上 下
14 / 15

エピローグ ~幕あけ~

しおりを挟む
 フェイラエールは、荷物をまとめ、早朝に一行から去るケレ=テルバを、遠くから見送った。
 憎々し気に振り返るその視線を受け止める。

 彼は、タキス達に、フェイラエールとシリルの間違った位置を教えたのだ。
 それにより、タキス達は、追われるフェイラエール達となかなか合流できなかった。

 許せなかった。
 殺してやりたいほど憎かった。

 けれど、自分を抑えてこの場から、自ら去るように仕向けるだけに止《とど》めた。
 騎馬の民との関係を悪化させることを避けるためだ。



 ケレの姿が見えなくなった頃、フェイラエールは、背後に現れた人影に向き合うことなく話しかける。

「怒らないのね」
「お前が言わなければ、俺が言っていた。いや、俺のすべきことだった。だから礼を言う。彼の矜持を守ってくれたことに感謝を」

 風が、彼女の佇む尾根を吹き抜け、被ったフードが首後ろに落ちると、短くなった藍の髪が風をはらみ、隣に並ぶタキスの目にまぶしく映った。

「タキス。あなた、前に言ったこと、覚えている? ──私を軍師にして欲しいの。聖王女フェイラエールは、賊に攫われて行方不明になるわ。そして、あなたは、旅の少年軍師をやとう」
「悪くないな」

 即座に答えを出されてフェイラエールは驚いてタキスの顔を見上げる。

「私は……隠れ蓑にあなたを利用しようとしているのよ? 私を皇国のあらゆる人間が追うわ。もっとよく考えてちょうだい」
「考えたさ」
「危険だと思わないの? 私のせいでまた昨日のようなことが起こるかもしれないわ」

 そんなフェイラエールに、タキスは、余裕のある人を食ったような笑みを返す。

「お前という人間が少し分かってきた。偽悪的だ。ケレのこともそうだが、全てを被るな。たった今、お前を連れて行く判断をしたのは、この俺だ」

 タキスの手がフェイラエールの頭に伸びてきてその頭と背中を包むようになでる。

「守ってやる。だから安心してついて来い──もう、泣かなくていい」

 いろいろと説得の材料を準備していたのだ。
 あなたの復讐の手伝いをするとか、騎馬の民の領土を取り戻してやるとか。
 でも、そんなもの必要なく、覇王の予言すら知らないこの男は全てを受け入れてくれた。

 背中をなでる手が熱い。
 悲しみに枯れたと思った涙は、喜びの為ならば再び流れるのだと知った。

 私が覇王を選ぶというならば、きっとこの男しかいない。
 けれど、今しばらくは、この安心と温かさに酔いしれていたい。
 フェイラエールは、騎馬の民の英雄の胸に、頭を預けた。



「中原の聖王女にして予言を賜りし者、フェイラエールが誓うわ。
タキス、お前を覇王にしてやるわ。その道を共に歩む覚悟はある?」

 その問いを彼に向けるのは、今しばらく先の事だった。


◇◇◇◇◇◇◇


 半年後、ある噂が市井から広がり、皇国中を席巻した。

『聖王女フェイラエールを手に入れたものは、中原の覇王となる』

 しかし、聖王女の行方は、杳《よう》として知れなかった。

             (第一部完)




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

幸せの鐘が鳴る

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:299pt お気に入り:12

re 魂術師(ソウルテイカー)は産廃最強職(ロマン職)!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:20

【完結】あの奇跡をもう一度

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:66

小さなベイビー、大きな野望

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:153

白状してはダメですか。僕は……さよならなんて、したくなかった

現代文学 / 完結 24h.ポイント:397pt お気に入り:8

(お嬢様+サイボーグヴァンパイア+天才女子高生)÷妹=新世界誕生

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:221pt お気に入り:6

神様はいつも私に優しい~代理出席人・須藤也耶子の奮闘記~

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:18

[Original]~My companion animals~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

深夜の常連客がまさかの推しだった 短編集

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:10

処理中です...