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気持ち
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妃芽子はスプーンに乗っかっていたアイスクリームを口に運んでから、それに答えるかのように口を開いた。
「それだったら藤沢くんも」
「へ?」
自分が引き合いに出されるとは思っていなかったので、直也は思わず惚けた声を出してしまった。妃芽子はそんな直也を見て、くすくすを笑った。
「ほら、そういうところとか。藤沢くん、学校じゃそういう表情しないもん。女の子と話してるとき」
「あー……」
直也は思い当たる節が多すぎて、少々考え込んでしまった。
「あれはー……、何かめんどくさいというか……なんというか……。女っていちいちうるさいんだよな。嫌だっていっても付きまとってくるしいい加減うざいというか……――ってごめん。今村も女だった」
「ぶっ」
妃芽子は今日で二度目、吹き出して、そして今回はそのまま笑い出してしまった。直也は訳が分からなくて、そんな彼女を見つめていた。
「ふ、藤沢くんって以外とぼけてるんだね。ふふ、面白い」
「…………」
誉められたのか誉められていないのか、微妙すぎて直也は返す言葉を失っていた。まあ気分が悪くないことだけは確かだ。女と話していて、こういう和やかな気分になれるのは初めてだった。
不意に、スマートフォンのバイブのようなものが鳴った。自分のではないことは分かっていたので、直也は妃芽子に目を向ける。
「あ、ごめん。わたしの」
妃芽子はまだ少し笑いの余韻を残して、そう言った。鞄の中からスマホを取り出す。そして、笑いを静めるためか、彼女は一度小さく息を吸ってはいた。
「――はい」
控え気味の、彼女の声。しかしすぐにそれも180度転換した。
「え? 傘忘れたの? ――無理。バイト中。だからいつも天気予報見てから行けって言ってるでしょ? っていうかコンビニで買えばいいじゃない。はい? お金持ってない? ――俊樹……これ、何回目よ……」
『俊樹』、という単語が耳に入って、直也はぴくりとそれに反応した。電話をする彼女を見る。
「……傘は優ちゃんに頼みなさい。――で、次はいつ来るの? 今度は絶対ちゃんと連絡入れてよね。わたしにだって予定ぐらいはあるんだから。……うん、分かった。風邪ひかないでね。夏休みじゃないんだから前みたいに看病はできないからね。……うん。じゃあ、また」
妃芽子が通話終了ボタンを押した。
そのあと、おもむろにはあ、と大きなため息をついた。
「……行かなくて大丈夫なのか?」
「え?」
「彼氏だろ? 今の」
「は?」
直也の言葉に、妃芽子は思い切り惚けた表情を作った。そして、数秒後直也の言葉がやっと理解できたのか、「ありえない!」と声を強くした。
「違う違う。俊樹は従兄。なんでみんなそう勘違いするかなあ」
「みんな?」
「あ、みんなっていうか茉莉子だけなんだけどね。茉莉子も初めそう言ったんだよね」
「ふーん……」
どう見てもあれは従兄の関係に見えないだろう、と直也は口には出さず、心の中だけで思った。いや、妃芽子は確かにそう思っているのかもしれない。けれど従兄だという俊樹の方は、絶対に妃芽子のことを『従妹』としては見ていないと直也は確信できた。目は口よりものを語るという。それが、律儀にも俊樹には出ていた。妃芽子は少し鈍感なのかもしれない。それか、従兄だと信じ切っているため彼のことをそういう対象に見ていないのか。
心なしか、彼女の発言にほっとしている自分がいた。
「あれでも俊樹ってわたしより一個上なの。全然見えないよね。一応こっちがお世話になってる側なんだけど、わたしの方が世話してるって感じよ」
「ってことは俺からも一個上ってこと?」
こくん、と妃芽子は頷いた。
「ほんと、見えないよね」
そう言って、妃芽子はくすくすと笑った。
話しているうちに、いつの間にかパフェはなくなっていた。
しばらくして、二人はそのまま一緒に外へ出た。直也は遠慮する妃芽子を半ば強引に家まで送っていった。
楽しかった。
これが、直也の正直な感想だった。妃芽子と話していると、自然と笑顔がこぼれてくる。何もかもがとても新鮮だった。
笑顔でありがとう、と手を振る妃芽子を見て、直也は彼女を抱きしめたいという衝動に駆られた。今までたくさんの女と付き合ってきたが、そんなことを思ったのは初めてだった。
そしてそのとき直也は初めて気が付いた。
いつの間にか、自分は妃芽子を一人の女性として好きになっていた。知らずにわき出てくる感情は、愛しさだった。
直也はその感情を断ち切るかのように、また学校で、と言葉を残した。
自分の気持ちに気付いてしまったからには、それはどうしようもない。どうしようもなくて、直也は苦しそうに顔を歪めた。
自信がなかった。
今まで付き合った女など、所詮本気のものではない。今になって、自分はなんて疎かなことをしていたんだろうと直也は後悔した。
本気の恋愛などしたことはない。
夜空を見上げると、そこには満月よりも少し欠けた月が浮かんでいた。
「それだったら藤沢くんも」
「へ?」
自分が引き合いに出されるとは思っていなかったので、直也は思わず惚けた声を出してしまった。妃芽子はそんな直也を見て、くすくすを笑った。
「ほら、そういうところとか。藤沢くん、学校じゃそういう表情しないもん。女の子と話してるとき」
「あー……」
直也は思い当たる節が多すぎて、少々考え込んでしまった。
「あれはー……、何かめんどくさいというか……なんというか……。女っていちいちうるさいんだよな。嫌だっていっても付きまとってくるしいい加減うざいというか……――ってごめん。今村も女だった」
「ぶっ」
妃芽子は今日で二度目、吹き出して、そして今回はそのまま笑い出してしまった。直也は訳が分からなくて、そんな彼女を見つめていた。
「ふ、藤沢くんって以外とぼけてるんだね。ふふ、面白い」
「…………」
誉められたのか誉められていないのか、微妙すぎて直也は返す言葉を失っていた。まあ気分が悪くないことだけは確かだ。女と話していて、こういう和やかな気分になれるのは初めてだった。
不意に、スマートフォンのバイブのようなものが鳴った。自分のではないことは分かっていたので、直也は妃芽子に目を向ける。
「あ、ごめん。わたしの」
妃芽子はまだ少し笑いの余韻を残して、そう言った。鞄の中からスマホを取り出す。そして、笑いを静めるためか、彼女は一度小さく息を吸ってはいた。
「――はい」
控え気味の、彼女の声。しかしすぐにそれも180度転換した。
「え? 傘忘れたの? ――無理。バイト中。だからいつも天気予報見てから行けって言ってるでしょ? っていうかコンビニで買えばいいじゃない。はい? お金持ってない? ――俊樹……これ、何回目よ……」
『俊樹』、という単語が耳に入って、直也はぴくりとそれに反応した。電話をする彼女を見る。
「……傘は優ちゃんに頼みなさい。――で、次はいつ来るの? 今度は絶対ちゃんと連絡入れてよね。わたしにだって予定ぐらいはあるんだから。……うん、分かった。風邪ひかないでね。夏休みじゃないんだから前みたいに看病はできないからね。……うん。じゃあ、また」
妃芽子が通話終了ボタンを押した。
そのあと、おもむろにはあ、と大きなため息をついた。
「……行かなくて大丈夫なのか?」
「え?」
「彼氏だろ? 今の」
「は?」
直也の言葉に、妃芽子は思い切り惚けた表情を作った。そして、数秒後直也の言葉がやっと理解できたのか、「ありえない!」と声を強くした。
「違う違う。俊樹は従兄。なんでみんなそう勘違いするかなあ」
「みんな?」
「あ、みんなっていうか茉莉子だけなんだけどね。茉莉子も初めそう言ったんだよね」
「ふーん……」
どう見てもあれは従兄の関係に見えないだろう、と直也は口には出さず、心の中だけで思った。いや、妃芽子は確かにそう思っているのかもしれない。けれど従兄だという俊樹の方は、絶対に妃芽子のことを『従妹』としては見ていないと直也は確信できた。目は口よりものを語るという。それが、律儀にも俊樹には出ていた。妃芽子は少し鈍感なのかもしれない。それか、従兄だと信じ切っているため彼のことをそういう対象に見ていないのか。
心なしか、彼女の発言にほっとしている自分がいた。
「あれでも俊樹ってわたしより一個上なの。全然見えないよね。一応こっちがお世話になってる側なんだけど、わたしの方が世話してるって感じよ」
「ってことは俺からも一個上ってこと?」
こくん、と妃芽子は頷いた。
「ほんと、見えないよね」
そう言って、妃芽子はくすくすと笑った。
話しているうちに、いつの間にかパフェはなくなっていた。
しばらくして、二人はそのまま一緒に外へ出た。直也は遠慮する妃芽子を半ば強引に家まで送っていった。
楽しかった。
これが、直也の正直な感想だった。妃芽子と話していると、自然と笑顔がこぼれてくる。何もかもがとても新鮮だった。
笑顔でありがとう、と手を振る妃芽子を見て、直也は彼女を抱きしめたいという衝動に駆られた。今までたくさんの女と付き合ってきたが、そんなことを思ったのは初めてだった。
そしてそのとき直也は初めて気が付いた。
いつの間にか、自分は妃芽子を一人の女性として好きになっていた。知らずにわき出てくる感情は、愛しさだった。
直也はその感情を断ち切るかのように、また学校で、と言葉を残した。
自分の気持ちに気付いてしまったからには、それはどうしようもない。どうしようもなくて、直也は苦しそうに顔を歪めた。
自信がなかった。
今まで付き合った女など、所詮本気のものではない。今になって、自分はなんて疎かなことをしていたんだろうと直也は後悔した。
本気の恋愛などしたことはない。
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