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文化祭殺人事件編
うん、知ってた
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文化祭二日目──。
敷地内では引き続きお祭りムードが漂っていたが、文系棟だけは朝から異様な緊張感に包まれていた。
出入り口に立つ男は、所々に赤いラインが入った騎士服を身に纏っている。
騎士団は役割別に制服の色が違う。
国防が黒、災害や火事といった救助活動が黄色、警察が赤だ。
つまりこの場所は警察によって、立ち入りが制限されているということだ。
物騒だなと思いながら、ラインハルトは求められるままに身分証を提示した。
「考古学科の先生ですか……。そう言えば、以前嫌がらせ程度でウチに駆け込んできた男がいましたが、もしかしてアンタですか?」
「市民の権利として、被害を届け出ただけです」
中年警察官から値踏みするような視線を向けられて、ラインハルトは不快に感じた。
*
「おはようございます。……何かあったんですか?」
ラインハルトが足止めを食らっていると、出勤してきたイブがその背に問いかけた。
「僕もちょうど来たところで、何がなんだか……。随分大仰ですが、一体何が起きたのか説明してくれませんか?」
「騒ぎを大きくしない為、この場ではお答えできません。入館前にこちらに指印をお願いします。拇印ではなく、すべての指ですよ」
扉の前には、組み立て式の机が設置されていた。
文化祭の屋台で使われているものと同じなので、大学が貸し出しのだろう。机上には無地の紙と朱印、手を拭くための布が並べられている。
「その行為に何の意味があるんですか?」
手が汚れるのでイブは乗り気で無いようだ。
「これは捜査の一環です。他の皆さんは、快く応じられました。拒否されると貴女の為になりませんよ」
「拒否するとは言っていません。何故そのような事をしなければいけないのか、説明を求めているだけです」
「今の段階でお話しできることはありません」
「私はここの職員です。捜査に協力する代わりに、納得のいく説明をお願いします」
食い下がるイブに、男があからさまに嫌そうな顔をした。
「しつこいな。……これだから学のある女は。自分が賢いと思い上がって、面倒くさいったらありゃしない」
「なっ──!」
最初のラインハルトへの態度もそうだが、偏見を隠そうともしない。
脅迫状の件で被害届を提出しに行った時もそうだったので、騎士団という組織が男性優位主義であり、また男とはかくあるべしとの考えが蔓延っているのだろう。
(可愛いアーサーがこんな連中に感化されたら耐えられない! いや待て、あの純粋無垢さで、周りの男どもに影響を与えていく展開ならむしろ王道──教育係、同期、先輩、上司……アーサーなら総愛されも夢じゃない!)
「何があったのか、差し支えない範囲で構わないので教えてくれませんか? 状況を把握していないと、うっかり騎士団のお邪魔をしてしまうかもしれないので……」
既に彼の中でラインハルトは、男のくせに情けないヤツという扱いだ。
ここは言い負かすよりも、対立を避けて情報を得た方が利口と、ラインハルトは妄想をそこそこに下手に出た。
「……一階の資料室で人が亡くなっていたんです。騒ぎ立てたり、現場には近づかないでくださいよ」
「そうですか。お勤めご苦労様です。これ以上お仕事の邪魔をしてはいけませんね。──さあイブさんも、一緒に行きましょう」
イブを促し、二人で素早く指紋を提出した。
真正面から侮辱された彼女は憤懣やるかたないだろうが、ここで争っても時間の無駄だ。
*
「あのっ、ラインハルト先生──!」
「え? ああ、すみません。勝手に触れてしまって……」
焦ったようなイブの声に、ラインハルトは慌てて彼女の肩に回していた手を離した。
警察相手に揉めるのは得策ではない。急いであの場を離脱しようと、強引にエスコートしてしまった。
「あっ、違うんです。そうじゃなくて、その……先生も、女が学問の道に進むのは生意気だと。私のことを賢しらな女だと思われますか?」
流石に痴漢扱いはされないだろうが、男性から女性へ同意なしのボディタッチは非難されるかと覚悟したが、イケメン無罪らしい。
「思いません。学習能力に性差はありません。学問において、性別で制限を設けるのは反対です」
「先生は男女平等主義者でしたか」
「少し違いますね……僕は、肉体的な性差を認めています。男女で体の作りが違うのは当たり前のことなので、何でもかんでも男女平等にすべきだとは思いません。特定の職種で採用が難しかったり、採用条件に性別が考慮されるのは仕方ないと思います」
「……」
「その上で、個体差があることも無視してはいけないと考えています。必ずしもすべての男性が女性よりも頑強とは限りません。世の中には僕より力が強かったり、体力のある女性も存在します。その職種の男女比が偏ってる理由が能力依存なら、採用基準を満たしていれば男女関係なく採用すべきだと思います」
「……ラインハルト先生は変わってますね」
「僕の考えがマイノリティーかどうかはわかりません。社会学専攻とかなら別でしょうが、普段このような持論は話さないので……」
「そうですよね。……ありがとうございます。最近は減ってきたんですが、さっきみたいな態度を取られることは何度もあったので、時々不安になるんです。先生のような男性もいるとわかって、安心しました」
「自信を持ってください。僕は貴女を尊敬しています」
「……っ失礼します」
笑みを浮かべようとして失敗したイブは、顔を背けると足早に去っていった。
**
二日目だけ文化棟は閉鎖となったが、最終日は通常通りになった。
ただし古文科の資料室だけは、文化祭が終了した今も立ち入り禁止が続いているので、そこが殺害現場なのだろう。
結局詳細は伏せられたままだが、あの日何が起こったかは静かに広まっていた。
──死んだ人って、外部の人らしいよ……
──文化祭一日目の夜、警備員が施錠確認していたら、死体見つけたんだって……
──事故じゃないみたい……
正式な発表がなされないままなので、嘘か誠かわからない情報が人から人へと伝わり、大学内で事件について知らない者は居なくなっていた。
敷地内では引き続きお祭りムードが漂っていたが、文系棟だけは朝から異様な緊張感に包まれていた。
出入り口に立つ男は、所々に赤いラインが入った騎士服を身に纏っている。
騎士団は役割別に制服の色が違う。
国防が黒、災害や火事といった救助活動が黄色、警察が赤だ。
つまりこの場所は警察によって、立ち入りが制限されているということだ。
物騒だなと思いながら、ラインハルトは求められるままに身分証を提示した。
「考古学科の先生ですか……。そう言えば、以前嫌がらせ程度でウチに駆け込んできた男がいましたが、もしかしてアンタですか?」
「市民の権利として、被害を届け出ただけです」
中年警察官から値踏みするような視線を向けられて、ラインハルトは不快に感じた。
*
「おはようございます。……何かあったんですか?」
ラインハルトが足止めを食らっていると、出勤してきたイブがその背に問いかけた。
「僕もちょうど来たところで、何がなんだか……。随分大仰ですが、一体何が起きたのか説明してくれませんか?」
「騒ぎを大きくしない為、この場ではお答えできません。入館前にこちらに指印をお願いします。拇印ではなく、すべての指ですよ」
扉の前には、組み立て式の机が設置されていた。
文化祭の屋台で使われているものと同じなので、大学が貸し出しのだろう。机上には無地の紙と朱印、手を拭くための布が並べられている。
「その行為に何の意味があるんですか?」
手が汚れるのでイブは乗り気で無いようだ。
「これは捜査の一環です。他の皆さんは、快く応じられました。拒否されると貴女の為になりませんよ」
「拒否するとは言っていません。何故そのような事をしなければいけないのか、説明を求めているだけです」
「今の段階でお話しできることはありません」
「私はここの職員です。捜査に協力する代わりに、納得のいく説明をお願いします」
食い下がるイブに、男があからさまに嫌そうな顔をした。
「しつこいな。……これだから学のある女は。自分が賢いと思い上がって、面倒くさいったらありゃしない」
「なっ──!」
最初のラインハルトへの態度もそうだが、偏見を隠そうともしない。
脅迫状の件で被害届を提出しに行った時もそうだったので、騎士団という組織が男性優位主義であり、また男とはかくあるべしとの考えが蔓延っているのだろう。
(可愛いアーサーがこんな連中に感化されたら耐えられない! いや待て、あの純粋無垢さで、周りの男どもに影響を与えていく展開ならむしろ王道──教育係、同期、先輩、上司……アーサーなら総愛されも夢じゃない!)
「何があったのか、差し支えない範囲で構わないので教えてくれませんか? 状況を把握していないと、うっかり騎士団のお邪魔をしてしまうかもしれないので……」
既に彼の中でラインハルトは、男のくせに情けないヤツという扱いだ。
ここは言い負かすよりも、対立を避けて情報を得た方が利口と、ラインハルトは妄想をそこそこに下手に出た。
「……一階の資料室で人が亡くなっていたんです。騒ぎ立てたり、現場には近づかないでくださいよ」
「そうですか。お勤めご苦労様です。これ以上お仕事の邪魔をしてはいけませんね。──さあイブさんも、一緒に行きましょう」
イブを促し、二人で素早く指紋を提出した。
真正面から侮辱された彼女は憤懣やるかたないだろうが、ここで争っても時間の無駄だ。
*
「あのっ、ラインハルト先生──!」
「え? ああ、すみません。勝手に触れてしまって……」
焦ったようなイブの声に、ラインハルトは慌てて彼女の肩に回していた手を離した。
警察相手に揉めるのは得策ではない。急いであの場を離脱しようと、強引にエスコートしてしまった。
「あっ、違うんです。そうじゃなくて、その……先生も、女が学問の道に進むのは生意気だと。私のことを賢しらな女だと思われますか?」
流石に痴漢扱いはされないだろうが、男性から女性へ同意なしのボディタッチは非難されるかと覚悟したが、イケメン無罪らしい。
「思いません。学習能力に性差はありません。学問において、性別で制限を設けるのは反対です」
「先生は男女平等主義者でしたか」
「少し違いますね……僕は、肉体的な性差を認めています。男女で体の作りが違うのは当たり前のことなので、何でもかんでも男女平等にすべきだとは思いません。特定の職種で採用が難しかったり、採用条件に性別が考慮されるのは仕方ないと思います」
「……」
「その上で、個体差があることも無視してはいけないと考えています。必ずしもすべての男性が女性よりも頑強とは限りません。世の中には僕より力が強かったり、体力のある女性も存在します。その職種の男女比が偏ってる理由が能力依存なら、採用基準を満たしていれば男女関係なく採用すべきだと思います」
「……ラインハルト先生は変わってますね」
「僕の考えがマイノリティーかどうかはわかりません。社会学専攻とかなら別でしょうが、普段このような持論は話さないので……」
「そうですよね。……ありがとうございます。最近は減ってきたんですが、さっきみたいな態度を取られることは何度もあったので、時々不安になるんです。先生のような男性もいるとわかって、安心しました」
「自信を持ってください。僕は貴女を尊敬しています」
「……っ失礼します」
笑みを浮かべようとして失敗したイブは、顔を背けると足早に去っていった。
**
二日目だけ文化棟は閉鎖となったが、最終日は通常通りになった。
ただし古文科の資料室だけは、文化祭が終了した今も立ち入り禁止が続いているので、そこが殺害現場なのだろう。
結局詳細は伏せられたままだが、あの日何が起こったかは静かに広まっていた。
──死んだ人って、外部の人らしいよ……
──文化祭一日目の夜、警備員が施錠確認していたら、死体見つけたんだって……
──事故じゃないみたい……
正式な発表がなされないままなので、嘘か誠かわからない情報が人から人へと伝わり、大学内で事件について知らない者は居なくなっていた。
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