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第七話 追跡したらしい

その三

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 フィスが誘拐されたことをジェシカから聞かされたエルは、南側が見下ろせる高台へと向かった。


 トルトから出ている街道は南側にしかない。

 他にもトルドの森を通り抜ける小道があるが、道幅が狭く、倒木など障害物も多い。さすがに森に入られると探すのは厄介だが、障害物も多く、移動にも時間を要するので恐らく使うことはないだろう……

 ――ということで、街道を南下する者を探せば良い。これがハーミットの推理だ。


 エルはレーダー機能を使って街道を行き交う物体を確認する。

 対空用のレーダーだが地上の物体でも位置は計測可能だ。

 この辺りの地形や建造物は既に立体マップ化してあるので、それと照合しながらレーダーの測定結果を解析すれば、移動体がどの程度の大きさでどちらに向かっているのか特定できる。

『教会で事件が起きたのは今から三十分前。町を出たところで馬車に乗り換えているはずだから……それで移動できる距離として、ここから十キロまでの範囲に絞る……となると、可能性があるのは三つ、三キロ、六キロ、そして九キロ地点にいる物体のいずれかだね』

 そうハーミットが言うので、エルは質問する。

「何故、馬車に乗り換えると考えるのですか? 魔法で逃げたとジェシカさんが言ってましたが、そのまま遠くまで逃げ切るほうが速いのでは?」

 エルの考えはもっともだ。なぜ馬車だと思うのか? その理由をハーミットが説明する。

『恐らく誘拐犯が使用したのは、古代人の書物にあった脚力強化魔法――多分、反応速度強化の派生魔法だと思うの』

 エルは「あっ……」と思う。そういえば、ジェシカに剣技を教えてもらっていた時、『それでラクシ亭まで移動できる?』と言ったのはハーミットだった。

『古代聖神教がその魔法を復活させたのだと思うけど、とっても魔力を使う魔法なの。脚力だけに絞って強化したとしても――エルならともかく――騎士団の魔導士レベルでも、持続可能な距離は一キロ程。そのあとは、別の移動手段を用意していると考えるべきよ』


 エルは少しだけ感心した。いつもくだらない推理ばかりしていると思っていたが……

『今、こいつ普通に推理できるんだと思ったでしょ⁉』
 エルは思考が読まれないようにダンマリを通した。

 
 まずは、近い方……ではなく一番遠い物体に向かう。
 近い方から確認しているうちに逃げられてしまう可能性があるからだ。

 エルはジェシカから教わった反応速度強化の魔法で九キロ先まで移動する。

 恐らくジェット機並みのエネルギーを消費して移動しているのだが、エルのMPはほぼ無尽蔵なので燃費など気にしなくて良い……いったいエネルギー保存の法則は何処に行ってしまったのだろう……アインシュタインさんごめんなさい。


 移動中、エルはハーミットに質問する。
「フィスを誘拐して古代聖神教はどうするつもりだと思いますか?」


 フィスがこの国のお姫様だとジェシカから聞いた――ちなみにそんな驚愕的な事実を知らされてもエルは何一つ驚く気配がなかったので、ジェシカが拍子抜けしたのは言うまでもない――

『そうだね……身代金目当ての誘拐じゃないのは確かだね。王国があった頃ならともかく、今は王女といっても金を要求できる相手はいないから』

 まあ、そうだな……と思うエル。だとすると、欲しいのはフィス自身ということになる。

継母ままははである王妃も一緒に居たということは、目的はといったところかな?』

 そして、復興した王国を古代聖神教が影から操る……そこまではエルでも考える。しかし――


「疑問が二つあるのですが、一つはフィスが従わなかったらどうなるのか? もう一つはもしそれだけの戦力を持っているなら、そんなまどろっこしい戦略を立てずに直接帝国を攻めて領地を奪い取れば良いのではないでしょうか?」

 二つともごもっともな質問だ。

 特にフィスが古代聖神教に協力するとは思えない。

『まあ、フィスの場合、その血筋だけが必要なのだから、本人の意志は関係無いんだろうね……』
「……つまりそれって、……ですか?」


 使い古された方法だが、いつの時代でも使われている――ということはそれだけ効果が大きいということだ。

『そういうことになるね――となると、ドボルグの一件はその目的がはっきりしたよね』
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