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第三章 ちょいとこらしめる?

第32話 魔法少女

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「ファイアボール!」

 私の杖から飛び出した火の玉がゴブリンにぶち当たると、ゴブリンは奇声をあげる。そのまま仰向けに倒れ、スーッと消えていった。

「私の相手として、チカラ不足だったようね。出直してらっしゃい」
 こめかみに人差し指と中指を当て、ポーズを決める。

 二十年も前にテレビ放映された『ファンシーマギカ・エイミーちゃん』のライバル、シシリーの決めセリフ――それが、今の言葉。

 最初は悪役として現れるのだけど、こうして主人公のエイミーを退けると、トドメを討つことなく去ってしまう。後半になって、実はエイミーと異母姉妹だと明かし、真の敵、ベールセブブに二人で挑むというストーリーだった。

 一年間の放映後も人気はおさまらず、それから何度も続編というカタチで映画化されている。
 また、主人公が入れ替わりながら、ファンシーマギカというタイトルの入った番組が今でも日曜朝の放映枠を維持している。

 なにが言いたいのか――というと――
 つまり私、綾瀬マリコはこの物語を子供の頃に見て、魔法少女にあこがれた少女。

 もちろん、現実は理解していた。私は堅実に人生を歩むべく、それなりの学校に入って、四角物産という、それなりに名のある会社に就職した。

 だけど、実はこっそり、MMORPGで魔導士をやっては、魔法少女を演じてきた。
『ユグドラシル』というゲームで、魔法少女『マリリン』といえば、かなり名の知れたプレイヤーだったはず。

 それも三年前に引退した。なぜなら、それなりに責任ある立場で仕事をすることになっていたから。
 私は、もう――はずだった。

 なのに――!

 今年、仕事場のある大手町にダンジョンが登場!
 そう、あの『ちょいダン』が!

 私は、その誘惑に負けて、こっそりと始めてしまった。シシリーのコスも新調して――

 普段の私は、仕事場でもあまり目立たない存在。自分で言うのもなんだけど、はっきり言って、な容姿――
 別にそうして、世を忍んでいるわけではない。本来の性格がイモなの。

 だけど、魔法少女になった時、自分は変われた。
 そう、『ちょいダン』の中で、私は魔法少女だった。

 今の私は綾瀬マリコではなく、魔法少女『マリリン』なのよ!

 なのに、同じ部署の後輩、根津くんに私のことがバレてしまった――
『ちょいダン』での私は、コンタクトに付けまつげ。髪形も変えている。つまり、ほとんど別人。オリエンテーションで根津くんの姿を見かけた時はさすがに焦ったけど、それでも、気づかれていないと思っていた。

 だけど、彼は私だと気づいていた。
 彼は先週、ウチの部署に転属してきたばかりで、私とはほとんど面識がなかったはずなのに――
 そして、ちょいダンでの私を「カワイイ」と言ってくれた――

「バ、バカ! なに、意識しているのよ」
 根津くんは私より四歳も下。彼にしてみれば、私はオバサンよ。

 カワイイと言ってくれたのも、社交辞令みたいなモノじゃない。しっかりしなさい、私――


 そんなことをウダウダと考えていたとき――

「あ、ほんとうだ! コスプレイヤーがいる」

 そんな若い男性の声がしたので、私は振り向く。三人の姿が見えた。

 形式的に「こんばんは」と挨拶あいさつする。相手もそれで離れていくと思った。
 だけど――

「ねえねえ、写真撮らせてよ」
「――えっ?」

 ひとりがスマホを取り出したので、「やめてください」と断った。

「ナニ言っているの? そんなカッコウをして、断る? ふつう?」

 男たちはニヤニヤしながら、近寄ってきた。

「本当にやめてください。怒りますよ」
「へえ、どんなふうに怒るのかな?」

 さすがにそんなことを言われたら、ハラが立つ。

「イイ加減にしてください!」
 そう言って、杖を相手に向ける。

「オイオイ、PKは禁止されているんだぞ?」

 PK――プレイヤーキリング。つまり、プレイヤーに対しての攻撃だ。
 PKはチュートリアルでもはっきりと『禁止』と説明されていたので、さすがにわかっている。だけど、こういった状況では思わず手が出てしまう。

「そっちがしつこいからでしょ?」
 そう言いわけすると、相手はまた近寄ってくる。

「そう言わずにさあ――」と、今度は私の手を握ってきた。

「離して!」
 乱暴に手を振り、相手の手を振りほどくと、男は「イテッ!」と声をあげる。

「おい、なにをするんだよ!」と今度は怒ってきた。

「なあ、良く見ると、コイツ、オバサンじゃん」と別の男が言う。

「オバ――⁉」
 それはアラサーだし、オバサンかもしれないけど、面と向かって言われるなんて――

「ちょっと――」

「なんだよ。オバサンのくせにもったいをつけやがって」
 二度もオバサンと言われた。なんか、くやしい――

「なんだ? このオバサン。涙流しているぞ」
 男たちに笑われる。なんで、ここまでバカにされなければならないの!

 もう許さない。ペナルティをもらってもイイ。PKでも、なんでもして、コイツらをこらしめてやる!

 そう思い、再び杖を相手に向けたとき――

「ああ、その人、ボクのなんですが」
 という声が――
 振り向くと――
「根津くん⁉」

 今度、私の部署に配属された後輩だった。

「なんだぁ? そうかい。それじゃ、一緒に謝ってくれよ。こいつ、オレらに杖を向けたんだぜ。危ないよなぁ?」

 そんなことを男たちは言う。そうさせたのはそっちでしょ⁉

 私がそう言おうとしたところを、根津くんが先に出て、私を制する。

「そうですね。なら運営側にそう言えばイイんじゃないですか?」
「――えっ?」
「もちろん、そのときには、アナタたちが彼女に対しセクハラ発言していたことも話すんですよね?」
「そ、それは――」
 根津くんに詰め寄られて、相手はしどろもどろになる。

「ココにいるということは、この周辺に事務所がある会社の社員さんですよね? ココの会員になるとき、社員証のコピーが残っているはずですし――そうしたら、セクハラ発言していたことが会社に知られてしまうけど、イイんですか? 会社でセクハラ教育は受けているんでしょ?」

 根津くんが、そう相手に言い寄ると、男たちは「ふん――」と鼻を鳴らして――

「おい、行こうぜ――」
 そう言って、離れて行った――

「ふう――」と、根津くんがため息をつく。

「あ、あのう――根津くん」
「たまたま、声が聞こえたんで――ああいうヤツらって、大手町にもいるんですね」
 根津くんは苦笑いしながら、そう応えた――

「一応、こういうことがあったと、受付に言ったほうがイイと思うのですけど、イイですか?」
「えっ? そ、そうですね――」

 一度、ロビーまで戻ろうということになった――

 それにしても、その時の根津くん、なんかとても頼もしく見えてしまった。

 それに、どさくさに紛れて、私のことを「ツレ」なんて――

 ま、まさか……根津くん、私のことをそんなふうに?

 ど、どうしよう――
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