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~ 八 ~ 人生万事塞翁が馬

第四十一話

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 箱根駅伝といえば五区。
 山を力強く登る学生を見てこそ正月は完結する――

 運営管理車に乗るハルトは後ろとの差を気にした。
 TU大の選手が十五秒差に近付いていたのだ。

 ハルトは五区スタート前、風祭に電話で伝えていた。
『TU大がすぐに追い付くと思うけど、ムリに付いて行かないように』
 ――と。
 平地での走力、山の実績とも相手が格上である。ここは自分のペースを守る方が正しい選択だと考えたのだ。

 TU大は箱根湯本駅手前で風祭を抜き去る――が、風祭はその後ろにぴったりと付けた。

「風祭さん、完全に無視したな……」
 苦笑いをするハルト。しかし、腹立たしさはない。内心、そうなるのでは……としていたのだ。
 もちろん、大きな賭けだ。上りはまだ十キロ以上続く。スタミナ切れを起こしたりしたら大ブレーキになる。
 オープン参加となり、順位が付かないとしても、悪いイメージで終わると、来年の大会にも響いてしまうだろう。

 それでも、風祭は付いて行くことを選んだ。ペースを守って無難にレースを終わらすより、トップ選手の走りをじかに味わいたい――そう考えたのだ。

 風祭の判断は良い方向へ傾く。二人の並走は続き、小田原では一分以上離されていたT国大に大平台で追い付き、抜いた。
 そして、TK大の選手も近付いている。

「大平台の通過タイム。TU大に次いで二番目らしいよ!」
 珍しく興奮気味にユミが伝える。
 その気持ちはわかる。五区区間賞の実績を持つ選手と互角なのだ。いくら、上りの適性があるといっても、これは嬉しい誤算だ。
 TK大も抜き、これで四位グループということになる。
 そして、A学院大、K大にも迫っているとテレビ中継が伝えた。

 しかし、TU大もハイペースで追い掛けていたのだろう……ここからが縮まらない。
 そして……

 国道一号線最高地点を前にした芦ノ湯で、風祭が徐々に遅れ出した。
 下りに入ると、その差は一気に開き、あっという間にTU大の姿が見えなくなる。

 そして、箱根ゴール地点では……

臙脂えんじのユニフォームが再び輝きを取り戻しました! W大、往路優勝!』
 トップがゴールしたことを告げる花火がハルト達にも聞こえた。
 それから、小田原では順位を落としていたK大が山で盛り返し、射程内の二分差でゴール。A学院大が一つ下げ三位。最後、差を詰めることはできなかったものの区間賞は死守したTU大が四位。
 そして……

「今、ルドルフ学園がゴール地点に見えてきました! 初出場で注目されてましたが、一区で無念のリタイヤ。しかし、その後は大健闘の走りで、五番目のゴールです!」
 
 二区から五区までのタイムなら、往路優勝したW大に次いで二番目だったそうだ。
 最後、遅れはしたが風祭も区間五番目のタイムで終えた。
 来年に向けて大収穫だ。

 ハルトは運営管理車から下りて、風祭を迎えに行く。
「風祭さん、グッジョブです! どうでしたか?」
「体中の筋肉が悲鳴をあげてますよ。想像以上にキツかった!」
 しかし、満足という表情だった。
 記録が残らないのは残念だが、それでもハルトたちに笑みがこぼれていた。

 ハルトは横目で優勝インタビューを受けているW大を見ていた――もしかしたら、自分はあの場所に……と思ったところで、それ以上考えないことにする。
 他の大学では経験し得ないモノをこの大学で得た。
 そして、かけがえのない仲間達と出会えたのだから――

 このまま、風祭と明日、六区を走る大悟零、そして、運営管理車に乗るユミを残して、ハルトは東京へトンボ返りする。
 もちろん、明日十区を走るためもあるが、その前に――

 夕方、ハルトは東京の病院に入った。
 会長が検査入院していたのだ。
「いやあ、ハルト君! みんな頑張ったな!」
 意外と元気そうな会長だが、松葉杖が痛々しい。
「かかとの骨にヒビが入っていたそうですね」
 会長の検査結果はイズルから連絡が入っていた。
 靴が壊れた時の衝撃が原因らしい。
「うむ。まあ一カ月ほどで完治するそうだが、今日は大事を取って入院することになった」
 そう言いながら、ハルトを手招きして近付ける。
 何事かと思い、耳を近づけると……会長はささやく。
「どうやら、私はハメられたようだ……」
「――えっ?」

 履いていたシューズを見せられた。
 かかとの部分のソールが完全に剥がれてしまっているのだが……
「これって……バッテリーですか?」
 真っ黒に焦げた部分がある。
「そうだ。暴発している」
 会長の靴にはバネ力が電圧で変化するプレートを内蔵していたのだが、それに電気を供給するバッテリーなのだろ……
「このバッテリーは設計とは違うものが入っていた」
「――えっ?」
 試作時はスマホでも使用される液体が入ったリチウムイオン電池を使用していたが、走る衝撃に耐えきれず、破損するため、より耐久性の高い開発中の全固体電池を使用することになった。
 しかし、破損したシューズに使用されていたのは、既存の液体電池だったのだ。
「……それって、間違って使用してしまった?」
「違う。調べてみたら、発注用の図面に記載されていた部品番号が何者かに書き換えられていた」
「何者か……て、いったい誰に?」
「そこまでは、わかっていない……まあ、見当は付いているがな……」
 それ以上は語らなかった。だが……
「もしかしたら、別の嫌がらせを仕掛けてくるやもしれない……充分注意したまえ」
 注意と言っても……とハルトは考えるが、口には出さない。

「キミは明日もある。もう良いから寮に帰りたまえ」
 会長は松葉杖を手に取る。
「一階まで送ろう」
「いや、良いですよ! 会長はケガ人なんですから!」
 そう断るが、会長は「体を動かしたいんだ」と突っぱねる。

 結局、一階までイズルも一緒に三人でやってきた。
「それでは会長。明日、迎えに来ますので」
 イズルがそう伝えると、会長は「うむ」と応える。
 そのとき、三人に近付く女性が……
 何だろうと、三人の視線がそちらに向く。
「スミマセン。夕刊ニッポンです」
「――えっ?」
 それは首都圏で販売されているタブロイド紙である。
「ルドルフ学園駅伝部の方たちですね?」

 ゴシップ記事ばかり載せる新聞だが、いったい、何の用なのか?
「本日、箱根駅伝で使用したシューズに不正があったという情報を入手したのですが、事実ですか?」
「――⁉」


 記者を上手うまく巻き、入院も取り止めて、三人とも寮に戻ってきた。
 学園の入り口にも記者が詰めかけていたので、普段閉鎖している裏口から入る。

 既に、他の仲間にも伝わっていて……
「ネットでも騒がれているよ。ルドルフ学園は不正シューズで箱根を走った……て」
 ヤマタカが不満そうに言う。
「会長に限らず、全区間、不正シューズで走っていた。好記録も不正があったからだと、大手の新聞社からも記事が出ているよ」
「そ、そんな……」
 全員市販されていないカスタマイズのシューズを履いていたのは確かだが、カスタマイズシューズ自体はレギュレーションでも認められている。
 カスタマイズシューズを使用する場合は事前に陸連へ許可を得ることとなっているが、これもしっかり得ていた。
 会長のシューズはさすがにかなりめたようで、国際陸連にまでお伺いを立てることになったが、「現在のレギュレーションでは抵触しているとは言えない」という結論に達し、使用は認められた。
 陸連のコメントを載せている新聞もあるのだが、「許可するように圧力を掛けられていた可能性がある」と事実も確認せずに書き立てていた。
 ネット上では「復路を棄権しろ!」とか、「永久追放だ」とか、好き勝手に書かれている。

「会長、どうします?」
 さすがに、弱気になってしまうハルトだが――
「構わん、明日もルドルフ学園は走る」
 そう決断する。

 そして、翌朝――
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