見合い相手が女装した男だった。しかも僕のストーカーらしい。

一一(カズイチ)

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脅迫状編

ストーカー宣言

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「――……では当時の状況を鑑みて各々の見解をレポートにして提出してください。枚数制限は無し、期限は月末まで――」

 いつもの様に講義を締め括ろうとしたラインハルトだが、ふと最後尾の窓際に座る人物に目が吸い寄せられた。

 少し癖があるが艶やかな栗色の髪。
 大きな眼鏡と前髪で顔の大半が隠れているが、綺麗な卵型の輪郭。
 最近よく見たそのシルエット。
 男物の服を着ているが、見間違えるはずが無い。

 ラインハルトの顔から笑顔が消えた。

「……窓際最後尾の君。資料を運ぶのを手伝ってください」



「ルイーゼ嬢。これはどういう事ですか」

 資料室に入るなり、ラインハルトは見合い相手の彼を問い詰めた。
 病弱は設定だと推測していたが、こんなにも堂々と外出しているなんて話が違う。

 この大学は部外者の侵入に厳しい。
 出入りできる門は常時警備員が配置されており、在籍を示す身分証が無ければ、学生だろうと職員だろうと進入は不可能。
 ラインハルトが先日身分証を落とした際も、仮発行には複雑な手続きがあった。
 つまりここに居る時点で、彼は正式な学生なのである。

「……俺はセシルです。ルイーゼは双子の妹です」

 彼はルイーゼではなく、セシル・マクガーデン。
 学生証を確認したので、これは嘘では無い。
 セシルが泣きそうな顔をして今までの経緯を説明するが、泣きそうなのはラインハルトの方だ。

(妹公認で入れ替わってたって)

 とんだ問題児達だ。
 親がラインハルトに押し付ける形でルイーゼを片付けたいのは本当だろう。
 使用人も同席を避けるようルイーゼ本人が事前に指示していれば、入れ替わりに気付いていない可能性がある。
 そしてマリアンヌが会ったのは、本物のルイーゼなのだろう。

 縁談は家同士の問題なのに、2人共好き勝手し過ぎだ。
 若さゆえの無謀なのだろうが、この先の事を考えるとラインハルトは胃が痛くなってきた。

「ラインハルト様、お腹が痛いんですか?」
「誰かさんのおかげで胃が少し……」
「それはいけません! 俺薬持ってます!」

 セシルはしおらしい態度から一転して、強引にラインハルトを彼の部屋へ連れて行った。

 この大学は在籍する考古学者が少ないので、ラインハルトのような若手の准教授であっても個室持ちだ。
 但しゼミ生が気軽に出入りして、中でレポートを書いたりしているので私室というよりはゼミ室に近い。

「君の身分証には物理学科とありましたが、何故僕の部屋を知ってるんですか?」
「ラインハルト様の事なら何でも知ってます! お部屋のお茶が切れそうだったので補充しときました!」
「僕は君が出入りしているのを知らなかったんですが……」
「気付かれないようにしていましたから!」

 ラインハルトは絶句した。

(恐ろしい事を聞いてしまった)

 しれっと述べたが、これはストーカー宣言だ。
 しかも常日頃から部屋に勝手に進入しているという自白付き。
 セシルに罪の自覚はないのだろう。堂々と言い切られてラインハルトは反応に困った。

 ラインハルトの部屋は、フリードリンクスタイルでお茶が置いてある。
 彼自身はあまり興味が無いので、自分が飲むことも補充することも少ないのだが、思えば茶葉が切れたためしが無い。
 気付いた学生が補充しているのかと思っていたが、もしかしてずっとセシルが持参していたのかもしれない。

「……君は以前から部屋や講義に来ていたんですか?」
「はい。先程の講義もとても興味深かったです」
「君の専攻は?」
「物理学です。でもラインハルト様がされている研究内容と、それを理解するのに必要な知識は全て頭に入っています!」
「……」

 震えそうになる体を、理性で止める。

(普通に怖い)

 セシルの明るく素直な返事と、やっている事の落差が酷い。
 性行為の件といい、彼は精神科医に診てもらった方が良いかもしれない。



「はい、どうぞ。俺は胃痛持ちじゃありませんが、何かあった時用に常備しているんです」
「ええと……」

 ラインハルトは、セシルから差し出された薬を飲むことに強い抵抗を感じた。
 前世のように商品名が印刷されたPTPシート製の薬なら安心できたのだが、この時代は薬包紙に粉が包まれているだけ。
 いかがわしい薬が入っていても、外見では判断できない。

 何が入っているか分からないが相手は野放しの犯罪者。
 下手に刺激するのは危険だと、ラインハルトは最終的に覚悟を決めて嚥下した。

「手紙が溜まってますね」
「待ちなさい。こら勝手に触らない」

 仕事関係であれば優先して処理するのだが、急ぎでなければつい後回しになる。
 手慣れた様子で、セシルがデスクの上の手紙を整理しだした。

(てっきり助手がやっているものだと思ってたけど、もしかしてこれも以前から彼がやってたのか?)

 知りたくなかった色々な事がどんどん明るみになり、ラインハルトの背筋が凍った。
 マリアンヌに報告して縁談を取り下げるのは簡単だが、こう易々とラインハルトのプライベートに侵入しているセシルである。
 慎重に対応しないとラインハルトの命に関わるかもしれない。
 強い執着は、好意が一転すると殺意に変換される。
 セシルは行動力のあるタイプなので恐ろしい。
 今ですら好意全開にも関わらず、ラインハルトを性的に襲っているのだ。
 望んで転生した訳ではないが、こんな所で終わりたくない。

「これ宛名も差出人も書かれてませんよ」
「そんな筈は……」

 宛名がないなら直接この部屋へ持参した事になる。
 しかし直接持ってくる場合は、剥き出しでメモのような伝言が殆どだ。
 こんな丁寧に封筒に入れる人物に心当たりはない。

 セシルから受け取った封筒は、厚手でそれなりに立派な紙を使用している。柄はなく、彼の言う通り封筒には何も書かれていない。封筒の口は折られているだけで封蝋がされていないので、差出人を推察することは不可能だ。
 これでは中身を見ないと用件が分からない。
 急ぎの案件かもしれないので、ラインハルトは封筒を開けた。

「――ッ!」
「ラインハルト様!?」

 痛みでラインハルトは手紙を落とした。
 剃刀を仕込むという古典的な嫌がらせ。フィクションでは度々お目にかかるが、まさか自分が経験する事になるとは思わなかった。
 一瞬だったが、結構深く切ったのだろう思ったよりも出血が多い。
 流血するラインハルトの姿にセシルが悲鳴を上げた。
 床に落ちた紙にはシンプルな一文が書かれていた。



<汝の罪を償え>


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