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第三話 未曾有の危機は突然やってくるらしい
その二
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フィスは冒険者が集まっている北側の広場を抜けてエドワースを探した。
彼はすぐに見付かる。衛兵たちの中心で陣頭指揮を取っていた。
フィスの姿を確認したエドワースが驚いた表情で彼女を諌める。
「ここは危険です! 直ぐに避難してください!」
「わかっているわ。一つだけ聞かせて。ここの調査を提案したのは誰?」
「……ヨハネ枢機卿ですが」
「えっ? ……そうなんだ……」
ヨハネ枢機卿はニグレア教会の大司教で、聖神教最高顧問の一人。超が付くほどの穏健派で、神官の姿をしていなかったら、優しいおじいさんという外見だ。
とにかく、人民思いで、帝国との戦争の時には、自ら敵軍に赴き、ニグレア開城と自分の身を引き換えに、市民の生命、身体、及び財産に危害を与えない約束を取り付けた。
ニグレアではエドワースと並んで人気の高い人物である。今回の件も、冒険者の身を案じてのことだろう……
フィスは「考え過ぎか……」と呟く。
「とにかく早く避難を!」
エドワースがフィスを急き立てるが、その直後、衛兵と冒険者が騒ぎ出した。
「何事だ?」
エドワースが衛兵に質問する。衛兵が応える前に理由は明白となった。
ゴブリンの群れが動き出したのだ。しかし、前進してきたのではない。前衛にいたゴブリン、ホブゴブリン、ウォーゴブリンが左右に動いただけだ。
真ん中にぽっかりと出来た暗闇に何か動くものが見えた。
その状況を見ていた衛兵、冒険者がざわつき始める。その大きさは他のゴブリンと明らかに違う……
そして、姿を現したその巨体に、見ていた人間は息を飲む……
「おい……あれってゴブリンキングじゃ……」
誰かがそう呟く。
今、ここにいる者達にゴブリンキングを見た者はいない……当然だ。最後にその姿が確認されたのは百五十年以上前。伝説の騎士団長ビルヌーヴが指揮した討伐隊の時だ。もうこの世に生きている者などいない。
しかし、それを疑う者は居なかった――単純な推理だ。ウォーゴブリンより大きい個体。師範から叩き込まれたゴブリンの進化でウォーゴブリンの上は、もうゴブリンキング……ゴブリンの王しかいないのだ。
誰もがゴブリンキングの登場に驚愕した。しかし、狼狽えて逃げ出す者はいない。それはこの場にニグレアの英雄、騎士団長のエドワースが居たからに他ならない。
もし彼が居なけれは、冒険者から逃げ出す者が続出して陣計は総崩れだっただろう……
それほど、エドワースの存在は大きいのだ。
しかし、その状況も直ぐに変化する……ゴブリンキングの横にもう一体、そしてもう一体……合計三体のゴブリンキングが並ぶと、それまで、エドワースと共に戦おうと鼓舞する気持ちが揺らぎ始める。
一体でも、大きな街が廃墟になると言われる災害級モンスター……それが三体もいるのだ! アーサー王が魔王を倒してから、これほどのモンスターが一度に現れたことはない。
まさに未曾有の大事件だ。
「おい……さすがにヤバくないか?」
一人や二人でない……大半の冒険者が戦意を喪失した。後退りして、気付かれないようにひっそりと逃げ出そうとする者もいる。
「怯《ひる》むでない‼」
エドワースが声を張り上げる。これにより戦列から離れようとした冒険者の足が止まる。
「陣計を乱すな! 私が大物を足止めする! 皆は町に向かう小物を伐て!」
エドワースが戦列の先頭に立つ。魔剣を抜き自分の正面に掲げる。そして、詠唱を始めた。恐らく強化魔法の類いだろう……それも、次々と唱えていく。日も沈み辺りが暗くなったところで、エドワースの身体は淡い光を放っていた。
対峙するゴブリンも、エドワースの行動を見て、さすがにまずいと思ったのか……それまで、距離を置いて陣取っていたゴブリン達が一斉に攻めてくる。
しかし、エドワースに詠唱する余裕を与えてしまったことは、彼らの大きなミスだった。
「旋風斬‼」
ここで、出し惜しみをするのは不利だと考えたのだろう……エドワースはいきなり大技を繰り出す。
水平に振り抜いた魔剣から、炎のようなオレンジ色に輝く光が疾風のように飛び出し、ゴブリンの軍勢に向かっていく。
驚くゴブリン達だが、もう避けられない。前衛にいた数十体のゴブリン、ホブゴブリン、ウォーゴブリンがその光で胴体が真っ二つになる。
それを見ていた衛兵と冒険者が歓声をあげる。一気に士気が上がった。
しかし、前列にいたゴブリンキング三体は、足に傷ができたものの大きなダメージではない。逆に怒りを増幅させただけだ。
「人間。ヨクモ私二傷ヲ負ワセタナ!」
ゴブリンキングの一体がエドワースに向かって歩みを進める。堂々とした――と言えば聞こえが良いが、要するに歩みが遅い。
どうやら、ゴブリンは強大化するにつれ動きは鈍くなるようだ。
そのため、ゴブリン、ホブゴブリンの方が先に向かって来る。しかし、エドワースには向かわない。とても敵う相手ではないと思ったのだろう……他の冒険者や衛兵に向かって行く。
これにより、エドワースはゴブリンキングだけに集中できた――もしかしたら、最初からこれを狙って大技を仕掛けたのだろうか?
しかし、大技の後は次の技を繰り出すまでに時間が掛かってしまうという難点がある。
本来なら今の大技を二度、三度繰り出し、敵の戦力を削っておきたいものだが、そういうわけにいかない。
ゴブリンキングがエドワースの前まで歩みを進めて、人の胴体ほどの太さがあるこん棒を振り上げた。
彼はすぐに見付かる。衛兵たちの中心で陣頭指揮を取っていた。
フィスの姿を確認したエドワースが驚いた表情で彼女を諌める。
「ここは危険です! 直ぐに避難してください!」
「わかっているわ。一つだけ聞かせて。ここの調査を提案したのは誰?」
「……ヨハネ枢機卿ですが」
「えっ? ……そうなんだ……」
ヨハネ枢機卿はニグレア教会の大司教で、聖神教最高顧問の一人。超が付くほどの穏健派で、神官の姿をしていなかったら、優しいおじいさんという外見だ。
とにかく、人民思いで、帝国との戦争の時には、自ら敵軍に赴き、ニグレア開城と自分の身を引き換えに、市民の生命、身体、及び財産に危害を与えない約束を取り付けた。
ニグレアではエドワースと並んで人気の高い人物である。今回の件も、冒険者の身を案じてのことだろう……
フィスは「考え過ぎか……」と呟く。
「とにかく早く避難を!」
エドワースがフィスを急き立てるが、その直後、衛兵と冒険者が騒ぎ出した。
「何事だ?」
エドワースが衛兵に質問する。衛兵が応える前に理由は明白となった。
ゴブリンの群れが動き出したのだ。しかし、前進してきたのではない。前衛にいたゴブリン、ホブゴブリン、ウォーゴブリンが左右に動いただけだ。
真ん中にぽっかりと出来た暗闇に何か動くものが見えた。
その状況を見ていた衛兵、冒険者がざわつき始める。その大きさは他のゴブリンと明らかに違う……
そして、姿を現したその巨体に、見ていた人間は息を飲む……
「おい……あれってゴブリンキングじゃ……」
誰かがそう呟く。
今、ここにいる者達にゴブリンキングを見た者はいない……当然だ。最後にその姿が確認されたのは百五十年以上前。伝説の騎士団長ビルヌーヴが指揮した討伐隊の時だ。もうこの世に生きている者などいない。
しかし、それを疑う者は居なかった――単純な推理だ。ウォーゴブリンより大きい個体。師範から叩き込まれたゴブリンの進化でウォーゴブリンの上は、もうゴブリンキング……ゴブリンの王しかいないのだ。
誰もがゴブリンキングの登場に驚愕した。しかし、狼狽えて逃げ出す者はいない。それはこの場にニグレアの英雄、騎士団長のエドワースが居たからに他ならない。
もし彼が居なけれは、冒険者から逃げ出す者が続出して陣計は総崩れだっただろう……
それほど、エドワースの存在は大きいのだ。
しかし、その状況も直ぐに変化する……ゴブリンキングの横にもう一体、そしてもう一体……合計三体のゴブリンキングが並ぶと、それまで、エドワースと共に戦おうと鼓舞する気持ちが揺らぎ始める。
一体でも、大きな街が廃墟になると言われる災害級モンスター……それが三体もいるのだ! アーサー王が魔王を倒してから、これほどのモンスターが一度に現れたことはない。
まさに未曾有の大事件だ。
「おい……さすがにヤバくないか?」
一人や二人でない……大半の冒険者が戦意を喪失した。後退りして、気付かれないようにひっそりと逃げ出そうとする者もいる。
「怯《ひる》むでない‼」
エドワースが声を張り上げる。これにより戦列から離れようとした冒険者の足が止まる。
「陣計を乱すな! 私が大物を足止めする! 皆は町に向かう小物を伐て!」
エドワースが戦列の先頭に立つ。魔剣を抜き自分の正面に掲げる。そして、詠唱を始めた。恐らく強化魔法の類いだろう……それも、次々と唱えていく。日も沈み辺りが暗くなったところで、エドワースの身体は淡い光を放っていた。
対峙するゴブリンも、エドワースの行動を見て、さすがにまずいと思ったのか……それまで、距離を置いて陣取っていたゴブリン達が一斉に攻めてくる。
しかし、エドワースに詠唱する余裕を与えてしまったことは、彼らの大きなミスだった。
「旋風斬‼」
ここで、出し惜しみをするのは不利だと考えたのだろう……エドワースはいきなり大技を繰り出す。
水平に振り抜いた魔剣から、炎のようなオレンジ色に輝く光が疾風のように飛び出し、ゴブリンの軍勢に向かっていく。
驚くゴブリン達だが、もう避けられない。前衛にいた数十体のゴブリン、ホブゴブリン、ウォーゴブリンがその光で胴体が真っ二つになる。
それを見ていた衛兵と冒険者が歓声をあげる。一気に士気が上がった。
しかし、前列にいたゴブリンキング三体は、足に傷ができたものの大きなダメージではない。逆に怒りを増幅させただけだ。
「人間。ヨクモ私二傷ヲ負ワセタナ!」
ゴブリンキングの一体がエドワースに向かって歩みを進める。堂々とした――と言えば聞こえが良いが、要するに歩みが遅い。
どうやら、ゴブリンは強大化するにつれ動きは鈍くなるようだ。
そのため、ゴブリン、ホブゴブリンの方が先に向かって来る。しかし、エドワースには向かわない。とても敵う相手ではないと思ったのだろう……他の冒険者や衛兵に向かって行く。
これにより、エドワースはゴブリンキングだけに集中できた――もしかしたら、最初からこれを狙って大技を仕掛けたのだろうか?
しかし、大技の後は次の技を繰り出すまでに時間が掛かってしまうという難点がある。
本来なら今の大技を二度、三度繰り出し、敵の戦力を削っておきたいものだが、そういうわけにいかない。
ゴブリンキングがエドワースの前まで歩みを進めて、人の胴体ほどの太さがあるこん棒を振り上げた。
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