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元英雄だけど友が欲しい!<蛇足編1>
お前はまたそうやって俺を喜ばせる
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飲み会、サウナと順調にこなした。
充実感を噛み締めながらホテルへ戻った俺は、部屋の前で硬直した。
扉越しでもヤバい気配がする――
*
恐る恐る扉を開く。
「――ア、アウクトル……」
電気が付いていない。
真っ暗な部屋の隅、備え付けの椅子に座る人影。一瞬寝ていることを期待したが、そんな訳はなく……
暗闇で爛々と輝く紅眼と目が合った。
「すまない」
感情の伺えない瞳を見た瞬間、するりと俺の口から謝罪の言葉が漏れた。連日来ている彼の存在を完全に忘れていた。
「――随分遅かったな」
「ええと、隣のホテルで飲み会をして…その後サウナに行った。チケット譲って貰ったんだ」
「そうか。――楽しかったか?」
「あ、ああ。楽しかったというか、良い経験になった」
どちらも介抱オチだった。結局次回の約束できなかったし、友達になれたか自信がない。
「ならば良い」
ん? 何かいつもと大分違うぞ。
いつものアウクトルなら監視ツール使用して尚、魔力で威圧しながら根掘り葉掘り尋問したはずだ。
「……お前千里眼使わなかったのか?」
監視ツールは処分したが、彼がその気になれば俺の現在地も何をしているかも確認できたはずだ。
「しておらぬ。お前の行動を制約しないと約束した。魔眼を使用すれば、それはお前への干渉だ」
「お前……」
成長したなぁ! 俺様何様魔王様も、ちゃんと話せば理解してくれるんだな!
自制を覚えたアウクトルに感動した俺だが、時間を確認して青ざめた。
午前2時。
転移するとはいえ、この時間に未成年を帰らせるのはどうなんだろう。いつもの俺なら気にしないが、今回は約束を忘れて長時間待たせたという負い目がある。
「もう遅い。泊まっていくか?」
「友人とは同衾しないんじゃないのか?」
「例外もある。今日は――例外だ」
この部屋、椅子はあるがソファは無い。横になれるのはベッドだけだし、この後に及んで、俺は外で時間潰すからお前はベッド使えというのも変な話だ。
「風呂と食事は済ませたか?」
「どちらもまだだ」
聞くんじゃなかった。
「明日予定はあるか?」
「――ない」
「この街案内してやる。お前の好きな場所に行こう」
明日は休日。全部、俺の奢りだ。
*
アウクトルのチョイスは相変わらず、ゆっくり過ごすスポットが多かった。
しかし俺の好みを考慮したのか、景色だけをぼーっと見るようなことはなかった。
今日は彼の望みを最優先するつもりだったのに、こんな所すら気を使われているようで心苦しい。
働いている時は、ファミリーでの旅行者が多いと思っていたけど、今日はカップルばかり目にする。場所のチョイスが子供向けで無いからか?
今も俺たち以外は、カップルのみ。
「いつもは、トーレ君達と遊んでいるのか?」
「時々な。トーレとシェリは交際後初めての長期休暇だ。あまり拘束することはできん」
心なし寂しそうに、通り過ぎるカップルを見送るアウクトル。
もしかして彼は寂しいのかもしれない。
トーレとアウクトルは幼馴染だと言っていた。
長年一緒にいた友達に彼女ができた。
毎夜俺のところに来るのは、一人で過ごすのが辛いのかも。
「お前には青春を満喫してほしい。……でも、友達と予定がない時は。日中でも俺のところへ来ても良いぞ。最優先は仕事になるが、その次はお前だ」
彼にはさっさと彼女作ってほしいが、今の俺は男友達の大切さを知った。
同性だから意味があることもある。
=========
「――まあ、そんな事を。良かったですね、アウクトル様」
「ああ。お前達の意見を取り入れた成果だ。これからも頼む」
「勿論です」
場所はトーレのバイト先の飲食店。
彼の上がり時間を待つシェリの元へ、アウクトルが現れた。
幸せオーラ全開の彼は、先日の一部始終を語った。
上機嫌な彼とは裏腹に、シェリのアルカイックスマイルの内側は冷え切っていた。
疑念の芽は以前からあった。しかし取り巻く状況が、衝撃的で圧倒的だったために覆い隠されていただけだ。
本当にフォンスは被害者なのか?
*
シェリは上流階級の令嬢。
有名なリゾート地には詳しい。
フォンスの宿泊先は高級ホテルだ。
とても一介のアルバイトに用意されるものではない。
「隣のホテル」「サウナ」「チケット」の単語で、彼が行ったのがどのホテルか特定できた。
あそこは雰囲気のあるバーとレストランしかない。利用客は1~2名/組。
大人のデートスポットであり、飲み会をするような場所ではない。
サウナも少人数向けの雰囲気のある造りだ。深夜利用なら確実に貸切状態になる。
アウクトルが嬉しそうに語った、宿泊許可からデートの流れは、完全に浮気を誤魔化す男の行動そのものだ。
*
こうなると、タイムスリップの件も裏があるんじゃないかと疑ってしまう。
トーレはストックホルム症候群を疑っていたが、シェリは別の可能性もあると考えた。
今回の逃亡の流れ、逃亡先でスムーズに社会生活を送っている事。あまりに手際が良すぎる。とても監禁被害者の行動とは思えない。
*
彼には前科がある。
姉と一緒に異世界に飛ばされた時、数日間で女性を弄んでいる。
被害者の王女はフォンスを恨むどころか最後まで彼を想っていた。
自分と同じ光景を見たのに、帰還後にシューラは「やっぱり、そんなことする人じゃないと思う」とフォンスを庇った。
*
トーレとシューラ。彼らはフォンスに対して驚く程好意的だ。
シェリの大切な人たちは、どちらも善良で素直――悪く言えば、騙されやすい。
この魔界において魔王を騙そうとする者はいない。彼にハニートラップを仕掛ける者など今も昔も皆無だろう。アウクトルは明敏な頭脳の持ち主だ。しかしフォンスが関与すると、彼は忽ち常軌を逸した行動をとる。
彼らの共通点は、長時間フォンスと直接会話していること。
意図的に被害者の皮を被って奸計をめぐらせているなら大罪人だ。
無意識にやっているならもっと質が悪い――悪意なく周囲を狂わせる魔性の男だ。
自分が何とかしないと――
充実感を噛み締めながらホテルへ戻った俺は、部屋の前で硬直した。
扉越しでもヤバい気配がする――
*
恐る恐る扉を開く。
「――ア、アウクトル……」
電気が付いていない。
真っ暗な部屋の隅、備え付けの椅子に座る人影。一瞬寝ていることを期待したが、そんな訳はなく……
暗闇で爛々と輝く紅眼と目が合った。
「すまない」
感情の伺えない瞳を見た瞬間、するりと俺の口から謝罪の言葉が漏れた。連日来ている彼の存在を完全に忘れていた。
「――随分遅かったな」
「ええと、隣のホテルで飲み会をして…その後サウナに行った。チケット譲って貰ったんだ」
「そうか。――楽しかったか?」
「あ、ああ。楽しかったというか、良い経験になった」
どちらも介抱オチだった。結局次回の約束できなかったし、友達になれたか自信がない。
「ならば良い」
ん? 何かいつもと大分違うぞ。
いつものアウクトルなら監視ツール使用して尚、魔力で威圧しながら根掘り葉掘り尋問したはずだ。
「……お前千里眼使わなかったのか?」
監視ツールは処分したが、彼がその気になれば俺の現在地も何をしているかも確認できたはずだ。
「しておらぬ。お前の行動を制約しないと約束した。魔眼を使用すれば、それはお前への干渉だ」
「お前……」
成長したなぁ! 俺様何様魔王様も、ちゃんと話せば理解してくれるんだな!
自制を覚えたアウクトルに感動した俺だが、時間を確認して青ざめた。
午前2時。
転移するとはいえ、この時間に未成年を帰らせるのはどうなんだろう。いつもの俺なら気にしないが、今回は約束を忘れて長時間待たせたという負い目がある。
「もう遅い。泊まっていくか?」
「友人とは同衾しないんじゃないのか?」
「例外もある。今日は――例外だ」
この部屋、椅子はあるがソファは無い。横になれるのはベッドだけだし、この後に及んで、俺は外で時間潰すからお前はベッド使えというのも変な話だ。
「風呂と食事は済ませたか?」
「どちらもまだだ」
聞くんじゃなかった。
「明日予定はあるか?」
「――ない」
「この街案内してやる。お前の好きな場所に行こう」
明日は休日。全部、俺の奢りだ。
*
アウクトルのチョイスは相変わらず、ゆっくり過ごすスポットが多かった。
しかし俺の好みを考慮したのか、景色だけをぼーっと見るようなことはなかった。
今日は彼の望みを最優先するつもりだったのに、こんな所すら気を使われているようで心苦しい。
働いている時は、ファミリーでの旅行者が多いと思っていたけど、今日はカップルばかり目にする。場所のチョイスが子供向けで無いからか?
今も俺たち以外は、カップルのみ。
「いつもは、トーレ君達と遊んでいるのか?」
「時々な。トーレとシェリは交際後初めての長期休暇だ。あまり拘束することはできん」
心なし寂しそうに、通り過ぎるカップルを見送るアウクトル。
もしかして彼は寂しいのかもしれない。
トーレとアウクトルは幼馴染だと言っていた。
長年一緒にいた友達に彼女ができた。
毎夜俺のところに来るのは、一人で過ごすのが辛いのかも。
「お前には青春を満喫してほしい。……でも、友達と予定がない時は。日中でも俺のところへ来ても良いぞ。最優先は仕事になるが、その次はお前だ」
彼にはさっさと彼女作ってほしいが、今の俺は男友達の大切さを知った。
同性だから意味があることもある。
=========
「――まあ、そんな事を。良かったですね、アウクトル様」
「ああ。お前達の意見を取り入れた成果だ。これからも頼む」
「勿論です」
場所はトーレのバイト先の飲食店。
彼の上がり時間を待つシェリの元へ、アウクトルが現れた。
幸せオーラ全開の彼は、先日の一部始終を語った。
上機嫌な彼とは裏腹に、シェリのアルカイックスマイルの内側は冷え切っていた。
疑念の芽は以前からあった。しかし取り巻く状況が、衝撃的で圧倒的だったために覆い隠されていただけだ。
本当にフォンスは被害者なのか?
*
シェリは上流階級の令嬢。
有名なリゾート地には詳しい。
フォンスの宿泊先は高級ホテルだ。
とても一介のアルバイトに用意されるものではない。
「隣のホテル」「サウナ」「チケット」の単語で、彼が行ったのがどのホテルか特定できた。
あそこは雰囲気のあるバーとレストランしかない。利用客は1~2名/組。
大人のデートスポットであり、飲み会をするような場所ではない。
サウナも少人数向けの雰囲気のある造りだ。深夜利用なら確実に貸切状態になる。
アウクトルが嬉しそうに語った、宿泊許可からデートの流れは、完全に浮気を誤魔化す男の行動そのものだ。
*
こうなると、タイムスリップの件も裏があるんじゃないかと疑ってしまう。
トーレはストックホルム症候群を疑っていたが、シェリは別の可能性もあると考えた。
今回の逃亡の流れ、逃亡先でスムーズに社会生活を送っている事。あまりに手際が良すぎる。とても監禁被害者の行動とは思えない。
*
彼には前科がある。
姉と一緒に異世界に飛ばされた時、数日間で女性を弄んでいる。
被害者の王女はフォンスを恨むどころか最後まで彼を想っていた。
自分と同じ光景を見たのに、帰還後にシューラは「やっぱり、そんなことする人じゃないと思う」とフォンスを庇った。
*
トーレとシューラ。彼らはフォンスに対して驚く程好意的だ。
シェリの大切な人たちは、どちらも善良で素直――悪く言えば、騙されやすい。
この魔界において魔王を騙そうとする者はいない。彼にハニートラップを仕掛ける者など今も昔も皆無だろう。アウクトルは明敏な頭脳の持ち主だ。しかしフォンスが関与すると、彼は忽ち常軌を逸した行動をとる。
彼らの共通点は、長時間フォンスと直接会話していること。
意図的に被害者の皮を被って奸計をめぐらせているなら大罪人だ。
無意識にやっているならもっと質が悪い――悪意なく周囲を狂わせる魔性の男だ。
自分が何とかしないと――
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