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第三章 トルド村

第三十三話

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 この世界には魔法が存在する――

 どのような経緯で人類が魔法を手にしたのか?
 それはどこにも記録が残っていない。まだ『文明』が現れる前に人類の先祖は魔力の存在に気づき、利用することを覚えたのだろう――前世で魔法の存在について研究をしていたエリオットは今、魔法の世界にいる。
 それは、自分の仮定が正しかったことを証明していた。

 しかし、間違っていたこともある。人間が魔法を手にしても、戦争はなくならなかった。貧富の差も――だ。
 結局、魔法だけでは人間の持つ欲望は満たせられない――そういうことなのだろうか?

「エリオット? どこにいるの?」

 セシルの声で目が覚める。悪霊も寝るのか?

 エリオット達は王都を離れ、今はトルドという村にいた。

 王都から逃げ出した後、屋敷の火事を目の当たりにして、マーガレット夫人は歩けなくなるほどにショックを受けてしまう。王宮から一歩も出たことのないフローネの体力も心配だった。

 田園風景が続く比較的安全な地域だとしても、危険な獣に出くわす可能性だってある。賊が潜んでいるかもしれない――彼女逹の安全を最優先と考えたエリオットは、『念動力』で全員を運ぶことにした。おかげで、歩けば二、三時間はかかる道程を三十分ほどで無事到着する。しかし、念動力は魔力を大量に消費するようで、強い倦怠感けんたいかんおちいる。

(悪霊でも疲れるとは……)
 到着した途端、『しばらく休む』と言って、エリオットは姿を消し、そのまま翌日になっていたのだ。

『ああ、セシル。おはよう』

 自分の姿を『幻影』のスキルによって見せる。眠そうな表情まで再現するこだわりようだ。

(ああそうか、ルガーの顔がなぜか気に食わない……そう思ったのは、あの教授に似ていたんだ)と、夢のことを思い出す。

「そこにいたの? スレイマンさんが呼んでいるわよ」

 エリオット達はあの後、スレイマンに匿ってもらっていた。タバサと二人で住んでいた狭い家にいきなり四人が転がり込んできたので、寝場所確保が大変だったが、なんとか朝を迎えた。小さな居間には既に六人の姿がある。

『みなさん、おはようございます』

 朝の挨拶あいさつを終え、エリオットも席に付く――幻影を見せると、スレイマンが大きなため息をついた。

「――エリオット君、キミにはマイったよ。いきなり、敵国の衛兵隊総司令官に会わせられたと思ったら、今度は王女様ですか――いったい、私を何だと思っているんだね?」

 スレイマンは帝国の諜報員。王国から見れば最上位に位置する危険人物である。事態が事態だったとはいえ、敵国のスパイに自国の王女をかくまってもらうという非常識きまわりないことをやっているのだ。スレイマンでなくても頭を抱えたくなる。

「申し訳ありません。わが国のお恥ずかしいところを見せてしまったうえに、突然、お邪魔するようなご無礼、なんと謝罪すれば良いのか――」

 フローネがすまなそうにうつむくので、スレイマンは「そ、そんな――殿下が謝ることではないです」と慌てて手を振る。

「そうです、姫様! この者は、憎き帝国の犬です! 本来なら、私めが即刻首を切り落として差し上げるものを――」

 悔しそうにするアンリエッタ。いやそれも極端だろう――と、全員あきれる。

「それでエリオット君、これからどうするつもりかね?」
 スレイマンでなくても、そう聞きたくなる。

『僕は王都に戻り、おじさん――ロードスター伯を救出します。可能であれば、ルガー……いや、国務尚書の悪事も暴きたいのですが……』

 この事態を起こした張本人、マスケラ現国務尚書、そいつを失脚させ、クーデターを鎮静化する――それが最終目的だとエリオットは言う。もちろん、簡単なことではない。

「失脚させるったって……いったい、どうやって?」

 スレイマンの質問に『考えがある』とだけ伝えるエリオット。

『自分は王都に戻りますが、その間、四人を帝国側で匿ってほしいのです』

 スレイマンは少し黙り込んだ。そして――

「あえて『私に』ではなく、『帝国側』と言ったのは、そういう意味なのかね?」

 うなずくエリオット。
 スレイマンを信用していないわけではないが、相手はマスケラに乗っ取られているといっても、王国政府。さすがに彼だけでは荷が重い。そのために、帝国から助っ人を呼んでほしい――そういうことだと理解する。

「はあ……そのことも気づいていたのか」

 やれやれという顔のスレイマン。二人以外は「何のこと?」という表情だ。

『取り次いでもらえますか? あなたの上司と――』
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