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~ 四 ~ 策士策に溺れる

第十七話

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 ブリュンヒルデ女子高等学校――

 広大なルドルフ学園内には、複数の高等部が存在している。そのうち、女子高等部のみが、『ブリュンヒルデ』という名を与えられていた。

 そこは、学内で最も特別な場所だと言って良い。
 まず、敷地内は男子禁制である。
 全寮制であり、学生は高校の敷地から外に出るだけでも許可が必要となる。
 高さ十メートルほどの柵と、二十四時間監視の二つの出入り口は、不審者の侵入などまず不可能だ。
 それだけでない、敷地内に必要な物資は、柵外の搬入口にあるベルトコンベアに荷を下ろし、ベルトコンベアの出口で学内関係者が受け取る。
 とにかく、外部の交わりを徹底的に排除していた。

 なぜ、そこまで行うのか?

 それは、ここが国内屈指のお嬢様学校であるに他ならない。
 旧貴族、政界、経済界の名家、その令嬢だけが入学を許され、淑女となるべく日夜鍛錬を積んでいるのだ。

 時は放課後――

「吉崎さん。私たち、これから詩の朗読会に参加するのですが、吉崎さんもご一緒に如何いかがですか?」
 吉崎美咲は、この高校の二年生。
 実は昨年末まで他県の高校に通っていたのだが、とある理由でこの学校に転入してきた。
「えーと、ごめんなさい。今日は『部活』がありまして、せっかくのお誘いなのですが……」
 美咲は申し訳なさそうに応える。
「あら? 吉崎さん、部活に入っていらしゃっていたのですか?」
「ええ、まあ……」
 微妙な笑みを浮かべる。
「失礼ですが、どちらの部活ですか?」
「その……陸上競技部に」
 美咲の言葉に、クラスメイトは互いの顔を見る。
「あら……この学校に陸上競技部がありましたかしら?」
 ちょっと躊躇ためらいながら――
「それが……今日から大学の部活に参加できる事となりまして……」
「まあ!」
 クラスメイトの目が輝く。
「ということは、下界に行かれるのですね!」

 ここの学生は、許可が下りないと学校の敷地から外に出られない。将来、淑女となるべき彼女らに悪いムシを付けさせないという意味もあるが、名家のご息女である彼女たちが事件に巻き込まれないようにする――という理由もある。
 ということで、彼女らは敷地の外に出ることを「下界に行く」という隠語で表していた。

「もしかして、殿方もいらっしゃる部活なのですか?」
「ええ、まあ……」
 詰め寄るクラスメイトにタジタジの美咲。敷地の外、特に殿方というモノに興味津々だ!
「どのような殿方たちでしたか明日お話を聞かせていただけません?」
「ええ、構いませんが……」
「まあ!」
 それだけで、顔を赤らめうっとりとした表情になる。
「どうしましょう! 今晩、眠れませんわ」
 どれだけ異性に飢えているの? と苦笑いする。
「それでは、ごきげんよう……吉崎さん、明日お願いしますね! 必ずですよ!」
「ハ、ハ、ハ……ごきげんよう……」
 クラスメイトと別れた美咲は深くため息をつく。みんな良い人たちばかりなのだが、どうも、こういったお嬢様たちとの付き合いが苦手だった。
「さて……それじゃ行くぞ!」
 気合いを入れなおす美咲であった。



「直近の目標は、予選会の出場だ!」

 駅伝部専用寮、共用フロアの隣にあるミーティングルームで、ハルトはホワイトボードをたたきながらそう宣言する。
 ホワイトボードには、『全日本大学駅伝関東予選会』と書かれていた。

 全日本大学駅伝は毎年、十一月上旬に行われる大学三大駅伝の一つ。
 箱根駅伝は関東の大学しか出場できないが、文字通り全国大会となるのが、この全日本大学駅伝なのだ。
 その関東予選会は例年、六月末に行われるのだが……

 ハルトには思惑があった――
 それは、箱根駅伝と全日本大学駅伝大会の決定的な違いにある。
 何かというと、箱根は十区間に対し、全日本は八区間という点。つまり、八人そろえば出場可能だ。
 ということは、会長を頭数に入れなくても出場できる! そんな皮算用をハルトは考えていたのだ……実にセコい……

「目標って、たかが予選だろ?」
 三つ子の長男、大悟零がそう言うと、ハルトは「フ、フ、フ……」と意味深な笑みを浮かべる。

「予選だと甘く見てはいけないのだよ諸君! 関東予選会は百を超える関東学連所属大学の中で、シード校を除く、わずか二十の大学しか出場できないのだよ」
 なぜか、ヤマタカのような口調になるハルト。
「それじゃ、どうすれば出場できるんだよ?」
 次男、大悟はつが言うと……
「いい質問だ!」
 と、これまたノリノリで応える。
「いいか? 予選会にエントリーするためには、少なくても八人が一万メートルの公認タイムを持つ必要がある。その八人の合計タイムが速い上位二十校に予選会の出場権が与えられるのだよ」
 その説明に全員が「ふーん……」と、わかったかわからないか、中途半端な反応を示す。

「つまり、僕たちは一万メートルの公認タイムを持つ必要があるっていうこと?」
 末っ子、大悟ふたがそう質問する。
「その通り!」
 ハルトが指を差す。

「それって……どういうことだよ?」
 ヤマタカが興味無さそうにたずねると――

「僕たちはこの週末、記録会に出場する!」
「――⁉」

「全員、N大長距離記録会にエントリーしておいた。あと一週間、ベストな状態にして記録会に臨むぞ!」
 ハルトが拳を突き上げるが、皆、反応が薄い。
「ベストな状態――て? 具体的に何するんだよ?」

 ハルトは「ふ……」と、笑みを見せて――
「何もしない――」
 と、伝える。

 三つ子から「なんだよ」と声があがる。
「だったら、ミーティングなんてする必要ないじゃん」
 しかし、ハルトは「勘違いしないでほしい」と言う。
「普段どおりにしていいという訳じゃない。余計なことを『何もするな!』ということだよ」

 皆が、言っていることがわからない……という顔をする。
 ハルトは説明する。
「まず、間食は禁止! これからは、栄養士が決めた食事だけを三食きっちり食べる」
 それを聞いたヤマタカが手をあげる。
「夕飯の替わりにスナック菓子を食べてもいい? カロリーが同じだったら良いんだろう?」
 ハルトは「それブーッ!」と言う。
「スナック菓子みたいな油で揚げた食品は、体を酸化させて、ダルさが抜けなくなるの。それは露骨にタイムとして出てくる。糖分の多いチョコレートやケーキもまったく同じ! それと塩分が多い食事もダメ! 水分を余計に摂取してしまうので、体が重くなる!」
 えーっ? という声があがる。まるで子供だ。
「わかったよ。今度の記録会までの一週間だけだろ? それくらいなら我慢するよ」
 三つ子がそう言うので、ハルトは「ちがーう!」と怒鳴る。
「僕たちはアスリートなの! 記録会だけじゃなく、これからも食事に心掛ける必要があるの!」

「それって、いつまでだよ? 箱根までか?」
 ハルトはため息をひとつつく。
「競技を続けていく間はずーっとだよ。あたりまえだろ?」
 全員、黙り込む。中には露骨に嫌な顔をしている者もいるので、これで良く二カ月やってこれたと、ハルトは逆に感心する。

「それから、夜更かしもしない。今日から毎日十時に就寝、翌朝五時に起床して、朝食前に十キロのロードワークをする」
 それには三つ子が食い下がる。
「十時って……ガキじゃあるまいし、そんなに早く寝られないよ」
「そうゆう習慣を身に付けなさい! 疲労というのは体の炎症なの。寝ることでその炎症を取り除き、新しい細胞を作る大事なホルモンが体内に分泌されるのだけど、睡眠時間が不規則だと、そのホルモンの分泌が減って、疲労が完全に取り除けない。それが続くと疲労が蓄積されて、練習の効果が出なくなる。効果が出ないからモチベーションが下がる。負のスパイラルに入ってしまうんだって!」
 言っていることはわかるが、本当にアスリートは全員、そんな修行僧みたいな生活をしているのだろうか?

 長谷川に聞いてみると……
「まあ、そうだね。実業団は寮だけじゃなく、家庭を持っている選手もいるけど、皆、食事と睡眠にはとても気を使っているね。それとお酒も控えている。お酒は眠りを浅くするから良くないと指導されているからね」
 そうなんだと、全員納得する。
 なぜ、自分が言っても信じてもらえないのに、長谷川の言うことは信じる? という不満もあるが、理解してもらえたので良しとした。
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