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BLカテで乙女ゲーとか誰得

時間がないなら止めるまで

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「随分羽を伸ばしていたようだな」

 地獄の底から響くようなアウクトルの声。

「身に覚えがない。彼女の勘違いだ」

 即座に否定する。
 本当に心当たりがないのだ。俺は無罪を強く主張した!

「お前に覚えはなくとも、勘違いさせるような事をしたのだろう?」

 アウクトルの気持ちは分かる。自分達が頑張って捜索している間に、相手が女遊びしていたら怒るのは当然だ。だが事実無根なのだ。

「本当に違うんだ。後で誓約魔術を結んでも構わない。今は他に優先すべきことがあるはずだ」
「俺にとっては、これが最優先事項だ」

 疑惑が晴れるまで絶対動かない、と言わんばかりの強い意志を感じる。

「時間が惜しい」

 ここに突っ立って問答しても埒が開かない。合理的ではない。時間の無駄だ。
 魔界へ帰還後に、誓約魔術で俺の無実を確かめれば済む話。

「では時間を止めよう」

 彼が指を鳴らすと、周囲の全てが静止した。


 魔術で時間を止めたアウクトルは、まず時間が止まったメアリーを持ってきた。
 連れてきたのではない。持ってきた。
 首根っこを引っ掴むと、マネキンを移動させるように引き摺ってきた。あ、靴脱げた。

 彼女の前で何やら魔術を作動させると、メアリーの頭上にスクリーンが現れた。
 メアリーの視点なのだろう、ぐらつきながら彼女の記憶と思しきものが再生される。
 裁判で証拠を検証される被告人の気分だ。
 無罪の自信はあるが、それでも不安になる。
 逆再生されるホームビデオ状態の記憶は正直見辛い。しかし文句は言えない。
 俺の無実はこの画像に掛かっている。
 初日の召喚の間まで到達し、再生は終了した。

「……この女の妄想だということは理解した」

 夜云々は、先日差し入れに行った事と、初日に尋問した事だった。
 俺としては刑務所の面会気分だったが、彼女は違ったようだ。

 見つめる、抱きしめる等も召喚の間の一件が美化されたものだった。

「だが、これでお前の無実が証明されたわけではない」
「え…?」
「シューラと随分近い距離で、時間を共にしていたのだろう。この女もそうだが、この国で過ごす間、お前に疾しい心は一切無かったと言えるのか」

 嘘だろ。ここで振り出しに戻るのかよ。

「いいか! 俺が嘘を言っていないことを、その魔眼で確認しろ!」

 流石の俺も付き合いきれない。本当はやりたくないが、背に腹は変えられない。

「俺はメアリーに恋愛感情を抱いていない! 俺はメアリーに欲情したことはない!」

 応援団ばりの声量で宣言する俺に、アウクトルが目を見張る。

「俺はシューラに恋愛感情を抱いていない! 俺はシューラに欲情したことはない!」

「……」

 まだ納得がいかないらしい。言い逃れや、誤魔化しがないか訝しんでいる目だ。

「俺はこの国で一切性交渉を行っていない!」

 大声で何を言ってるんだろうな。自分でもわからん。

「……過去はどうだ?」

 ヤケになった俺は叫んだ。

「俺は童貞だ!!!」

 =========

 俺の尊厳と引き換えに、アウクトルの機嫌が治った。

 警察犬シューラの嗅覚は、未だ瘴気の発生源を感知していたので彼の転移魔術を連発して神殿跡に飛んだ。
 草一つ、資材一つ残っていない綺麗な更地が広がっていたが、例のカラダだけは無傷で存在していた。
 魔王様の破壊光線でも吹き飛ばなかったとは、随分根性が入っている。

 目は粘液が染み出す程度だったが、他のパーツは肉が増殖し異形化していた。
 両腕、両足を解呪して<収納空間>に放り込む。
 異形化が解除された際に判明したが、宵闇の魔法使いは女性だ。

「まだ残っているわ」

 合計5つの神殿からカラダを回収したことで全行程が終了したかに思えたが、シューラが待ったをかけた。
 ハーフツインテールの後ろ姿は、コリーに似ていると思う。
 俺には、彼女のツインテールが犬の耳にしか見えなくなっていた。

 優秀なコリー……違った、シューラが探し当てた最後の在処。それは神殿では無かった。
 人の手が全く入っていない鍾乳洞の奥にそれはあった。
 頭蓋、そして太い骨が何本か。

 俺には確信があった。
 目を抉られ、四肢を切られて尚、高い魔力の持ち主だった彼女は自力で逃げ出したのだ。逃げて、辿り着いた終焉の地が此処。
 体を利用されるくらいなら、野晒しで誰にも看取られず朽ちる方を選んだ。
 細い骨は風化し、風に飛ばされたのだろう。ここは風がよく通る。

 ここに残された骨は呪われていない。だが元々魔素回収量に長けた体だったので、その名残で周辺の濃度が濃くなったのだろう。

 最後の聖女がシューラでなければ、永遠に見つけられることはなかった。

 俺は無言で骨を回収した。

 彼女と俺は似ている。

 これはあり得たかもしれない俺の未来。

 魔界に来る事がなければ、俺も同じような末路を辿ったかもしれない。

 =========

 鍾乳洞を後にした。
 シューラの表情は暗い。しんみりした空気が漂う。
 合流したばかりのシェリは、何の説明もなくカラダ探しRTAに付き合わされたので事情を把握していない。
 しかしこの空気を変える必要があると感じたのか、近場の温泉に入ってから帰還することを提案した。

 中世ヨーロッパな世界では、各家庭に入浴施設はない。
 日本のスーパー銭湯ばりの大衆浴場で汗を流す。

 王城、公爵家には風呂があったがバスタブの中で全部済ませるタイプだった。ユニットバスを想像すると分かりやすい。体の洗浄を目的とした造りなので、寛げないのだ。

 立て続けに天変地異が起こったアヴァールだったが、民は逞しい。
 倒壊した建物の後始末には時間がかかるが、あっという間に日々の営みを再開した。

 大衆浴場も営業していた。
 何故か脱衣所に入るまでに大量に客が出て行ったために、貸切状態になった。
 以前も似たような現象があったけど、魔界での出来事なのできっと偶然だな。

 アウクトルの視線を辿ると、俺の手元に注がれていた。

「ああ。これ元々指輪だからな。絶対紛失したくないからこうしてたんだ」

 遭難時のGPSは生命線だ。
 俺はイヤーカフを指に嵌め、その上からインナー手袋と手甲を装着していた。
 この世界で合流してから、ずっとピリついていたアウクトルの圧が霧散した。

 纏っていた冷気が消失し、暖かさすら感じる。

 いや、気のせいだな。暖かいのは風呂の湯気だ。
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