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第二章 盾職人は異世界の起業家となる

第52話 誰にも言わない――となる

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 メルダさんはひそかに魔族と会っていた――彼の髪はメルダさんと同じ真っ赤。
 ということは、彼女は魔族のスパイ?

 しかし、なにか様子がヘンだ。

「アクバこそ、こんなところにやってきて、捕まったらどうするの? すぐに里へ戻って!」
「大丈夫だ。人間なんかにオレが捕まるはずはない。メルダこそ、こんなところにいてはいけないんだ。魔族だってバレたら、ひどい目にうんだぞ」

 ――えっ?

 今、魔族だと男は言ったよね?
 やっぱり、そうだったのか?

「私は大丈夫。それに、私には仕事があるの。ココを離れるわけにはいかない」
「何を言っている? ココは人間の町なんだぞ。人間は卑怯者ひきょうものだ。そんなところにキミを置いていけるか!」
「だから大丈夫だって。たしかに人間の中にはひどい人もいるけど、今の職場はとてもイイ人たちばかりなの。だから、私のことは気にしないで」

 メルダさんがそんなことを言ってくれるなんて――こんな状況だけど、ムネが熱くなる。

「イイ人間なんているモノか! キミはだまされているんだ! さあ、一緒に里へ帰ろう!」
「アクバこそ、人間の何がわかるの⁉ 私は里に帰らない。魔法が使えない私が帰ったって、居場所なんてない! それこそ、前みたいにイジメられるだけだわ」
「その時は、オレが守ってやる! だから――」

 メルダさんは頭を横に振った。
「もう、アクバと話すことはないわ。さよなら。もう来ないで――」
 そう言って、彼女は魔族の男に背を向けた。

「こうなったらチカラずくでも、キミを連れて帰る!」
 離れようとしたメルダさんの腕を魔族の男がつかんだ。
「イヤ! 離して!」

 彼女が魔族の腕を払いのけようと暴れるのだが、魔族の腕力は強い。
「イイかげんにわかってくれ!」

 片方の腕も掴まれ、彼女は暴れることもできない。
「イヤ! やめて!」

「メルダさん!」
 思わず、声を出して飛び出してしまう。
「ヒロトさん! ダメです!」
 アリシアの声を振り切って、ボクはメルダさんと魔族の間に割って入る。そのとき、姿を消す魔法も解けてしまった。

「ヒロトさん⁉」
 ビックリするメルダさんに、「早く逃げて!」とボクは言う。
「人間⁉ この!」

 魔族の男が右腕を突き出した!

「魔法⁉ ヒロトさん! あぶない! アクバもやめて!」
 メルダさんの声が聞こえるが、魔族の魔法のほうが先に発動した――しかし!

「な、なぜだ! なぜ、魔法が効かない⁉」

 魔族が驚いた顔を見せる。
「ああ、これのおかげだ」
 ボクは左腕にハメたアイギスのレプリカを見せた。本物の十分の一という大きさだけど、魔法を防ぐという能力は本物とまったく変わりない。
 呆然ぼうぜんとして、それ以上攻撃をしかけてこない相手に、ボクはホッとする。

「ヒロトさん、大丈夫ですか⁉」
 アリシアが近寄ってきたので、「うん、大丈夫」と応えた。

「とにかく、二人とも落ち着いてもらえるかな?」


 それから、アリシアに頼んで魔族の男に姿を消せる魔法をかけてもらうと、彼を荷車に乗せて、王宮の工房までも取ってきた。
 そして、工房の裏口から彼を中に入れる。

 魔族を王宮に入れてしまうなんて――バレたら、ボクは死刑だな……
 そんなことを考えて、苦笑いした。

 それから、メルダさんと魔族の男――たしか、アクバと言っていた――をダイニングの椅子に座らせた。
 そして、ボクとアリシアも座る。

「それじゃ、どういうことか話してもらえるかな?」
 ボクが言うと、二人は顔を見合わせた。そして、観念したようにメルダさんが口を開く。

「お察しの通り、私は魔族です」
 そう、彼女を白状する。

 アクバという彼は、メルダさんと同じ魔族の里出身なのだそうだ。
 しかし、メルダさんは悪魔なのに魔法が使えず、里の人からイジメられていたらしい。
「アクバだけが私をかばってくれたのですが、それでも、イジメはおさまらず――」
 それに耐えられなくなったメルダさんは里を飛び出した。

「あてもなく彷徨さまよっていたところ、運良く帝国商会のキャラバンに拾われたのです」

 それからは帝国商会ナンバーツーだったアブラハムさんの下について、商会の仕事を手伝っていたそうだ。

「アブラハムが引退したあとも、私は商会で働いていたのですが――」

 二カ月ほど前に、自分の髪の色が魔族と同じだとウワサになり、商会の人に迷惑をかけられないと、帝国を離れることになったらしい。

「そういうことだったんだ――」

 たしかにそれなら、自分の身の上を聞かれても話そうとしないわけだ。
 ボクは「はあ……」とため息をつく。

「こうなってしまった以上、もうココにいることはできません。短い間でしたがお世話になりました」
 メルダさんは頭を下げる。

「それじゃ、やっと里に帰る気になったんだな?」
 アクバさんはそう喜ぶのだが、メルダさんは「里にも帰りません」と言う。

「それじゃ、どうするつもりなんですか?」
 アリシアの質問に――
「わかりません。ですが、私ひとりなら、どこでもやっていけます」
 そうメルダさんは言うのだった。

 ヤレヤレ――と思う。どうやら、ここにいる者は全員、生きるのが不器用らしい。もちろん、ボクも含めて――
 それで――

「それで、メルダさんはココを辞めたいの?」
「――えっ?」
「本気で辞めたいのなら、止めないけど、どうなの?」
 なんか最近、同じことを言ったなあ……

 メルダさんは少し黙ったあと、「辞めたくはありません」と応える。
「辞めたくはありません。みんなイイひとばかりで、仕事も楽しいです。できれば、これからも働きたいです。ですが――」
「だったら、このままでイイんじゃない?」

「――えっ?」
 ボクの提案に、メルダさんは驚く。
「ですが、私は魔族なのですよ。それがバレた以上、ココで働くわけには――」
「ボクとアリシアが黙っていればイイだけだよね?」
「――⁉」

 ボクはアクバさんに頼む。
「どうか、メルダさんのことはボクたちにまかせてもらえませんか?」
「――オマエたちはそれでイイのか? 魔族だと知って雇っているのがバレたら、オマエたちだって罪になるのだろ?」
 アクバさんの言いたいことはわかるけど、「まあ、なんとかなるでしょう」とボクは根拠もないのに、そんなことを言ってしまう。

 少し、驚いた顔をしたアクバさんだったが、クスッと笑って。

「わかった。オマエのことを信じる。メルダのことをよろしく頼む」
 そう言って、彼は頭を下げた。

「ありがとうございます。それで、このことは口外しないことにして――」
「もちろんだ。オレがココにいたことは、絶対に誰にも話さない」
 それを聞いて安心する。

 それから、アリシアに頼み。もう一度、アクバさんに姿を消す魔法をかけると――

「それではメルダ、達者でな――」
 そう言って、王宮から離れて行った――

「はあ……」とボクはまたため息をついて――

「でも、本当にアクバさん、このことを話さないでいてくれるかなぁ……」
 いまさら心配になる。もし話されたら、自分の牢屋ろうや行きは確実だ。

「大丈夫です。魔族にとって、約束は絶対です。どんなことがあっても、約束を破ることはいたしません」
 メルダさんはそう言い切った。

 魔族は約束を絶対に守る――かぁ……
 なんか、人間より魔族のほうが親近感を覚えてしまうなぁ……
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