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~ 六 ~ 牛にひかれて善光寺参り

第三十一話

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 夕方になって、最後のメニューを行う。ホテル近くの公園を全員でジョギングした。

 時々見える海に、真っ赤な夕日が反射して、オレンジ色の世界が広がっている。
「終わったね……」
 ハワイでの合宿なんて最初はどうなることかと不安でしかなかったのだが、実に充実した合宿だった。全員が成長を感じ取れたのではないだろうか?

 イイ意味で裏切られたのだか、ここはよろこぶべきなのか、やはり有り得ない合宿だと否定すべきなのか、結局悩みが絶えない――

 みんなで美しい夕日を見つめ、気持ちを整える。
 その中で、ハルトひとりがやるせない思いを感じていた。

「なあ、また叫んでいいか?」
 ハルトがそんなことを口にする。
「構わぬ。若者よ、心から叫ぶが良い」
 なぜかヤマタカが会長風に許可を出した。
「そう……それじゃ……」
 ハルトは目いっぱい息を吸い込み――

「夕日のバカヤローッ!」

「今度は昭和?」
「近頃、『青春』って聞かないですね……」


 夕食も終わり、ホテルのロビーでユミが一人ソファーに座っているのを見かける。手にした二つの貝を見つめていた。

「良かったね。それ、けっこう珍しいんだろ?」
 ハルトが声をかけると、びっくりした顔を見せるユミ。
「ハルト⁉ 部屋に戻ったんじゃないの?」
 隣のソファーに座る。
「ユミが見えたんでね」
 そう言われ、ちょっとドキッとするユミ。
「な、何よ……話でもあるの?」
「話というか、なんというか……」
 気まずそうに頭をく。
「ユミに謝らなければ……と思っていて……」
「……えっ?」
「ほら、何かあるとすぐにユミに頼っちゃうところがあるから……幼馴染なんで昔のように気楽にお願いしちゃうけど……やっぱり、そういうのって良くないよなって……」
 ハルトは雑用をユミに押し付けてしまっていたのでは……そう感じていた。それで、ユミが怒っているのでは……そう思っていたのだ。

 ユミは目を丸くする。
 その表情に、ハルトは困惑した。
(あれ? 僕、なんかヘンなこと言っちゃった?)
 だが、ユミは少し笑みを浮かべた後、ぷいっと顔をそむける。
「そうね……幼馴染というだけで、ちょっと、なれなれしいわね」
 そう言われて、苦笑いする。
「だよね……」 
 頭をくハルトに向けてユミが手を差し出す。手のひらの上に、ピンクの貝殻が乗っていた。サンライズシェルだ。
「――えっ?」
「あげるわ」
 素っ気なく言われる。
「だって、それ……」
「こっちをもらったでしょ? だからお返しよ」
 そう言って、宝貝を見せる。
「いや、いいよ。だって、サンライズシェルの方が価値が高いんでしょ? 悪いよ」
 ハルトは断るのだが……
「これって幸運を呼ぶんでしょ? 箱根に向けて、運も味方につける必要があるから、ハルトが持っていて!」
 ちょっと強引な理由だが、なんとなく気持ちはわかったので……
「それじゃ、大事にするよ」
 ハルトが手を伸ばし、サンライズシェルを取った瞬間――
 ユミはその手をつかむ。

(――えっ?)

 そのまま引っ張られると、ユミの柔らかいくちびるが、ハルトの唇に触れた。

(――――――――えーーーーっ!)

 突然のことで、パニックになるハルト。リアクションが取れない。

「おやすみ」
 ユミはそれだけ言い残して、自分の部屋へ戻っていった。

 それから数十秒、その格好で固まっていたハルト。右手が自分の唇へ向かう。

 確かに触れた――そういう感触があった。今でもその感触が残っている……
 ちょっと甘い香りがまだ口の中に残っているような気もする……

 キス……?

(――キスだよね?)
 何度も自問自答した。

「えーーーーっ‼」


 翌朝――

 悶々もんもんとした気持ちのまま、結局眠れなかったハルト。
「おはようございます……どうしたのですか? ひどい顔ですよ」
 心配そうにアスナが顔をのぞき込む。目の前に現れたピンクのとても柔らかそうな唇にドキッとする。慌てて目をそむけた。
「お、おはよう。ちょっと、いろいろ考えて……何か眠れなくて……」
「考え事ですか? いったいどんな?」
 もう一度、ハルトの顔をのぞき込むアスナ。美味しそうな唇がイヤでも目に入る。
「え、えーと……合宿の成果とか……今後の予定とか……」
 かなりきびしい言い訳だ。
「そうなんですか? ハルトさんて、いつも部のことを考えているんですね」
 ハルトは苦笑いだ。

 今日は移動日、朝早くこちらをつので、朝練も中止。さっそく、荷作りを終えて、全員ロビーに集まっていた。
「ユミさん、ちょっと」
 イズル女史がユミを呼ぶ声に、ハルトはビクッと反応する。
「はーい」
 ユミはいつも通りテキパキ動いていた。まるで昨日の事がウソのようだ。
(なんで、何もなかったようにしてられるんだ……?)
 普段通りのユミを見ると、わけがわからなくなる。

「先ぱーい! ハワイ楽しかったですね!」
 美咲がいつも通り抱きついてきた。
「うん、そうだね……て、違うから! 僕たち合宿をやっていたんだから!」
「わかってますよ。でも、練習も楽しかった! また来ましょうね!」
 肯定してイイのか悩む。

「それでは、準備ができた人からバスに乗ってください」
 イズル女史の声に、ゾロゾロとメンバーがバスに乗り込んでいく。

 寝不足の上に、昨日のことで集中できず、結局最後までモタモタしているハルト。気がつくと最後になっていた。

 いや、もうひとり――
 いつもは誰よりも準備が早いユミが残っていた。
「ユミ……」
 昨日のことを思い出して、鼓動が激しくなる。
 ユミの唇に意識が行ってしまい、何も考えられなくなるハルト……
「なに、ゆっくりしてるの? 早く乗りなさいよ」
 ユミに急かされて、慌てて荷物を持ち上げる。
 だが、意を決して――
「ユミ、あのさ――」
「何よ」
「昨日のことだけど……」
「昨日?」
 とぼけるユミ。
「ほら……キ……」
「ああ、あれ?」
 素っ気ない態度を取りながら……
「別に……」
「……えっ?」
「ここはハワイよ。あんなの挨拶あいさつでしょ?」
 あいさつ……?
「そ、そうだよね……ハ、ハ……」
 なんか拍子抜けしてしまう。
「わかったらサッサと乗る!」
 そう言われて、ハルトは急いでバスに乗り込んだ。

「――ファーストキスだったんだから……バカ……」

 ユミはひとりつぶやき、バスに乗り込む。


 こうして、おのおのが体験、成果、思い出を残し、ルドルフ学園最初の合宿は終了した。

 日本に帰ると、なぜか南国より暑い首都圏に文句を言う。
 しかし、それも日を追うごとに涼しくなっていった。

 あっという間に九月が終わり、秋らしい陽気が続くようになると、もう駅伝シーズン突入である。

 学生三大駅伝の一つ、出雲全日本大学選抜駅伝競走――通称、出雲駅伝が行われると、ちまたでは来年の箱根優勝がどこかで盛り上がる。

 そして、来週は箱根駅伝予選会。運命の日を迎えるのであった――
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