【完結】最近、格差婚約が流行っている ~ 格差婚約+強制執行、間に合わせ婚約者と幸せになる方法 ~

瀬里

文字の大きさ
上 下
8 / 20
フランチェスカの恋

第8話 残酷で可愛い、無邪気な君

しおりを挟む
 私は、何でサヴィにキスされたんだろう?
 サヴィは、シルヴィオと私のことをずっと応援してくれてた。

 あの日は、サヴィに頼まれて、隣国のセラフィナ殿下へのプレゼントを選びにいくことになっていた。
『シルヴィオと二人の時間を作ってあげるよ』
 なんて、サヴィもいつも通り、私とシルヴィオを応援してくれてた。
 途中までは本当に、いつも通りだったのだ。

 食事の後庭園に出て、ちょっとシルヴィオに離れてもらったので、いつものように王子に恋愛相談にのってもらおうと思っていた。

『ねえ、サヴィ、既成事実を作るって難しいのね』
『はは、前から思ってたけど、フランとシルヴィオじゃ無理じゃないかなあ?』
 サヴィは、いつもの通り、からかってくる。

『そっそこまで無理ってわけでもないと思うのよ! ただ思うに……。ねえ、サヴィ。ちょっと聞きたかったんだけど、既成事実って、どこまでが既成事実なの?』
『どういうこと?』
『強制執行の申し立てって、どのレベルの既成事実だったら認められるの? それとも相手によるのかしら? 相手によるのなら、あのお堅いシルヴィオだったら、今の私たちのレベルでも、強制執行に応じるような気もするんだけど』
『だから、どういうこと? 君達、してるの?』

 私は、サヴィの様子がおかしいことに気づいていなかった。

『どっどどどどこまでって言っても。キスまでよ。た、ただ、ちょっと、その、人前ではできないレベルというか、ちょっと続けるとくらくらしてきちゃうレベルというか……、まあ、大人のキスよ! これ以上言わせないで』

 その瞬間だった。いきなり腕を引き寄せられると、全身を強く抱きしめられる。
 サヴィの顔が近い。
 怒り、憎しみ、哀しみ? 彼はなんという表情をしているんだろう?

 そして、私はそのまま口づけられていた。
 シルヴィオとするような大人のキスだった。

 呆然とする私をベンチに座らせると、サヴィは、私にささやきかける。

『これで、申し立て、できないね。それとも、その申し立て、僕にしてみる?』


 王子にもらったプレゼントは、王子の瞳の色だった。
 私は、自分の間違いに、そろそろ気づき始めていた。


  ◇◇◇◇◇◇


 次の日、私は、部屋にこもって学園も休んでしまった。
 頭の中がぐちゃぐちゃで、何も考えたくなかった。

 部屋がノックされ、心配そうな顔をしたお母様が現れる。
「フランチェスカ」
「お母様。私は、間違ってたのかなあ?」
 私は、ベッドで布団をかぶったまま、横に座ったお母様の腰にしがみついた。
 ぽつり、ぽつりと、今までのことをお母様に話す。
 はっきりとは言えないから、ぼかすしかないけれど。
「私とシルヴィオの婚約をよく思っていない人がいるのは知ってるの。……いろんな理由で。でも、一番仲の良かった人が、そう思ってたのかもしれなくって、ショックなの」
 ずっと、サヴィは一番の理解者だと思ってた。
 シルヴィオとのこと応援してくれてるんだと思ってた。
「何かを得ようとすると、何かを捨てなければならないことは、時としてあるわ。でも、フラン。私は、あなたの味方よ」
「私、シルヴィオが好きなの。でも、それって、そんなにたくさんのものを捨てなきゃいけないのかな?」
 私は本当に馬鹿で、自分の想いの及ぼす影響をそこまで突き詰めて考えたことはなかった。

「もしそうなっても、お母様だけは、私の味方でいてくれる?」
「ええ、私は、あなたの味方よ……大丈夫。思うままになさいな」
「うん、うん」
 私は、お母様の膝で、久しぶりにおもいっきり泣いたのだった。


  ◇◇◇◇◇◇


 私は、学園に行ってから、何回かあった王子の呼び出しを無視した。
 こんなの本当は許されることじゃないけど、自分の気持ちが整理できてなかったから。
 サヴィと会って、何かを聞くのが怖かった。徹底的に壊れてしまいそうで、怖かった。
 シルヴィオにも二人で会うなって言われたからって、それも免罪符にして逃げてた。

 でも、とうとう王子に捕まってしまった。

 サヴィは、私を空き教室に引き込むと後ろ手にドアを閉めた。
 
「ねえ、フラン。どうして逃げるの? 本当は、僕の言いたいこと、分かってるんでしょう?」
「聞き……たくない」
「もう、このままではいられないよ」
 サヴィの声は静かだった。でも、私は、怖くて顔を見られない。

「ねえ、フラン。少し思い出話を聞いてよ。

 10歳のあの時、僕は、思い出し笑いをしている君に興味を惹かれて、ちょっと話がしたかっただけなんだ。本当に君の大事な石を池に入れてしまうつもりなんてなかったんだ。なぜあんなにあの石が飛んだのかわからない。君には本当に申し訳ないことをしたと思った。そして、石を拾って君と笑いあうあいつをみて、自分が池に石をとりに入らなかったことをひどく後悔したよ。
 それからは、僕と君は仲直りしたけれど、君はあいつと恋に落ちてしまった。
 あいつのために、君がとてもきれいになっていくのも気に食わなかったよ。

 ねえ、知ってた? フラン。
 あいつより、僕の方が先に、君を好きになったんだ。

 婚約の話が出た時、強引に君と婚約を結んでもよかったんだ。
 でも、あの時、君はシルヴィオに夢中だった。
 だから、僕は待つことにしたんだ。
 シルヴィオと婚約させておいて、その間に、僕に心変わりしてくれるのを待ってたんだ。
 あの時、無理やり婚約をしていたら、きっと、君とこんな関係にはなれなかっただろう。だから、ずっと、待ってたんだよ。君がシルヴィオに飽きて僕の方を振り向くのを。僕に気づいてくれるのを。

 ねえ、フラン。僕は、君を好きだよ。ずっと好きだったんだよ」

「私、私……知らなかった」

「そうだよね。フラン。君は気づくはずなんかない。そんな残酷で可愛い、無邪気な君が、僕は大好きなんだから」

「ごめんなさい」
 私は、シルヴィオが好き。シルヴィオだけが好きなの。

「そうだね、君は、僕の思惑に反して、とうとう心変わりしなかった」

「こんなことになるんなら、あの時、君の意思を無視してでも、僕と婚約させるんだった!!」
 サヴィが声を荒げるのを初めて聞いた。
 それは、悲鳴にも似ていて。

「大好きだよ、フラン。ねえ、僕を選んでよ。君が僕を選んでくれたら、僕はなんだってするよ。絶対に幸せにするよ。シルヴィオと、婚約破棄して。そうしたら、僕がどうとでもするから」

 ――懇願。

「ごめんなさい」

「ねえ、フラン。想像してみて。僕と結婚して、離宮に暮らして、僕が王宮から帰ると、君が出迎えて、子供たちがいて、休みの日は皆で外でお昼を食べて。皆が明るい顔で、君はいつも笑っていて……そんな未来が、想像できない?」

 ――憧憬。

「ごめんなさい、サヴィは、私の、親友だわ。大好きな、親友だわ」

 私は、顔を上げた。
 サヴィは、哀しくて、弱く、儚い、今にも泣き出しそうな顔で私を見た。
 毅然としたいつもとは全く違う顔だった。

「わかった。困らせてごめんね。ねえ、最後に抱き締めさせて?」
 サヴィは、私をそっと抱きしめる。

「決心がついたよ。――僕は、隣国に行くよ」

 私は驚いて顔を上げた。

「最後に伝えられてよかった。――ほら、君の婚約者が、迎えに来た」

 サヴィの口元は、声を出さず、さよなら、と動いたように見えた。

 そこへ、シルヴィオが、駆け込んできた。
 王子に何も言わず、私の手をとって、駆け出す。

 私は、どうしていいのかわからなかった。


  ◇◇◇◇◇◇


 シルヴィオは、人通りのない、学園の校舎裏まで私を連れてきて、そこで歩みを止めた。

「二人で会うなって言っただろう!?」
 私の頭の脇の壁に彼の手の平がたたきつけられる。
 彼は、心配してきてくれたのだろうか?
 それとも嫉妬? だとしたら、嬉しいと、こんな時まで思ってしまう私は、本当にひどい女だ。

「フラン。俺もう無理。お前らを見てるの、もう限界なんだよ。……あいつに、告白されたんだろ? もう、潮時だ。どのみち、いつかは終わる婚約だったんだ。あいつの婚約までって約束だったけど、もう、無理。
 ――婚約を、破棄しよう。」

 一瞬、何を言われているのかわからなかった。

「やだ、絶対やだ! 私、シルヴィオのこと好きだって言った! 婚約破棄なんてしない!」
「あれは、同情だろう!? 犬とののしられた俺を憐れんで、お前が血迷っただけだろう!?」
「違う、違うの! ほんとに好きなの!」
 シルヴィオは、首を振った。
「お前がもし、王子を断ったとしても、本当に俺の事好きだったとしても、、どうにもなんねーんだよ! わかれよ! どうにもなんねーから、なんだろ!」

「もう、お前を見てるのつらいんだよ。俺が、耐えられない。破棄しよう」

「なんで、そんなに婚約破棄したがるの?」

 私の好きな気持ちをどうしてそんなに否定するの?
 耐えられないのは、なんで?
 優しいシルヴィオが、限界だなんていう理由は、何?
 
 最悪の事実に気が付いてしまった。
 こんな時だけ頭が回る自分を呪いたい。

 私は、シルヴィオの好きな人を知らない。
 私は、シルヴィオに好きだと言われたこともない。
 自分がシルヴィオの一番だと勝手に思い込んでた。

 シルヴィオがつらいという、その理由。
 それは、だ。

「――好きな子、いるの?」
「……ああ」

 私の中で、嫉妬が膨れ上がるのがわかった。
 どうして。いつの間に。
 顔の見えないその子への嫉妬で感情が溢れかえる。
 言葉にするとどす黒いものを全て吐き出してしまいそうで、私は口をつぐんだ。



 私は、決めた。
 何が何でもシルヴィオを手に入れてやる。

 ――媚薬を、手に入れることにした。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。 でも貴方は私を嫌っています。 だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。 貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。 貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。 ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。 騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。 ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。 力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。 騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

処理中です...