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注文の多いオーベルジュ<蛇足編4>

真夏の夜の悪夢

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「僕が本当に愛しているのは君だけだ」
「嬉しい…… でも、お姉様に悪いわ」
「君が罪悪感を抱く必要はない。この家の嫡子は君なんだ。神の子等と嘯いているが、要は不義の子だろう?」
「まあ、いけないわ。貴方に天罰が下ったら、私とても耐えられない」
「天罰なんて起こらないさ。君もよく知っているだろ?」

 庭の茂みに身を隠すように寄り添い、クスクスと笑い合う男女。
 私の婚約者と、義理の妹だ。

 嗚呼、やっぱり。
 決定的な瞬間を目撃したのは初めてだけど、そんな気はしていた。


 =========


 私の母はこの国の王女だ。
 王は末娘を殊更可愛がり、母は後宮で蝶よ花よと大事に育てられた。
 ある晴天の日、雷が後宮に降り注いだ。母はその時に身籠ったという。

 教会は稲妻の正体は神で、腹の子は神の子だと公表した。
 その言葉を信じる者はいない。誰もが王が圧力をかけて言わせたと考えた。
 神の子と宣誓されたので堕胎させる事もできず、王女を持て余した王は没落寸前の伯爵家に降嫁させた。

 金で王女を引き受けた伯爵家。
 望まぬ妊娠で気がふれた王女。
 彼女は死ぬまでずっと、自分は未だ後宮に住まう生娘だと思い込んでいた。
 彼女の視界に私は映らず、無理に存在をアピールすれば狂乱した。

 *

 王女の喪が明けるなり、伯爵は後妻を連れてきた。
 私と一歳違いの妹。
 母が生きている時から外に囲っていた元婚約者。堂々と不貞を犯しておきながら、義母は貞淑な婦人として讃えられる。

『王に甘やかされた結果、男に弄ばれた頭の弱い王女』
『淫売の子は淫売』
『ほらあの発育の良さ、今に男を求めるぞ』

 私は不義の子と指をさされるのに、妹は権力によって引き裂かれた愛の結晶と持て囃された。


 =========


 行く先々で眉を顰められ、使用人には陰で蔑まれる。
 どこにも身の置き場がなくて。でもどこにも行けなかった。
 婚約者とは儀礼的な付き合いだったけど、それでも他の人達に比べれば充分私を尊重してくれた。
 結婚すれば今よりもマシになると思った。そう思わないと生きていけなかった。
 今日は婚約発表のパーティーなのに。こんなに天気が良くて、準備だって完璧なのに。

 *

 直前まで妹と密会しておきながら、彼は素知らぬ顔でパーティーの挨拶をした。
 私も挨拶を求められたが、うまく言葉を紡げない。
 これみよがしに耳元で溜息をつかれ頭が真っ白になった。
 足下がおぼつかない。
 今すぐ消えて無くなりたい。この世界も一緒に消えれば良い。


「神の子よ。貴女に使命を授けましょう――」


 伯爵家の庭に響き渡る厳かな声。
 突如私の目の前に超常の存在が現れた。
 白蝶貝のような七色の瞳は、真っ直ぐ私を見つめている。
 艶やかな長い髪を、薄絹と一緒に身に纏う性を超越した姿。

「この世界を守るため、魔王を討つのです。これは神の血を引く貴女にしかできない役目」

 私自身、自分が神の子だなんて信じていなかった。
 魔王なんて物語でしか聞いた事がない。
 いきなり戦えと言われても、生まれてこの方一度も剣を握った事がない。


「まあ、やっぱり! 末姫様は王国一純粋無垢な方でしたもの! 神に見初められるのも当然ですわ!」
 義母が白々しく称える。
 ――「末姫は頭が弱く、簡単に股を開く」と社交界で吹聴したどの口が言うのか。

「お姉さま凄いわ。家のことなら心配しないで? 私がピスト様と結婚してこの家を継ぎますわ」
 ――最初からそのつもりだった癖に親子揃って白々しい。どうせ、結婚直前になって私を後継から引き摺り下ろして成り代わるつもりだったんでしょう。

「そうだな。それが良い。可愛い娘を手放す事がなくなって私も嬉しい」
 ――貴方にとって可愛い娘は1人だけなのね。知ってたけど、こうも堂々と言い切るなんて何て無神経な男。

「僕のことは気にしないで。リーリャと結婚できないのは残念だけど、僕たちは良い友人になれると思う」
 ――そんなこと思ってもいない癖に。伯爵家も、神の子の友人の座もどちらも欲しいのね。強欲な男。

 これだけ人がいるのに、誰も私の意志を確認しない。
 長年冷遇しておきながら掌返し。口先だけの賞賛が会場を埋め尽くす。
 私は了承なんてしていないのに、当然のように魔王討伐に出立すると決めてかかる同調圧力が、気持ち悪くて恐ろしい。

 この場に居る誰も、魔王による被害は受けていない。何の痛みも受けていない者達が、ただ存在が悪だからと身勝手な正義に酔いしれている。
 巫山戯るな!
 何故私がお前達を満足させる為に命を懸けなければいけないんだ!
 怒鳴ってやりたいのに、拒否したいのに。大勢に取り囲まれて、身が竦んでしまう。
 1人でも良い。誰かに庇って欲しかった――。

 *

 今日この日を迎えるまで、私はずっと努力してきた。
 どんなに居心地が悪くても、伯爵家を継ぐのは私だと思ったから嫌がらせのような厳しすぎる教育にも耐えた。
 できる事が当然で、できなければ詰られた。泣けば叱られ、泣かなければ可愛げがないと言われた。

 本当は妹のように遊びたかった。
 親子で買い物に行きたかった。
 旅行に行きたかった。
 怪我をしたら心配してもらい、嵐の夜はベッドに付き添ってもらいたかった。
 妹が好きだからと毎朝出されるジャム。私は食べると体が痒くなるの。この屋敷で何人がそのことを知ってる?

 友達が欲しかった。
 恋がしたかった。
 可愛らしく着飾りたかった。
 美味しいお菓子と、おしゃべりを楽しむだけのお茶会をしたかった。
 休みの日は友人の家に泊まって、夜遅くまで内緒話で盛り上がりたかった。

 *

 あれだけ家を継ぐのだからと我慢を強いておきながら、私はあっさり後継から外された。
 代わりに騎士団に放り込まれた。
 初日から容赦なく、他の団員と同じ訓練を強要された。
 どう考えても過剰なのに、誰も助けてくれなかった。
 確かに私は、この国の女性と比べると身長が高い。でも男性を見下したことなんてない。
 生まれつき体が丈夫で、体力がある。剣術大会で彼等の動きを見て、あまり凄そうに思えなかったのは事実。でも馬鹿になんてしていない。

 私の人生は悪夢だ。
 醒める事なく、形を変えては続く悪夢。

 =========

「あ。目が醒めましたね!」
「……ここは」
「私たちの部屋です」

 フカフカのベッド。剣は奪われ体は縛られているけど、可愛らしい寝巻きに着替えさせられている。
 捕虜に対してこの扱いは上等過ぎる。
 彼女達は私に酷い事をするつもりはないらしい。
 拘束されているものの、部屋の様子は私が憧れた友達とのお泊まり会を彷彿とさせる。

「私はインファです。貴女のお名前は?」
「リーリャ……」

 キラキラと目を輝かせるインファに、悪意を感じなかったからか素直に名前を答えてしまった。

「リーリャさん。貴女、お風呂場での事覚えていますか?」
「――――ッ!!」
「その反応! 覚えていますね!」
「ナニを見たんですか!? 教えろください!!」
「覚えていること全部! 隠すと貴女のためになりませんよ!」
「浴槽の中でくんずほぐれつでした? 洗い場でくんずほぐれつでした?」
「あ! その目の動き! 洗い場ですっ、洗い場ですよっ!」
「イスとマットどっち使ってました?」
「これは…ちょっと分かりにくいけどイスだ!」
「ぬるぬるソーププレイ?」
「水圧シャワープレイ?」
「こら2人とも! はしたないですよ! プレイとか言っちゃダメです!」
「「だって~」」
「体位は!? この絵の中でどれが一番近いですか?」
「前戯でした? まさか本番中でした!?」
「「「「「「キャーーー!!」」」」」」

 風呂場にいた2人を描いているのだろう、直視に憚られる絵が突きつけられる。
 悪夢だ。
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