10 / 39
脅迫状編
ストーカー宣言
しおりを挟む
「――……では当時の状況を鑑みて各々の見解をレポートにして提出してください。枚数制限は無し、期限は月末まで――」
いつもの様に講義を締め括ろうとしたラインハルトだが、ふと最後尾の窓際に座る人物に目が吸い寄せられた。
少し癖があるが艶やかな栗色の髪。
大きな眼鏡と前髪で顔の大半が隠れているが、綺麗な卵型の輪郭。
最近よく見たそのシルエット。
男物の服を着ているが、見間違えるはずが無い。
ラインハルトの顔から笑顔が消えた。
「……窓際最後尾の君。資料を運ぶのを手伝ってください」
*
「ルイーゼ嬢。これはどういう事ですか」
資料室に入るなり、ラインハルトは見合い相手の彼を問い詰めた。
病弱は設定だと推測していたが、こんなにも堂々と外出しているなんて話が違う。
この大学は部外者の侵入に厳しい。
出入りできる門は常時警備員が配置されており、在籍を示す身分証が無ければ、学生だろうと職員だろうと進入は不可能。
ラインハルトが先日身分証を落とした際も、仮発行には複雑な手続きがあった。
つまりここに居る時点で、彼は正式な学生なのである。
「……俺はセシルです。ルイーゼは双子の妹です」
彼はルイーゼではなく、セシル・マクガーデン。
学生証を確認したので、これは嘘では無い。
セシルが泣きそうな顔をして今までの経緯を説明するが、泣きそうなのはラインハルトの方だ。
(妹公認で入れ替わってたって)
とんだ問題児達だ。
親がラインハルトに押し付ける形でルイーゼを片付けたいのは本当だろう。
使用人も同席を避けるようルイーゼ本人が事前に指示していれば、入れ替わりに気付いていない可能性がある。
そしてマリアンヌが会ったのは、本物のルイーゼなのだろう。
縁談は家同士の問題なのに、2人共好き勝手し過ぎだ。
若さゆえの無謀なのだろうが、この先の事を考えるとラインハルトは胃が痛くなってきた。
「ラインハルト様、お腹が痛いんですか?」
「誰かさんのおかげで胃が少し……」
「それはいけません! 俺薬持ってます!」
セシルはしおらしい態度から一転して、強引にラインハルトを彼の部屋へ連れて行った。
この大学は在籍する考古学者が少ないので、ラインハルトのような若手の准教授であっても個室持ちだ。
但しゼミ生が気軽に出入りして、中でレポートを書いたりしているので私室というよりはゼミ室に近い。
「君の身分証には物理学科とありましたが、何故僕の部屋を知ってるんですか?」
「ラインハルト様の事なら何でも知ってます! お部屋のお茶が切れそうだったので補充しときました!」
「僕は君が出入りしているのを知らなかったんですが……」
「気付かれないようにしていましたから!」
ラインハルトは絶句した。
(恐ろしい事を聞いてしまった)
しれっと述べたが、これはストーカー宣言だ。
しかも常日頃から部屋に勝手に進入しているという自白付き。
セシルに罪の自覚はないのだろう。堂々と言い切られてラインハルトは反応に困った。
ラインハルトの部屋は、フリードリンクスタイルでお茶が置いてある。
彼自身はあまり興味が無いので、自分が飲むことも補充することも少ないのだが、思えば茶葉が切れたためしが無い。
気付いた学生が補充しているのかと思っていたが、もしかしてずっとセシルが持参していたのかもしれない。
「……君は以前から部屋や講義に来ていたんですか?」
「はい。先程の講義もとても興味深かったです」
「君の専攻は?」
「物理学です。でもラインハルト様がされている研究内容と、それを理解するのに必要な知識は全て頭に入っています!」
「……」
震えそうになる体を、理性で止める。
(普通に怖い)
セシルの明るく素直な返事と、やっている事の落差が酷い。
性行為の件といい、彼は精神科医に診てもらった方が良いかもしれない。
*
「はい、どうぞ。俺は胃痛持ちじゃありませんが、何かあった時用に常備しているんです」
「ええと……」
ラインハルトは、セシルから差し出された薬を飲むことに強い抵抗を感じた。
前世のように商品名が印刷されたPTPシート製の薬なら安心できたのだが、この時代は薬包紙に粉が包まれているだけ。
いかがわしい薬が入っていても、外見では判断できない。
何が入っているか分からないが相手は野放しの犯罪者。
下手に刺激するのは危険だと、ラインハルトは最終的に覚悟を決めて嚥下した。
「手紙が溜まってますね」
「待ちなさい。こら勝手に触らない」
仕事関係であれば優先して処理するのだが、急ぎでなければつい後回しになる。
手慣れた様子で、セシルがデスクの上の手紙を整理しだした。
(てっきり助手がやっているものだと思ってたけど、もしかしてこれも以前から彼がやってたのか?)
知りたくなかった色々な事がどんどん明るみになり、ラインハルトの背筋が凍った。
マリアンヌに報告して縁談を取り下げるのは簡単だが、こう易々とラインハルトのプライベートに侵入しているセシルである。
慎重に対応しないとラインハルトの命に関わるかもしれない。
強い執着は、好意が一転すると殺意に変換される。
セシルは行動力のあるタイプなので恐ろしい。
今ですら好意全開にも関わらず、ラインハルトを性的に襲っているのだ。
望んで転生した訳ではないが、こんな所で終わりたくない。
「これ宛名も差出人も書かれてませんよ」
「そんな筈は……」
宛名がないなら直接この部屋へ持参した事になる。
しかし直接持ってくる場合は、剥き出しでメモのような伝言が殆どだ。
こんな丁寧に封筒に入れる人物に心当たりはない。
セシルから受け取った封筒は、厚手でそれなりに立派な紙を使用している。柄はなく、彼の言う通り封筒には何も書かれていない。封筒の口は折られているだけで封蝋がされていないので、差出人を推察することは不可能だ。
これでは中身を見ないと用件が分からない。
急ぎの案件かもしれないので、ラインハルトは封筒を開けた。
「――ッ!」
「ラインハルト様!?」
痛みでラインハルトは手紙を落とした。
剃刀を仕込むという古典的な嫌がらせ。フィクションでは度々お目にかかるが、まさか自分が経験する事になるとは思わなかった。
一瞬だったが、結構深く切ったのだろう思ったよりも出血が多い。
流血するラインハルトの姿にセシルが悲鳴を上げた。
床に落ちた紙にはシンプルな一文が書かれていた。
<汝の罪を償え>
いつもの様に講義を締め括ろうとしたラインハルトだが、ふと最後尾の窓際に座る人物に目が吸い寄せられた。
少し癖があるが艶やかな栗色の髪。
大きな眼鏡と前髪で顔の大半が隠れているが、綺麗な卵型の輪郭。
最近よく見たそのシルエット。
男物の服を着ているが、見間違えるはずが無い。
ラインハルトの顔から笑顔が消えた。
「……窓際最後尾の君。資料を運ぶのを手伝ってください」
*
「ルイーゼ嬢。これはどういう事ですか」
資料室に入るなり、ラインハルトは見合い相手の彼を問い詰めた。
病弱は設定だと推測していたが、こんなにも堂々と外出しているなんて話が違う。
この大学は部外者の侵入に厳しい。
出入りできる門は常時警備員が配置されており、在籍を示す身分証が無ければ、学生だろうと職員だろうと進入は不可能。
ラインハルトが先日身分証を落とした際も、仮発行には複雑な手続きがあった。
つまりここに居る時点で、彼は正式な学生なのである。
「……俺はセシルです。ルイーゼは双子の妹です」
彼はルイーゼではなく、セシル・マクガーデン。
学生証を確認したので、これは嘘では無い。
セシルが泣きそうな顔をして今までの経緯を説明するが、泣きそうなのはラインハルトの方だ。
(妹公認で入れ替わってたって)
とんだ問題児達だ。
親がラインハルトに押し付ける形でルイーゼを片付けたいのは本当だろう。
使用人も同席を避けるようルイーゼ本人が事前に指示していれば、入れ替わりに気付いていない可能性がある。
そしてマリアンヌが会ったのは、本物のルイーゼなのだろう。
縁談は家同士の問題なのに、2人共好き勝手し過ぎだ。
若さゆえの無謀なのだろうが、この先の事を考えるとラインハルトは胃が痛くなってきた。
「ラインハルト様、お腹が痛いんですか?」
「誰かさんのおかげで胃が少し……」
「それはいけません! 俺薬持ってます!」
セシルはしおらしい態度から一転して、強引にラインハルトを彼の部屋へ連れて行った。
この大学は在籍する考古学者が少ないので、ラインハルトのような若手の准教授であっても個室持ちだ。
但しゼミ生が気軽に出入りして、中でレポートを書いたりしているので私室というよりはゼミ室に近い。
「君の身分証には物理学科とありましたが、何故僕の部屋を知ってるんですか?」
「ラインハルト様の事なら何でも知ってます! お部屋のお茶が切れそうだったので補充しときました!」
「僕は君が出入りしているのを知らなかったんですが……」
「気付かれないようにしていましたから!」
ラインハルトは絶句した。
(恐ろしい事を聞いてしまった)
しれっと述べたが、これはストーカー宣言だ。
しかも常日頃から部屋に勝手に進入しているという自白付き。
セシルに罪の自覚はないのだろう。堂々と言い切られてラインハルトは反応に困った。
ラインハルトの部屋は、フリードリンクスタイルでお茶が置いてある。
彼自身はあまり興味が無いので、自分が飲むことも補充することも少ないのだが、思えば茶葉が切れたためしが無い。
気付いた学生が補充しているのかと思っていたが、もしかしてずっとセシルが持参していたのかもしれない。
「……君は以前から部屋や講義に来ていたんですか?」
「はい。先程の講義もとても興味深かったです」
「君の専攻は?」
「物理学です。でもラインハルト様がされている研究内容と、それを理解するのに必要な知識は全て頭に入っています!」
「……」
震えそうになる体を、理性で止める。
(普通に怖い)
セシルの明るく素直な返事と、やっている事の落差が酷い。
性行為の件といい、彼は精神科医に診てもらった方が良いかもしれない。
*
「はい、どうぞ。俺は胃痛持ちじゃありませんが、何かあった時用に常備しているんです」
「ええと……」
ラインハルトは、セシルから差し出された薬を飲むことに強い抵抗を感じた。
前世のように商品名が印刷されたPTPシート製の薬なら安心できたのだが、この時代は薬包紙に粉が包まれているだけ。
いかがわしい薬が入っていても、外見では判断できない。
何が入っているか分からないが相手は野放しの犯罪者。
下手に刺激するのは危険だと、ラインハルトは最終的に覚悟を決めて嚥下した。
「手紙が溜まってますね」
「待ちなさい。こら勝手に触らない」
仕事関係であれば優先して処理するのだが、急ぎでなければつい後回しになる。
手慣れた様子で、セシルがデスクの上の手紙を整理しだした。
(てっきり助手がやっているものだと思ってたけど、もしかしてこれも以前から彼がやってたのか?)
知りたくなかった色々な事がどんどん明るみになり、ラインハルトの背筋が凍った。
マリアンヌに報告して縁談を取り下げるのは簡単だが、こう易々とラインハルトのプライベートに侵入しているセシルである。
慎重に対応しないとラインハルトの命に関わるかもしれない。
強い執着は、好意が一転すると殺意に変換される。
セシルは行動力のあるタイプなので恐ろしい。
今ですら好意全開にも関わらず、ラインハルトを性的に襲っているのだ。
望んで転生した訳ではないが、こんな所で終わりたくない。
「これ宛名も差出人も書かれてませんよ」
「そんな筈は……」
宛名がないなら直接この部屋へ持参した事になる。
しかし直接持ってくる場合は、剥き出しでメモのような伝言が殆どだ。
こんな丁寧に封筒に入れる人物に心当たりはない。
セシルから受け取った封筒は、厚手でそれなりに立派な紙を使用している。柄はなく、彼の言う通り封筒には何も書かれていない。封筒の口は折られているだけで封蝋がされていないので、差出人を推察することは不可能だ。
これでは中身を見ないと用件が分からない。
急ぎの案件かもしれないので、ラインハルトは封筒を開けた。
「――ッ!」
「ラインハルト様!?」
痛みでラインハルトは手紙を落とした。
剃刀を仕込むという古典的な嫌がらせ。フィクションでは度々お目にかかるが、まさか自分が経験する事になるとは思わなかった。
一瞬だったが、結構深く切ったのだろう思ったよりも出血が多い。
流血するラインハルトの姿にセシルが悲鳴を上げた。
床に落ちた紙にはシンプルな一文が書かれていた。
<汝の罪を償え>
20
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
星蘭学園、腐男子くん!
Rimia
BL
⚠️⚠️加筆&修正するところが沢山あったので再投稿してますすみません!!!!!!!!⚠️⚠️
他のタグは・・・
腐男子、無自覚美形、巻き込まれ、アルビノetc.....
読めばわかる!巻き込まれ系王道学園!!
とある依頼をこなせば王道BL学園に入学させてもらえることになった為、生BLが見たい腐男子の主人公は依頼を見事こなし、入学する。
王道な生徒会にチワワたん達…。ニヨニヨして見ていたが、ある事件をきっかけに生徒会に目をつけられ…??
自身を平凡だと思っている無自覚美形腐男子受け!!
※誤字脱字、話が矛盾しているなどがありましたら教えて下さると幸いです!
⚠️衝動書きだということもあり、超絶亀更新です。話を思いついたら更新します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
平凡な俺、何故かイケメンヤンキーのお気に入りです?!
彩ノ華
BL
ある事がきっかけでヤンキー(イケメン)に目をつけられた俺。
何をしても平凡な俺は、きっとパシリとして使われるのだろうと思っていたけど…!?
俺どうなっちゃうの~~ッ?!
イケメンヤンキー×平凡
捨て猫はエリート騎士に溺愛される
135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。
目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。
お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。
京也は総受け。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる