7 / 44
~ 二 ~ 枯れ木も山の賑わい
第七話
しおりを挟む
オリンピック選手がチームメイト⁉
しかもハルトと同じ新入生⁉
「ボクは高卒で実業団に入ったから、大学に行ってないんだ」
陸上長距離界の大イベントに箱根駅伝があるので、誰もが箱根を経験して実業団に入ると思われ勝ちだが、結構、高卒で実業団に入る選手も多い。
さまざまな理由があるだろうが、あえて、『箱根』という特殊な競技を回避して、トラック競技やマラソン競技に注力したいという選手もいるのだ……
「ボクの場合は、早くお金を稼ぎだいという理由だったんだけどね」
もうすぐ三十歳になる長谷川だが、そう悪びれず話す表情は、なかなかのイケメンである。
「でもどうして、今年から大学に?」
当然の疑問だが、長谷川は苦笑いする。
「実は……妻に逃げられてしまってね……」
「…………ハイ?」
長谷川の話では、昨年、奥さんが子供たちを残して出て行ってしまったそうだ。
仕方なく、実家に子供たちを預けようとしたのだが、祖母の介護があるので預かれないと言われたらしい。託児所も探したのだが、このご時世、なかなか見付からない。結局、面倒を見るため会社を辞めた。
そのまま、競技も引退しようと考えていた時に、会長から声が掛かったのだという。
「なんか……世知辛い世の中ですね……」
ハルトは苦笑いする。
「お子さんは、昼間、教育学部の児童学習科にある託児所で預かることが決まっている。長谷川さんも将来、母校で教鞭を執りたいという夢があるそうなので、同じ教育学部に入学してもらった」
会長の説明に、「はあ……」という声が漏れてしまう。
なんか、人の弱みに付け込んだようで、申し訳けない気持ちになるのだが――
「知ってのとおり、長谷川さんの実績は申し分ない。間違いなく、我が校の戦力となるはずだ」
長谷川選手の一万メートルベストタイムは二十七分三十八秒。四年前に出したモノだが、日本人トップクラスの記録である。
さすがに全盛期の力は期待できないとしても、学生ランナーとしては充分通用するだろう。
しかし、子持ちの箱根戦士とは……
実業団経験者が、大学に入って箱根に出場した記録はいくつもある。
有名なところでは、独特な掛け声で知られる駒澤大の大八木総監督も社会人になってから改めて大学に入り、箱根に出場した苦労人だ。
学生スポーツながら年齢制限はないので、レギュレーション的には全く問題ないのだ。
――とは言っても、これでやっと三人。箱根に出場するためには、あと七人の選手が必要なのだが……
長谷川に纏わり付いている女の子がいるのをハルトは気付いた。三才くらいか?
「この子も長谷川さんのお子さんですか?」
長谷川は「そうだよ」と答える。
「カワイイですね。お嬢ちゃん何歳? お名前は?」
ハルトが笑顔で近付くと女の子は怖がって、父親の背中に隠れる。
「……ハルト君、いくら小さい子が好きだからって、同級生の娘にまで手を出すのは宜しくないと思うぞ」
会長が窘める。
「人を不審者呼ばわりするのは止めてください!」
ハルトは全力で否定した。
「ハルトさん、そうだったのですか?」
アスナが引き気味にたずねる。
「ち、違うから!」
「私が小さい頃、一緒に遊んでいたのは、そういう目的だったのね……」
ショックを受けるユミだった。
「コラ! いったい、いつの話をしている⁉」
まったく、どいつもこいつも……そう、ハラを立てるハルト。
「メイ、このお兄ちゃんは変態だから、向こうで遊んでなさい」
「長谷川さんまでそう言うの止めてください!」
どうやら、ハルトは周りからイジられやすい性格のようだ。
「会長、風祭さんをお連れしました」
イズル女史の声である。
振り向くと、細マッチョの日焼けが似合う、これまたイケメンが現れた。
彼も駅伝部員なのだろうか……まあ、良く鍛え上げられているようだが、それより……
「あのう……スミマセン、その腹掛けは?」
そう、男性は腹掛けを着用して現れたのだ! それだけでない、股引きに法衣……これって?
「いやあ、申し訳けない。今朝、どうしても出てほしいと、急な仕事が入りまして……着替える余裕がなかったので、そのまま来ちゃいました!」
自分の頭を軽くたたきながら、笑顔で答える風祭という男性。
「……失礼ですが、ご職業は?」
ハルトが恐る恐るたずねる。
「昨日までは人力車夫をやってました――が、今日からはこの大学の生徒です。あくまでも、今朝はバイトですので……」
そう釈明する風祭。笑顔がとにかく眩しい。
会長の方へ顔を向ける。
「えーと、これはいったい?」
「なんだ、キミは知らないのかね? 箱根駅伝には人力車夫が出場した記録があるそうだ」
「知ってますよ! 有名な選手替え玉事件ですよね⁉」
ちなみに、替え玉だとバレた理由が、他校の選手を抜いた時、「アラヨット!」と言っていたからだとか……
「替え玉事件ばかり伝えられていて、悪い印象になっているが、人力車夫が夜間部に入学して、箱根で活躍したという実績もある」
「えっ? そうなの?」
ちょっとした箱根トレビアでした。
「風祭君は知る人ぞ知る有名な人力車夫で、三カ月先まで予約が埋まっているほどの人気者なのだそうだ」
「浅草にお越しの際は、ぜひ、ご指名ください」
風祭は営業スマイルで名刺を渡す。
「あ……ども」
思わず名刺に手が出るハルト。
「そうじゃなくて! 陸上経験はあるんですか⁉」
「陸上競技の経験はないですが、高校ではラグビー部で、ウィングバックでした」
なるほど鍛えられた体はラグビーのおかげか……
高校時代、別の競技だった箱根戦士も結構多い。
……とはいうものの――
(……ウィングバックなら脚力はありそうだけど……)
ハルトはため息をつく。
「共有フロアってここ?」
また、新たな登場人物。やはり、部員だろうか?
今度は、もっと期待できる人であってほしい――そう、ハルトは願うのだが……
「ああ、そうだよ大悟君たち」
……たち?
振り向くと……
あれ? 目が霞んだ?
何度か目を擦るハルト。しかし、見えているモノは変わらない。
青いスタジャンを着た小柄な若者が見えるのだが……
(さ……三人いる……)
ハルトの目には、大悟と呼ばれた若者の姿が三つ見えていたのだ。
ヤバい……乱視か?
焦るハルト。しかし、どうも様子がおかしい……
三つの体がそれぞれ別の動きを始めるではないか⁉
「――えっ?」
最近、いろいろショッキングな出来事が続いていたので、目だけでなく、脳まで暴走し始めたのだろうか?
「彼らは三つ子なのだよ」
「それ、先に言ってください!」
どうやら、ハルトはまだ正常らしい。
「左から、零君、初君、弐君だ」
三つ子だからって、随分安直な名前だ――と思ってしまう。しかも、ゼロから始まるとは……
「彼らの父親が、あるアニメのファンなのだそうだ」
あ、やっぱりね……
「それにしても良く見分けることができますね……」
茶髪のちょっと生意気そうな顔。三人とも同じ顔にヘヤスタイルなので、ハルトには全く見分けが付かない。
「スタジャンに名前が書いてあるぞ」
「あ……」
あっさりタネ明かしされると、恥ずかしい……
「それにしても、三つ子とは……」
双子ならまだしも、三つ子はめずらしい。
「そうなんだよ。探すのに苦労した」
「……………………?」
どういう意味だ? まるで三つ子をわざわざ探していたような言い方だが……
「いかにも。私は三つ子を探していたのだよ」
「……………………はい?」
しかもハルトと同じ新入生⁉
「ボクは高卒で実業団に入ったから、大学に行ってないんだ」
陸上長距離界の大イベントに箱根駅伝があるので、誰もが箱根を経験して実業団に入ると思われ勝ちだが、結構、高卒で実業団に入る選手も多い。
さまざまな理由があるだろうが、あえて、『箱根』という特殊な競技を回避して、トラック競技やマラソン競技に注力したいという選手もいるのだ……
「ボクの場合は、早くお金を稼ぎだいという理由だったんだけどね」
もうすぐ三十歳になる長谷川だが、そう悪びれず話す表情は、なかなかのイケメンである。
「でもどうして、今年から大学に?」
当然の疑問だが、長谷川は苦笑いする。
「実は……妻に逃げられてしまってね……」
「…………ハイ?」
長谷川の話では、昨年、奥さんが子供たちを残して出て行ってしまったそうだ。
仕方なく、実家に子供たちを預けようとしたのだが、祖母の介護があるので預かれないと言われたらしい。託児所も探したのだが、このご時世、なかなか見付からない。結局、面倒を見るため会社を辞めた。
そのまま、競技も引退しようと考えていた時に、会長から声が掛かったのだという。
「なんか……世知辛い世の中ですね……」
ハルトは苦笑いする。
「お子さんは、昼間、教育学部の児童学習科にある託児所で預かることが決まっている。長谷川さんも将来、母校で教鞭を執りたいという夢があるそうなので、同じ教育学部に入学してもらった」
会長の説明に、「はあ……」という声が漏れてしまう。
なんか、人の弱みに付け込んだようで、申し訳けない気持ちになるのだが――
「知ってのとおり、長谷川さんの実績は申し分ない。間違いなく、我が校の戦力となるはずだ」
長谷川選手の一万メートルベストタイムは二十七分三十八秒。四年前に出したモノだが、日本人トップクラスの記録である。
さすがに全盛期の力は期待できないとしても、学生ランナーとしては充分通用するだろう。
しかし、子持ちの箱根戦士とは……
実業団経験者が、大学に入って箱根に出場した記録はいくつもある。
有名なところでは、独特な掛け声で知られる駒澤大の大八木総監督も社会人になってから改めて大学に入り、箱根に出場した苦労人だ。
学生スポーツながら年齢制限はないので、レギュレーション的には全く問題ないのだ。
――とは言っても、これでやっと三人。箱根に出場するためには、あと七人の選手が必要なのだが……
長谷川に纏わり付いている女の子がいるのをハルトは気付いた。三才くらいか?
「この子も長谷川さんのお子さんですか?」
長谷川は「そうだよ」と答える。
「カワイイですね。お嬢ちゃん何歳? お名前は?」
ハルトが笑顔で近付くと女の子は怖がって、父親の背中に隠れる。
「……ハルト君、いくら小さい子が好きだからって、同級生の娘にまで手を出すのは宜しくないと思うぞ」
会長が窘める。
「人を不審者呼ばわりするのは止めてください!」
ハルトは全力で否定した。
「ハルトさん、そうだったのですか?」
アスナが引き気味にたずねる。
「ち、違うから!」
「私が小さい頃、一緒に遊んでいたのは、そういう目的だったのね……」
ショックを受けるユミだった。
「コラ! いったい、いつの話をしている⁉」
まったく、どいつもこいつも……そう、ハラを立てるハルト。
「メイ、このお兄ちゃんは変態だから、向こうで遊んでなさい」
「長谷川さんまでそう言うの止めてください!」
どうやら、ハルトは周りからイジられやすい性格のようだ。
「会長、風祭さんをお連れしました」
イズル女史の声である。
振り向くと、細マッチョの日焼けが似合う、これまたイケメンが現れた。
彼も駅伝部員なのだろうか……まあ、良く鍛え上げられているようだが、それより……
「あのう……スミマセン、その腹掛けは?」
そう、男性は腹掛けを着用して現れたのだ! それだけでない、股引きに法衣……これって?
「いやあ、申し訳けない。今朝、どうしても出てほしいと、急な仕事が入りまして……着替える余裕がなかったので、そのまま来ちゃいました!」
自分の頭を軽くたたきながら、笑顔で答える風祭という男性。
「……失礼ですが、ご職業は?」
ハルトが恐る恐るたずねる。
「昨日までは人力車夫をやってました――が、今日からはこの大学の生徒です。あくまでも、今朝はバイトですので……」
そう釈明する風祭。笑顔がとにかく眩しい。
会長の方へ顔を向ける。
「えーと、これはいったい?」
「なんだ、キミは知らないのかね? 箱根駅伝には人力車夫が出場した記録があるそうだ」
「知ってますよ! 有名な選手替え玉事件ですよね⁉」
ちなみに、替え玉だとバレた理由が、他校の選手を抜いた時、「アラヨット!」と言っていたからだとか……
「替え玉事件ばかり伝えられていて、悪い印象になっているが、人力車夫が夜間部に入学して、箱根で活躍したという実績もある」
「えっ? そうなの?」
ちょっとした箱根トレビアでした。
「風祭君は知る人ぞ知る有名な人力車夫で、三カ月先まで予約が埋まっているほどの人気者なのだそうだ」
「浅草にお越しの際は、ぜひ、ご指名ください」
風祭は営業スマイルで名刺を渡す。
「あ……ども」
思わず名刺に手が出るハルト。
「そうじゃなくて! 陸上経験はあるんですか⁉」
「陸上競技の経験はないですが、高校ではラグビー部で、ウィングバックでした」
なるほど鍛えられた体はラグビーのおかげか……
高校時代、別の競技だった箱根戦士も結構多い。
……とはいうものの――
(……ウィングバックなら脚力はありそうだけど……)
ハルトはため息をつく。
「共有フロアってここ?」
また、新たな登場人物。やはり、部員だろうか?
今度は、もっと期待できる人であってほしい――そう、ハルトは願うのだが……
「ああ、そうだよ大悟君たち」
……たち?
振り向くと……
あれ? 目が霞んだ?
何度か目を擦るハルト。しかし、見えているモノは変わらない。
青いスタジャンを着た小柄な若者が見えるのだが……
(さ……三人いる……)
ハルトの目には、大悟と呼ばれた若者の姿が三つ見えていたのだ。
ヤバい……乱視か?
焦るハルト。しかし、どうも様子がおかしい……
三つの体がそれぞれ別の動きを始めるではないか⁉
「――えっ?」
最近、いろいろショッキングな出来事が続いていたので、目だけでなく、脳まで暴走し始めたのだろうか?
「彼らは三つ子なのだよ」
「それ、先に言ってください!」
どうやら、ハルトはまだ正常らしい。
「左から、零君、初君、弐君だ」
三つ子だからって、随分安直な名前だ――と思ってしまう。しかも、ゼロから始まるとは……
「彼らの父親が、あるアニメのファンなのだそうだ」
あ、やっぱりね……
「それにしても良く見分けることができますね……」
茶髪のちょっと生意気そうな顔。三人とも同じ顔にヘヤスタイルなので、ハルトには全く見分けが付かない。
「スタジャンに名前が書いてあるぞ」
「あ……」
あっさりタネ明かしされると、恥ずかしい……
「それにしても、三つ子とは……」
双子ならまだしも、三つ子はめずらしい。
「そうなんだよ。探すのに苦労した」
「……………………?」
どういう意味だ? まるで三つ子をわざわざ探していたような言い方だが……
「いかにも。私は三つ子を探していたのだよ」
「……………………はい?」
13
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜
三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。
父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です
*進行速度遅めですがご了承ください
*この作品はカクヨムでも投稿しております
女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
カリスマレビュワーの俺に逆らうネット小説家は潰しますけど?
きんちゃん
青春
レビュー。ネット小説におけるそれは単なる応援コメントや作品紹介ではない。
優秀なレビュワーは時に作者の創作活動の道標となるのだ。
数々のレビューを送ることでここアルファポリスにてカリスマレビュワーとして名を知られた文野良明。時に厳しく、時に的確なレビューとコメントを送ることで数々のネット小説家に影響を与えてきた。アドバイスを受けた作家の中には書籍化までこぎつけた者もいるほどだ。
だがそんな彼も密かに好意を寄せていた大学の同級生、草田可南子にだけは正直なレビューを送ることが出来なかった。
可南子の親友である赤城瞳、そして良明の過去を知る米倉真智の登場によって、良明のカリスマレビュワーとして築いてきた地位とプライドはガタガタになる!?
これを読んでいるあなたが送る応援コメント・レビューなどは、書き手にとって想像以上に大きなものなのかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる