上 下
20 / 41
第二章 陰陽師、街へ行く

第十九話

しおりを挟む
 日も沈み、宿に戻ったハルアキは、買い込んだ羊皮紙をテーブルに乗せる。


「何をしてるのじゃ?」

 興味を示したコエダが覗き込む。

「ん? ああ……形代かたしろを作っておこうと思ってね」

「かたしろ……?」

 ハルアキはナイフで器用に羊皮紙を切り取り、紙人形を作る。

「形代は様々な使い方があるんだ。人のけがれを形代に移して取り除いたり、逆に人を操ったりもできる」


 穢れというのは、呪いばかりでなく、病や毒も含まれる。安倍晴明はその技で様々な病人を救ったという言い伝えが残っていた。

「それと、式神を呼び出す時にも使えるんだ」
「式神? わらわのようなモノか?」

 驚くコエダに、ハルアキは「式神といっても、いくつか種類があってね……」と説明する。

「コエダのように、自ら意志を持った式神を『上位』と言って、形代もある程度、霊力を宿した素材が必要になる――」


 コエダの形代となった木の枝は、きっと何か特別なチカラを持っていたのだろう……そうハルアキは考えていた。


「それに対して、下位の擬人式神というのは、術者の命令通りに動くだけのモノ――例えば……」

 ハルアキは作ったばかりの形代に、「窓を開ける」と書き込み手刀を切る。すると、形代はむくっと立ち上がり、窓まで飛んで行くと、器用に窓を開け、ぱっと消えた。

「なるほど……ゴーレムのようなモノじゃな」
 コエダがそううなずく。

 ――ゴーレム?

 ハルアキはプレイしていたRPGに登場する岩のモンスターを思い浮かべた。

 そういえば、「ゴーレムとは宝物などを守るために、高名な魔導士が作り出した泥人形――」という設定があったのを思い出し、確かに同じだな……と納得する。


 それから、百枚ほどの形代を作ったところで、睡魔に襲われ、ハルアキはベッドに潜り込んだ。

(魔王城へ攻め込むためには、少なくても一万くらいの式神を準備しないと……)
 先は長いな……と思いながら、ハルアキは眠りについた。

 しかし、今作った形代は別の用途で使うことになる。


 翌朝――


 魔王軍、四天王の一人、セパルはデルマー郊外までやってきていた。千匹に及ぶ配下の半魚人マーフォークを引き連れて――


 デルマーの街に沿って流れる大河、コルネー川。
 北の山脈から流れ込み、南は王都、フィルコルネードへと続いている。
 デルマー郊外の大穀倉地帯で収穫した小麦を、王都へ送る大動脈がコルネー川だった。

 セパルたちはこの大河に身を潜め、街の占拠を企てていたのだ。


「いい? 人間どもは朝から市場という場所に集まるのよ。アタシが歌で大方の人間どもを支配するから、あなた達は残りを一網打尽にするの。どう? カンペキな作戦でしょ?」

 そう振ると、半魚人達は一斉に拍手を始める。それで、気分が良くなるセパル。

「わかればイイのよ。これでアタシも四天王から、ナンバーツーに格上げね!」

 自分の都合が良いように想像する。彼女は魔王の指示を無視して、兵を動かしているのだ。そのことを忘れてしまっていた。

「それじゃ、作戦開始!」


 その頃、ハルアキ達は朝食のため、市場へ繰り出していた。


「今日は肉団子のスープとクルミの入ったパンを所望しょもうするぞ! それと、昨日食べた牛の乳を発酵させた――というのも美味であった。あれも食べたいのう!」

 相変わらず、食事の時はやたらテンションの高いコエダ。わずか数日で、デルマーの屋台博士になっている。この世界にSNSがあれば発信できそうだ。

「そんなに美味しいかなあ……」

 ハルアキの正直な感想である。見かけはともかく、味付けは酷いモノだ。

「ミハルの料理の方が断然旨いけどなあ……」
 そうつぶやくと――

「なんと、あるじの妹君はこれより美味の料理を作れるというのか⁉」
 目を輝かすコエダ。いったい食にどれだけ飢えているのか?

「まあ……ベツモノっていうくらい、美味しいよ」
「おおーーーーっ‼」

 それは是非ご相伴にあずかりたい――声が弾むコエダ。

 その前に救出だから――と言うハルアキに、「心配ない」と小さな胸を張る。

「そのために妾はここにいる」
 自信満々の幼女に、ハルアキは苦笑いする。

 まあ……確かにコエダはスゴいけど……

 王宮に現れた魔王の威圧感は半端じゃなかった。本当にあんなバケモノとやり合って勝てるのだろうか……

 そんなハルアキの不安など気にする感じもないコエダ。パンを二つ持ち、「ホレ! カネを払え!」と言わんばかりだ。

(はあ……いったい、どっちが主人なんだよ……)
 そうため息をつきながら、小銭を探していると……


「こら! まてぇ!」
 そう叫ぶ声が聞こえる。振り向くと全速力で走るオヤジの姿が見えた。

「なんだあ?」

 呆気に取られると、パン屋の主人が――
「ストリートギャングだよ。ほら――」
 視線の先を見ると、果物を抱えた子供が追いかけられていた。


 パン屋の話では、この近くのスラムに居つく身寄りのない子供たちが、盗みをして生活しているらしい。そういった子供たちを「ギャング」と呼ぶそうだ……

「最近は被害が増えて、こっちも商売にならないんだ」

 仕事をしない大人達が、子供に盗みをさせているという話もある。

「ひどい……衛兵はどうして捕まえないんだ?」

 街角の立っている衛兵に目を向けると、追い掛ける素振りなど見せないどころか、暇そうに大あくびをしている。

「衛兵がそんなことをするわけないだろ? ヤツらは、オレたちが稼ぎを誤魔化さないように監視しているだけさ」

「……えっ?」

 朝市が終わると衛兵は各店を回って、売上の三割を税として持っていくらしい。

「三割⁉」

 その税率になったのは一ヶ月くらい前から……前の王が亡くなってからというもの、税金がどんどん高くなっているという。

「役人はオレたちからカネを巻き上げることしか考えてないよ」

 もう商売にならないと、店を畳んで逃げ出す者が後を絶たないらしい……

 店が減って税収が落ちたから税率を上げる……そういった悪循環になっているようだった。


 なんだよ……こんなんじゃ、魔族に滅ぼされなくても、この国は自滅するだろ?

 高校生のハルアキでもわかるようなことを、なぜこの国の役人は気付かない?

 ハルアキは王宮で出会った王女や貴族達を思い出す。その派手な服や豪華な装飾品にいきどおりを禁じ得なかった。


 その時――


 美しい歌声が街中に響く。

 蜜のように甘く、ささやくように心地よい響き。それでいて、しっかりとした声量。
(いったい、どこから聞こえるのだろう……)

 耳をすますハルアキ。確かに聞きほれるほど美しい歌声なのだが、どこか禍々しくもある。

 するとパン屋の主人が店から離れ、歌声の聞こえる方向へ歩き出すではないか!

「お、おじさん! どうしたんだよ⁉」

 慌てて声を掛けるハルアキだが、店主は全く反応しない。

 彼だけではない。
 市場にいた、客、店員、あらゆる人間が歌声のする方向へ向う。

 目は見開いているのだが、無表情のまま歩みを進めていた。

「な、何だっていうんだ?」
 混乱するハルアキに、もう一人平常心を保った幼女――コエダがポツリと言う。

「これは精神支配の魔法じゃな」

「魔法……?」

「この歌声には魔術的なチカラを感じる。それを聞いた人間が術者の指示に従っているのじゃ」

 精神を支配する魔法⁉

「……いったい誰が⁉」

 コエダは「決まっておる」と前置きして――

「精神支配は魔族の得意技じゃ」
「――えっ?」


 魔法は火、風、土、水に属する物理魔法と、回復魔法が代表的な光属性、そして、生物の精神に作用する闇属性魔法がある。


 人間は物理魔法が得意だが、魔族は闇属性――つまり精神支配に長けている。それこそ、「魔」と呼ばれる所以ゆえんだ!


「……ついに魔族が攻めてきた……のか?」

 ハルアキは息を呑む。いずれ対決するつもりではいたのだが、こんなに突然、魔族が現れるとは……

「この歌声はおそらくローレライ――ということは魔王軍、四天王の一人、セパルじゃろう」

「四天王……」
しおりを挟む

処理中です...