見合い相手が女装した男だった。しかも僕のストーカーらしい。

一一(カズイチ)

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絶海の孤島編

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 ラインハルト達は午後も、午前同様黙々と仕事をした。
 ビエルサが求めているのは学者達の忖度なしの個人の意見なので、ホールで話し合いは厳禁。

 フランシス邸滞在2日目は何事もなく終了するかに思えたが、その夜を境に全てが一変した――。



「何だと!? もう一度言ってみろ!」
「今招かれているのは若手の研究者なので、耳の遠い老人は居ないはずですが……いや失礼、先生は僕より一世代年上でしたね。いや、二世代かな?」
「貴様ッ!」

 立食形式のパーティー会場に、グラスが割れる音と怒声が響く。
 怒鳴っていたのは中年を通り越し、初老と言っても良い年齢の男性。
 彼を揶揄していたのは、初日にラインハルトの部屋に間違えて入ってきたギリアムだった。
 ラインハルトはかなり離れた場所に立っていたので、怒鳴り声に発展するまで彼らのやり取りは耳に入らなかった。周囲の話だと、どうやら初老の男性が提出済みの自分の見解を漏らし、それを聞いたギリアムが老害の考えそうな事だと批判したらしい。

(何で揉めると分かりきっている事を口にするかな)

 初老の男性がどんな性格かは知らないが、ギリアムはあからさまに喧嘩を売っている。
 平素は受け流したかもしれないが、酒も入っていて同業者の目の前で馬鹿にされたら男性が激昂するのも当然だ。
 足早に駆けつけたゲルスにより、ギリアムに掴みかかった男性は部屋へ戻された。ギリアムもこのままとはいかず、両者飲み過ぎという扱いでトリルが部屋へ誘導した。

 残された者達は暫し気まずい思いをしたが、酒の力もあり10分もしないうちに騒動前の空気へと戻ることができた。

「おい。あれ何だ?」
「火? まさか山火事!?」
「何だって!?」

 そろそろお開きにするかという頃、窓際に立っていた集団が騒ぎ出した。
 人工の灯りとは程遠い、夜の闇の一部を染め上げるような赤い光。

「私が様子を見てきます。場合によっては避難していただくことになるので、皆様はこの会場で待機してください。他の使用人が既にお部屋に戻られた方も連れて参ります」

 トリルが宣言すると同時に、部屋に戻っていたビエルサも会場に戻ってきた。彼はホストだが14歳なので、体の成長に差し支えると途中で切り上げたのだ。

「僕も行こう」
「坊ちゃんは皆様と一緒に待機していてください。危険です」
「もう坊ちゃんじゃない。この場の責任者は僕だ」

 気丈な態度だが、イレギュラーな事態に緊張しているのだろう顔が強張っている。
 見かねたラインハルトは挙手をした。

「トリルさん、僕も同行します。ビエルサ様と一緒に行動するので、心配ご無用です」

 暗い森を子供が歩くのは危険だ。事態の把握に向かうのに、背後を付いてくる主人にも気を遣うのはトリルの負担になる。少なくともラインハルトが同行すれば、トリルは進行方向に注意するだけで済む。

 ビエルサが成人男性であれば、ラインハルトも大人しく他の客と待機したが、小さな子供を偵察に向かわせて自分は安全な場所で待っているのはどうにも居心地が悪い。妄想では好き勝手するラインハルトだが、人並みの良心は持っている。

「ラインハルト先生。坊ちゃ――ビエルサ様は頑固ですので、大変恐縮ですが御同行お願いいたします」

 ただ待機することに耐えられない者が何人かいたようで、彼らもラインハルトに便乗して様子を見に行くと言い出した。
 酒量が多かった者、年配の者は夜道を歩くのは危険なため、これらの条件に当てはまらなかった2名が同行することになった。



「これは不味いな」

 誰かがポツリと溢した。この場にいる全員が同じことを思ったので、誰が発言したかは問題ではない。
 燃えていたのは町に繋がる谷に掛かっていた橋だった。
 フランシス邸側のロープは完全にちぎれ、対岸に橋がぶら下がっている状態。しかしその橋は煌々と燃えており今にも谷底に落ちそうだ。
 谷は岩場で延焼しそうな物がないのが救いか。不幸中の幸いだが山火事の心配はない。

「オイあれ!」

 同行した客が声を上げる。谷底まで20メートル程あるのではっきりとは見えないが、誰かが倒れている。
 手足がおかしな方向に曲がっていて、唯一の光源は橋を燃やす炎なのでよく見えない。
 だが特徴的なコートにラインハルトは見覚えがあった。

「……ギリアムさん」

 部屋に戻された筈のギリアムが何故。彼の側には壊れたランプが落ちていた。

 まだ息がある可能性に賭けて全員で呼びかけたが、ギリアムが反応する事はなかった。谷底に降りる手段もなく、どうにもできないまま一同は屋敷に戻ることにした。

 同行者の1人が「あの高さで転落したのなら即死に違いない。確認できなかったけど、それは仕方の無いことだ」と自分に言い聞かせるように呟いた。

 袖を引かれる感触がしたのでラインハルトが振り向くとビエルサだった。無意識に側にいる人間の袖を掴んだらしい。ラインハルトの視線に気付くと慌てて離そうとしたので、その手をしっかりと握った。
 一瞬硬直したビエルサだったが、掴まれた手を払う事はなくゆっくりと握り返した。

「橋が燃えたのはギリアム先生が原因なのか?」
「多分。落雷もなかったし、乾燥する季節でも無いからな」
「でもランプ落としたとしても、あんなに燃えるか?」
「知るかよ! とにかく俺たち閉じ込められたんだ! 大事なのはこの後どうするかだろ?」
「落ち着かれてください。第2陣の到着と一緒に、食糧の配達も来ます。幸い貨物用のロープウェイは無傷です。橋の掛け直しに数日要するでしょうが、確実に助けは来ます」
「それなら、まあ……」
「職場に連絡できないのは痛いが、元々海が荒れれば数日足止めくらうから何とかなるか」

 興奮する2人をトリルが宥めた。彼等は安心したようだが、ラインハルトの不安は拭えなかった。

(意図的に閉じ込められた)

 パニックを起こされたら困るので口にしなかったが、フランシス邸側のロープは燃えて千切れたのではなく刃物で切断されていた。更に先程指摘があったがランプだけで、あそこまで勢い良く燃えたりはしない。古い木製の橋だが、日常的に使用していたのなら防火加工をしているはず。

(油を撒いた上で火を着けてロープを切る。閉じ込めるだけなら、どちらか片方でも充分なはずなのに何故)

 橋を燃やせば安全確認が済むまで、焼け残っても渡ることができない。ロープを切る必要はない。
 ロープを切ったことで、悪意を持ってラインハルト達を閉じ込めた人物の存在が顕になった。そしてその人物は谷のこちら側――フランシス邸側に居る。

「……トリル。灯台からSOSを送る事はできるか?」
「明日の早朝でしたら、望み薄ですが漁に出ている船に気付いてもらえる可能性がありますね。お任せください」
「灯台があるんですか?」
「谷とは反対側に小さなものが。潮の流れが変わってしまい今は使われていませんので、確率は低いです。何もしないよりはマシと言った所でしょうか」

 闇に慣れたラインハルトの目は、苦笑するトリルの表情をしっかり捉えた。
 自分よりやや年上だと思っていたが、案外若いのかもしれない。日頃の色気のある姿とは違い、柔らかな表情にドキリとした。

(ギャップ萌え! ゲルスかエルが惚れてまうやろー!)

 つくづくブレないというか、最早修正不可能なまでに不謹慎なラインハルトである。
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