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第五話 教会へ行ったらしい
その一
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今日はお祈りの日。
この世界にも月がある。それも地球と言われた星の衛星と良く似た月だ。違いはウサギさんの模様ではなく大きなクレーターがあるくらい――
しかも、公転、自転とも月と全く同じだとハーミットは言う。その満月と新月の日がお祈りの日となるらしい。
この日はほとんどのお店がお休みになり、冒険者も狩りには行かない。
ラクシ亭のような料理屋は休めないが、それでも早く店仕舞いするのが普通だ。
お祈りの日の午前中は町の人ばかりでなく、他所から来た冒険者も教会の礼拝に参加する。
そして、今日はニグレアから帰ってきたアリゼが初めて司式を行うということで、フィスが特に楽しみにしていたのだ。
早速、フィスとエル。そして一応監視役のジェシカ。この三人で教会に向かった。
教会は町から少し離れた丘の上にある。
到着すると、既に沢山の人が集まっていて、フィス達は座る所が見付からず、壁際に立つことにした。
ざわめきの中、神父であるテオドールとシスターのアリゼが現れる。教会は一転して静寂に包まれる。
礼拝が始まった。
前回まで、テオドールが演奏していたオルガンの席にアリゼが向かう。一礼した後、アリゼはフィスを見つけ、手を振った。
「こら、真面目にやんなさい……」
フィスが苦笑いしながら呟く。
その後は順調に式が進む。
まず、アリゼのオルガン演奏で女神アスタリアを賛美する歌を全員で歌う。それが終わると、シスターであるアリゼが聖教書を朗読する。聖教書とは聖神教の教えを綴った本のことだ。
次に神父テオドールによる説教があり、最後に教会への献金を渡し終えた者から順番に神父とシスターから疫病予防の魔法を掛けてもらう。冒険者だと回復魔法や古傷に治癒魔法をお願いすることもある。
もちろん、信仰という意味で礼拝に来ているのだが、こうした魔法を受けるため礼拝に来る者も今は多い。
フィス、エル、ジェシカはアリゼに疫病予防の魔法を掛けてもらった。
こうして、礼拝が無事終わる。
いつもならこのあと町に戻るのだが、三人は教会に残って、大掃除の手伝いをすることになっていた。
「アリゼ! とっても良かったよ!」
フィスが掛け寄って、アリゼに抱き付く。
「ありがとうフィスちゃん! すっごく緊張したぁ!」
アリゼもフィスに抱き付き返す。
抱き合っている二人を、近寄ってきた男性がまとめて抱き付く。
「アリゼ君、いやあ、素晴らしかったよぉ!」
この町の自治領府官、ダニエル・フォン・スミス男爵である。娘たちは「きゃあ!」と声をあげてたじろぐ。
すかさず、アリゼの両手を握り声を掛ける男爵。
「あのアスタリアを讃える朗読はもう感動したよぉ」
アリゼは引き気味に「ありがとうございます……」と応えた。
突端がカールした口髭のこの男、元は商人だったらしいが、金で貴族の称号を買い、王国崩壊後、領府官としてこの地にやってきた。
やり手だという話だが、女癖が悪く、好みの女の子がいると直ぐに抱き付いてくる。トルトの娘達には「抱き付き魔」で揶揄される人物だ。
二十一世紀の日本なら、いろいろな法律に該当し、直ぐに失職するタイプだが、この世界には残念ながらそういった法律はまだない――
「これからも頑張ってくれたまえ! 応援してるよ!」
今日もアリゼとフィスにベタベタと触った後、スミス男爵は満足して離れて行った。
「あの抱き付き魔め……口髭むしり取ってやろうか……」
フィスが苦々しく呟く。
すると、少し離れていたところにいたエルがフィスのところにやって来た。
「……あの男性の髭をむしり取ればいいのでしょうか?」
「…………えっ?」
まさか自分の独り言が他人に聞こえているとは思わず焦るフィス。
「うそ! うそ! 冗談よ!」
慌てて否定する。
「えっ? フィスちゃん、そんなこと言ったの?」
フィスの直ぐとなりにいたアリゼには聞こえなかったようだ。
その十倍以上離れていたエルに聞こえていたとは――しかも、このガヤガヤと雑音の多い状況で……
「あんたスゴイ地獄耳ね……」
フィスは呆れたという表情でエルに言う。
「私は超高感度マイクと周波数分解処理回路を内蔵していますので、フィスの命令を聞き漏らすことはありません」
「そ……そうなの?」
エルは時より意味不明な単語を並べることがあるので、フィスはよく困惑する。
「エルちゃん、髭をむしり取るなら私も手伝うわよ」
アリゼが怪しい微笑を浮かべてエルを誘う。この表情の時のアリゼは結構マジだ。
「こらこら! 冗談だって言っているでしょ!」
この二人ならやりかねない……と思うので、下手なことは言えないと肝に命じるフィスであった。
「あのう……」
後ろから声がするので三人が振り向くと、そこに素朴そうな少年が立っている。
トルトの東側で放牧や養鶏を行っている元冒険者、ジャンのところで働いている少年だ。名をペータという。働きながらテイマーの技術も教わっているらしい。
ラクシ亭はジャンの牧場から卵や羊肉、羊乳を卸してもらっている。エルもよくジャンの牧場へ顔を出しているので、ジャンやペータと仲良くなっていた。
「エルさん、燻製のやり方を今日教えてもらう約束でしたが、準備ができていますと師匠から言伝されてきたのですが……」
ペータがそういうと、エルは「あっ……」と呟く。ジャンから頼まれていたことを忘れていたようだ。
「すみません……ジャンさんのところに行ってきます。お掃除手伝えなくて、ごめんなさい……」
エルがすまなそうに謝ると、「気にしないで」とアリゼは言う。
そのまま、ペータと一緒にエルは教会を出て行った。
別の場所でテオドールと話していたジェシカ。話が終わって、フィスの方へ向かって歩き初めたところで、外に向かうエルを目撃した。
「エルさんは何処へ?」
フィスがエルの用事を説明するとジェシカは「そうですか……」という。
「そうそう、テオドールさんもこれから町の集会に行くと言ってました」
「えっ?」
驚くアリゼ。あんなに大掃除をやると言っていたのに……逃げられたと少し怒った顔になる。
「帰ってきたらお仕置きしないと……」
あの父親だと、お仕置きは「ご褒美」では? と思ってフィスは苦笑いする。
「それでは三人でやりますか?」
と、女子三人で掃除を始めることにした。
お昼までに日干しする布類を外に出し、壁や天井をハタキで叩いてホコリを落とす。
午後からモップ掛けや、机等の水拭きすることにして、まずはお昼にしようとなった。
女子会のように様々な料理を持ち寄って……なら楽しいのだが、さすがにそこまで準備する時間はないので、簡単なスープを作って外に出したテーブルで食べることにした。
「それじゃ、お皿とパンを持って行くね」
スープがほぼ出来上がったところで、フィスは先に外に出てテーブルの準備を始める。
今日はとっても天気がいい。今朝まではかなり冷え込んでいたが、この時間はまさに小春日和という陽気だ。外での食事に丁度良い。
フィスは鼻歌交じりにテーブルを拭いていた。
「フィシリア……」
背後から聞こえる女性の声――
フィスはその声に聞き覚えがあった。
ゆっくりと振り向く。そこに黒いローブを着た女性が立っていた。例によって頭にフードを被ったままだ。
しかし、女性はフードに手を掛けて外し、顔を見せた。黒髪の――歳は四十前後というところか? 少しやつれた表情だった。
フィスは振り向いた状態で動きが止まっていた。
少しして、やっとフィスの口が動く。
「………………ママ?」
この世界にも月がある。それも地球と言われた星の衛星と良く似た月だ。違いはウサギさんの模様ではなく大きなクレーターがあるくらい――
しかも、公転、自転とも月と全く同じだとハーミットは言う。その満月と新月の日がお祈りの日となるらしい。
この日はほとんどのお店がお休みになり、冒険者も狩りには行かない。
ラクシ亭のような料理屋は休めないが、それでも早く店仕舞いするのが普通だ。
お祈りの日の午前中は町の人ばかりでなく、他所から来た冒険者も教会の礼拝に参加する。
そして、今日はニグレアから帰ってきたアリゼが初めて司式を行うということで、フィスが特に楽しみにしていたのだ。
早速、フィスとエル。そして一応監視役のジェシカ。この三人で教会に向かった。
教会は町から少し離れた丘の上にある。
到着すると、既に沢山の人が集まっていて、フィス達は座る所が見付からず、壁際に立つことにした。
ざわめきの中、神父であるテオドールとシスターのアリゼが現れる。教会は一転して静寂に包まれる。
礼拝が始まった。
前回まで、テオドールが演奏していたオルガンの席にアリゼが向かう。一礼した後、アリゼはフィスを見つけ、手を振った。
「こら、真面目にやんなさい……」
フィスが苦笑いしながら呟く。
その後は順調に式が進む。
まず、アリゼのオルガン演奏で女神アスタリアを賛美する歌を全員で歌う。それが終わると、シスターであるアリゼが聖教書を朗読する。聖教書とは聖神教の教えを綴った本のことだ。
次に神父テオドールによる説教があり、最後に教会への献金を渡し終えた者から順番に神父とシスターから疫病予防の魔法を掛けてもらう。冒険者だと回復魔法や古傷に治癒魔法をお願いすることもある。
もちろん、信仰という意味で礼拝に来ているのだが、こうした魔法を受けるため礼拝に来る者も今は多い。
フィス、エル、ジェシカはアリゼに疫病予防の魔法を掛けてもらった。
こうして、礼拝が無事終わる。
いつもならこのあと町に戻るのだが、三人は教会に残って、大掃除の手伝いをすることになっていた。
「アリゼ! とっても良かったよ!」
フィスが掛け寄って、アリゼに抱き付く。
「ありがとうフィスちゃん! すっごく緊張したぁ!」
アリゼもフィスに抱き付き返す。
抱き合っている二人を、近寄ってきた男性がまとめて抱き付く。
「アリゼ君、いやあ、素晴らしかったよぉ!」
この町の自治領府官、ダニエル・フォン・スミス男爵である。娘たちは「きゃあ!」と声をあげてたじろぐ。
すかさず、アリゼの両手を握り声を掛ける男爵。
「あのアスタリアを讃える朗読はもう感動したよぉ」
アリゼは引き気味に「ありがとうございます……」と応えた。
突端がカールした口髭のこの男、元は商人だったらしいが、金で貴族の称号を買い、王国崩壊後、領府官としてこの地にやってきた。
やり手だという話だが、女癖が悪く、好みの女の子がいると直ぐに抱き付いてくる。トルトの娘達には「抱き付き魔」で揶揄される人物だ。
二十一世紀の日本なら、いろいろな法律に該当し、直ぐに失職するタイプだが、この世界には残念ながらそういった法律はまだない――
「これからも頑張ってくれたまえ! 応援してるよ!」
今日もアリゼとフィスにベタベタと触った後、スミス男爵は満足して離れて行った。
「あの抱き付き魔め……口髭むしり取ってやろうか……」
フィスが苦々しく呟く。
すると、少し離れていたところにいたエルがフィスのところにやって来た。
「……あの男性の髭をむしり取ればいいのでしょうか?」
「…………えっ?」
まさか自分の独り言が他人に聞こえているとは思わず焦るフィス。
「うそ! うそ! 冗談よ!」
慌てて否定する。
「えっ? フィスちゃん、そんなこと言ったの?」
フィスの直ぐとなりにいたアリゼには聞こえなかったようだ。
その十倍以上離れていたエルに聞こえていたとは――しかも、このガヤガヤと雑音の多い状況で……
「あんたスゴイ地獄耳ね……」
フィスは呆れたという表情でエルに言う。
「私は超高感度マイクと周波数分解処理回路を内蔵していますので、フィスの命令を聞き漏らすことはありません」
「そ……そうなの?」
エルは時より意味不明な単語を並べることがあるので、フィスはよく困惑する。
「エルちゃん、髭をむしり取るなら私も手伝うわよ」
アリゼが怪しい微笑を浮かべてエルを誘う。この表情の時のアリゼは結構マジだ。
「こらこら! 冗談だって言っているでしょ!」
この二人ならやりかねない……と思うので、下手なことは言えないと肝に命じるフィスであった。
「あのう……」
後ろから声がするので三人が振り向くと、そこに素朴そうな少年が立っている。
トルトの東側で放牧や養鶏を行っている元冒険者、ジャンのところで働いている少年だ。名をペータという。働きながらテイマーの技術も教わっているらしい。
ラクシ亭はジャンの牧場から卵や羊肉、羊乳を卸してもらっている。エルもよくジャンの牧場へ顔を出しているので、ジャンやペータと仲良くなっていた。
「エルさん、燻製のやり方を今日教えてもらう約束でしたが、準備ができていますと師匠から言伝されてきたのですが……」
ペータがそういうと、エルは「あっ……」と呟く。ジャンから頼まれていたことを忘れていたようだ。
「すみません……ジャンさんのところに行ってきます。お掃除手伝えなくて、ごめんなさい……」
エルがすまなそうに謝ると、「気にしないで」とアリゼは言う。
そのまま、ペータと一緒にエルは教会を出て行った。
別の場所でテオドールと話していたジェシカ。話が終わって、フィスの方へ向かって歩き初めたところで、外に向かうエルを目撃した。
「エルさんは何処へ?」
フィスがエルの用事を説明するとジェシカは「そうですか……」という。
「そうそう、テオドールさんもこれから町の集会に行くと言ってました」
「えっ?」
驚くアリゼ。あんなに大掃除をやると言っていたのに……逃げられたと少し怒った顔になる。
「帰ってきたらお仕置きしないと……」
あの父親だと、お仕置きは「ご褒美」では? と思ってフィスは苦笑いする。
「それでは三人でやりますか?」
と、女子三人で掃除を始めることにした。
お昼までに日干しする布類を外に出し、壁や天井をハタキで叩いてホコリを落とす。
午後からモップ掛けや、机等の水拭きすることにして、まずはお昼にしようとなった。
女子会のように様々な料理を持ち寄って……なら楽しいのだが、さすがにそこまで準備する時間はないので、簡単なスープを作って外に出したテーブルで食べることにした。
「それじゃ、お皿とパンを持って行くね」
スープがほぼ出来上がったところで、フィスは先に外に出てテーブルの準備を始める。
今日はとっても天気がいい。今朝まではかなり冷え込んでいたが、この時間はまさに小春日和という陽気だ。外での食事に丁度良い。
フィスは鼻歌交じりにテーブルを拭いていた。
「フィシリア……」
背後から聞こえる女性の声――
フィスはその声に聞き覚えがあった。
ゆっくりと振り向く。そこに黒いローブを着た女性が立っていた。例によって頭にフードを被ったままだ。
しかし、女性はフードに手を掛けて外し、顔を見せた。黒髪の――歳は四十前後というところか? 少しやつれた表情だった。
フィスは振り向いた状態で動きが止まっていた。
少しして、やっとフィスの口が動く。
「………………ママ?」
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