4 / 14
第一部 どうせ逃げられないのなら
第4話 勇者と娘
しおりを挟む
私は、ドラゴンの父と、人間の母との間に生まれた。
力は弱く、身体も一回り小さい。母の才能を受け継いで精神系の魔法はなかなかの腕前だが、力が全てのドラゴンの世界では、あまり価値がなかった。
強き者を敬い従うドラゴンの性質は本能的なもので、里では私自身は常に従うことを求められる立場だった。でも、半分は人間の私はその本能的な部分との折り合いが上手くつけられず、里にいづらくなって、成人すると里を出て一人で暮らすことにした。
父母の反対を押し切って得た一人の生活は心地よく、私はあの森で精神的な自由を満喫していた。
そんな中、今代の勇者のドラゴン討伐に関する情報が流れてきたのだ。
勇者――その存在はドラゴンの天敵と言ってもよい。
ドラゴンの里の子供は皆、幼い頃から「勇者」に関する昔語りを聞かされて育つ。
勇者の一族には数世代に一人、必ずドラゴン討伐に赴くものが現れる。
犠牲になるのは、年若い女のドラゴンが多く、勇者に捕らえられ、帰ってきた者はいない。
ドラゴンの体は、人間にとって妙薬となりうる。生き血は若返りの薬に、爪や牙は剣に、皮は鎧に。生き胆を食べると不死になるとも言われているのだとか。
捕らえられると隷属の魔法をかけられ、生きたまま血を搾り取られ、生き胆を食われ、死後はその体を武器に防具にと使い倒される。
勇者にとって、ドラゴンは狩りの獲物と同じなのだ。
遠い寓話のように思っていた出来事が、急に現実のものとして近づいてきたことに怯えたが、それでもまだ遠い世界の出来事だった。
里の父母は私を呼び戻そうと何度も便りを送ってきた。里は人が感知できない結界に守られていて勇者と言えども近づくことはできないのだ。でも、里での不自由な生活と天秤にかけて、私は森に残ることを選んだ。
――そして、四カ月前のあの日、私達は出会ってしまった。
その日、私はドラゴンの姿で、獲物を追っていた。
この地域に住む、大型のイノシシを捕らえ、爪で押さえつけ、首に牙を立てその息の根を止めたところだった。滴る血に酔って、警戒を怠っていた。
その一刀を避けられたのは運がよかっただけだ。
鋭く、力強く、押し切るかのような一太刀。
目の前をかすめるそれは、光の尾を引いて、美しく流れていった。
その剣跡に魅せられたかのように、私は、王子に挑みかかった。
ドラゴンの戦う者としての本能が私を駆り立て、立ち向かわずにはいられなかった。
私達は、お互いに会話もなく、定められたかのように戦闘に突入した。
私は正直、「勇者」がここまで圧倒的な強さを持つとは思っていなかった。
逃げる事すら許されず、私は地面にたたきつけられ、背中を踏みつけられ、地に這いつくばった。
「レッドドラゴンか。名は?」
「人間風情に名乗る名などない」
思えば、この時、戦いの中で既に私は魅せられていたのだ。
ドラゴンの本能が、強者を、この男を求めてやまない。
でも、同時に、人間の本能が、私を死に追いやる強者を恐怖する。
「っ……!」
まずい。
私の体の竜化が解けかけていた。
人と竜との間の私の体は、力が衰えると、竜の体を維持できなくなるのだ。
そして、人の姿へと変化する。
王子は、自分の足元で女へと姿を変える私の姿を見て、さすがに驚いたようだった。呆然と見開く紫の瞳と、私の目が合う。
王子の精神は、一瞬、本当に無防備な状態だった。
今なら。
「忘却の闇に攫われよ」
私は、私の持ちうる最高の精神魔法を、瞳があった王子に向けて放った。
力は弱く、身体も一回り小さい。母の才能を受け継いで精神系の魔法はなかなかの腕前だが、力が全てのドラゴンの世界では、あまり価値がなかった。
強き者を敬い従うドラゴンの性質は本能的なもので、里では私自身は常に従うことを求められる立場だった。でも、半分は人間の私はその本能的な部分との折り合いが上手くつけられず、里にいづらくなって、成人すると里を出て一人で暮らすことにした。
父母の反対を押し切って得た一人の生活は心地よく、私はあの森で精神的な自由を満喫していた。
そんな中、今代の勇者のドラゴン討伐に関する情報が流れてきたのだ。
勇者――その存在はドラゴンの天敵と言ってもよい。
ドラゴンの里の子供は皆、幼い頃から「勇者」に関する昔語りを聞かされて育つ。
勇者の一族には数世代に一人、必ずドラゴン討伐に赴くものが現れる。
犠牲になるのは、年若い女のドラゴンが多く、勇者に捕らえられ、帰ってきた者はいない。
ドラゴンの体は、人間にとって妙薬となりうる。生き血は若返りの薬に、爪や牙は剣に、皮は鎧に。生き胆を食べると不死になるとも言われているのだとか。
捕らえられると隷属の魔法をかけられ、生きたまま血を搾り取られ、生き胆を食われ、死後はその体を武器に防具にと使い倒される。
勇者にとって、ドラゴンは狩りの獲物と同じなのだ。
遠い寓話のように思っていた出来事が、急に現実のものとして近づいてきたことに怯えたが、それでもまだ遠い世界の出来事だった。
里の父母は私を呼び戻そうと何度も便りを送ってきた。里は人が感知できない結界に守られていて勇者と言えども近づくことはできないのだ。でも、里での不自由な生活と天秤にかけて、私は森に残ることを選んだ。
――そして、四カ月前のあの日、私達は出会ってしまった。
その日、私はドラゴンの姿で、獲物を追っていた。
この地域に住む、大型のイノシシを捕らえ、爪で押さえつけ、首に牙を立てその息の根を止めたところだった。滴る血に酔って、警戒を怠っていた。
その一刀を避けられたのは運がよかっただけだ。
鋭く、力強く、押し切るかのような一太刀。
目の前をかすめるそれは、光の尾を引いて、美しく流れていった。
その剣跡に魅せられたかのように、私は、王子に挑みかかった。
ドラゴンの戦う者としての本能が私を駆り立て、立ち向かわずにはいられなかった。
私達は、お互いに会話もなく、定められたかのように戦闘に突入した。
私は正直、「勇者」がここまで圧倒的な強さを持つとは思っていなかった。
逃げる事すら許されず、私は地面にたたきつけられ、背中を踏みつけられ、地に這いつくばった。
「レッドドラゴンか。名は?」
「人間風情に名乗る名などない」
思えば、この時、戦いの中で既に私は魅せられていたのだ。
ドラゴンの本能が、強者を、この男を求めてやまない。
でも、同時に、人間の本能が、私を死に追いやる強者を恐怖する。
「っ……!」
まずい。
私の体の竜化が解けかけていた。
人と竜との間の私の体は、力が衰えると、竜の体を維持できなくなるのだ。
そして、人の姿へと変化する。
王子は、自分の足元で女へと姿を変える私の姿を見て、さすがに驚いたようだった。呆然と見開く紫の瞳と、私の目が合う。
王子の精神は、一瞬、本当に無防備な状態だった。
今なら。
「忘却の闇に攫われよ」
私は、私の持ちうる最高の精神魔法を、瞳があった王子に向けて放った。
3
お気に入りに追加
459
あなたにおすすめの小説

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる
夏菜しの
恋愛
十七歳の時、生涯初めての恋をした。
燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。
しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。
あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。
気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。
コンコン。
今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。
さてと、どうしようかしら?
※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

はずれの聖女
おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。
一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。
シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。
『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。
だがある日、アーノルドに想い人がいると知り……
しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。
なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる