上 下
10 / 14
第二部 どうせ捨てられないのなら

第4話

しおりを挟む
 あれからさらに一週間がたち、相変わらずお兄様の暴走と、デニスの挑戦、私の結界修復とお弁当作りは続いている。
 でも、明日は朝から結婚式だ。
 多分、兄はもうこの森に来ない。
 ウェストラント城には結界が張ってあり、デニスでは入ってこれないだろうから、彼の挑戦は今夜限りになるはずだった。

「これ、うまいな」
「そう? 疲れが取れるかと思って、すっぱいものをたくさん入れてみたの」

 デニスは、私の料理をいつも通りおいしそうに食べてくれて嬉しくなる。
 これが胃袋をつかんだって奴かしら?
 彼と会うのがこれで最後になるのは寂しいので、私はこれから彼に城で働かないかと提案をするつもりだった。

 兄はもう森へ来ないので、デニスは今後は兄に会う手段すらない。
 今夜負けてあきらめがつけばいいけれど、挑戦し続けたいなら、私が城で仕事を与えればよいかと思ったのだ。
 お兄様には貸しがたくさんあるので、時々なら、デニスと勝負する時間を作ってもらえるだろう。
 それに、城には人型の高位魔獣が結構いる。私の侍女にもコカトリスの高位魔獣が一人いるぐらいだ。
 少なくとも、勇者一族の側近くにいる者は、ちょっとした事故にも対処できるように、それなりの強さが求められるので、高位魔獣はむしろ歓迎されるのだ。

 私も、結婚式に参加するため、明日は朝からここに来ることができない。今伝えておかないと。
 私がじっとデニスの横顔を見ているとデニスが不意にこちらを振り向き、彼のルビーのような赤い瞳にどきりとする。

「食うか?」
「え……あむっ」

 口に入れられたサンドイッチにびっくりするが、それより、酸っぱすぎるサンドイッチに思わず涙目になる。
 うっ、す、すっぱい。ええ? なにこれ?
 それでも吐き出すことはプライドが許さず、必死に噛んで飲み込むしかない。
 デニスが手渡された水も必死に飲み下す。

 私のそんな様子を今度はデニスの方がじっと見ていたようだった。
 こんなひどい味のものを食べさせてたなんて、これは反省しろってことよね。
 もう、恥ずかしくて仕方がない。
 
「ご、ごめんなさい。こんな味だったなんて。おいしくなかったのに無理させちゃってたみたいね」
「? うまいだろ」
「え?」
「うまいから、お前にも食べさせてみたかった。お前に食べさせるの、楽しいな」

 あれがうまいなんてどうかしてるわ。
 そう言いたいのに、言葉が出なかった。
 デニスの視線が、何だか今までと違っていて。
 その眼差しは、お兄様がお義姉さまに向けるそれにそっくりで。
 ――まるで視線だけで相手を溶かすような。溺れさせるような。

 デニスは、私の頭に手を伸ばして髪をなでる。

「お前、ちっちゃくて、かわいい」
「か、かわっ」

 お互いの顔を見つめる私達がすごく甘い雰囲気に感じるのは、私の気のせい?
 私の心臓は、ばくばくと早鐘のように鳴り響いていた。 

「お前、あいつみたいだ」
「あいつ?」
「イルセ。言ってなかったか? 俺は、あいつを取り戻しに来た。あの男をぶっ倒して、イルセを取り戻す」

 血が音をたてて引いていく。
 私の中で生まれようとしていた何かは、形をとる前に崩れ去ってしまった。
 私は立ち上がった。

「私、明日は来れませんの」
「どうして」
「明日は、結婚式に参加するからですわ。この国の第一王子、最強の勇者アーレントと、彼の番であるイルセ様の結婚式です」
「な……んだと」

 私は、なんて愚かだったのだろう。
 この男は、お義姉さまを奪いに来た敵だと言うのに。
 お兄様は、知ってらしたんだわ。

『俺のものを奪う者に与える情けはない』

 そうですわね。お兄様。
 お義姉さまを奪わせるわけには行きませんもの。

 軋む心臓の音は、お義姉さまを奪おうとする者への怒り。
 それだけだ。
 それだけでなければいけない。

「ごきげんよう。きっともう、会うこともありませんわ」
「ちょ、待てよ。おい」

 私はもう、振り返らなかった。

 私は、彼に名前を教えていなかったことにやっと気づく。
 彼も、私に名前すら尋ねなかった。
 振り返らない理由は、それで十分だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】 婚約破棄間近の婚約者が、記憶をなくしました

瀬里
恋愛
 その日、砂漠の国マレから留学に来ていた第13皇女バステトは、とうとうやらかしてしまった。  婚約者である王子ルークが好意を寄せているという子爵令嬢を、池に突き落とそうとしたのだ。  しかし、池には彼女をかばった王子が落ちることになってしまい、更に王子は、頭に怪我を負ってしまった。  ――そして、ケイリッヒ王国の第一王子にして王太子、国民に絶大な人気を誇る、朱金の髪と浅葱色の瞳を持つ美貌の王子ルークは、あろうことか記憶喪失になってしまったのである。(第一部)  ケイリッヒで王子ルークに甘やかされながら平穏な学生生活を送るバステト。  しかし、祖国マレではクーデターが起こり、バステトの周囲には争乱の嵐が吹き荒れようとしていた。  今、為すべき事は何か?バステトは、ルークは、それぞれの想いを胸に、嵐に立ち向かう!(第二部) 全33話+番外編です  小説家になろうで600ブックマーク、総合評価5000ptほどいただいた作品です。 拍子挿絵を描いてくださったのは、ゆゆの様です。 挿絵の拡大は、第8話にあります。 https://www.pixiv.net/users/30628019 https://skima.jp/profile?id=90999

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

処理中です...