」」」」」

ビューゼルド率いる師団は、ミスリル級であるサイクロプスに、群がるように突撃していった。




「ぐあっ!」
「うおおお!」
「怯むな!膝をつかせろ!」

サイクロプスが棍棒を一振りすると、騎士が何人も吹き飛び、一撃で再起不能にされていく。

「てめえはああああ!」

ビューゼルドはサイクロプスの股をくぐり、サイクロプスの膝裏めがけて剣を突き入れる。
サイクロプスの皮膚は固く、少し血が滲むだけで、足を切断することは出来ない。だが、膝をつかせることには成功した。

「今──、ぐあっ!」

ビューゼルドが突撃の号令をかけた途端、サイクロプスの後ろにいたビューゼルドは、真横に吹っ飛ばされた。棍棒が飛んできたのだ。

「若!」
「大統領!」

棍棒が飛んできた方向を見ると、もう一体のサイクロプスが居た。

『ブオオオオオオオオオ!!』

サイクロプスは雄叫びをあげて、ものすごい地響きを響かせながら、ビューゼルドの師団に突撃してくる。

「「「うわあああ!」」」



二体のサイクロプスにより、師団は阿鼻叫喚だ。
1人、また1人と次々に殺されていく。
それはまるでアリを指で潰すかのごとく、簡単に血の袋が弾けていく。

「若!若!」

じいはビューゼルドにたどり着き、ビューゼルドを介抱するも、間違いなく脚が折れている。逃げるのは不可能だ。

「・・・・・・、参ったな、じい・・・、お前だけでも」
「若が死んで生きながらえてどうしますか!」
「このことを・・・ヨシトの兄ちゃんに、伝えろ・・・」
「その必要はないよ!」

ふいにどこからか女の声がした。

「スカイハイ!」

真っ赤な髪を揺らし、豊満で大柄な肉体をビキニアーマーで包み、透き通るような刀身の剣を振りかぶった女が空を舞う。

「はっ!」

女が軽く剣を横薙ぎにするだけで、ミスリル級のサイクロプスの首はゆっくりと横にずれて地面に落ちた。

「あれは・・・」
「・・・美しい・・・・・・」

満身創痍にもかかわらず、ビューゼルドはおよそ戦場にふさわしくない格好の、空飛ぶ女に目を奪われた。

「あれは!ヨシト様の四姫桜です、若!、・・・若?」

ビューゼルドの目は、モーラをずっと追っていた。
二体目のサイクロプスが真っ二つになる頃に、同じくミスリル級のケルベロスが十ほどこちらに走ってきた。

モーラはビューゼルドの近くに着地する。

「ちょっと遅かったかい?悪かったね。あれはあたしに任せなよ。あんたらは生き残りを集めて街へ帰るんだ」

じいはモーラに問いかける。

「あなたは四姫桜で間違いありませんか?!」
「そうだよ、モーラだ。時間がない。あのワンコロはあたしに任せて、早く撤退しなよ」

モーラはビューゼルドたちの返事も聞かずにケルベロスの群れに突撃する。

猛るわけでもない、呼吸をするかのようにケルベロスの横を通り過ぎると、ケルベロスは真っ二つになる。

ちょんと地面を蹴ると、重力がないかのように羽根のように宙を舞い、ケルベロスの首が落ちていく。

「・・・すげえ・・・」
「天女だ・・・」
「戦乙女だ・・・」

自然と生き残りの騎士がビューゼルドの周りに集まり、皆でモーラの姿を目で追う。
その動きはまるで空を踊るかのように華麗で、またビーナスのように美しかった。

「若!若!」
「・・・・・・惚れた・・・」
「若?!」

500人いた一個師団は、30人ほどになってしまったが、ビューゼルドの命は助かった。
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