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~ 六 ~ 牛にひかれて善光寺参り

第二十九話

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 ホテルの近くにある公園の周回コースで、インターバル練習を行う駅伝部のメンバー。午前中は気温も上昇せず、順調にメニューをこなして行く。

 一周一キロほどを十セット走り終えたところで、風祭はクーラーボックスに入っていた冷たいミネラルウォーターを一気に飲み干す。
「いやあ、生き返りますねぇ!」
 相変わらず、爽やかな笑顔を見せる。そのタイミングで、ハルトも戻ってきた。
「ハルト君も飲むでしょ?」
 そう言って、クーラーボックスからもう一本取り出す。
「ありがとうございます。うーん、喉が渇いたぁ!」
 
『どれ、私が飲ませてあげましょう』
『や、止めてください……みんなが見てるじゃないですか』
『見せつけているのですよ。ここも渇いていますねぇ』
『そこは……あ、ああああ!』

「……瑞葉さん、勝手にアテレコするのは止めてもらえますか?」
 一応、新聞部らしく、カメラを構えながら、風祭とハルトのやり取りをフェンダー越しに見ていた瑞葉が、妄想をダダれにしていた。
「いいよぉ! 最高よ! もっとイチャイチャして!」
 カシャ! カシャ! というシャッター音が切れめなく聞こえる。
「いや、イチャイチャなんてしてませんから……」
 気分良く練習をこなしていていたのに、どっと疲れが出るハルトであった。
 反比例して興奮度が上がる瑞葉。
「どうしましょう? いくらでもイメージがふくらむわ! 帰ったら、大作が生まれそうよ!」
「その前に、普通に記事を書くつもりはないのですか?」
「もちろん書くわよ。たくさんってあげるから、安心して」
「盛らんでイイ!」
 絡んだ自分を反省する。もう放置しよう……

 合宿も明日が最終日、本日が最後のポイント練習となる。

 ポイント練習とは、計画的に行う負荷の大きい練習のこと。体を究極にいじめ抜き、筋繊維を痛めつけ、その回復によって、より強い筋肉を得ようというもの。心肺機能と筋力の向上を目的としている。
 目標とする大会の三カ月前から一カ月前の間に、一日から二日置きに行われる、非常にキツい練習だ。
 毎日行わないのは、疲労や筋繊維のダメージから回復するのに、四十八時間から七十二時間の時間が必要という科学的根拠らしい。
 合宿最大の目的はこのポイント練習を効果的に行うためなのだ。

「ハルト、今の何秒だった?」
 記録係のユミが近寄ってたずねる。
「あ、ちょっと待って」
 ハルトは左腕にはめていた腕時計を見る。
「げっ! タイムが止まってない!」
 全力で走っているので、ボタンを押したつもりで押せてなかったり、二度押ししたりで失敗することは多い。
「またぁ? 何やっているの?」
 あきれた顔をするユミ。
「オッチョコチョイさんのハルトさんですね」
 何故かうれしそうなアスナ。補充のペットボトルを運んできた。
「皆さん、調子良さそうですね」

 合宿は体を追い込むことが目的なので、ちょっとしたことで調子を落としたり、ケガをすることが多い。しかし、今回の合宿で、さいわい脱落者はいない。十人しかいない部員なので、この時期にケガでもしたら大変なことなのだが、順調にメニューを消化できるのは本当に良いことだ。

 続々と走り終わるメンバー。
 特に、合宿で成果が上がったのは会長だ。
 学内での練習では、今でも脱落することが多い会長だが、今回の合宿は最後までメニューを消化できた。大学にいると、学生会や理事の仕事でなかなか練習に身が入らないのだろう――合宿で練習に集中できたことが大きいようだ。
 もともと、運動神経が良いので、上達も早かった。

 そしてもうひとり――

「ハルト先パーイ!」
 そう言って、ハルトに向かって飛び込む美咲。
「美咲ちゃん! ちょっと!」
 慌てるハルト。しかし、美咲はしがみついたままだ。
「とっても気持ちよかった! ハワイ最高!」
 いつになくハイなのは、調子がイイ証拠だろう。彼女も本格的に練習を再開して二カ月。走るのが楽しくて仕方ない時期だ。
「み、美咲チャン! 汗を拭いてください! 女の子が汗ダラダラなのは、はずかしいでしょ!」
 顔を真っ赤にしてタオルを差し出すアスナ。美咲はそれを受け取り、汗を拭く。
「フ、フ、フ。先輩の汗が付いちゃった」
 なぜかうれしそうな、美咲であった。
「ということは、ハルト君の体にも美咲チャンの汗が付着したということですね?」
「――えっ?」
 風祭が二人を冷やかすと、ハルトは顔を赤くする。
「そう! 恋人同士が汗の交換したの!」
 美咲が恥ずかしいことを口にすると、ハルトとアスナが「違います!」と声をハモらせる。
「ふん、女子高生の体液が付いたからってよろこびやがって!」
 ヤマタカがなぜか怒っている。
「その言い方、ヒワイ……」
 美咲はあからさまにイヤな顔だ。
「言っていることは、風祭さんとほとんど同じだろ! それに年上に対して呼び捨てするな!」
 かわいそうなヤマタカである。

「ハ、ハ、ハ……」
 チカラなく笑うハルトはチラッとユミを見る。こういう時には決まってからんでくるのだが……
(……?)
 ユミは背を向けて、荷物の整理を始めていた。
 いつもと様子が違うユミに、少し不安になるのだが、「ハルト! クーラーボックス持つの手伝って!」と呼ばれたので、ユミに声が掛けられなかった。


 ハワイ最後の昼食は街に出て、地元料理を食べようということになる。
 イズル女史が予約したレストランで、並べられた料理にみんなが驚きの声をあげる。
 大きい肉やエビ、カニが豪快に置かれ、トロピカルな色彩の野菜と果物がところ狭しと並べられている。

「コレ、ナンダ?」
 ウンバボが珍しい食材に、目を輝かせる。
 日本に来てまだ四カ月だが、ずいぶんと日本語をおぼえた。
 最初の頃は、ホームシックにならないか心配していたのだが、インターナショナルのルドルフ学園には他にもケニアからの留学生がいて、コミュニケーションを取っているようだ。最近はスマホを使って、国内にあるケニア人コミュニティーにも参加しているらしい。
 スマホなんてどこでおぼえたのか? と、みんな不思議に思ったのだが、ケニアではかなりの奥地でもスマホがつながるそうで、ウンバボの集落でも大人は全員持っているのだという。
 いまだ電気は届いていないらしいが、スマホの充電だけは太陽光発電でできるとか……
 原始的なのか近代的なのかよくわからない集落だ……

 店の人がウンバボを見て驚いている。日本人はめずらしくないがアフリカ人はめずらしいようだ。
 マサイ族だと説明すると、ぴょんぴょんと飛び跳ねるしぐさを見せる。マサイジャンプはハワイでも知られているらしい。
「ウンバボ、やってやれ」
 ヤマタカが言うと、ウンバボがジャンプを始める。スゴい跳躍力である。
「オー! クレージー!」
「アンビリーバボー!」
 店員だけでなく、客も集まってきて大騒ぎだ。しまいには全員がジャンプを始めてお祭り騒ぎになった。

 日本でこんな騒ぎになったら、店を追い出されそうなものだが、南国というのは本当に陽気だ。


 午後は夕方まで自由時間として、ショッピングモールまで買い物に出掛ける。

「ハルトさん。こっちとこっち、どっちが似合うと思います?」
 二つの色のTシャツを手に取り、アスナが上目遣いで聞いてくる。
 ハルトに緊張が走った――首もとに汗が流れる。

(こ、これがいわゆる『試練』というものか⁉)

 買い物イベント。女の子は選んでほしいのではない。同意を求めているのだ!
 既には決まっている。もし誤った方を選ぶと、女の子は機嫌をそこなう。どっちでも良いなんていったら最悪だ。そのままゲームオーバーなんてこともある。

 そしてこれはリアルだ。

 セーブして、間違っていたらリセット――なんてこともできない。
(考えるんだ、ハルト! エロゲで鍛えた成果を今こそ出すんだ!)
 今までに何かサインを出しているはずだ。それを全力で脳内検索するのだが……

(ダメだ……どっちかわからない……)

 アスナは、「どうですか?」と催促さいそくしてきた。もうファイルアンサーだ。
「こ、こっちかな?」
 ……そう心の中で唱える。
「そう……」
 アスナはハルトが選んだ方を見る。複雑な表情だ。
「それでは、こちらにしますね」
 そう言って、嬉しそうにレジへ向かう。
(正解……だったのか?)
 アスナのリアクションに困惑するハルトであった……
 まだまだ、女子の気持ちがわからないハルトだった。
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