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~ 一 ~ 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ
第一話
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箱根駅伝――
正式名称、東京箱根間往復大学駅伝競争。漢字十三文字にもなるこの大会が正月の風物詩として、日本国民の心に定着してからかなり久しい。
実のところ、学生がただ走る映像を二日間、合計十一時間放送して、三千万人が視聴するという、『ここがヘンだぞ日本人』に取り上げられても不思議ではない現象が、毎年、何の疑いもなく続けられていた。
優勝した大学にもたらされる経済効果は数十億円と言われる。今や箱根出場は大学経営にとって最優先課題であり、そのために有望な選手、監督の囲い込みはもちろん、施設の充実やメーカーとのタイアップなど、ありとあらゆるところで多額の資金が動いている。
これは、そんな学生競技という域を逸脱してしまった箱根駅伝のために、人生を振り回されてしまう若者の話である――
*
米原ハルト――
十八歳になる彼は、各世代で陸上長距離界に輝かしい実績を残してきた。
三千メートルの中学記録を更新し、長野の駅伝で有名な高校へ進学。一年生の時からレギュラーとなり、三年間全国高校駅伝に出場した。
高校三年時には、ケニア人留学生を破り、インターハイを優勝している。秋には五千メートルの高校記録も塗り替えた。
ネット上では、彼の進学先がどこかで連日盛り上がり、箱根の常連校が候補としてあげられていたという。
もちろん、本人も将来、箱根を走ると確信していた。
いくつもの大学から声を掛けられていたのだが、結局、子供の頃からの夢であった臙脂を思い浮かべる大学のトップアスリート推薦入試を受ける。
結果は不合格だった――
その当時、彼の落胆ぶりはとても見られるモノではなかった。彼にとって初めての挫折が、よりによって大学受験だったのだ。
それでも、箱根への夢を捨てきらない彼は、他の大学にもコンタクトを取る。なのにスカウト達は逃げるように彼から去っていった。
それまで、煩いくらい纏わりついていたというのに……
(おかしい……)
彼は明らかな違和感に気付き、ある大学のスカウトを捕まえて理由を聞こうと食い下がった。
「ごめん……こんなところを見られたりしたら、非常に困るんだ。私にも生活がある――わかってくれ」
「――――――――えっ?」
スカウトはそれだけ言い残して、彼の前に二度と現れなかった。
それって……どういうこと?
普通の高校生である自分と話をするだけで、なぜ、そんな大げさな事態になる⁉
ハルトは混乱した。
(いったい、僕が何をしたというんだ?)
今まで学校の内外に関わらず、トラブルを起こした記憶はない。
ソーシャルネットワークでの『つぶやき』も、不適切な言葉を使わないように充分注意した。いわゆる『炎上』も起こしたことはない。
つまり、大学から避けられる理由が全く思い付かない。
過ぎたことを引き摺っても仕方がない。
彼は一般入試で入学を目指すことに切り替えた。
もともと、勉強も人並み以上に出来ている。普段の実力を発揮すれば、どこかの大学に入れるはずだ。
そのくらいまで、前向きな考えができる程度に立ち直ってきた……そんな日々のある休日――
「ハルトぉ、また受験票が届いているよ!」
年が明け、三年間生活した高校の寮を追い出され、都内――といっても、二十三区内ではないのだが――の実家に戻っていた彼は、母親がそう叫ぶ声を耳にした。
(――受験票?)
一般入試の受験票は既に届いている。他に受験予定はなかったはずだが……いったい、どこの大学なのか?
母親からその受験票を受け取ると……
「ルドルフ学園大学……?」
どこかで聞いたことのある名だが、そんな大学に願書を出した覚えがない――
何かの間違えか? そう思っていると……
「ル……ルドルフ学園だとぉ‼」
父親の声だ。
彼は官庁で働く国家公務員。それなりにキャリアコースを歩んでいる。
「何だよ、いきなり大声出すなよ……」
ハルトが文句を言うと――
「大声にもなるさ! ルドルフ学園だぞ! あの綾小路財団が運営する、超エリート学校の!」
そう言われて、ハルトも「ああ……」とつぶやく。
三年前、新設された学校がメディアで騒がれていたことを思い出した。
ルドルフ学園――
かつて世界をリードした、日本のテクノロジーと経済の復権を目指すべく、有望な若者を入学させて、英才教育を施す。それを目的として設立した学園。
首都圏郊外の広大な土地に小、中、高、大学の全てを網羅した学園都市を築き、学生は最高の環境で学んでいる。
そこは完全な実力主義。政界、財界の重鎮が、その子息をルドルフ学園に入学させるべく、家庭教師を雇って、勉学に励ませていると聞く。血のにじむような努力の末、ルドルフ学園に入学できるのは、それでも、ほんの一握りらしい。
そこまでして学園に入学させたいのは、その後の人生が確約されているからに他ならない。国内外の有名企業は当然のごとく、日本はおろか海外の政府もルドルフ学園に出資、支援している。
その実力は……
一年目で東大の偏差値を超え、昨年は世界大学ランキングでハーバード大に肉薄していた。今年は一位になるのではとウワサされる。
「上司の息子が、昨年、ルドルフ学園を受験して落ちたそうだ。その結果、局長への昇進が危なくなっているらしい……もし、お前がルドルフ学園に入学すれば、上司との立場が逆転して、私が局長になる可能性も出てくる……」
父親は「フ、フ、フ……」と含み笑いを見せた。
息子の力で、自分の出世を期待するなんてどういう親だ……とあきれる。
「言っとくけど、ルドルフ学園を受験するつもりなんてないから……」
ハルトが受験票を捨てようとすると、父親はその腕をつかむ。
「ハルト……お前、まさかそれを捨てるつもりじゃないよな?」
鬼気迫る父親の表情にギョッとするが、ハルトは言う。
「いや、僕は箱根を走るために大学へ行くのであって、その可能性のない大学に興味はないから……」
「お、おまえはなんてことを言うんだぁ‼」
突然叫ぶ父親に面食らう。
「えっ? えっ?」
「おまえは、家族を路頭に迷わすつもりかぁ!!」
なぜ⁉ どうして? 息子の受験で、家族の危機になるのか? 当然、ハルトには理解できない。
「そ、それってどういう……」
「いいか? ルドルフ学園の受験をドタキャンしたなんて知られたら、私たち家族は、もう日本に居られなくなるんだぞ!」
「えっ? えーーーーーーっ!」
それって、国外追放⁉ いくらなんでも、受験くらいで……
「いいか、絶対に受験をしろ! 受からなくてもいい。とにかく、会場まで行け! いいな!」
父親の威圧に、仕方なく「うん……」と言う。
(まあ、受験するだけなら……)
受験票があるということは、少なくても試験は受けさせてくれるはず。それなら、一般入試の予行練習にもなるだろう……
ハルトはそんな軽い気分でいた。
翌週、ルドルフ学園へと向かう。
そこで起きた出来事は……
たとえ家族が崩壊しても、ここに来るべきではなかった……そう、彼は生涯後悔する事になる。
正式名称、東京箱根間往復大学駅伝競争。漢字十三文字にもなるこの大会が正月の風物詩として、日本国民の心に定着してからかなり久しい。
実のところ、学生がただ走る映像を二日間、合計十一時間放送して、三千万人が視聴するという、『ここがヘンだぞ日本人』に取り上げられても不思議ではない現象が、毎年、何の疑いもなく続けられていた。
優勝した大学にもたらされる経済効果は数十億円と言われる。今や箱根出場は大学経営にとって最優先課題であり、そのために有望な選手、監督の囲い込みはもちろん、施設の充実やメーカーとのタイアップなど、ありとあらゆるところで多額の資金が動いている。
これは、そんな学生競技という域を逸脱してしまった箱根駅伝のために、人生を振り回されてしまう若者の話である――
*
米原ハルト――
十八歳になる彼は、各世代で陸上長距離界に輝かしい実績を残してきた。
三千メートルの中学記録を更新し、長野の駅伝で有名な高校へ進学。一年生の時からレギュラーとなり、三年間全国高校駅伝に出場した。
高校三年時には、ケニア人留学生を破り、インターハイを優勝している。秋には五千メートルの高校記録も塗り替えた。
ネット上では、彼の進学先がどこかで連日盛り上がり、箱根の常連校が候補としてあげられていたという。
もちろん、本人も将来、箱根を走ると確信していた。
いくつもの大学から声を掛けられていたのだが、結局、子供の頃からの夢であった臙脂を思い浮かべる大学のトップアスリート推薦入試を受ける。
結果は不合格だった――
その当時、彼の落胆ぶりはとても見られるモノではなかった。彼にとって初めての挫折が、よりによって大学受験だったのだ。
それでも、箱根への夢を捨てきらない彼は、他の大学にもコンタクトを取る。なのにスカウト達は逃げるように彼から去っていった。
それまで、煩いくらい纏わりついていたというのに……
(おかしい……)
彼は明らかな違和感に気付き、ある大学のスカウトを捕まえて理由を聞こうと食い下がった。
「ごめん……こんなところを見られたりしたら、非常に困るんだ。私にも生活がある――わかってくれ」
「――――――――えっ?」
スカウトはそれだけ言い残して、彼の前に二度と現れなかった。
それって……どういうこと?
普通の高校生である自分と話をするだけで、なぜ、そんな大げさな事態になる⁉
ハルトは混乱した。
(いったい、僕が何をしたというんだ?)
今まで学校の内外に関わらず、トラブルを起こした記憶はない。
ソーシャルネットワークでの『つぶやき』も、不適切な言葉を使わないように充分注意した。いわゆる『炎上』も起こしたことはない。
つまり、大学から避けられる理由が全く思い付かない。
過ぎたことを引き摺っても仕方がない。
彼は一般入試で入学を目指すことに切り替えた。
もともと、勉強も人並み以上に出来ている。普段の実力を発揮すれば、どこかの大学に入れるはずだ。
そのくらいまで、前向きな考えができる程度に立ち直ってきた……そんな日々のある休日――
「ハルトぉ、また受験票が届いているよ!」
年が明け、三年間生活した高校の寮を追い出され、都内――といっても、二十三区内ではないのだが――の実家に戻っていた彼は、母親がそう叫ぶ声を耳にした。
(――受験票?)
一般入試の受験票は既に届いている。他に受験予定はなかったはずだが……いったい、どこの大学なのか?
母親からその受験票を受け取ると……
「ルドルフ学園大学……?」
どこかで聞いたことのある名だが、そんな大学に願書を出した覚えがない――
何かの間違えか? そう思っていると……
「ル……ルドルフ学園だとぉ‼」
父親の声だ。
彼は官庁で働く国家公務員。それなりにキャリアコースを歩んでいる。
「何だよ、いきなり大声出すなよ……」
ハルトが文句を言うと――
「大声にもなるさ! ルドルフ学園だぞ! あの綾小路財団が運営する、超エリート学校の!」
そう言われて、ハルトも「ああ……」とつぶやく。
三年前、新設された学校がメディアで騒がれていたことを思い出した。
ルドルフ学園――
かつて世界をリードした、日本のテクノロジーと経済の復権を目指すべく、有望な若者を入学させて、英才教育を施す。それを目的として設立した学園。
首都圏郊外の広大な土地に小、中、高、大学の全てを網羅した学園都市を築き、学生は最高の環境で学んでいる。
そこは完全な実力主義。政界、財界の重鎮が、その子息をルドルフ学園に入学させるべく、家庭教師を雇って、勉学に励ませていると聞く。血のにじむような努力の末、ルドルフ学園に入学できるのは、それでも、ほんの一握りらしい。
そこまでして学園に入学させたいのは、その後の人生が確約されているからに他ならない。国内外の有名企業は当然のごとく、日本はおろか海外の政府もルドルフ学園に出資、支援している。
その実力は……
一年目で東大の偏差値を超え、昨年は世界大学ランキングでハーバード大に肉薄していた。今年は一位になるのではとウワサされる。
「上司の息子が、昨年、ルドルフ学園を受験して落ちたそうだ。その結果、局長への昇進が危なくなっているらしい……もし、お前がルドルフ学園に入学すれば、上司との立場が逆転して、私が局長になる可能性も出てくる……」
父親は「フ、フ、フ……」と含み笑いを見せた。
息子の力で、自分の出世を期待するなんてどういう親だ……とあきれる。
「言っとくけど、ルドルフ学園を受験するつもりなんてないから……」
ハルトが受験票を捨てようとすると、父親はその腕をつかむ。
「ハルト……お前、まさかそれを捨てるつもりじゃないよな?」
鬼気迫る父親の表情にギョッとするが、ハルトは言う。
「いや、僕は箱根を走るために大学へ行くのであって、その可能性のない大学に興味はないから……」
「お、おまえはなんてことを言うんだぁ‼」
突然叫ぶ父親に面食らう。
「えっ? えっ?」
「おまえは、家族を路頭に迷わすつもりかぁ!!」
なぜ⁉ どうして? 息子の受験で、家族の危機になるのか? 当然、ハルトには理解できない。
「そ、それってどういう……」
「いいか? ルドルフ学園の受験をドタキャンしたなんて知られたら、私たち家族は、もう日本に居られなくなるんだぞ!」
「えっ? えーーーーーーっ!」
それって、国外追放⁉ いくらなんでも、受験くらいで……
「いいか、絶対に受験をしろ! 受からなくてもいい。とにかく、会場まで行け! いいな!」
父親の威圧に、仕方なく「うん……」と言う。
(まあ、受験するだけなら……)
受験票があるということは、少なくても試験は受けさせてくれるはず。それなら、一般入試の予行練習にもなるだろう……
ハルトはそんな軽い気分でいた。
翌週、ルドルフ学園へと向かう。
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