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~ 五 ~ 旅の恥は掻き捨て

第二十四話

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 ハルトとアスナは、通りかかった軽トラに乗せてもらっていた。四十代くらいのオジサンだ。
 軽トラに三人は、かなりキツいのだがアスナが細身なので、なんとか乗れた。ただし、体をぴったりと密着させているので身動きが取れない。

「空港がら歩いたんが? そりゃ大変だったべ?」
 普段誰も歩かない道に若いカップルがいるので、声をかけたらしい。
 積み荷を下ろし、家に帰るところだったということで、途中の駅まで乗せてもらえることになった。
 畑で出会ったお婆さんのことを話すと――
「ハ、ハ、ハ! んだ。こごいらの年寄りはなまりがひどいがらなあ、東京もんにはわがらながっべ?」
 あなたも相当なまっていると、ハルトもアスナも思うのだが、口にはしない……

 すぐに着くという話だったが、三十分ぐらい乗り続ける。少し開けたところに小さな駅舎が見えて、そこで下ろしてもらった。

「んじゃ、気をづげてな」
 ハルトとアスナは「ありがとうございました!」と頭を下げる。
 風が海の匂いを運んでくる。海は見えないが近いようだ。
「あれって風力発電ですよね?」
 真っ白な風車が勢い良く回っていた。たしかに今は風が強い。

 それにしても、駅だというのに、人が誰もいない。
 秋田県の人口密度はどうなっているのか? なんて考えてしまう。
「まあいいや……それじゃ、電車の時刻を見ておこう」
 そう言って、駅舎に入った二人は愕然がくぜんとする。
『強風のため運転見合わせ中』
 そういう表示が出ていたのだ。
 駅員は……いない。いる雰囲気ではない。これが伝説の『無人駅』だと気づくのに、さほど時間は要さなかった。

「えーと……どうします?」
 アスナが心配そうにたずねるのだが……
「どうするもなにも……運転するのを待つしかないよね……」
 ハルトの判断に、「そうですね……」としか言えない……

 それから数時間が経過し、辺りが暗くなりかけても、運転は再開されない。

「ちょっと……近くのお店に行ってみようか?」
 アスナも賛成する。
 駅を出て数百メートルほど歩くと、営業中の料理屋を見つける。

「――今日はどうも動かないみたいですよ」
 お店の女性がネットで調べると、運休のお知らせが出ているという。
 まあ、そんなことだろうと思った二人はそこで食事をしようということになった。
「これから、どうしましょう?」
 言葉とは裏腹に、少し楽しそうなアスナ。
「うーん……明日、電車が動くと信じて今日はどこか泊まるところを探そうか?」
 そう言うと、アスナは「はい!」と返事をする。
 この辺りにホテルか旅館がないか、店の人に訪ねてみた。
「海沿いに道の駅があって、キャンプ場になっていますよ」
 そう言うので、まずはそこを目指すことにした。
 線路を渡って海沿いに出ると、すぐにそれは見つかった。
 売店で事情を話すと、コテージが空いているので泊まれるという。
 道の駅には温泉もある。いたれりつくくせりだ。

 いろいろあった二人。温泉に入って疲れをいややした。
 先にお風呂から出てきたハルトは和室でアスナを待つ。数分後、浴衣姿のアスナが出てきた。普段は浴衣を貸していないそうだが、着替えがないことを説明すると、貸してもらえたのだ。
 お風呂上がりのアスナは石鹸の香りがして、実にいい匂いだ。
「それじゃ、コテージに行ってみようか」
「はい!」
 道の駅に隣接するキャンプ場の一画にコテージはある。中は寝室が二つ、それぞれベッドが二つ並んである。リビングにテレビやキッチンもある。そのまま生活出来そうなほど充実した設備だ。
「コテージって、結構豪華なんですね!」
 アスナが驚く。ハルトも「そうだね」と応える。
「コインランドリーもあるそうなので洗濯しましょう。ハルトさん、下着を出してください」
「――えっ?」
 さすがに、同世代の女の子に自分の下着を渡すのは抵抗がある。
「ぼ、僕のはイイよ、そのまま履くから」
 そう断るのだが……
「ダメですよ。ちゃんと洗わないと」
 怒った顔をするアスナ。どんな顔もカワイイ!
 渋々、下着を渡すと、アスナはクスッと笑う。
「えっ? どうしたの?」
「なんか、新婚さんみたいな会話だなあ……と思って」
「――えっ?」
「――あっ……」
 口に出してから、急に恥ずかしくなる。
「私って、ヘンなことを……スミマセン! 忘れてください!」
 顔を真っ赤にして手をバタバタとさせる。
「えーと、行ってきますね!」
 小走りで離れるアスナを目で追う。その後ろ姿を見てハルトは「ハッ!」とした。
(下着の洗濯……着替えは持ってない……ということは、アスナちゃんの浴衣の下は……はだ……)
 ハルトは頭を振る。
(な、何を考えているんだ! そんなことを考えていちゃダメだ! 今日は二人だけで夜を過ごさなければならないのに……)
「――えっ?」
 思わず声が出てしまう。そう、今日は二人きりなのだ。
 急に緊張する……寝室は二つあるので、それぞれ別の部屋で寝られるのだが、隣の部屋だ。夜這いなんてヤリ放題!
「よ、よ、よ、夜這い⁉ ヤ、ヤリ放題⁉」
 自分でそう思って、勝手に狼狽うろたえる。
(ダメだ。意識するな! 急いては事を仕損じる! というではないか!)
 多分、その使い方は間違ってます。

 それはアスナも同じであった。
 洗濯物が回転するのを見続けながら、気持ちを落ち着かせる。
「私ったら、まるで誘っているようなことを……な女だと思われちゃってるかも……」

 ブツブツとつぶやいているアスナを、キャンプに来ていた小さな男の子が指差す。
「ママ! あのおネエちゃん。真っ赤な顔してを言っているよ」
 母親らしき女性が「見ちゃいけません!」と言ってその場から離れた。

 洗濯が終わり、乾燥機に移し替えたあと、アスナはコテージに戻る。

 その間、悶々もんもんとした気持ちで待ち続けていたハルト。「普段どおり――普段どおり――」とつぶやいている。

「ハルトさん?」
「は、はい!」
 声がひっくり返る。完全に意識し過ぎだ。
「海……見に行きません?」
「――はい?」

 夜の砂浜。そう行けるモノではない。
 今日の日本海は波が荒く、近付くことは出来ないが、月や街のあかりに白波が照らされて、幻想的だ。
「キレイですね」
 アスナはそうささやく。
 すると、強い風が通り過ぎ、アスナの浴衣の裾がはだけ、白い肌が見える。
 ハルトはまた浴衣の下の事を思い出し、頭を振って煩悩を払い飛ばそうとした。

「ハルトさん。見てます?」
 アスナの言葉に「見てない! 見てない!」とあわてて応える。
「もう! ちゃんと見てくださいよ! 波がキレイですよ」
 それを聞いてわれに返る。海を見ると本当に美しい。

 砂浜に座り、しばらく黙り込んでいた二人だったが、アスナが急に口を開く。
「私、今でもこれが夢じゃないかと思うことがあるんです」
「――えっ?」
 アスナは話を続けた。

「私って、子供の頃からドラマとかに出ていて、いつも周りは大人の人ばかりだったんです……」
 アスナは普通に学校へ通った記憶がない。毎日、撮影か演技指導だった。
 同世代の友達もいなかった。
 アイドルグループに入って、やっと同世代の友達ができたのだけど、メンバーには普通科の高校に通っているコもいて――
「そのコはね、『アスナは売れっ子だからうらやましい』って言うのだけど、学校に通って、友達と仲良く会話した思い出の方が私にはうらやましかった」
 ハルトは黙って聞いていた。彼も高校時代は走ることの毎日だった。時々、サッサと帰って好きなことをしている同級生がうらやましいと思ったこともあった。

 しかし、アスナにはそもそも、同級生と言葉を交わす機会もなかったのだ。
「もう、普通に学校へ通うことはないんだろうな……て、思っていた時に、ルドルフ学園から声がかかって……大学に行けたら良いなあ――て……でも、事務所が認めないだろうと思って断ったら、休業しても良いことになって……」

 そこへ至るまでに、いろいろと大人の事情があったんだろうと考え、苦笑いするハルト。
「ですから、私、感謝しているんです。学園もハルトさんも、駅伝部のみなさんも! また、復帰してどんなに忙しい日々が戻っても、大学四年間の思い出があればもう生きていけるって――そう思うんです!」
「アスナちゃん……」

 華やかで、誰もがうらやむ芸能人の生活。しかし、それはマスコミが作った幻想なのかもしれない……
「こんな事を言ったらヘンな人だと思われるかもしれないけど……今日のこと、とっても楽しかった。迷子になって、知らない人に道をたずねたり、行き当たりばったりで、次に進む方向を決めたり……そんな事、今まで経験したことがなかったから……ですから、今日は私にとって一生の思い出です! ハルトさんが一緒にいてくれて本当に良かったです!」
 アスナがハルトに見せる笑顔は、今まで一番かわいかった。
「あ、アスナちゃん! ぼ、僕!」
 込み上げる思いに耐えきれず、ハルトは立ち上がる。
 その時だった――

 また強い風が吹き抜けると、ハルトの浴衣を結んでいた帯がほどけ、完全にはだける。
「………………えっ?」
 アスナの視線がだんだんと下に行き、ハルトの下半身で止まった。ハルトのパンツは今乾燥機の中である。ということは――

「きゃああああ‼」

 得体えたいの知れない物体が目の前にいるのだ。慌てて顔を背けるアスナ。ハルトも急いで隠す。
「ゴ、ゴ、ゴメン! そ、そんなつもりじゃ……」
「――ごめんなさい!」
 そう言って、アスナは逃げるように建物の方へ戻って行った。
 取り残されたハルトはただ呆然ぼうぜんとするだけだった……

(し……死にたい……)
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