上 下
50 / 60
第二章 盾職人は異世界の起業家となる

第50話 仲直りとなる

しおりを挟む
 翌朝、アリシアと一度も話さないまま、食事を終えてしまった。

 本当にボクは何をやっているのだろう。アリシアがディーノさんと仲良くしているのを勝手に嫉妬して、イライラして――
 自分がこんなになさけない男だったなんて、思ってもいなかった。

 そうなふうにひとりでうじうじしていると、メルダさんが声をかけてきた。

「もしかして、私と食事をするのがイヤでしたら、そのう、私は別で食べることにしますので――」
「――えっ?」

 メルダさんが住み込みで働くようになって一週間。それから、日に日にボクが不機嫌になっていくので、どうやら自分のせいだと彼女は勘違いしてしまったようだ。

「そ、そんなことは全然ないから! どうか気にしないでください!」
 慌てて、ボクは否定する。

「そうですか……それならイイのですが」
 メルダさんは一応、納得はしてくれたのだけど、まだ少し疑っているようで、浮かなない顔のままだった。

 それでボクは再び落ち込んでしまう。工房の代表として、仲間が働きやすいような職場を作らなければならないのに、自分から不穏な空気を作ってしまうなんて――


「よう、ヒロト! ひさしぶり!」
「アーノルドさん!」

 王国の双璧と言われるトップクラス勇者パーティーのひとつ、『ブルズ』のメンバーであり、昔からのお得意さんであるアーノルドさんが現れた。彼がフーベル地方奪還から戻ってきて、凱旋がいせん式で会って以来だから、実に一カ月ぶりだ。

 ボクにお客さんが来たので、メルダさんは一礼して離れる。それを、アーノルドさんがじーっと見ていた。

「どうしました?」
「ん? いや、ちょっと……彼女は?」
 ボクはメルダさんを発注、会計で雇ったと説明する。
「そうか……」とアーノルドさんの顔がなにか考え込んでいるように見えたので、「なんか気になることでも?」とたずねた。
「いや、彼女の髪の色が――ね」
「髪の色?」
 たしかに、メルダさんの真っ赤な髪はめずらしい。

「実はな――」
 そう言って、アーノルドさんはある話をした。

 フーベル地方奪還作戦で魔族と戦ったのだが――
「魔族軍の兵士は、炎のような赤い髪だったんだ」
 あまりにも強烈すぎて記憶に残っているのだとか――
「それって、メルダさんの髪と――」
 アーノルドさんはうなずく。
「……まあ、たまたまだと思うけどな」
 彼はそう言うのだけど、なんか気になってしまった。

 彼女は『帝国で仕事をしていた――』以外、なにも話してくれなかった……
 そのことと関係あるとしたら?
 まあ、それはあとで考えることにして――

「それにしても、どうしたんですか? こんなに朝早く――」
「そうそう。頼まれたモノを少しでも早く持ってきてあげようと、急いでやってきたんだ」

 頼まれていたモノ?

「それって、もしかして――」
「おうよ!」
 そう言うと、彼はかついでいた大きな麻袋を下ろした。その口を広げると――

 金属なのだが、無色透明ではないかというくらい、見事な輝き――
「こ、これが――」
金剛鋼アダマンタイトだ!」

 ダイヤモンドの輝きと硬さを持つ最高峰の金属。それがアダマンタイト。
 これの希少性もさることながら、加工できる職人も限られている。

 ボクは盾職人のレベルが七十九に達したとき、アダマンタイトの加工スキルも手に入れた。もちろん、アダマンタイトのインゴットを手に入れていなかったので、まだ一度もそのスキルを使用したことがなかったのだけど――
 しかし、これで――

「これはこれは、アーノルドさんではないですか!」
 工房にやってきたディーノさんがアーノルドさんを見つけ、そう声をかけてきた。
「おう、ディーノ! オマエ、本当にヒロトの工房で働いているんだな!」

 アーノルドさんとディーノさんは、先のフーベル地方奪還作戦で、ケルベロス討伐メンバーとしてともに戦ったメンバーだったそうだ。

「話には聞いていたけど、バリバリの冒険者だったオマエが工房で働くなんてな! ヒロトに迷惑をかけてないか?」
 アーノルドさんがふざけて言うと――
「まだまだ勉強中ですが、毎日が楽しくてしかたありません。どうやら、冒険者より生産職のほうが私に合っているみたいですよ」
 と、ディーノさんも言い返す。

「アーノルドさん、おひさしぶりです!」
 アリシアの声が聞こえて、ボクはドキッとする。
「おう、おひさしぶり! アリシアも元気だったか?」
「はい!」と笑顔で応えるアリシアなのだけど、ボクは彼女と視線を合わせられない。

「それでは、のちほど」とアリシアが離れると――

「ヒロト、ちょっとイイかな?」
 そう言って、アーノルドさんはボクを工房の外に連れ出した。

「アリシアと何があったのか?」
「――えっ?」

 アーノルドさんの腕をボクの首にからめ、顔を近づける。
 ボクとアリシアの雰囲気がおかしいと思ったらしい。アーノルドさん、豪快な性格なので勘違いしてしまうのだけど、けっこう、他人のことをしっかり見ているんだよなあ――

「はあ……」とボクはため息をついたあと、彼に全部話した。

 すると、「ハ、ハ、ハ!」と大声で笑われてしまう。
「ちょっと、こっちは本気で悩んでいるんだから」
「いや、わるいわるい。まあ、たしかにディーノは女に声をかけなければ気が済まない性格だからな」

 フーベル地方遠征のときも、騎士団の女騎士や、勇者パーティー『ブルズ』の女魔導士、エレーナさんに声をかけまくっていたそうだ。

「エレーナさんにも⁉」
「ああ、しつこいくらいにな。エレーナなんか、頭にきてヤツの頭を杖で二、三発、殴ってたよ」
「ハ、ハ、ハ……」

「だから、気にするな。それにな、女性というのは気になっている異性の話を人前では絶対にしないモノだ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、そうだ。そして断言する! アリシアはオマエにゾッコンだ」
「――えっ?」
 いきなり、そんなことを言われ、ボクは顔が熱くなるのを感じた。

「だけどな、こういった勘違い、すれ違いが続くと、あっという間に関係の修復ができなくなるぞ。女性はな、不安定な関係というのを一番嫌うんだ」
「は、はあ――」
「はあ――じゃねえ! さあ、今からすぐ、アリシアのところに行って謝ってこい!」
「――えっ?」

 い、今からすぐぅ⁉

「いや、ちょ、ちょっと、心の準備が――」
「バカ! 何を言っている! そう言って、先延ばしにしているのが一番良くないんだって! よし、わかった!」
 アーノルドさんはボクから離れ工房の入口へ向かった。
「えっ? アーノルドさん?」
 ボクも彼のあとをついて、中に入ろうとしたのだけど、「ヒロトはそこから動くな!」と言われる。

 仕方なく外で待っていると入口が開く。出てきたのは――
「あのう、アーノルドさんに言われてきたのですが――」
「ア、アリシア⁉」

 そう、アリシアだった。
 いきなりのことで、ボクは混乱した。
「ヒロトさんが言いたいことがあるらしい――そうお聞きしたのですが――」
「えっ? いや、えーと――」

 どうしようか、ボクは迷ってしまう――いや、何を言っている!
 ここで、ちゃんと謝らなければ――

「アリシア、実は――」

 ボクはディーノさんに嫉妬していたことを包み隠さず彼女に話して、頭を下げた。
「そのう――ゴメン。そんなことで、アリシアにイヤな思いをさせてしまって――」

 すると、彼女は「フ、フ、フ――」と笑う。
「そうだったんですね。私はてっきり、嫌われるようなことをなにかしてしまったのかと心配してました。ですけど、そうですね。仕事中に笑い声をあげるなんて、不謹慎ですよね。これから、ディーノさんと仕事以外の話はしないようにします」
「――えっ?」

 いや、そこまでは――とボクは言うのだけど――

「いえ、みなさんの仕事に影響があってはいけません。以後、気を付けたいと思います」
 そう応えるアリシア。「それじゃ、仕事場に戻りましょ?」と言われる。

「あ、あの、アリシア――」
「はい、なんでしょう?」
「これからも、よろしくお願いします!」
 ボクが頭を下げると、彼女は満面の笑顔になった。

「ハイ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ちょいダン? ~仕事帰り、ちょいとダンジョンに寄っていかない?~

テツみン
SF
東京、大手町の地下に突如現れたダンジョン。通称、『ちょいダン』。そこは、仕事帰りに『ちょい』と冒険を楽しむ場所。 大手町周辺の企業で働く若手サラリーマンたちが『ダンジョン』という娯楽を手に入れ、新たなライフスタイルを生み出していく―― これは、そんな日々を綴った物語。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

処理中です...