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第二章 盾職人は異世界の起業家となる

第60話 そして帝国へ――となる

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 ブルームハルト侯爵――いや、悪党のブルウタスを拘束、一見落着のあと――ボクたちは、国王陛下へあるお願いをするため集まっていた。

「陛下、帝国と和平交渉を行いましょう! そして、国交を結ぶのです」
 ボクはその場でそう上申した。

「――ヒロトよ。貴公の言いたいことはわかった。魔族と闇組織という二つの『敵』がいる中、もはや、帝国といがみ合っている場合ではない。そう言いたいのであろう?」
「御意!」

「しかし、この国と帝国は長年に渡る交戦状態であったのだ。和平を申し出ても、向こうがおいそれと了承するだろうか――」

 陛下の懸念はわかる。簡単に和平ができるなら、もうすでに行っていたであろう。
 魔族が侵攻してきたから、手を取り合って戦おう――と、簡単に気持ちを入れ替えることは難しい。

「相手を交渉の場に連れ出すために、なんらかの『手土産』が必要――そういうことですね?」
 スチュワート殿下の意見に、陛下も「うむ――」とうなずく。

「そこで、ヒロト君からこういう提案が出てきました」
「それは?」

 殿下がボクを見るので、「はい」と返事をする。そして――

「ボクとアリシアが帝国へおもむき、魔盾まじゅんの製法を教える――それを交渉材料にするのです」

 すでに、魔盾の製法は闇組織に渡ってしまった。もはや、隠しておいても意味はない。
 しかし、交渉手段としては一定の効果がある。帝国だって堂々と『魔盾』を製造したいだろうから、この提案を断る理由がない。
 そして、闇組織が『魔盾』の模倣品を帝国へ売って、資金を稼がせる対策にもなるのだ。

「なるほど。それなら、帝国も和平交渉に乗ってくるだろう。それどころか、帝国も『魔盾』と対等な情報をこちら側に提示する必要がある」

 すでに流出してしまった技術と交換に、帝国の情報を手に入れられるのだから、王国としてソンはまったくない。

「――わかった。帝国へその旨を打診せよ」
 陛下の許しをいただき、ボクたちは喜んだ。

「しかし、皇帝はかなりの偏屈モノだぞ。交渉を受け入れたとしても、かなり苦労するはずだから、覚悟しておくことだな」

 陛下の忠告に、ボクは「肝に銘じておきます」と応えた。


 それから、一週間後――
 帝国から和平交渉団の受け入れを了承する返事が早くもあった。

 王国はすぐに交渉団の人選を進める。
 団長にスチュワート殿下。護衛として王国騎士団第一小隊と勇者パーティー『ブルズ』の参加が決まる。

 そして――

「みなさん、しばらく留守にして申し訳ありません」
 ボクは工房のみんなに頭を下げる。

 そう、ボクとアリシアも交渉団に参加することが正式に決まり、本日出発の日となった。


 ボクが帝国へ行っている間、工房では魔盾の製造はできなくなってしまう。それで、申し訳ない気持ちになるのだが――

「なあに、いままで断っていた魔盾の修理依頼とかをやってますから、大丈夫ですよ。ですから安心して行ってきてください」
 そうボブさんが言ってくれる。

「それだけでないですぜ。最近はふつうの盾を注文する客も増えているんですよ」

 魔盾に頼ってばかりいると本来の戦闘スキルが上達しないので、ふだんはふつうの盾で戦う剣士が増えている――そうサムさんは言う。

「へえ、そうなんだ」
 
「あっしも――と、言いたいところだったんですが……エヘヘ、もうしばらくお休みをいただきます」
 ジャックさんは三日前、子供が生まれた。奥さんがまだ動けないので、工房の仕事を休んでいる。
 お見送りにも来なくてイイと言ったのだけど、わざわざ出発式を行う王宮広場までやってきてくれた。

「工房のことは心配なさらずに、ヒロトさんたちはどうか安全に旅がつづけられることだけ、心がけてください」
 そうメルダさんも言ってくれた。
「ありがとう、メルダさん。もし帝国商会の人に会う機会があれば、メルダさんは元気にやっていることを伝えておきます」
 メルダさんはニッコリして、「よろしく言っておいてください」と応えた。

「うう……ヒロトさま、アリシアさま、名残惜しいです」
 そう大泣きするマリーさん。名残惜しいって、一カ月くらい留守にするだけなんだけど――ボクは苦笑いした。

「タローとサリアもお留守ばん、よろしくね」
 アリシアが二人の頭をなでる。

「うん、アリシアお姉さんもお気をつけて!」

「そういえば、帝国のおみやげってなにがあるんだ?」
 タバサよ、出発前からおみやげの話をするんじゃねえ!

「帝都は昔から銀細工が盛んなんですよ。タバサさんにも買ってきますね」と、ディーノさん。
「ちぇっ! 食いモンじゃないのかよ」と、もらう前から文句を言うタバサ。ツッコミを入れる気にもなんらない。

 そう、ディーノさんも交渉団に加わっていた。
 彼は罪人なのでは? と、思ったのだが、「帝都を知っている者として同行する」ことになったらしい。どうして、彼をそこまで信じられるのだろうか……

「なんだ、ディーノ。ついさっき、ブルームハルト侯爵夫人と熱い抱擁ほうようを見せつけていたくせに、別の女性を口説いているのか?」
 アーノルドさんの声だった。
 彼だけでなく、『ブルズ』のメンバーがそろっている。

 ブルームハルト侯爵に化けていた、ブルウタス逮捕後、晴れて独り身となった侯爵夫人はディーノさんを恋人と公然と言いふらしているらしく、ディーノさんもそれを否定しない。
 ちなみに、夫人はディーノさんより十歳上で、ブルウタスの件も含めると、バツ三なんだとか……

「私は世界のご婦人に敬意を抱いて接しているだけですよ」
 ――と、ディーノさんは堂々と言いのける。

「つまり、オンナなら誰でもイイということよね? このクズ――アリシアもそう思うだろ?」
 ブルズの魔導士で紅一点のエレーナさんが、汚物を見るような目で、ディーノさんを見る。
 振られたアリシアも――

「そうですね……まあ、控えめに言って、オンナの敵でしょうか?」
 
 そう、ニッコリにしながら応えた。アリシアも言うようになりました。

「おおっ! 敵だなんて! 私ほど女性を愛している者はいないというのに!」
「それがダメなんだろ。ほら、バカ言ってないで、もう招集がかかっているぞ」とアーノルドさんはディーノさんの耳を引っ張る。

「ヒロトとアリシアも行くぞ」
「はい。それでは、みなさんお元気で!」
 ボクとアリシアは工房のみんなに挨拶あいさつをして、出発式に向かった。

 それから滞りなく式が終わり。ボクとアリシアはスチュワート殿下と同じ馬車に乗り込む。

「いよいよ帝国へ行くんですね」
 アリシアがそう声をかけてきたので、ボクも「うん、そうだよ」と応えた。


 この世界に召喚されてから数カ月前まで、その日の食事にも困っていたボクが、アリシアと出会い、魔盾まじゅんを発明して、気づくとこうして王国――そして人類の命運をかけた帝国との交渉に参加するまでになった。

 
 これから道中、どんなことかあるのだろう?
 帝国ではどんな人と出会うのだろう?
 そして、皇帝はどんな人物なのだろう――

 この和平交渉が魔族との戦いにどう影響するのか?
 そして、まだ全貌が見えない、『闇組織』の脅威とは――

 そんな期待と不安を感じながら、ボクは王都を離れるのであった。

《 第一部 終わり 》


 ここまで読んでいただいたみなさま、ありがとうございました!
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