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第二部 どうせ捨てられないのなら

第6話

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「ほうほう、久しぶりじゃなのう。アンジェリカの全力が見られるとは」
「まあ、あの子も成長したのかしら。楽しみねえ」
「あの、デニスはほんとに強いんです! 妹ちゃんを助けに行かないと!」

 のんびりとした声で上空を見上げるのは、五十年前にドラゴン討伐を成し遂げた勇者である祖父と祖母の二人だった。
 そんな祖父母の様子に焦り、必死になって妹を助けにいこうと訴える新妻イルセの様子は、たまらなく愛らしい。
 そんな中、一人だけ青い顔をしている母が、俺に向かって叫ぶ。

「アーレント、止めて来なさい!!」
「お義母さま。そうですよね! 止めないと!」
「そうよ、あの子ったら、これがばれたらお嫁にいけなくなっちゃうわ!」
「え」
「母上、アンジェリカは俺に任せろと言いました。彼女は、『決めた』のでしょう。俺は妹の意思を尊重します」
「なんてこと。あの子は、あなたとは違うと思ったのに……」
「俺とアンジェリカはよく似ていますから」

 母はそれを聞くと、さらに真っ青になって、ふらふらとめまいを起こしながら、父に連れられてホールを後にした。

「もう、もういいです! 私が止めます! だいたいデニスは何しに来たのよ! 戦う必要がどこにあるの!? これだから脳筋一族はいやなのよ! 妹ちゃんは私が助けるからいいわ! アーレントの馬鹿!!」

 そう言って彼女は、自ら「変化」し、妹の元へ向かおうとする。
 これはいただけない。
 妹の好意が無になってしまう。
 俺は、彼女を背後から抱きしめると、その喉元にある、独特の形をした鱗――逆鱗に舌を這わせる。

「ひうっ」

 彼女の体からは途端に力が抜け、その小さな体は俺の腕の中に収まった。

 周囲に目を向けるが、異常な事態だと言うのに、ホールから避難する招待客は誰もいない。妹の戦いを、結婚式の余興として楽しんでいる節すらあった。
 上空で戦う彼らを照らす光はなかったが、彼らの体自体が覇気による輝きに包まれている。この舞踏会に招かれるレベルの者達ならば、その戦いをはっきりと視認できているのだ。

「いやあ、五年ぶりっすかねえ、姫様の魔法合戦」
「きゃーん、さっすがあたしの姫様! かっこいいですー。惚れ直しちゃうー」
「え? ねえ奥さん、それ、浮気? 浮気なの!?」

 騎士団長とその妻はいつものごとく緊張感のかけらもない。ちなみに騎士団長の妻は妹の侍女として仕え、妹に心酔しきっている。

「アーレント。お願い。妹ちゃん、助けなきゃ」

 俺の腕の中から涙目で訴えてくるイルセの姿は、容赦なく俺の理性の限界を試しにくる。
 必死な彼女の様子が可愛くて誤解をそのままにしておいたが、そろそろ潮時だ。

 さて、この可愛い生き物をどうしてくれよう。

「あいつに助けなど必要ない。俺でもあいつに勝てたことはないからな」
「え?」
「勇者の一族は、魔導においても最強の資質をもっている、それだけだ。あいつは怒らせない方がいいぞ」
「え……? 妹ちゃん、そんなに?」
「さあ、いくぞ、イルセ」
「え? あれ、ほっといていいの?」

 今日は祖父母もこの場にいる。大丈夫だろう。

 それよりも。

 俺は、愛しい番の、耳元に唇を寄せた。

「イルセ、忘れてないか、今日は俺たちの初夜だってことを」
「ひうっ」

 耳まで真っ赤になる彼女を腕の中に抱えて、俺はそっとホールを抜け出した。

 ◇◇◇◇◇◇

「てめえ!」
「動きが粗いわね――水渦ウォータートルネード

 高速で距離を詰めて私に捕らえようとするデニスの脇をするりと避けて、その背中に魔法を叩きつけて距離を取る。

 魔導士には、近距離戦。
 セオリーだけれど、私の近距離戦の練習相手はお兄様だった。
 生半な攻撃で私を捕まえることなどできはしない。

 近づき、攻撃を受け、離れ、それを幾度も繰り返すデニスの狙いをさとり、私はため息をついて見せる。

「私の魔力切れを狙っているのだったら無駄だと言っておくわ。私は、このペースなら、三日三晩戦えるもの」
「ちっ」
光糸ライトストリング

 光の鞭が、デニスの体を絡め取り身動きを取れなくする。

「お前、何属性使えるんだ。ははっ。すげえな」
「開き直る余裕なんてないんじゃないかしら? ――破壊ブレイク
「がっはっ」

 彼の体中の骨を粉砕するための魔法を使うが、それはさすがに阻まれる。
 骨は数本程度。
 そのまま、地面に叩きつけた。
 地面の上は、私が敷いた治癒のエリア魔術が展開されている。

 彼は、大地に手を突き、ゆらりと起き上がった。

「勇者は気に食わねえし、許せねえ。だけど、お前すげえな。惚れ惚れするぐらい強え。こんなに強え女、初めてだ」
「そんな女に叩き伏せられる気分はいかがかしら?」

 叩きのめして、プライドをずたずたにして、屈服させてやる。
 けれど、それにはまだ足りない。
 なぜなら――。

「ねえ、あなた、本気を出してないでしょう」
「ああ、そうだな。この姿で勝てるほど、甘くはないみたいだ。お前には、本気で相手をしてやる」

 そして、彼の変化は訪れた――。
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