【完結】最近、格差婚約が流行っている ~ 格差婚約+強制執行、間に合わせ婚約者と幸せになる方法 ~

瀬里

文字の大きさ
上 下
9 / 20
フランチェスカの恋

第9話 続・既成事実作戦

しおりを挟む
『俺もう無理。――婚約を、破棄しよう』
『好きな子、いるの?』
『ああ』

 どす黒い感情が渦巻いて、私は、それをもう、止めることはできない。
 これは、人間の尊厳を奪う行為だ。
 ダメだ、こんなのだめだ。
 でも、私は、何度言い聞かせても、自分を止めることはできなかった。

 ――シルヴィオに、媚薬を使うことにした。


  ◇◇◇◇◇◇


 その日私は、婚約破棄について話をすると言って、公爵邸にシルヴィオを呼び出した。
 普段あまり使わない別館側の温室。そこは、庭師が午前中だけ見回りに来るだけで、午後は、誰も人が来ない。
 温室の奥には、広めのソファーがある。

 シルヴィオは、暗い顔をして、現れた。
 きっと、優しいシルヴィオは、私を最後に突き放してしまったことを後悔しているのね。
 でも、本当は、嬉しいんでしょう? 私と婚約破棄すれば、堂々と、好きな子に交際を申し込めるものね。それはいったい誰? アレッシア? デボラ? ロミーナ? みんなシルヴィオに憧れてるもの、すぐにOKするわ。
 ねえ、シルヴィオは、あのキスは、好きな子との練習のつもりだったのかもしれないわね。私とキスしながら、その子の事、考えてたの?

 でも、ごめんね。その子には、あなたをあげられないわ。
 誠実なあなたは、婚約者のいる今はまだ、その子に思いを告げてはいないでしょう?
 なら、まだきっと間に合う。
 私が、一生一緒にいて忘れさせてあげる。
 あなたを絶対幸せにする。

 私は、シルヴィオの紅茶に、媚薬を混ぜた。
 
 シルヴィオは、紅茶に手を付ける。
 私は、彼がしっかり紅茶を飲んだのを見届けてから、話を始めた。
「ねえ、婚約破棄の話をする前に、少し、話をさせて」
 私は、どんな表情をしているんだろう?
 自分がどんな顔をしているかわからない。

「ねえ、私、シルヴィオが好きなの。だから、私、本当にシルヴィオと結婚したいの」
 シルヴィオは、つらそうな表情をする。
「だから、それは前も話しただろう?」
「うん、でも、絶対ヤダ。誰にもあなたをあげたくないの」
 即効性の媚薬だと聞いた。もうそろそろ聞いてくるはずだ。
「フラン……」

「私、自分がこんな人間だと思わなかった。恋って人を幸せにしてくれるけれど、それを手に入れるためには、人っていくらでも卑劣で、狡猾で、薄汚くなれるのね。――ねえ、シルヴィオ、ごめんね。あなたに、媚薬、盛っちゃった。そろそろ、効いてきたでしょ?」
「お前、何言ってっ!」
 シルヴィオは、立ち上がろうとして、座り込んだ。

「ねえ、つらいんでしょ? あっちにソファがあるから、一緒に行こう? 既成事実、作ったら、私、裁判所に申し立てするの。そうしたら、婚姻の強制執行になるわ。私が、シルヴィオの好きな子忘れさせるから。私を全部あげるから。だから、私で、我慢して?」

「お前、何馬鹿な事言って……」 
 私は、無理やりシルヴィオを立ち上がらせる。彼は、ふらりと倒れそうになって、私の肩に体重がかかった。
「だって、お前。望めば王族にだって慣れるのに。俺とじゃ、貴族にすらなれない」
 今更、何を言ってるんだろう?
 そんなくだらないこと今更言ってるんじゃないわよ!
「そんなの知ってるわよ! 私は騎士の妻になるつもりで、ずっと過ごしてきたのよ。あのプチサロンだってそうよ! いつから私あなたのこと好きだったと思ってるのよ。7年よ! 馬鹿にしないでよ!」
 私は、たくさんのことを練習してきた。
 それでもきっと足りないだろうから、これからいくらだって覚える。
 つらくても耐えるわ。
 だって!

「好きなの好きなの好きなのー!!」
 私は、シルヴィオを無理やり引っ張って、ソファに押し倒した。  

「10歳の時、あの護り石を拾ってもらってから、ずーっとシルヴィオの事好きで、シルヴィオに好きになってもらいたくてやせたし、シルヴィオのお嫁さんになっても困らないように、プチサロンで庶民の勉強もしたし、婚約も格差婚約は建前で、ずっと本気だったし、サヴィにも告白されたけど断ったし、既成事実作るために媚薬まで盛ったー!! もういい加減あきらめて、私と結婚してよー」

 私の涙が、ぼとぼとと、シルヴィオの顔に落ちてしまう。

「なんだよそれ。俺の知らないうちに、どんだけだよ。お前、そんなこと考えてたののかよ」
 
 押し倒されたシルヴィオの顔もぐしゃりと歪む。

「キスだって、キスだって、私は、わ、私は、あんたとの結婚式の練習のつもりだったんだからーっ!!」

 もう、私は、馬鹿みたいにシルヴィオへの想いを吐き出していた。
 シルヴィオは、観念したみたいに目をつぶった。

「お前、めちゃくちゃだ……。でも、俺は、そんなめちゃくちゃなお前が……うっ」

「ごめんね。シルヴィオに好きな子をあげられなくてごめんなさい。私で、我慢して?」

 彼が目をつぶってくれて助かった。涙でぐちゃぐちゃな顔を見られなくて済む。 

「……好きな子、想像してていいから」

 小さく言って、私は、シルヴィオの服のボタンに手をかけた。

 彼は目をつぶって、震えるように深呼吸をすると、ボタンを外している私の両手を片手でつかんだ。

 そして。

 逆の手で、懐からナイフを取り出すと、


  ◇◇◇◇◇◇


 カラン、と音をたてて、ナイフは、シルヴィオの足から抜けて、床に落ちた。
 どくどくとシルヴィオの足から血がしたたり落ちる。
 鮮血がソファを染め、大理石の床にぽたぽたと垂れていく。
 錆びた鉄のような血の匂いがあたり一面に立ち込める。

 私は、彼の血で一気に我に返った。

 私は、なんてことをしてしまったんだろう。
 シルヴィオは、自分を傷つけてしまえるほど、嫌だったんだ。
 こんなにも嫌がってる人に、私は、本当に、なんてことをしてしまったんだろう。
 自分の気持ちをおしつけて。
 こんなやり方じゃ、シルヴィオが幸せになんかなれないのに!

 私は、彼と幸せになりたかったのだ。私はこのあと、どれだけ時間がかかっても、自分が彼を幸せにするんだと思ってた。幸せにできるとうぬぼれてた。
 でも、私は、彼を幸せにするどころか、彼に自傷を選ばせるほどに苦しめてしまっていたのだ。
 彼を傷つけたかったわけではないのだ。
 彼が傷つくなど耐えられない。
  私は、自己嫌悪で死んでしまいたいくらい後悔する。

「ごめんなさい。ごめんなさい。いやだったよね。無理やりこんなことして、私おかしかった。ごめんなさい。好きな子がいるのにこんなことしてごめんなさい。シルヴィオが傷つくのはいや。絶対いや! 婚約は、もう破棄します。だから、もう二度とこんなことしないで!!」

 そんなことになるくらいなら、彼が傷つくくらいなら、私は、多分。
 ――多分、身を引ける。

 誰か呼んでくる、と言って、私が立ち上がるのを、シルヴィオは手をつかんで止めた。

「待って……婚約は、破棄しない、よ」

 脂汗で張り付いた黒髪の下から、苦しげな瞳がわずかな光を放つ。

「好きなやつ……お前だから。好きな子に告白されたのに、破棄なんてしない」
「だって、今まで……」
 私は彼の言っていることが理解できなかった。

「めちゃくちゃなお前に、腹、くくった。もう、俺も逃げない。お前が、お前の全部を俺にくれる覚悟があるなら、俺は、俺の全部を捨てても、お前をとるって決めたから」

 シルヴィオは、私の両手をつかんだまま引き寄せた。
 
「だけど、こんなやり方じゃダメだ。ちゃんと、俺の意思で、お前を感じて、お前を抱きたい」

  もう、俺のために泣くな、そうつぶやくと、シルヴィオは意識を失った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。 でも貴方は私を嫌っています。 だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。 貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。 貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

【完結】愛してました、たぶん   

たろ
恋愛
「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。 「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。

おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。 ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。 騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。 ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。 力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。 騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。

【完結】 婚約破棄間近の婚約者が、記憶をなくしました

瀬里
恋愛
 その日、砂漠の国マレから留学に来ていた第13皇女バステトは、とうとうやらかしてしまった。  婚約者である王子ルークが好意を寄せているという子爵令嬢を、池に突き落とそうとしたのだ。  しかし、池には彼女をかばった王子が落ちることになってしまい、更に王子は、頭に怪我を負ってしまった。  ――そして、ケイリッヒ王国の第一王子にして王太子、国民に絶大な人気を誇る、朱金の髪と浅葱色の瞳を持つ美貌の王子ルークは、あろうことか記憶喪失になってしまったのである。(第一部)  ケイリッヒで王子ルークに甘やかされながら平穏な学生生活を送るバステト。  しかし、祖国マレではクーデターが起こり、バステトの周囲には争乱の嵐が吹き荒れようとしていた。  今、為すべき事は何か?バステトは、ルークは、それぞれの想いを胸に、嵐に立ち向かう!(第二部) 全33話+番外編です  小説家になろうで600ブックマーク、総合評価5000ptほどいただいた作品です。 拍子挿絵を描いてくださったのは、ゆゆの様です。 挿絵の拡大は、第8話にあります。 https://www.pixiv.net/users/30628019 https://skima.jp/profile?id=90999

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

処理中です...