魔王君と俺 〜婚活から逃げて異世界へ行ったら、初日からヤバいのに誤解されてゴールインした件〜

一一(カズイチ)

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イチャイチャバイオレンス<蛇足編2>

おいおい俺死んだわ(一部アウクトルサイド)

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 控室と思わしき室内には、直視に耐えかねる看板が掲げられている。

 目を閉じて深呼吸。
 再び目を開くが、看板は先程と一ミリも変わりなくそこに佇んでいる。
 まあ、そうだよな。


【キスしないと出られない部屋】


「これは困ったな……」

 耳元で囁かれるが、そこには全く困惑の色がない。
 俺を見つめる男の赤い瞳は、完全に面白がっている。
 余裕だなお前は。
 お前もその目で見たはずだが、俺は一回死んでるんだぞ。
 俺は黒髪の男を睨みつけた。

「困ったと言うなら、お前も知恵を絞れ」

 喉を鳴らして笑われるけど、笑い事じゃない。
 この妙な状況に巻き込まれてもう何時間経過したと思ってるんだ。
 俺は招待客じゃない。偶々居合わせてしまったスタッフその1だ。

 定時になったら帰りたい。実際力業で帰宅は可能なんだ。その後に起こるであろう諸々から目を背ければ。

 ここに至るまでの経緯を思い返す。

 一体何でこんなことに――


 =========


 出勤前の俺のところに顔を出したアウクトルはスーツ姿だった。
 昼からザントで行われる会合に出席するので寄ったらしい。

「へえ。てっきりリゾートだけかと思ったけど、そんな場所があるんだな」
「俺も行くのは初めてだ」
「良い経験になる。楽しんでこい。――アウクトル、ちょっと待て」

 この後、偉い人達と会うのに寝癖で後頭部の毛が盛大に跳ねている。

 彼の髪は俺に比べたら硬くて直毛だ。
 寝癖がつくことが滅多にないので、気づかなかったんだろう。

 本当は霧吹きが欲しいところだが、ホテルの部屋にそんな物はない。俺も慌ててこの街へ逃げてきたので、頼りの<収納空間>さんにも入っていない。
 備え付けのコップに水を汲んで指を濡らした。
 アウクトルを椅子に座らせたまま、濡らした指で軌道修正する。
 寝癖修正の基本は、毛先ではなく根本を濡らすことだ。
 俺は癖っ毛だから詳しいんだ。

 大人しくなすがままだったアウクトルが、俺にもたれかかった。
 早起きして眠かったんだろう。
 仕方ない。ドライヤーが終了するまでは胸を貸してやることにするか。

 =========

 フォンスが出勤した後、部屋に残ったアウクトルは内心悶えていた。

 今のはかなり良かった。
 これぞ自分が求めていた、自然と滲み出す甘い雰囲気というものだ。

 フォンスは友人の距離感を主張するが、あんな睦まじい友情など存在しない。
 普通の友人であれば、寝癖を指摘して終了だ。
 お互いに意図的に友人の距離感を保っているにも関わらず、無意識にここまで甘くなるというのはもうこれは蜜月と言っても良いのかもしれない。

 今までは何とかそういった雰囲気にしたくて、強引に接近していた。
 アウクトルが意図して触れなければ、自分達の間に甘さは存在しなかった。

 今までのアウクトルは、初めての恋に己の熱を優先させていた。
 それで得たものもあったが心から満足することはなく、熱の裏側には常に無自覚の不安や飢えがあった。

 渋々ではあったがフォンスの条件を飲み、友人の意見に従った。
 すると今まで欲しかったものが、難なく手に入った。

 恋だけでは、己の滾る思いだけでは成し得なかった。思いやり、尊重する愛が必要だった。
 個人的にはもっと濃厚な接触をしたいところだが、ここで情欲を優先してしまうと全て台無しになってしまいそうだ。

 悩ましいが、今の悩みは幸せな悩みだ。
 こんな悩みなら、いくらだって歓迎しよう。

 今日の会合も参加者の傾向を考えるとあまり居心地が良い場所とは言い難いが、そつなくこなすことができれば恐らくフォンスはアウクトルを褒めるだろう。

 早い時間に終われば、フォンスの仕事場に顔を出すことができる。そのまま一緒に夕食を食べたい。
 逆に閉会が遅い時間であれば、そのまま泊まらせてくれるかもしれない。

 どちらも捨て難い。

 =========

「ケータリング?」
「そーなの。親父に頼まれちゃって」
「今日の昼……随分急だな」
「元々予定してたところが、トラブっちゃったみたい。身内じゃなきゃゼッテー断ってるって! マジムチャブリ~」

 ネルは茶化しているが、俺の部屋を確保する際に父親に頭を下げている。恐らく今回は、その件があって引き受けたのだろう。
 会場はネルの父親が出資しているイベント専用ビル。
 本日昼から夕方にかけて行われる資産家の会合で、四天王も参加するので失敗は許されないのだとか。
 会場と時間を聞いてピンときたのだが、恐らくアウクトルが参加するのはこれだ。

「……今日はネルは本店勤務だ。海の家は休みにして、俺が行こうか?」

 パルトは泊まりでデート中のため、まだ連絡がついていない。
 メニュー的にも俺ならこなせそうだ。

「ゴメンだけど、チョーありがたいわ。俺この外見っしょ。お堅い場所マジ無理なんよ~。フォンさんならゼッテーダイジョーブだわ」

 正直、会場でアウクトルに会うことを考えると若干気まずい。
 実子の四天王はもっと気まずい。
 実情はどうであれ、俺は彼らを産み捨てたようなものだ。
 どうかどちらにも気付かれることなく、平穏無事に終わってほしい。

 *

 気配を消してやり過ごそうとしたのに、料理の設置を始めてすぐにアウクトルと目が合ってしまった。
 此方へ来るかなと思ったが、そんなことはなかったーーもしかしたらそうしようとしたのかもしれないが、彼は俺の所には来なかった。

 会場に水鏡のような魔術が広がったかと思うと、テロリストによる犯行声明が読み上げられたからだ。

 *

 俺が持参した料理の一部が、チョーカータイプの魔道具にすり替えられていた。

 店を出るときに中身は確認済みだ。すり替えが可能だったのは俺が従業員口でスタッフ許可証をもらっている時間。
 名簿に名前を書いたり、魔力を登録している間に警備員が持ち込み品のチェックをしたのだが、仲間が紛れ込んでいたのだろう。

 <鑑定>で確認したが、魔道具の性能は装着者の生理的変化を感知することのみ。
 具体的に挙げると、呼吸運動、皮膚コンダクタンス反応、心拍数、規準化脈派容積……あれ? これポリグラフ?
 まあ爆弾や、毒物が注入される仕組みよりは良いんだが、生理現象細かく感知しすぎじゃないか?
 長時間拘束する人質の心身のケアを怠らない主義か?
 籠城戦でもするのか?

 *

 俺は魔道具を持ち込んだ者として、犯人の要求に従い、招待客に料理ではなくチョーカーを振る舞った。

 アウクトルにチョーカーを渡す際、少し話すことができた。

「……ここにいる連中は分体の存在に懐疑的な連中だ」
「四天王もか?」
「そうだ。カヴァリエは中立派ということになっているが、限りなく否定派に近い」
「俺にできることはあるか?」
「狙いを知りたい」
「わかった」

 招待客たちは、哀れな被害者ではないかもしれないということか。
 分体を葬り去るための、自作自演の可能性もあるな。
 オリエント急行と一緒だ。

 *

 水鏡に映し出されている犯人は遠隔地にいるようだ。この建物を中心とした一画を魔力ソナーで探すが、それらしき人物がいない。
 交渉の材料として犯人が仕掛けたのは毒ガスだが、どこに仕掛けたかは明かさなかった。
 仕掛けた場所を言ってしまえば、転移能力持ちのアウクトルや四天王が即対処できるから当然か。

 *

 犯人の要求は金銭でも、受刑者の解放でもない。
 この会場にいる全ての人間が、犯人が出すミッションをこなすこと。

 第一のミッションのために、全員にボードとマジックが配られた。
 これは会場の隅に、事前に置かれていた。
 何故チョーカーもそこに置かなかったんだ!
 俺巻き込まれ損じゃないか!

 この場にいる全員が対象なので、招待客ではない、居合わせたスタッフAな俺にも配られた。
 招待客たちにチョーカーを着けた手前、俺は関係ないととんずらし難い。
 渋々手に持ったボードを眺めていたら、最初のお題が発表された。

『今までの交際人数(恋人の数)を書け。虚偽を述べた者、最下位の者を殺す』

 やっぱり嘘発見器かよ!
 というか、お題おかしいだろ!
 死亡ペナルティーにすれば、何でもデスゲームになるわけじゃないからな!

 *

 俺は頭を抱えた。
 こちとら彼女いない歴=年齢だぞ。
 これ俺最下位で死ぬパターンじゃん。
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