6 / 39
脅迫状編
カメオ・ミニアチュール=キャラ缶バッチ・アクスタ
しおりを挟む
話が一段落した時点で、シグルドは部屋の中を見渡した。
「この部屋に入った時から気になってたんだけど、何だいコレ?」
彼が指差したのは、セシルの部屋を占領する巨大キャンバス群だ。
布が被せられているので、何が書かれているのかわからないが画家のアトリエと言っても過言ではない数だ。
絵に圧迫されるからか室内には最低限の家具しかない。
部屋に通された時、シグルドは一瞬物置に入ったかと思ったくらいだ。
「俺が描いた絵だ。お前が来るから片付けたんだ」
「片付けた? この状態で?」
「お前が帰ったら元の位置に戻す」
「へえ……何を描いたんだか」
「あ。こら! 止めろ!」
セシルの静止を無視してシグルドは布を剥いだ。
「……」
(言う通りに止めておけばよかった)と、シグルドは後悔した。
*
絵は全てラインハルトだった。
フリート家の3兄弟は顔がよく似ているが、10人中10人が彼だと言い切るほど、写実的でクオリティが高い。
写真と遜色ない程精密。
魂がこもっていると言うべきか、今にも動き出しそうだ。
「……何で全部等身大なんだ?」
キャンバスの大きさはまちまちだが、描かれているラインハルトのサイズは一律。
「この絵はここに。――ほら、椅子に乗せることによって、ラインハルト様とお茶してるように錯覚できるだろう?」
セシルとしては画期的なアイデアのつもりなのだろうが、致命的な末期の発想だ。
「俺はラインハルト様であれば、忠実に描くことができるが。実物からサイズを変えるのは難しいんだ。持ち歩き用の全身像のミニアチュールは苦戦している」
「逆にサイズが正確な事が恐ろしいよ。コレとか半裸じゃないか」
シグルドが指差したのは一番大きなキャンバス。
背中に白い羽を生やしたラインハルトが天へと手を伸ばしている。
忠実とは程遠いが、セシルには常人では視認できないラインハルトの翼が見えているのかもしれない。
体に纏っているのは薄布のみ。大事な所は隠れているが、足とか腋とか日常生活で露出しない場所が剥き出しだ。
「日々観察していれば、服の下も推測できる」
「普通はできないよ」
「服装が違うとシルエットに影響するが、土台が一緒だから差異を補正するんだ。骨格と筋肉の厚みがわかれば、人体の構造は共通だから形にするのは容易だ。再現できないのは、被露出部位の黒子の位置くらいだ」
「君は芸術科じゃないよな」
「物理学科だ」
「……」
本能的にシグルドは一歩下がった。
(真面目が拗らすとこんなに危険な感じになるのか)
今後は遊び相手は選ぼうと、シグルドは気を引き締めた。
「それにしても凄いな。長い付き合いだけど、君にこんな才能があるとは知らなかった。いつから絵画を?」
「独学だ。此処にあるのは全て一年以内の作品だ」
「嘘だろ!? 本職顔負けだぜ!」
「俺はラインハルト様しか描けない。逆にラインハルト様であれば幾らでも描ける」
「彼が君の創造の泉か。筋金入りだな。そうだ! 試しに俺を描いてみてよ」
シグルドとしては、軽い提案のつもりだった。
セシルの走り書きの画力を試してみたかったのだが、彼は10分くらいペンを握ったまま静止したかと思うと崩れ落ちた。
「駄目だ。ラインハルト様以外を描こうとすると、この身が汚れるようで耐えられない!」
「俺は君の友人だよな?」
「友だろうが猫だろうが、生理的に無理だ!」
「地味に傷付いたぞ」
気を取り直したセシルは最新作について語り始めた。
「絵画は持ち歩き難いから、今はカメオを制作している」
「君は芸術科じゃないよな」
「物理学科だ」
「……」
ラインハルト関連であれば、彼の創作意欲は留まるところを知らないらしい。
「……君の作るカメオなら、本当に動き出しそうだな」
「そうだったら良いのに。どこにでも持ち歩けて、お話ししてくれるラインハルト様とか……至福すぎる」
シグルドとしてはホラーのつもりで言ったのだが、セシルにとってはご褒美のようだ。
そのうちラインハルト人形を作って「動き出さないかな」とか言いそうだ。
「そんなに好きなら考古学科を専攻すれば良かったじゃないか。――あれ? 何で科が違うのに、日々観察できてるんだ?」
彼等の通う大学は、大きく4棟の建物に分けられる。
文系、理系、芸術系で一棟ずつ。更に事務所や大きな講堂、専攻関係ない講義が行われる、多目的な棟。
ラインハルトは基本的に文系の棟から出る事は無い。
セシル、シグルドは既に研究室に所属している身なので、活動は理系の棟がメインだ。
「出会ったのが入学後だったんだ。学科変更は親に却下された。今は考古学科の学生に紛れて、ラインハルト様の講義に参加している」
「おいおい」
「大丈夫だ。バレたことはない」
「コツがあるんだ」とドヤ顔で、セシルは伊達メガネを取り出した。
躊躇う事なく手で髪をくしゃくしゃにする。
どこにでも居そうな没個性の冴えない男子生徒の出来上がりだ。
「あ! 君のそれ、そういう目的だったのか!」
派手さはないものもののセシルは綺麗な顔立ちをしている。
黒い髪と瞳で色気のあるシグルドと、栗色の髪と瞳で綺麗な顔をしているセシルは目立つ2人組だった。
寄宿舎時代はあれだけ人目を集めた彼が、大学に入ってからもっさりしたのは意図的なものだったらしい。
「ラインハルト様は受講生一人一人の顔を覚えているからな。流石はラインハルト様だ。尊敬すべき美点だが、紛れ込むのに苦労する」
狙い目は20人以上参加する講義。
ラインハルトの視界から外れやすい窓際の席をキープし、宿題を忘れた生徒の様に気配を消す。
1コマ丸々緊張状態を強いられるが、リスクに見合うだけの成果が得られる。
ラインハルトの美声を聴きながら、じっくりその姿を堪能できるのだ。セシルにとってこれ以上はない至福の時間だ。
「この部屋に入った時から気になってたんだけど、何だいコレ?」
彼が指差したのは、セシルの部屋を占領する巨大キャンバス群だ。
布が被せられているので、何が書かれているのかわからないが画家のアトリエと言っても過言ではない数だ。
絵に圧迫されるからか室内には最低限の家具しかない。
部屋に通された時、シグルドは一瞬物置に入ったかと思ったくらいだ。
「俺が描いた絵だ。お前が来るから片付けたんだ」
「片付けた? この状態で?」
「お前が帰ったら元の位置に戻す」
「へえ……何を描いたんだか」
「あ。こら! 止めろ!」
セシルの静止を無視してシグルドは布を剥いだ。
「……」
(言う通りに止めておけばよかった)と、シグルドは後悔した。
*
絵は全てラインハルトだった。
フリート家の3兄弟は顔がよく似ているが、10人中10人が彼だと言い切るほど、写実的でクオリティが高い。
写真と遜色ない程精密。
魂がこもっていると言うべきか、今にも動き出しそうだ。
「……何で全部等身大なんだ?」
キャンバスの大きさはまちまちだが、描かれているラインハルトのサイズは一律。
「この絵はここに。――ほら、椅子に乗せることによって、ラインハルト様とお茶してるように錯覚できるだろう?」
セシルとしては画期的なアイデアのつもりなのだろうが、致命的な末期の発想だ。
「俺はラインハルト様であれば、忠実に描くことができるが。実物からサイズを変えるのは難しいんだ。持ち歩き用の全身像のミニアチュールは苦戦している」
「逆にサイズが正確な事が恐ろしいよ。コレとか半裸じゃないか」
シグルドが指差したのは一番大きなキャンバス。
背中に白い羽を生やしたラインハルトが天へと手を伸ばしている。
忠実とは程遠いが、セシルには常人では視認できないラインハルトの翼が見えているのかもしれない。
体に纏っているのは薄布のみ。大事な所は隠れているが、足とか腋とか日常生活で露出しない場所が剥き出しだ。
「日々観察していれば、服の下も推測できる」
「普通はできないよ」
「服装が違うとシルエットに影響するが、土台が一緒だから差異を補正するんだ。骨格と筋肉の厚みがわかれば、人体の構造は共通だから形にするのは容易だ。再現できないのは、被露出部位の黒子の位置くらいだ」
「君は芸術科じゃないよな」
「物理学科だ」
「……」
本能的にシグルドは一歩下がった。
(真面目が拗らすとこんなに危険な感じになるのか)
今後は遊び相手は選ぼうと、シグルドは気を引き締めた。
「それにしても凄いな。長い付き合いだけど、君にこんな才能があるとは知らなかった。いつから絵画を?」
「独学だ。此処にあるのは全て一年以内の作品だ」
「嘘だろ!? 本職顔負けだぜ!」
「俺はラインハルト様しか描けない。逆にラインハルト様であれば幾らでも描ける」
「彼が君の創造の泉か。筋金入りだな。そうだ! 試しに俺を描いてみてよ」
シグルドとしては、軽い提案のつもりだった。
セシルの走り書きの画力を試してみたかったのだが、彼は10分くらいペンを握ったまま静止したかと思うと崩れ落ちた。
「駄目だ。ラインハルト様以外を描こうとすると、この身が汚れるようで耐えられない!」
「俺は君の友人だよな?」
「友だろうが猫だろうが、生理的に無理だ!」
「地味に傷付いたぞ」
気を取り直したセシルは最新作について語り始めた。
「絵画は持ち歩き難いから、今はカメオを制作している」
「君は芸術科じゃないよな」
「物理学科だ」
「……」
ラインハルト関連であれば、彼の創作意欲は留まるところを知らないらしい。
「……君の作るカメオなら、本当に動き出しそうだな」
「そうだったら良いのに。どこにでも持ち歩けて、お話ししてくれるラインハルト様とか……至福すぎる」
シグルドとしてはホラーのつもりで言ったのだが、セシルにとってはご褒美のようだ。
そのうちラインハルト人形を作って「動き出さないかな」とか言いそうだ。
「そんなに好きなら考古学科を専攻すれば良かったじゃないか。――あれ? 何で科が違うのに、日々観察できてるんだ?」
彼等の通う大学は、大きく4棟の建物に分けられる。
文系、理系、芸術系で一棟ずつ。更に事務所や大きな講堂、専攻関係ない講義が行われる、多目的な棟。
ラインハルトは基本的に文系の棟から出る事は無い。
セシル、シグルドは既に研究室に所属している身なので、活動は理系の棟がメインだ。
「出会ったのが入学後だったんだ。学科変更は親に却下された。今は考古学科の学生に紛れて、ラインハルト様の講義に参加している」
「おいおい」
「大丈夫だ。バレたことはない」
「コツがあるんだ」とドヤ顔で、セシルは伊達メガネを取り出した。
躊躇う事なく手で髪をくしゃくしゃにする。
どこにでも居そうな没個性の冴えない男子生徒の出来上がりだ。
「あ! 君のそれ、そういう目的だったのか!」
派手さはないものもののセシルは綺麗な顔立ちをしている。
黒い髪と瞳で色気のあるシグルドと、栗色の髪と瞳で綺麗な顔をしているセシルは目立つ2人組だった。
寄宿舎時代はあれだけ人目を集めた彼が、大学に入ってからもっさりしたのは意図的なものだったらしい。
「ラインハルト様は受講生一人一人の顔を覚えているからな。流石はラインハルト様だ。尊敬すべき美点だが、紛れ込むのに苦労する」
狙い目は20人以上参加する講義。
ラインハルトの視界から外れやすい窓際の席をキープし、宿題を忘れた生徒の様に気配を消す。
1コマ丸々緊張状態を強いられるが、リスクに見合うだけの成果が得られる。
ラインハルトの美声を聴きながら、じっくりその姿を堪能できるのだ。セシルにとってこれ以上はない至福の時間だ。
20
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
星蘭学園、腐男子くん!
Rimia
BL
⚠️⚠️加筆&修正するところが沢山あったので再投稿してますすみません!!!!!!!!⚠️⚠️
他のタグは・・・
腐男子、無自覚美形、巻き込まれ、アルビノetc.....
読めばわかる!巻き込まれ系王道学園!!
とある依頼をこなせば王道BL学園に入学させてもらえることになった為、生BLが見たい腐男子の主人公は依頼を見事こなし、入学する。
王道な生徒会にチワワたん達…。ニヨニヨして見ていたが、ある事件をきっかけに生徒会に目をつけられ…??
自身を平凡だと思っている無自覚美形腐男子受け!!
※誤字脱字、話が矛盾しているなどがありましたら教えて下さると幸いです!
⚠️衝動書きだということもあり、超絶亀更新です。話を思いついたら更新します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
平凡な俺、何故かイケメンヤンキーのお気に入りです?!
彩ノ華
BL
ある事がきっかけでヤンキー(イケメン)に目をつけられた俺。
何をしても平凡な俺は、きっとパシリとして使われるのだろうと思っていたけど…!?
俺どうなっちゃうの~~ッ?!
イケメンヤンキー×平凡
捨て猫はエリート騎士に溺愛される
135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。
目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。
お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。
京也は総受け。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる