上 下
2 / 60
第一章 盾職人は異世界のゲームチェンジャーとなる

第2話 生活困窮者となる

しおりを挟む
「ヒロト君、すまないが、盾の在庫がいっぱいでね。今日はいらないや」
「はあ……」
 武具屋のオヤジからそう言われ、ボクはガックリする。

 アスタリア大陸――いわゆる異世界に召喚されて、あっという間に半年が過ぎた。
 盾職人として安定収入を得る――という当初の計画は、もはや風前の灯火ともしびになっている。なぜなら――

「最近は、他の盾職人が銀貨一枚ほどでおろしてくれるんで……申し訳ないね」
「銀貨一枚……」
 それを聞いてまた愕然がくぜんとする。銀貨一枚では材料費にもならない。つまり、原価割れである。もはや、盾を作れば作るほど赤字になるのだ。

 盾職人を選んだことによる誤算――それは、現地人げんちびとの盾職人がいたということ。あの女神は『召喚人しょうかんびとの盾職人は少ないから、競合相手がいない』と言っていた。たしかに召喚人の盾職人はこの王都にボクひとりしかいない。しかし、現地人の盾職人はいくらでもいたのだ。

「ヒロト君の盾は品質がイイのだけど、やっぱり、安い盾をみんな買っていくんだよね」
「はあ……」とボクはため息まじりの返事をする。

 盾は消耗品なので、多少品質は悪くても安いモノで充分――という冒険者が多いのだ。それに――
「最近は腕のイイ召喚人の職人が増えたことで、性能の高い剣や防具が手に入りやすくなったんだ。だから、盾を持って戦う冒険者が減っていてね……」
 剣の性能で魔物を素早く倒せるし、防具だけで相手の攻撃を充分防げる。わざわざ、重い盾を持って戦う必要はないらしい。

 武具屋のオヤジに、「今日は持って帰ってくれ」と言われる。しぶしぶ売れなかった盾をまた荷車に乗せた。

 すると、すれ違いに武具屋へ入ってくる人影が――

「オヤジ! この防具を買い取ってくれ!」
 聞き覚えのある声だった。

「これはこれは、マサヒコさん。魔法銀ミスリル甲冑かっちゅうですね。わかりました」
 ボクの時とは手のひらを返したように、腰を低くして男から渡された防具を受け取っている。

「ん? なんだぁ? 盾職人のヒロトじゃないかぁ? まだ、廃業していなかったのかよ?」
 ボクに気づくと、マサヒコと呼ばれた人物は、あごを突き出し薄ら笑みを浮かべた。

「マサヒコさまぁ? この人だれですかぁ?」
 マサヒコの左腕に抱きついた、派手な赤とショッキングピンクのドレスを着た金髪の女性がボクのほうをチラっと見ると、甘ったるい声でそうたずねている。

「ああ、こいつもオレと同じ召喚人しょうかんびとさ。だが、コイツはでな。しかも、安い盾しか作れない残念なヤツさ」

 そうあざ笑う相手に、ボクは何も言えない。

 ボクを『出遅れ組』と言うこの男、同じ日本からの召喚人で、日本にいた時の名前は鳥海ちょうかいマサヒコ。ボクより年下で、日本では浪人生だったらしい。地球規模で発生している『若者行方不明多発事件』初期にこちらへ召喚しょうかんされた、いわゆる『先行組』のひとりである。そのときに、防具職人のスキルを手に入れたようだ。
 初めて会った時から、先行組であることを鼻にかけ、マウントを取ってくるイヤなヤツだった。

「あれえ? この盾、売れ残りかぁ? なんなら、オレが買ってやろうか? カネならたくさん持っているから、少しくらい恵んでもイイぞ。まあ、こんな鉄クズ、使い道がないけどな」
 ハ、ハ、ハァ!
 そう、高笑いされた。

 無視しようと思ったのだが、さすがにそこまで言われて、黙っていられなくなる。

「マサヒコ、さっきの防具、形がになっていたぞ。いつも、女と遊んでいるから腕が落ちたんじゃないか?」
 そう言ってやると、マサヒコは顔を真っ赤にして、怒り出す。

「はあ? オレを誰だと思っている? ブルームハルト侯爵お抱えの防具職人、マサヒコ・チョウカイ様だぞ! アレだって、しただけで、性能としては充分さ。だから、武具屋も高く買ってくれる。売れない盾をシコシコ作っているオマエとは違うんだよ!」

 そう言うが、『腕が落ちた』という部分は否定してこない。

「ボクたちは職人だぞ。いくら高レベルでも、腕が落ちたら誰も買ってくれなくなるぞ」
「うるせえ! 盾しか作れねえヤツに言われてたくないわ! だいいち、生産系はお得意様がいて、強力なうしろ盾がいれば勝ち組なんだよ! それで、女の子とイチャイチャしながらスローライフを楽しむ。生産系っていうのはそういうもんだろ?」

 たしかに、そんなラノベが多かった気がする。だけど――
「ココをゲームやラノベと勘違いしていないか? 異世界といっても現実なんだぞ」
 ラノベのように都合がイイことばかり続くわけではない。しっかり、努力を続けなければ――

 いや、ラノベの世界だって、生産系の主人公はみんな自分の職にほこりを持って努力を続けていた。だから、みんな主人公に好意を持っていたのだ。なのに、マサヒコはカネ稼ぎの手段としか思っていない。それでは、いざというときに誰も助けてくれなくなってしまう。

「エラそうなことを言っているんじゃねえ! この出遅れ組がぁ!」
 マサヒコは荷台に乗せた盾を何枚かつかむと、それを地面に放り投げた!
「ゴメン、手がすべった」と大笑いする。

「おい、ふざけるな! 拾えよ!」
 ボクは相手の襟元をつかんで文句を言うと――
「おいおい、イイのか? 侯爵お抱え職人のオレを殴ったら、オマエ、王都にいられなくなるぞ?」
「――くっ」

 相手を離すと、ボクは黙って散らばった盾を拾い上げる。

「そうそう、底辺職人はそうやって、地べたをいつくばっているのがお似合いなんだよ」
「マサヒコさまぁ、そろそろ行きません? ワタシぃ、おいしいモノが食べたいなぁ?」
 オンナの甘ったるい声に、「そうだな。こんなヤツに付き合っている時間がもったいないな」と笑う。そのまま、繁華街方向へと歩いて行った。

 腹立たしい気持ちを押さえて、荷車に盾を乗せると自分の工房へ向かう。
 結局、銅貨一枚でさえ手に入れられていない。

「はあ……とにかく、今日食べる分のおカネだけでもなんとかしなければ……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ちょいダン? ~仕事帰り、ちょいとダンジョンに寄っていかない?~

テツみン
SF
東京、大手町の地下に突如現れたダンジョン。通称、『ちょいダン』。そこは、仕事帰りに『ちょい』と冒険を楽しむ場所。 大手町周辺の企業で働く若手サラリーマンたちが『ダンジョン』という娯楽を手に入れ、新たなライフスタイルを生み出していく―― これは、そんな日々を綴った物語。

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

木野ダック
恋愛
いよいよ食卓が茹でジャガイモ一色で飾られることになった日の朝。貧乏伯爵令嬢ミラ・オーフェルは、決意する。  恋人を作ろう!と。  そして、お金を恵んでもらおう!と。  ターゲットは、おあつらえむきに中庭で読書を楽しむ王子様。  捨て身になった私は、無謀にも無縁の王子様に告白する。勿論、ダメ元。無理だろうなぁって思ったその返事は、まさかの快諾で……?  聞けば、王子にも事情があるみたい!  それならWINWINな関係で丁度良いよね……って思ってたはずなのに!  まさかの狙いは私だった⁉︎  ちょっと浅薄な貧乏令嬢と、狂愛一途な完璧王子の追いかけっこ恋愛譚。  ※王子がストーカー気質なので、苦手な方はご注意いただければ幸いです。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~

楠富 つかさ
ファンタジー
 地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。  そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。  できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!! 第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!

俺だけLVアップするスキルガチャで、まったりダンジョン探索者生活も余裕です ~ガチャ引き楽しくてやめられねぇ~

シンギョウ ガク
ファンタジー
仕事中、寝落ちした明日見碧(あすみ あおい)は、目覚めたら暗い洞窟にいた。 目の前には蛍光ピンクのガチャマシーン(足つき)。 『初心者優遇10連ガチャ開催中』とか『SSRレアスキル確定』の誘惑に負け、金色のコインを投入してしまう。 カプセルを開けると『鑑定』、『ファイア』、『剣術向上』といったスキルが得られ、次々にステータスが向上していく。 ガチャスキルの力に魅了された俺は魔物を倒して『金色コイン』を手に入れて、ガチャ引きまくってたらいつのまにか強くなっていた。 ボスを討伐し、初めてのダンジョンの外に出た俺は、相棒のガチャと途中で助けた異世界人アスターシアとともに、異世界人ヴェルデ・アヴニールとして、生き延びるための自由気ままな異世界の旅がここからはじまった。

処理中です...